☆オルタナティヴ
パフェクトスイートが繋いでくれた形見の楽器。
そっと口をつけてみると、初めて触れるのに馴染んでくる。
深く吸った息をゆっくりと吹き込んでやると、今までの『魔法少女オルタナティヴ』が一続きの音楽として綴られていくように感じられた。
自分の音色に包まれながら、オルタナティヴは過去へ飛ぶ。
流れ込んでは放出されていく思い出が、友達を助ける力を与えてくれる。
光の渦潮を抜け、織姫の意識が次に見たのは何日も前の風景だった。
トランホルンと別れ、彼女が死んだと知らされた日。この日、彼女をしっかり家まで送り届けていれば、と何度も何度も後悔した。
今まではどんなに悔やんでも届かない話だったけれど、それがついに届いたのだ。
叶えられないもしもの話を、実行に移せる時が来たのだ。
オルタナティヴが戻ってきていたのはトランホルンと別れた直後だった。
伝えておけばよかったことが心の奥から押し寄せてきてくる。ぐっとこらえて微笑みで見送って、少ししてから後を追うために動き出した。
トランホルンはずっと後ろを確認していて、なにか気になることがあったのかもしれない。誰かにつけ回されていたという線もあり得る。
オルタナティヴはトランホルンの自宅まで先回りして、彼女に何が起こるのかまず予測しようと考えた。
だがこのとき、オルタナティヴは忘れてしまっていた。トランホルンの死因は、第2試験で使われることになるドラゴンだったということを。
魔法少女の速度があればとっくに着いているだろう時間になっても、トランホルンは現れなかった。
途中で人助けをしているかもしれないが、ここで厄介事に巻き込まれてしまったのかも。可能性はいくらでもある。
確認のためオルタナティヴは見晴らしのいい背の高い木の上にたち、逆方向に飛んでいくトランホルンを見つけた。
向こうにあるのは集合場所にしていた山があるのだが、なにやら急いでいる様子だ。
そしてあの場所にはドラゴンが棲んでいた。
思い出した。
ミルキーの魔法によって強化されたコンパスは、トランホルンの居場所をドラゴンのいる場所に重ねていた。
なのに彼女の姿がなかったのは、ドラゴンの腹の中にいたからではないか。
トランホルンは楽器の魔法少女だ。聴覚はほかの魔法少女よりも鋭敏だろう。
なら、山奥に潜むドラゴンの存在にもいちはやく気づいていて、ひとりで戦おうとして殺されてしまったのか。
死因に気がついた瞬間、オルタナティヴは自分が持てる最高の速度で追おうとした。
ふと、駆け出そうとした心を遮るように映像が浮かんできた。
トランホルンが自分を助けようとして、竜の爪に引き裂かれてしまうという内容だった。
こんなものまで見せて、私を止めたいか。オルタナティヴはそう叫び、突撃の方向を変える。
進行方向になった道なき道の中には真っ黒な布地が見える。ヴェールで口元を隠した黒の魔法少女、タルタロッサだった。
彼女は未来予知として、他人に映像を見せて信じ込ませる。判断を変えさせるのには、小さなマイナスのイメージでも影響してくるだろう。
そこまでわかっていたのなら、もはや突然の予知を信じてやる必要はない。
トランホルンを助ける邪魔にしかならない相手で、彼女を惑わせるやつだ。
「はじめまして、タルタロッサ。そして、邪魔をするなッ!」
脳裏には、タルタロッサを殺した後にオルタナティヴがどうなるか、という映像が流れ込んでくる。
だが、オルタナティヴにとっての現在においてはタルタロッサはとうに死亡しているうえ、トランホルンの死因を食い止めれば現世に戻れる。
この先でどうなろうとも、オルタナティヴは友人を助ける。予知なんてなくたって、自分の未来は自分で決めている。
逃げようとするタルタロッサにかかと落としを浴びせ、脳天を叩き割った。砕けた少女の内容物は相当に不快でも、勢いを殺さぬままに駆け抜けなければならず、オルタナティヴはそのとおりにした。
目指すのはドラゴンがいた場所だ。
竜の討伐は2度目でも、今度は戦う魔法少女の頼もしい援軍もなく、守らなければいけない少女がいる。
それでも、オルタナティヴはドラゴンを倒して今度こそ友達を助けると決めていた。
自然への影響や文明への影響を気にも留めず、オルタナティヴが駆け抜ける。
トランホルンの最期をやり直すための世界なのだから、他を気にしてまで動いている余裕はもはやなかった。
ただ集合場所に使った位置へ到着しただけでは彼女は見つからず、地面を抉ってでも飛び上がってみる。
空からなら、あの図体のドラゴンは隠せない。魔法によって隠されていてもオルタナティヴには形跡程度感じられる。
より山奥に風景が歪んでいる場所があり、そこがそうだと推測した。
魔法の国のアイテムの流用か何かだろう。一直線に飛び込み、なにやら布地を破ったような感覚があった後の一瞬で地面にぶつかった。
顔を上げると、自分を見下ろしている影がふたつ。
ひとつは異常に大きい。これから相手取らなければならない敵であるドラゴンだ。
もうひとつは、驚いて固まっている、金色の少女。会いたかった、友人だった。
「オルタナティヴ!? どうしてこんな!」
「……友達のこと、見過ごせないよ」
顔についた土を拭い、目の前にいるドラゴンを見る。
何日ぶりだっただろうか。相変わらず、そこにいるというよりかはそびえ立っているといえるサイズの差がある。
それでも、オルタナティヴは立ち上がった。
「トランホルン。一緒に戦おう」
もう、深淵の幻惑はない。
オルタナティヴはトランホルンに向かって手を差し出し、握ってくれたのを見ていたずらっぽい表情になって、もう離さないつもりで強く握り返した。
ちょっと痛いと苦言を呈するトランホルンと笑いあって、それじゃあ行こうと声をかけ、互いに逆方向へと飛び出した。
ドラゴンの腕が振り下ろされたのはさっき手を繋いでいた場所で、地面が揺れた。
しかし地面に立っていないふたりの動きを乱すものはなく、竜はトランホルンの破壊音波とオルタナティヴの打撃を避ける間も防ぐ間もなく受けた。
同時攻撃には成功してもドラゴンに影響はみられなかった。攻撃が通っていない。
前回はグラナティオがいて弱点をわかっていたものの、今はあのとき狙ったあご下を狙うしかない。手探りよりはマシかもしれないが。
叩きつけるために飛んでくる尾を空中での強引な方向転換で避け、その先でトランホルンに向かっていくのを追って彼女を背負い助け出す。
あの巨体だから、注意を払うのも簡単だ。
「来るよッ!」
影も迫っていないのに言われてドラゴンに視線を戻すと、すでに竜は深く息を吸い込んでいて、今にも吐き出そうとしていた。
前戦ったときにはあんな動きはしていなかった。何が来るのかと警戒して飛び退くと、さっきまで立っていた草の地面に灼熱の炎が降り注ぎ灰だけが残った。
呆然と見ているしかなかった。どうして、オルタナティヴと戦った際には使っていなかった攻撃があるのか。
「ねえ、オルタナティヴ」
背負われたままのトランホルンがひとつ持ちかけてきた。
「鱗は堅いけどさ。口の中はどう、かな」
トランホルンは、口の中に直接音の衝撃を叩き込み、内側から倒せないかという発想だった。
それではトランホルンが危険すぎると言おうとして、そこで気がついたことがあった。
オルタナティヴに対して、ドラゴンが炎の攻撃を行わなかった理由は、トランホルンが最期に口内の器官をこわしていたからではないだろうか。
いま目の前にいる彼女にはわからないことだったが、オルタナティヴは彼女がしていてくれたことにありがとう、とこぼさずにはいられなかった。
ドラゴンが吠え、オルタナティヴは我に返る。
トランホルンの提案は危険だが、炎を吐くための溜めが隙として存在している。
あご下をわざわざ、ヒトミもグラナティオもなしで狙うより可能性がある。
要になるのはトランホルンによる音の攻撃である。
口内とはいえドラゴンの身体だ。遠距離じゃあ威力が足りない。身体能力で劣るトランホルンを背負わなければならない。
彼女を連れて、炎を吐こうとするドラゴンの懐に潜り込む。
道中にはあの太い腕や尻尾による迎撃が待っていることだろう。
オルタナティヴは、その程度では止まってやれない。
ドラゴンから距離をとり、遠距離攻撃を誘う。
相手が息を吸い込みはじめたら背中の彼女へ合図を送り、作戦開始だ。
予想通り妨害はいくつもやってくる。振り下ろされる腕を横に小さく回避し、尾の攻撃を腕の影に入ることで止めさせ、顔面まで進む。
口の周囲に熱気が漂い、もうすぐ炎が放たれるだろうというとき。
肌で痛いくらい熱気を感じ、失敗できない緊張を感じる場所へ飛び出して、今度は合図代わりに叫んだ。
トランホルンが手にした、彼女の一部たる楽器に赤い熱気が反射して、オルタナティヴの頬を照らす。
吹き込まれた息が衝撃へと変えられ、ドラゴンの口内を壊し、吐き出されようとする炎を暴発させる。
内部では放出されるはずだった穴が使えなくなり、行き場を失った炎たちが暴れ、やがてその通り路を破裂させた。
巨体が崩れ落ち、地面に首をなくした頭部が落下し突き刺さり、すぐに動かなくなる。ドラゴンを倒したのだ。
「やった……!」
トランホルンの喜びの声に笑顔で応え、ふたりでハイタッチをした。
こうして世界は変わる。死ぬはずの局面で少女は助けを得て、その生存がねじ込まれてゆく。
オルタナティヴが望んだように、消えたはずの少女は歴史に突如出現する。
気付けばふたりはさっきまでいた山奥などではなく、織姫の自室にいた。
状況を飲み込めずにいるトランホルンと顔を見合せ、オルタナティヴは魔法の端末を取り出した。
オルタナティヴが魔法を使ってからは何日も経っていて、トランホルンが先程までいたはずの日からはその倍経っている。
何日も動いていなかったためか、C/M境界からの心配のメールもいくつか届いていたようだった。
彼女の心配を想像すると、ちょっとツンデレっぽくてかわいらしい。
でも、もう気にかけてもらう必要はない。
オルタナティヴの友人はここにいて、オルタナティヴ自身は自分のしたかったことができたのだから。