☆トランホルン
織姫がクラスにやってきてから数日が経った日だった。
トランホルンとオルタナティヴもまた説明会に赴いている。魔法の端末にこうして連絡が入るのは全然なかったことで、召集がかかるのはほんとうに初めてのことだった。
トランホルンが知っている魔法少女は、隣のオルタナティヴしかいない。ここに集まっている者は全部で16人もいるのだが。
生憎と、もとより菅原渦にはそういった友人はいなかった。紛れ込んでいる可能性だってきっと無い。
説明会の司会を務めるというラヴリンスの登壇に目を向け、トランホルンは真面目に話を聞こうとしていた。
選抜試験という名前からして、平凡な魔法少女生活から離れるきっかけに違いないからだ。
先程、二人の少女――ギャーサにグラナティオというらしい――が打ち合いを始めるまで、彼女は目を輝かせてほぼ一方的に話し続けていた。
この試験に合格したら、もしかしてテレビに出るアイドル魔法少女のようになれるのかもしれない。魔法の国に招待されて、悪の組織に対抗する戦士になれるかもしれない。
そんなふうに希望でいっぱいの未来を思っていた。
聞き手のオルタナティヴはいつもより口数も相槌も少なく、どこか悲しそうな顔をしていたのだが。
今の彼女はラヴリンスを睨んでいる。因縁の相手なのだろうか。トランホルンにはわからない。
睨まれている少女がマイクに向かって言葉を続けたために視線をステージ側に戻さなくてはならず、オルタナティヴについての推測は中断された。
「えー、最初に。さっきも言いましたが、私もいち参加者です。押し付けられただけです。文句は私にだってあります。抗議は運営に送りつけてやってください」
やけに予防線を張っている。重大なことが話される前置きとしては似つかわしくない。それだけ自分のイメージが下がるようなことを言わされるのか。
「では本題です。『魔法少女選抜試験』ですが、これは皆さん16人の中から正規雇用の魔法少女を選ぼうという話です。
本当に申し訳ないのですが……残念なことに、リソースを選抜対象者に回すため脱落・逃亡した方は
会場がざわめいた。生き物をやめるということは、死ぬということか。しかも逃亡者までしっかりと含まれている。
あらかじめ逃げるものが現れると予測してのことか。生き延びるためには、試験を生き残らなくてはいけない。
トランホルンの話していたアイドルのような明るい幻想のかわりに、16人は死と直面する宿命を突きつけられたのだ。
「……安心してください。枠に上限はありません。全員が合格できれば、誰も死なずにすみます」
ラヴリンスのその言葉にもざわめきは止まらない。打ち合っていた二人も驚いた顔を見合わせている。
このうちの何人が死ぬのだろうか。そんな不安と混乱で会場の空気が重くなってしまった。
そんな中、周囲の魔法少女のうち一人が喚いた。箱をかぶっていて口元しか見えないが、憤っているのは声色だけでもわかる。
「ふざけないで! 誰も生き残らせないつもりでしょ……!?」
「私に言わないで。そうかもしれないけれど、逃げても死ぬって言われてる中で逃げ出せる
喚いた方は言い返せずに歯を食い縛っていて、ラヴリンスの口調からは敬語が剥がれていた。
箱をかぶった少女からトランホルンが感じたのは、仮にこれが映画だったなら彼女から死にそうだという印象だった。
「こほん。第一試験については説明会が終了し次第端末に連絡するとのことです。以上、選抜試験説明会を終了とさせていただきます」
ラヴリンスがステージから降り、魔法少女たちはばらばらに散っていく。
怯えた表情の者もいれば、飲み込めていないらしい者もいた。
彼女たちがいなくなり、場にとどまっているのはトランホルンとオルタナティヴ、そしてさっきの箱をかぶった魔法少女に、その保護者らしいもう一人だけだ。
放っておかれたステージの前で、箱の彼女は膝をついていた。生への執念が濃く感じられる、近寄りがたい雰囲気だった。
けれど、トランホルンは彼女と話をしてみたかった。
隣で心配そうに見ている魔法少女は箱の少女に比べて自分に近いような雰囲気で、話しかけるならそっちの方が怖くない。
トランホルンは勇気を出して彼女らの方へと一歩踏み出す。先に気づいてくれたのは予定通り箱ではない方だった。
「ごめんなさい、彼女も悪い子じゃないんです」
喚いた相手を責めようとしているふうに思われたらしい。星空がモチーフになっているらしい衣装の袖がばっと広がって、後ろで膝をつく少女を覆い隠している。
トランホルンは慌てて手を振り敵意はないと示そうとした。
「あ、いや、叩こうって思ってるわけじゃ」
「……そうですよね、早とちりしてごめんなさい」
気が弱そうではあるが、星空の少女はあっさりと退いてくれた。
それによって箱の彼女と顔を合わせることになる。見えているのかわからないが、きっと今トランホルンを睨んでいる。
「あ、あの! 提案、なんですけど」
ああいうふうに反抗的な態度をとったということは死にたくない理由があるはず。
トランホルンは彼女の助けになれればと思い、ひとつの提案をする。さっき話しているのが聞こえてきたギャーサの二番煎じではあるが、悪くない案のはず。
「選抜試験、協力して生き残りませんか?」
魔法少女ひとりやふたりでは越えられなくとも、何人もの魔法少女が集まればどうにかできるかもしれない。それぞれに備わった魔法は、組み合わせで無限の用法が生まれるはずだ。
トランホルンはともかく、まだ見ぬオルタナティヴの魔法ならばこの二人と相性がいいなんてこともあるかもしれない。
「ラヴリンスさんも言ってました、全員生き残れるかもって」
「あんなの騙されてるに決まってる」
「でも……みんなが集まれば、それも覆せるかもしれません」
団結すれば、試験の取り止めだってさせられるかもしれない。
その言葉は相手だけに向けただけではなく、自分にも向けたものでもあった。トランホルンは僅かでも夢のような可能性にすがり、現実から自分を逸らそうとしていた。
ぽろり。トランホルンの目尻からひとすじの涙がこぼれた。死にたくないのは同じだって、必死で主張するように。
ただでさえ顔立ちが整い可愛らしくなる魔法少女の涙には同情せざるを得ない。
「……アンチル」
「ほえ?」
「私の名前。その、なんというか、そこまで言うなら付き合ってやらんくもないというか」
「本当ですか!?」
「ただし、そういうからにはお前が先に死ぬとか許さないから」
「はい、ありがとうございます!」
トランホルンは大きく頷いて、自分の提案が受け入れられたことを喜んだ。
魔法少女の味方が増えるのはたいへん喜ばしいことだと、アンチルに向かって微笑んだ。相手のへの字に結ばれた口は変わらなかったが。
「それで。お前らはなんて名前だ?」
そういえばいきなり話しかけただけで、まだ名乗ってさえいなかったと思い出した。
トランホルンとオルタナティヴはそれぞれ名前を告げ、アンチルが復唱する。たいていの魔法少女の名前はあまり覚えやすくはないのでこれは普通のことだろう。
涙の残りを目に浮かべながら、トランホルンはそう思った。
アンチルとトランホルンが打ち解けたのを見て、緊張がほどけたらしくくすりと笑った少女がいた。アンチルを覆うようにして立ち塞がった彼女だった。
すこし退いての立ち位置から一歩出て、トランホルンへ向かって手を差し出してくる。
「ごめんなさい、ちょっと手間取らせてしまいましたね。できればわたしにも協力させていただけませんか?」
トランホルンは迷わずに星空の魔法少女の手をとった。
握っていて手に馴染んでくるようで、どこか懐かしい感触がする。
大きく余り垂れ下がっている袖の星空にも故郷の風景であるように思え、紺のプリーツスカートも渦が普段着用しているものを彷彿とさせる。ノスタルジックな雰囲気の魔法少女といえる。
「ありがとうございます……それとごめんなさい。まだ名前を教えていませんでした。わたしはミルキーシューティングっていいます。長くてごめんなさい」
ちょくちょく謝ってくるのが気になる口調だった。
感触を確かめようと握られたためか、彼女はすこしいたずらっぽく握り返してきた。気が弱いなりの照れ笑いが心をくすぐってくる。
トランホルンにそっちの気はないはずだが視線は彼女の顔に吸い込まれて固まった。
「あの、ごめんなさい、だめでしたか?」
ミルキーは何かお気に召さなかったのかと慌ててまた謝る。
それにトランホルンが謝って、ごめんなさい合戦が始まろうとしたとき間にアンチルが割って入った。
「そんな話より。気にするべきはこいつ」
彼女の手には魔法の端末が握られている。ラヴリンスの言葉通りなら、第一試験についての連絡が届くはずだ。
トランホルンはアンチルの端末を覗き込み、変化していないか一緒に見ることにした。
正しくメールは届けられている。アンチルの指がハートの左下にあった開くための項目に触れ、画面全体が切り替わった。
描かれているものは前回と同じく可愛らしい装飾の数々で、見るからに説明会の連絡と同じ人物から送られてきていた。
ラヴリンスを利用し、死を突きつけてきた者だ。全貌が見えないのがまた恐怖を煽ってくる。
アンチルがお構いなしに表示を進める。最初に流れてきた項目は、第一試験の告知だった。ゲームの広告のようなバナーまでわざわざ作られている。
アンチルが「無駄な努力する奴」と揶揄し、ミルキーはこの場の誰への悪口でもないといちおうの注意を入れるとともにまた謝った。
第一試験のタイトルは『困ってる人を助けよう!』だった。魔法の説明のようにおどけた言い方だ。
内容は『人を助けてマジカルキャンディーを集めよう!一定数手にいれると次の試験の参加資格がもらえるぞ!』とのことで、誰かの困ったことを解決すればいいらしい。
魔法少女となったとき言いつけられたことと同じではあったが、そこに命が懸かっている。
「一定数、って言うけど公開情報じゃないんだね」
いつの間にか自分の端末で確認しているオルタナティヴがつぶやいた。その声を聞いてアンチルも隅々まで探しはじめるが、どこにも表記がない。
「表記がないってことは、向こうが後から変えられる」
相手に生き残らせる気がないと考えれば危惧すべき可能性だった。境界線をあげられてもなるべく無事でいられるように、人助けを続けなければいけない。
そういう意図で伏せられているのだろうか。
また、第一試験に伴う端末のアップデートという項目があった。これがないとマジカルキャンディーを溜められないという。
トランホルンは実行を選択するアンチルの指先から目を離し、急いで自分の端末に同じ操作を実行するように動かした。
人助けは気分がいいからやってきたことだったのに、これからは強制される。その事実だけでトランホルンの胸が痛む。
それはトランホルンだけのことでなく、いま周りにいる魔法少女すべてが不安を顔に浮かべていた。