☆ネクロノーム
C/M境界を取り逃したのはミルキーシューティングの乱入によってだった。予定外で予想外だ。
オルタナティヴの魔法は使えなくしてやったはずだったのに、それより前の段階で使っていたようだ。
さすがに遅すぎたのかもしれない。
ドラゴンに襲わせる、なんかの死体を入手できない方法での処理を心がけるように管理者端末にはちゃんと書いておいたのに、タルタロッサたちは完璧にはやれなかったみたいだった。
でも、ひとりくらいならまだ大丈夫か。
逆にいい刺激になるだろうか。乱用されてはいけないのは確かで、せっかくの大合奏をめちゃくちゃにされるのだけは勘弁だった。そこを調律するのはネクロノームの役割だ。
いっそのことオルタナティヴを始末すると考え、すぐにやめた。
あれはこんなところで潰してしまっていい素材じゃない。
青い宝石、生来の悪役、そして魔法少女狩り。誰と絡ませても話が広がってくれる。
森の音楽家の何十番煎じであるネクロノームなどとは違い、あれは出来すぎた
想い人に幼なじみと、喪ったものがあり、そのうえで綺麗事を吐ける人間は少ないだろう。
楽曲を盛り上げてくれる重要な要素になれる。簡単には捨てられまい。
ネクロノームがクラムベリーよりも面白い音楽を作り上げるためには、オルタナティヴもC/M境界も主役に据えて不足は一切ないだろう。
あそこで明かしてしまったのは失態だったか、という後悔と、少しは間抜けな奴が漏らしてしまったほうがいいという言い訳を自分のなかで渦巻かせながら、ネクロノームは夜を明かすのだった。
翌日には、もう一人の終幕を予定して街を出歩くことにしていた。
なのだが、ネクロノームが目的地である市立の高校へ赴くと、ある程度の予測をしていたのか、出会ったものがあった。
「お前を止める」
C/M境界は懲りずに襲ってくる。あしらえないわけではない。
これでも森の音楽家に憧れ彼女を目指していた身だ。魔王塾出身の友人に鍛えられたりもした。
肉弾戦は心得ているし、魔法のメトロノームを持つものとして相手の動くリズムくらいはわかる。
落ちてきた自転車を避け、次に来る拳の攻撃を軽く衝撃を逃がすようにして受け止める。
乱れたC/M境界の意識では反応できないタイミングで蹴りを入れ、胸部にめり込ませた。
一度痛い目に遭ってもらったほうがいいし、強気なC/M境界に怖がられる役だって悪くない。
C/M境界には既にダメージが蓄積されていて、復帰も早くないだろう。
彼女を投げ捨て、グラウンドに落下するのをぼんやり眺めていようとした。
「気を抜くのは早いですよ」
背後からの声だ。不意打ちは声を出しては意味がないと思うのだが。
昨日のように水鉄砲を構えているミルキーに対処する。二人なら勝てると思ったのだろうか。
まぁ、勝てないのだが。
「墓穴は掘り終わっているんですの?」
射出される弾にもまたリズムがあって、一度それがわかってしまえば、相手はわけもわからないまま当たらない無駄撃ちを繰り返すだけになる。
なんてことになったら格好の的で、拍子抜けにも過ぎる。ネクロノームが近づくために踏み込む瞬間まで、計算してやればいい。
「っく、今です!」
もうひとり居ても変わらない。水鉄砲を掴んで握りつぶしてやり、もうひとりを警戒した。オルタナティヴだ。
他の魔法少女とは一線を画す能力を持つ相手だが、まだ経験がない。ネクロノームならねじ伏せられるか。
「がっ!?」
自分の頬にすでに拳が衝突しているのに、一瞬気づけなかった。
オルタナティヴはすでに眼前に迫っている。ネクロノームの対応できるスピードを越えて動いてくる。
頭が混乱し、数度の攻撃を食らって、ネクロノームの血色の悪い肌に血が伝った。
息もつかせず、上空からは隕石のごとく自転車が襲い来る。
一直線にこちらへ向かってきたのだから、きっとC/M境界の魔法だ。敵の復帰を許してしまった。
ミルキーの水鉄砲はすでに成り立たなくなっているはずが、今度は魔力の弾を装填していた。
引き金がたった一度引かれるだけで、魔法の弾が撒き散らされる。
ネクロノームを囲む網のように広がったすべてを把握しすべてを回避するのは容易ではなく、痛みの残る身体ではもっと難しくなる。
無理を押し通そうとして通しきれず、ネクロノームは肩の肉をすこし持っていかれた。
まだまだ攻撃の手を緩めてくれないのはわかっているが、3つも重ねられては対応ができない。中でもオルタナティヴは異常だ。
試験を破壊するために魔法少女になったようで、魔法少女狩りに嗅ぎ付けられていたらこんなに面倒だったのか、と空想してもみた。
オルタナティヴがその強靭な身体で切り込み、ミルキーは魔法の弾を撃ち出し、C/M境界は落下物で気の抜けた瞬間を狙う。
抵抗の意思をなくしたネクロノームへ、三人の魔法少女が襲いかかっている。
ネクロノームの所業を抜きにすれば向こうが悪に見えたかもしれない。
抜きにしなかったら、こっちが悪いと言えなくもない。
いわゆる黒幕を、仲間と力をあわせて倒すのは王道だ。ネクロノームがここで幕を下ろすのも、悪くはないのかもしれない。
だがまだ曲は終わっていない。見届けていないものがある。
足掻いてやろうと、ネクロノームは自らの魔法を起動する。魔法のメトロノームで速度を操作できるのは、ひとつの事象だけではない。
切り替えるならば持ち主の操作が必要で、つまり持ち主にしかできないというだけだ。
まずは自らの流れ出る血を止め、ミルキーの放つ弾を空中で止め、落ちてこようとする自転車も同じく止め、自転車には蹴りで軌道を修正しておきオルタナティヴと激突するようにしておいた。
すぐ簡単に対処されてしまうが、まだ終わっていない。
素手での殴り合いに持ち込もうとするオルタナティヴを誘き寄せ、ミルキーの弾の停止を解除する。
オルタナティヴの背に狙い通り命中し、予想外の攻撃によろめいたところへ顔狙いの蹴りをまた叩き込んでやる。
肉弾戦だけなどというプライドは捨てた。クラムベリーとネクロノームは違う。
ネクロノームがわざわざ魔法を封印する必要はない。ハンデは人数で覆されている。
オルタナティヴの魔法が再び使えるようになるまでの時間が進まないようにするのに1つ。傷からの失血を止めるのに1つ。
ネクロノームがテンポを変えられるのは、あとふたつだ。
まずは残りの片方は自身の加速に使い、残りを最も切り捨ててもいいミルキーの動きに合わせた。いなくてもいい要素なら存分に攻撃できる。
「ごみはごみ箱へ、ですの」
廃棄物の魔法少女は廃棄されてしまえばいい。
1度使えなくなった身体なのだから、壊れたってしかたがないだろう。
ミルキーの身体にネクロノームの脚が衝突し、彼女の身体を吹き飛ばす。
少なくとも、ミルキーとネクロノームはそうなるつもりでいた。
「……殺すのか」
ネクロノームとミルキーの間には、C/M境界が立っていた。
口から血を流し、その身で直接加速したネクロノームの攻撃を受け止めている。
なのに、言葉を振り絞っている。
「私の目の前で、お前は人を殺すのか」
C/M境界のがむしゃらに出した拳がネクロノームに届くわけもない。当然のことだ。
弱々しい腕をくぐり抜け、今度は鳩尾を狙って蹴り上げる。C/M境界の身体は宙を舞い、予定外ながらひとり減った。
オルタナティヴはC/M境界のもとへ急ぎ、残ったのは動こうとしても止められているミルキーのみだ。
あの様子だと、オルタナティヴはC/M境界を運んでいくだろう。今始末すべきはミルキーシューティングだ。
もはや自身を加速させる意味もなく、一歩一歩距離を詰めていく。
ミルキーの表情がさまざまな感情に染められてはまた違う色になる。
今思っているのは安堵か、それとも恐怖か。それを眺めるのは心地よかった。
だから、ネクロノームはゆっくりと彼女に迫っていこうとした。
「ごめんなさい、上ですよ」
上に何があるのだろうとネクロノームが空を見上げると、そこは空ではなかった。
そこにあったのは迫り来る黒い影。大型の工事車両だろうか。
まず頭に浮かんだのは、確実な死に追い込まれたとき、クラムベリーは何を思っていたのだろうということだった。
すぐに、ネクロノームはそれを知ることができなくなる。
☆C/M境界
なんとか目標である魔法のアイテムごとネクロノームを倒すことに成功した。
変身者の姿も見えない状態で血の海だけを作っている。壊れたことでメトロノームも効果を失ったそうで、ミルキーはふつうに動けるようになり、恐らくオルタナティヴの魔法も戻っていることだろう。
ネクロノームの討伐は成功だ。C/M境界はまた罪を重ねた。
ミルキーも、オルタナティヴも、彼女らには魔法少女の返り血で穢れてほしくない。
自分以外がいまだ潔白であることだけが、C/M境界の受けた大きな痛みに対する救いだった。耐久力が優れているとは言えないのがこの身体だ。
直に攻撃を受け、しかも昨日の打撲のダメージもきれいさっぱり消えたとは言い切れない。
だから、死んでもおかしくはなかった。
来てくれたオルタナティヴに向かって死ぬかもな、と笑いながらこぼすと、笑い事じゃないと言われた。
真面目に返されて、C/M境界はすこしだけ固まってしまう。
一瞬の沈黙を挟んで、オルタナティヴはでも、と付け足すとこう微笑んだ。
「また会えてよかった」
だったら、C/M境界も意識を手放す前に応えなければ。
「私もだよ」
最後の気力で微笑みを返すと、意識を保ち目蓋を支えていた力も尽きてしまった。