☆オルタナティヴ
トランホルンに今の状況を教えようと、オルタナティヴは今までのことを振り返った。
助けられない自分と、知らないうちに死んでいく誰かのことを思う度に悲しくなって、自分が嫌いになりそうだった。
トランホルンはそんな織姫の吐くことでも受け止めてくれて、誰かが死んだと伝えれば悲しい顔をして、ミルキーを助けたと伝えれば明るい顔をしてくれた。
いつの間にか説明はほとんどオルタナティヴが過去へ飛ぶ直前まで迫っていて、パフェクトスイートのおかげで助けられた、というと、トランホルンは彼女は無事かと聞き返してきた。
そう言われると、ここ数日のことはオルタナティヴにとっても空白だ。
状況を知っていて連絡の取れる魔法少女に教えてもらおうと、C/M境界にメールを送る。
すると数十秒程度の短い時間で返事が来て、オルタナティヴは首をかしげた。
「テレビのこのチャンネルを点けろって、何かやってるのかな」
C/M境界の指示に従ってみると、何やら報道番組が特集を組んでいるようだった。
内容はというと、この街で起こる連続少女不審死についてだった。
熱川モエ、つまり燃々煌綺が死んでからが市民における連続死の始まりらしい。
それからギャーサ、タルタロッサ、そしてあの中学校での殺し合いと続く。
誰がやったのか、まったく検討もつかない視点から見るのははじめてで、新鮮に思えた。
隣にトランホルンが来て一緒に聞いていたけれど、先程説明されていた話と照らし合わせてこれが現実だと突きつけられているようだった。
「みんな、本当に死んじゃったん……だよね」
オルタナティヴは黙って頷くしかなかった。
プレーンの犠牲を目の前で見ていて、ブロッサム+に至ってはこの手で殺したのだ。忘れることなんてできなかった。
特集が進み、少女たちを扱った表は最後へと向かっていく。
オルタナティヴも知らない時期の少女の死で、最後に映ったのは苺坂千代、という少女の行方不明事件だった。
行方不明といっても、大量の血痕があるため生存は絶望的だという。
手元の端末にはC/M境界からの着信があり、彼女の知る事件のことについて話してくれるとのことだった。
『苺坂千代はパフェクトスイートだった。お前からの連絡がないあいだに消えちまった』
それから今の今まで、だれも見ていないのだという。
考えられるのは、ミュウジカがまだ生きていることだ。死亡の通知は届いていないし、パフェクトスイートだってまだ生きているかもしれない。
C/M境界には私じゃないとだけ言って、やっぱり過去へ飛んだ日のことも伝えなければいけないように思って口に出す。
状況を聞き、C/M境界は端末越しにため息を聞かせてきた。
『ネクロノームを倒したとき、管理者用の端末も一緒に消えた。死亡の通知はもう来ないし、アテにはするな』
返答は冷たく事実を突きつけるものだった。
だったのだが、すこし空けてから小さな声で、『希望を捨てないのも悪くはない』と付け足され、通話が切られた。
さすがにこれだけでは薄情に思われるとか自分で考えたのかもしれない、C/M境界なりのやさしさらしかった。
テレビの特集では、千代の血痕が続く先にある博音家が怪しく、生中継で家の前に待機しているとの内容がやっていた。
もしこのままミュウジカが現れたら、魔法少女でもない報道陣があの狂人と鉢合わせすることになる。
一般の人々が殺戮される前にミュウジカをどうにかしなければならない。
「あのね、オルタナティヴ」
名前を呼ばれて振り向くと、トランホルンにも、何かしなければという意識がある風に見えた。
「ミュウジカって魔法少女のところに行くの?」
「うん。行くよ」
「私、その人と話がしたい」
「どうして? 魔法少女を何人も殺したかもしれないのに」
あんな相手と話が通じるとは思えなかった。誰だって友人が食人鬼と対話がしたいだなんて言い出したら止める。
でも、トランホルンもまた退かなかった。
「私ね。ミュウジカとラヴリンスには会ったことがあるの。私の楽器の使い方、教えてあげたんだ」
だから、ミュウジカはトランホルンの髪をもととした魔法のラッパを持っていたらしい。
「それで、そのとき何かあったの?」
「気がついたの。ミュウジカはその場の誰より熱心に練習してたの。だから、きっと音楽で通じ合えたり……しないかなぁ」
話しているうちにすこし弱気になってしまって、声が小さくなっていた。
でも、それがトランホルンのしたいことなら、オルタナティヴは彼女を守ろう。
同じオルタナティヴの魔法では、一度助けた相手は二度目の助ける対象に選ぶことはできない。
仮にオルタナティヴが「トランホルンの奏でる音ならば凍っている心でも溶かせるだろう」と信頼していたとしても、リスクは大きすぎた。
それでも彼女を信じ、その手を握る。
玄関のすぐ外では、千代の血痕があるために警官が張っているという。
トランホルンの聴覚のおかげで面倒事を避けて進める。
逆方向の窓から外に出るため、オルタナティヴはトランホルンを抱えて飛んだ。
いわゆるお姫様だっこの姿勢で街を駆けていくのは、ちょっと恥ずかしいらしく、トランホルンはずっと顔を伏せていた。
耳が真っ赤で照れているのは丸わかりだったが。
見つからぬよう高所を選んで警察車両をなぞって進み、徐々に空気が緊張感を帯び、気付けば不穏な雰囲気に囲まれていた。
今や博音の家にはシリアルキラーかもしれない者が住んでいて、そこに千代の遺体もあるかもしれないとも言われている。
上空から見ても血痕の大きさは尋常ではなく、パフェクトスイートは生きてはいないだろうと心の底に諦めが芽生え始めていた。
腕に抱かれている彼女には、目下の事件現場は見えていなくて、まだ希望を捨てていない。
トランホルンには夢を見ていてほしいと思う。
現実を見せたくなくて、ミュウジカのことだって、はじめは自分で始末をつけようと思っていた。
博音家に到着するとすぐ近くの物陰に隠れ、トランホルンを降ろすと目的地の前に集っている人々を見た。
テレビ局だとか、近隣の野次馬たちが溜まっている。話題の殺人犯らしい人物を一目見ようと集まっている。
自分が被害者になるかもしれない、という発想はないのだろうか。ないからこそ、こうして集まっているのか。
魔法少女が衆目の下に躍り出るのはまずい。何か方法はないかと周囲を見ていると、トランホルンが声を出した。
「そうだ。ちょっと、やってみるね」
ひとつ、アイデアがあるという。自分の髪を一束楽器に変えたかと思うと、ゆっくり息を吹き込んでいく。
その横顔がとても綺麗で、思わず髪を触ってしまった。
視線がこっちへ向いて、まずかったかとぎょっとする。
思わずごめんと謝り、彼女はしかたないなあという顔で笑うと演奏を続けた。耳がまたもや真っ赤になっているのはそのときに気付いたことだった。
恥ずかしさにも負けず、トランホルンはラッパの音を狂わせずに出していく。さすがは自分自身というべきか。
しばらく経って、野次馬たちの活気が失われ、何人かは離れていくのが見えた。中には体調を崩している者もいるようだ。
トランホルンが浴びせていた音波の仕業だと、すぐに気がついた。
魔法少女は一般人より頑丈で影響は出ないが、人間に低周波を浴びせ続けるのは強いストレスになる。
こうして野次馬たちを追い払ったふたりはついに博音家の呼び鈴を鳴らした。反応はない。
鍵が開いているのを確認して、慎重に室内へお邪魔させてもらうことにした。
屋内の異変は、常に充満している異臭と壊された一室くらいだった。
いや、途中でひっかかりそうになった爆弾の罠と、台所の壁にまで血で描かれた独創的な模様もある。
生活の痕跡はあっても、何日も前に忽然と人がいなくなったようであり、新しい廃墟といえそうだ。
そんな不気味な館を歩き続け、やがて突き当たりに大きな部屋があり、そこに人影がいくつかあるのを見つけた。
一人はミュウジカだとして、他は先客だろうか。
オルタナティヴはトランホルンの手をひいて部屋の入り口まで急ぎ、ミュウジカの動向をうかがう。
ミュウジカは、片腕を失っていたかわりになにやら骨を持っていた。
人間の腕よりは大きく、恐竜の骨に近い。あの小さい方のドラゴンの腕はあんな大きさだったか。
そのドラゴンの腕をどうするのかと見ていると、剥き出しの肩口、断面に突き刺した。体液がこぼれ、うめき声が漏れる。
トランホルンが目を覆った。その気持ちはよくわかった。
あまりに痛々しく、肉が形成されていく過程もまた生々しい。
トランホルンがふたたびミュウジカを視界に入れるころには、彼女は竜の腕を手に入れており、手のひらにあたる部分を開いては閉じて動きを確認していた。
「あ、あの、ミュウジカ!」
そのタイミングでトランホルンが出ていった。
いきなりの来訪者に少なくとも警戒されると思っていたのだが、彼女は特別な反応を見せずにただこちらを見るばかりだった。
「覚えてるかな、私のこと、この楽器のこと」
自分の髪で作ったラッパを見せ、ミュウジカにもう一歩近寄ってく。
オルタナティヴは今にも飛び出して行きたかったが、ミュウジカはまだ何をしようともしない。
「真愛夜に……聞かせる」
「うん。ラヴリンスさんに聞かせたかったんだよね。あのね、今日はその曲、聞いてもらおうと思って」
相手が黙って頷いたのを見て、トランホルンは口元にラッパを持ってくると瞳を閉じて集中した。
演奏されるのはミュウジカも知っている曲のようで、曲を聞くうちにその目には涙が浮かび始めていた。
心に響いていることの証明なのかは、まだわからなかった。
演奏が行われているあいだ、オルタナティヴは大部屋を見て回った。
人影は複数あったのに、先程からミュウジカしか生者の気配がないうえ、異臭もこの部屋が一番強い。腐臭の源があるんだろう。
目当てだろう人影はすぐに見つかった。席に座らされている少女で、だらりと腕が垂れ下がっている。
まず生きてはいない。これが苺坂千代かまではわからないが、大部屋にはもうひとつ少女の死体が転がっていて、そちらも含めて片方が千代だということは容易に想像がついた。
転がされている死体には食いちぎったような跡がいくつもみられ、ハイエナに貪られたあとのようだった。
演奏が終わり、トランホルンは涙を流すミュウジカへ手を差し伸べた。
私とやり直そうなんて言って、旋律で彼女の心に語りかけていた。
ミュウジカの竜の腕が動き、握手に応じようとしてくれているのかとはわかっていても、オルタナティヴは飛び出しかけ、トランホルンは一歩後退りしそうになった。
それらの判断は正解だった。
ふたりの魔法少女が「ミュウジカはもう害意を持っていない」と思い込み、行動を抑えた瞬間に、竜の爪が振り下ろされた。
むりやりに接合された急造のものであっても、その腕はドラゴンのものだ。魔法少女の身体を裂くことができる。
すでに変身も解けただの菅原渦になったトランホルンの身体はいくつかの肉塊に分けられ、地面に落ちた。
今まで綺麗な音を奏でていた者が消え、周囲に数秒だけの静寂が訪れる。
たった数秒の空白の後、オルタナティヴはミュウジカへ飛びかかっていた。
まだ理解こそ追い付いていなかったものの、すべての感情を抑え「こいつは殺さなければいけない」ということだけは鮮明に感じられた。
ミュウジカの肉を引きちぎり、元に戻っていこうとするのを見て骨ごとひっつかんでまたちぎる。
竜の腕はたやすく外れ、肋骨はいくつも投げ捨てられ、この部屋に最後の死体ができる。
オルタナティヴには目の前の相手をめちゃくちゃに殺すしかなくて。
あの一瞬を躊躇っていなかったらという後悔を思っても、自分が助けたのはなんだったのかという虚無感も、ただ血飛沫が飛ぶだけの中に浮かんでは消えていった。