魔法少女育成計画abyss   作:皇緋那

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第9章 ひとりぼっちの旋律へ
1.あまくてにがい


 ☆パフェクトスイート

 

 苺坂千代はこの日、逃げてばかりの人生に終止符を打とうと決めた。

 稲村張子のこと、ヒトツキのこと、戦えない自分のこと。

 それらのすべてを受け止めるため、あることを実行に移そうと決めた。

 

 ミュウジカについてだった。

 凶行に走る理由、あるいは自宅で見せる隙がわかれば、パフェクトスイートでも戦えるかもしれない。

 

 もうこの世には、パフェクトスイートの駒になってくれる魔法少女はいない。

 あの狂った学芸員を止めたいのなら自分で動くしかないのだ。

 今までブロッサム+に協力し、暗殺までも犯してしまったパフェクトスイートが信用される筈はない。

 

 幸い、ミュウジカこと博音架菜の住む家には一度訪れたことがあった。

 ミュウジカに見つかってはいけないが、侵入までならできる。

 

 決行の日、千代はパフェクトスイートになると、出発前に深呼吸をし、覚悟を決めた。

 誰にも出会わずに博音の家まで到着し、前に来たときとはうってかわって扉が開けっぱなしになっている無防備なところに遭遇した。

 

 だからといって侵入する盗人は恐らくあれと遭遇してしまうのだから、魔法少女相手でなければこれでいいのかもしれないが。

 

 パフェクトスイートはそうならないよう、細心の注意を払って扉を開く。

 玄関も脱ぎ捨てられた靴と血の跡が荒らされたふうに見え、血の跡は奥に続いていた。

 誘い込まれていると思うと悪寒が走る。が、その感覚に抗って進むしかなかった。

 

 形跡を残さず、仮に逃げなければいけなくなった際のことを考え、靴は脱がずに上がることにした。

 この家にはミュウジカとラヴリンスしか住んでいなかったはずだ。

 

 今回だけは、自分で自分の失礼を見逃すことにした。足音が目立ち、忍び足を余儀なくされる。

 

 ゆっくりと進んで、最初の部屋にたどり着いた。

 すでに異臭がしている。

 

 一度上げてもらったことのある台所だったが、テーブルの上に放置されていたパンケーキに血が染み付いているうえにハエがたかっており、スイーツの魔法少女として正しく処理したくなる光景だった。

 

 しかし、時間を潰してはいられない。おそるおそる次の部屋目指して歩いていく。

 

 奥に進むにつれ、だんだんと音楽が聞こえてきているらしかった。

 やけに明るい曲調で、今の緊張感とは不釣り合いすぎる。ミュウジカ本人の演奏だろうか。

 

 ミュウジカは今でこそああなってしまっていたが、ラヴリンスに命じられたならどんなことでもできそうなイメージがあった。

 この演奏も、きっと彼女のものだろう。

 この音の正体は気になるところだったが、ミュウジカであったら襲われるため近づくのは得策ではないと思いまずは避けて他の部屋をまわっていく。

 

 結果、情報の進展はなにもなくおわってしまう。

 数日前から使っていないとみられる部屋や、窓も扉も壊れたかわいらしい部屋などはあれど、慎重に歩いている限りではなにも見つからなかった。

 

 物色といえるほど探せば何かあるかもしれないが、いつ演奏が終わるとも知れない。

 だが、何か成果を持って帰らなければパフェクトスイートの勝機はゼロのままなのも事実だった。

 

 残っている選択肢は、ミュウジカに直接会うことだろうか。

 演奏に集中している間なら、気づかずにいられるかもしれない。

 

 そして、この聞き覚えのある音の正体が次第に知りたくなり、好奇心が勇気へと変わっていった。

 一歩踏み出せば、あとはもう止まれない。徐々に音が近づいていく。

 それはミュウジカに近づいているということでもあり、ここで退くことはできない。

 パフェクトスイートは半ば駆けながら、音の鳴る方へ進んでいった。

 

 奥の大部屋は、どうやら元は大きな催しをするとか親戚が集まるとか、そういうために作られた部屋みたいだった。

 開けっぱなしになっている扉の隙間から室内を覗いてみて、パフェクトスイートは戦慄する。

 

 ミュウジカは熱心に演奏していて、持っているのは小さなラッパだけだった。

 あれだけでさまざまな音を出しているあたり、魔法のアイテムだろうか。

 

 心当たりがあった。トランホルンの髪の毛だ。

 いつの間にミュウジカの手に渡っていたのかは知らないにしろ、どうりで聞き覚えがあるわけだ。

 だが、戦慄はラッパとは関係がなかった。

 

 そこにいるのは少女だった。糸が切れた人形を椅子に座らせているよう、とはよく形容されるものの、きれいな死に顔はほんとうに人形に見えた。

 あれは博音真愛夜の死体だ。死体に向かって、ミュウジカは一所懸命に奏でている。

 

 わけがわからなかった。ミュウジカの意図が読めず、怖くなった。

 

 覗くのをやめようと急ぎ、扉ががたんと音を立ててしまった。恐怖に気をとられ、注意を払えなかった。

 

 ミュウジカの演奏が止み、首がこちらへ向く。

 先までミュウジカが流していただろう健康的な汗ではなく、パフェクトスイートは冷や汗を垂らす。

 いや、垂らす前に動かなければならなかった。

 

 ミュウジカは表情を歪ませると一直線に駆け出し、咄嗟に避けなければ即死していたと思われた。

 

 グラナティオが死んだとき、ミュウジカはパフェクトスイートを狙っていた。

 狙われるだけの理由があるのかもしれない。グラナティオに食いついたのだから、まさかパフェクトスイートをほんとうにスイーツだとは思っていないはずだ。

 

 ミュウジカの動きは決して魔法少女の中では速くない。が、パフェクトスイートよりは速い。曲がり角を絡めなければ追い付かれて食べられる。

 

 逃げることに専念しようと考え、どこをあてにして逃げればいいのかと思い、オルタナティヴの『誰かを助けられる』魔法が脳裏をよぎった。

 死体を介して生存の未来に書き換えるという吹っ飛んだ魔法だとかいう話を、タルタロッサからされたことがある。

 彼女に会わないように避けて行動してきたはずだったが、今度は会わなくてはいけなくなった。

 

 避けてきたのなら、行動圏を理解しているということだ。

 速度をゆるめないように気を付けつつ、博音の家を飛び出し、なるべく曲がり続けて時間を稼ぐ。精神力も体力を持っていかれる。

 

 いったん影に隠れ、呼吸まで抑えつつ魔法の端末を起動した。

 タルタロッサにもらったデータに、オルタナティヴのことがまとめられていたはずだ。今だけはタルタロッサにも感謝できる。

 

 またミュウジカの前へ躍り出て、誘導するようにさっき考えた経路を辿っていく。オルタナティヴの自宅は近い。

 パフェクトスイートだけでは奪えないトランホルンのラッパを、彼女なら奪えるかもしれない。

 一縷の希望にすがるように、パフェクトスイートは走った。

 

 到着するころにはミュウジカも体力を削られているらしく、パフェクトスイート同様速度が落ちていた。

 パフェクトスイートも条件は同じで、現状は変わっていないも等しかったが、虹ヶ路の家に到着したとき、これらは無駄ではなかったと思えた。

 

 呼び鈴を押して、扉をたたいて、来てくれることを祈る。それしかできない。

 ほんの数秒がもどかしく、誰かが来る足音だけでもせめて聞こえないかと扉に耳をつけようとした。

 

「どうしたの? 魔法少女、だよね……?」

 

 声がして振り向くと、パフェクトスイートはやっと安堵の溜め息をつくことができた。

 パトロール帰りらしいオルタナティヴが来てくれたのだ。

 

「私は、パフェクトスイートと申しますぅ。あの、ひとつ、頼みたいことがぁ」

 

「っ、危ない!」

 

 いきなり引っ張られ、組伏せられたかと思うふうに覆い被さられた。

 

 背中に胸があてられていて、身体が密着している。

 いや、うっとりしている暇などない。頭上を引き抜かれた柵の一部が飛んでいき、虹ヶ路の家の前に積まれていた段ボールの群れに突っ込んでいった。

 

 オルタナティヴはパフェクトスイートを立たせてくれたうえ、守るように立ってくれている。

 数日しか経っていないのに、懐かしい感覚がした。

 

「あの魔法少女に狙われてるんだね」

 

「はい、それにあの楽器」

 

「え……? あれ、たしか」

 

「お察しのとおり、トランホルンさんの身体の一部ですぅ」

 

『身体を金管楽器にできるよ』、それがトランホルンの魔法だ。

 ラッパが髪の毛でできているなら、死体を使うオルタナティヴの魔法も使えるはずだ。

 

 その旨を伝えると、オルタナティヴのミュウジカを見る瞳は変わった。

 

 敵は直接飛びかかってこようとし、オルタナティヴが腹部への衝撃波で迎撃した。

 ミュウジカの血が吐き出され、もともと立っていた場所に戻されてしまったが、立ち上がってまだ向かってこようとしていた。

 さながら狂戦士。いや、狂人だ。

 

 ミュウジカは肉を付けるという魔法だった。自分に対しても例外ではない。

 骨格からドラゴンを生み出したように、残された骨からミュウジカを生み出している。

 

 パフェクトスイートの魔法ではオルタナティヴも巻き込んでしまい、トランホルンの楽器も壊れてしまう。

 生半可なものをトッピングさせようとしても効果はないだろう。

 刃物などもっての他だ。突破口を探る時間が必要だった。

 

 あくまでもミュウジカの狙いはパフェクトスイートを食い殺すことだった。首とその周辺しか狙ってこない。

 オルタナティヴは数度の襲撃でそれを解し、少ない動きでの迎撃を身に付けていた。

 

 さらにミュウジカの左の肩が迎撃を受け続けたことによって壊れかけており、8度目にしてついに千切れた。

 

 なくなった腕は生えては来ない。あくまでも骨に肉をつける魔法だということだろうか。

 弱点はそこにありそうだった。

 

 千切れた腕には楽器が握られていたと、オルタナティヴよりも早くに気付いた。パフェクトスイートは身構える。

 ミュウジカの行っているのはその腕をふたたびくっつけようとしての試行錯誤だ。好機はそこにあった。

 

 パフェクトスイートはオルタナティヴの背後から抜け出して、ミュウジカの元へ走った。するとミュウジカはすぐに気がつき、腕を投げ捨ててまで向かってくる。

 ここを逃せばいつチャンスが巡ってくるだろうと思うと、今しかない勇気が湧いてきてくれる。

 

 慣れないスライディングを強行し敵の下を潜り抜け、髪を掴まれかけたのを振り払い、打ち捨てられた腕からラッパを奪い取ってオルタナティヴ向けて投げた。

 ちゃんと受け取ってくれたのを見て、パフェクトスイートは親指を立ててみせる。

 

「……それ、は。真愛夜に聞かせる」

 

 不満げなミュウジカ。

 あんなに一生懸命になっていたのに、奪われてしまったのだから、不平を浮かべた表情もするだろう。

 だが、あれはパフェクトスイートの償いに必要なものだった。

 

 今まで罪を重ねてきたけれど、せめて助けられる魔法少女を助けさせてあげたい。そう願っての行動だ。

 ひたすら自分に言い聞かせ、罪悪感を消そうとする。

 

 先に、ミュウジカの不平が表情から消えた。

 代わりに、食欲が表面に出てくる。もう、妹のことさえどうでもよくなってしまったらしい。

 

 千代と張子より一緒にいて、千代とヒトツキより互いを知っているはずなのに。

 自分の傷をいたわってくれる者も既に亡く、ただオルタナティヴに打ちのめされていくミュウジカは少し哀れだった。

 

 攻勢に出すぎたのか、再生が追い付いていない。再生魔法の本職より遅いのかもしれない。

 肋骨が露出しており、うち数本は折れていた。

 

「まだ続けるの?」

 

 オルタナティヴの問いにミュウジカの答えはない。ただ、彼女は支えるだけの力を使い果たし失ったのか、段ボールの群れに倒れて沈んだ。

 

 死んだのだろうか。動く気配はなく、これなら安心してトランホルンを助けにいってもらえるだろう。

 

「……どうして。こんなことになっちゃったのかな」

 

 オルタナティヴがこぼした。

 誰かを亡くしたのは、千代も、織姫も、架菜も一緒だった。

 

「そうだ。ねぇ、疲れたでしょう。少し休んでいかない?」

 

「お気持ちだけ、いただきますねぇ」

 

 ここでオルタナティヴに甘えれば、先の行いは償いにはなってくれない。彼女には背を向けた。

 オルタナティヴだって、一刻も早くトランホルンを救いたいだろう。

 ふと後ろを見て、自宅に戻っていくオルタナティヴが見え、パフェクトスイートは安堵した。

 

 あの誘いに甘えていたらどうなっていたのだろう。

 

 帰路を数歩だけ歩き、すぐに浮かんできた空想があった。

 あんなに忌み嫌っていたはずなのに、こうして想いを馳せてしまうのは張子のせいだろうか。

 現実が悲惨すぎたからかもしれない。

 

 とにかく。パフェクトスイートはこの日決めたことに従えた。役目を果たしたのだった。

 

 

 

「まだお務めは残ってますよ」

 

 背筋が凍った。この声は、すぐ後ろからしている。

 嫌な予感しかしない。怖くて、怖くて、振り返りたくなかった。

 

 パフェクトスイートが振り返るのを待たずして冷や汗が頬を伝い、その冷や汗を舌がなぞる。

 

「私のお夕飯です。立派なお務めでしょう」

 

 背後の者は興奮を抑えきれない、といった声色で語りかけてくる。声がでない。動けない。

 

 やっと声を出せたのは、ミュウジカによって首の肉が食いちぎられていく感覚の中で、絶叫が溢れる時だった。

 

 けれど、オルタナティヴの意識は既に現在には無く、誰にも絶叫は届かなかった。

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