魔法少女育成計画abyss   作:皇緋那

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3.おやつの時間

 ☆ミュウジカ

 

 ひと仕事を終えて、ミュウジカは大きなため息をついた。

 特に喋るわけでもない立っているくらいの仕事だったが緊張はする。何せ14人もいる参加者を前にしてのことだ。

 知らない美少女があんなに並んでいて、それらの視線が集まってくる。思い返しただけでも手汗がにじむ。

 

 彼女がやらされた仕事は、ステージを運び、ボディーガードの真似事をするとのことだった。単なるラヴリンスのお付きである。

 

 ボディーガードのふりといってもあのうちの武闘派がひとりでも暴れだせばとてもミュウジカには抑えられない。

 グラナティオでも、ギャーサでも、すぐにKOされる自信がある。

 それなのにあのラヴリンスという魔法少女は、ミュウジカがいなければ嫌だとか抜かしていた。

 

 訳がわからない。役立たずを置いたところでなにも変わらないと思うのだが。

 

 ミュウジカよりも重要で、危ない役を担っていた相手はいま目の前で休憩していた。

 ラヴリンスはミュウジカの前では特に何も気にしないのか、短いスカートで脚を組んで砂糖2本入りの紅茶を飲んでいる。

 

 こうして自宅に帰ってきても、彼女のわがままには付き合わされることになる。残念ながらミュウジカのモチーフは女給ではないため魔法で楽なんてできない。

 もしなんでも家事ができるメイドの魔法少女だったら、この女との二人っきり同棲生活ももっと心労が少なくて済むだろうに。

 

「ミュウジカ。疲れたわね」

 

「そうですね」

 

 返事は適当でいい。

 こういう、上品に見えるようにだけ注意を払っていて油断しきっているときのラヴリンスは、多少ぞんざいに扱っても返事をするだけで満足してくれる。

 五音だけ発したあとは何も言わないで、相手を眺めた。

 

 学生服らしいような印象はあるが、スカートについた大量のふりふりや胸元の大きなリボン、なぜあるのか存在意義を問いたい小さなジャケットととても現実の学校に溶け込めるコスチュームではない。

 

 そしてラヴリンスの最たる特徴は、胸が強調されるどころかくっきり浮き出ている謎の状態にある乳房だろう。

 インターネットでは乳袋とか言うんだったか、コルセットもないのにどうなっているのだろう。

 相手は魔法少女なのでわざわざ考える必要もないが、ミュウジカはいつも気になっていた。

 

「ミュウジカ。今日はまだおやつを食べていないわね」

 

「そうですね」

 

「じゃあなにか作ってきなさい。一緒に食べましょう?」

 

 人懐っこい笑みが偉そうにもミュウジカを動かそうとしている。ここで逆らったところで、ラヴリンスはうるさく言ってくるだけだ。しょうがなく台所へ赴き、袖をまくった。

 

 ミュウジカの衣装は他の魔法少女たちよりずっと大人しい。

 こうして台所へ立っていても、しっかり束ねられた金色の長髪、動きやすいようなホットパンツに胸の下で結んだ上着とデキる女の昼休みといった印象のはずだ。実用性の無いラヴリンスとは違う。

 

 お菓子作りも慣れてしまったもので、てきぱきと作り上げていく。

 きょうのおやつはティラミスにしてやろう。ラヴリンスが勝手に材料を揃えてくるのだが、たいていのイタリアンスイーツを作れるようになっている。

 

 肝心の作る担当はいつもミュウジカだが。

 

 出来上がったティラミスをふたつ、ラヴリンスの待つテーブルに運んでいく。彼女が好んで使っているテーブルは、ミュウジカの月給の実に3割ほども持っていったおしゃれなやつだ。

 誕生日プレゼントならこれがいいと言われたのだ。女ふたりで向かい合って座るには余裕があるが、それより増えるとちょっときつい程度の大きさだ。

 これを彼女は結構気に入ったらしく、ラヴリンスに変身してダイニングにいるときはいつも座っていた。

 

 いつもどおり、ミュウジカはラヴリンスの正面に座った。フォークを互いに手にとって、一緒に手を合わせる。いただきますのあいさつは、この家で重視される事柄のひとつだ。

 それからひとくち。またひとくち。わがままお嬢様(ラヴリンス)の頬がゆるみ、笑顔になっていく。

 

 その道のプロや専門の魔法少女なんかには敵わないだろうが、ミュウジカ自身もきょうのはいい出来のような気がしてくる。甘さひかえめでさっぱりした味わいにうまく仕上がっている、ような。

 

「ミュウジカ。今日もいいじゃない。誉めてあげるわ」

 

「ありがとうございます」

 

 お嬢様は気分をよくしたらしい。気にくわないときはうるさいことこの上ないのでひと安心だ。

 当然のようにラヴリンスのぶんまで食器を回収し、ミュウジカは台所に戻っていく。おやつを食べて満足したのか、お嬢様もまた自室へ戻っていくのが見えた。

 

 外を出歩く何倍もだらしない。手伝ってくれたことなどないのでそのことはもう気にならないが、魔法少女10人超の前に立ったあとでもああして警戒を怠っていられるのは気になった。

 

 運営に今一番通じている魔法少女はラヴリンスだろう。

 運営側から専用のメールが送られてきた例は彼女以外にないはずだ。その一番運営に通じているであろう者でも、実のところ仕事を押し付けてきた相手の実像はわかっていない。

 

 恐らくは16人を魔法少女にした者とその相棒であるマスコットキャラクターが関係しているのだろうが、連絡はメールのみで行われた。

 その中でラヴリンスやミュウジカの端末では使用できない機能である、データ化できるステージやマイクなど魔法の国のアイテムの送信がたくさん行われており、ふたりは相手の言い分を鵜呑みにした。

 

 それにこの相手を信用しなければ消されるという予感があった。ラヴリンスも同じふうに感じていたらしく、説明会の仕事は二つ返事で受けた。

 見返りとして、ふたりは第一試験を免除されているらしい。端末のアップデートを行ったところ、マジカルキャンディーの数を確認する際の画面表示のかわりに試験のクリアを伝えるものになっていた。

 親切なのか不条理なのかわからない相手だった。

 

 皿を洗いながらいろいろ考えていたミュウジカの耳に、ふと流れる水の音以外の響きが飛び込んできた。

 玄関からした呼び鈴の音だ。ミュウジカは水道を止めると軽く手の水気を拭き取って、そのままお客を迎えに行った。

 

 控えめなコスチュームはこういったときに有利だ。美人さんですねと言われたり、仕事を聞かれたりくらいしかしない。ミュウジカを知らなければ、魔法少女なんて発想は出てこないだろう。

 

 堂々と扉の前に立つ。はぁい、としっかり聞こえるようにした返事を演じ、来客を出迎える。

 玄関の重めな扉の向こうに立っていたのは――女子高生、だろうか。そのくらいの年頃の女の子だった。

 少なくともミュウジカの記憶にはない人物だ。可愛らしくはあるが、魔法少女の完成された容姿とは違う。

 

 来客はぺこりと頭を下げ、ミュウジカもつられて頭を下げた。

 

「そのままでもお客さんの応対ができるんですねぇ。憧れちゃいます」

 

 そのねっとりした話し方に聞き覚えはない。だが、相手はミュウジカが魔法少女であると気づいている。

 即ち、相手もまた魔法少女だ。説明会終了後、帰路につくふたりを追いかけてきて家を特定したのだろう。いったい何が目的なのだろうか。

 

「あぁと、変身前の私じゃわかりませんよねぇ。見つかるとあれですし、屋内で変身したいので……上げていただけませんこと?」

 

 少女の言葉は怪しい。こんな人物をみすみす家に連れ込んでしまうなど、それこそラヴリンスほどに警戒を怠っている。

 それだけの材料ではさすがに怪しいことくらいわかっていた少女は仕方なくポケットから手帳を取り出した。近所の高校の生徒手帳だ。

 学生証には『苺坂(いちござか)千代(ちよ)』と書かれている。偽造の気配はなく、写真はまさしく目の前の彼女だ。

 

「これで身分証明になりましたかねぇ?」

 

 変身を一般人に見られれば面倒になることは間違いない。相手のことを知るためにも、ミュウジカは千代を自宅へ上げていいとした。

 千代はお礼を言って靴を揃えて上がり込み、宣言通りに変身を済ます。

 

 光が晴れて現れる衣装は、いちごの装飾やチョコ色の角らしき突起など派手なものだった。

 見るからに甘ったるそうで、さっき作ったティラミスの方向性とは逆だ。くるくる巻いた髪が銀色に輝いて積み上がったクリームを表現しているらしい。

 

「このとおり、これがリアルです。あぁ、私の名前はパフェクトスイートといいます。よろしくお願いいたしますねぇ」

 

 ミュウジカに対し、その甘ったるそうな手を差し出すパフェクトスイート。

 すこし躊躇ってから重ねてやったが、別にべたべたするとかそんなことではなかった。

 本当にクリームでできているなんて魔法だったら、ぜったいに彼女の前では変身解除できなかったことだろう。

 

「それでですねぇ。もうおわかりだと思いますが、私が聞きたいのは運営からの連絡の件でしてぇ」

 

 パフェクトスイートの用件はだいたいミュウジカの予想通りだった。

 あれだけ予防線を張っていたラヴリンスは、逆に怪しい。黒幕に通じていると考えるのは自然なことだ。

 また魔法の端末には第一試験が始まってすらいないというのにクリアしたことになっている。これが運営側による贔屓であることは事実だった。

 

 ミュウジカは、誤解されたままだと今後の試験で疑われ不利になるかもしれないと思い、大方全ての事情を相手に話してしまう。

 パフェクトスイートは頷きつつ聞き続け、だいたいを把握すると再びべったりと話はじめた。

 

「そうでしたかぁ……それはそれは失礼いたしました。疑いをかけ、ストーキングまでしてしまい申し訳ありません」

 

 パフェクトスイートの歪んだ口角は何かを企んでいるように見えなくもない。だが、発言は真意なのだろう。

 この訳知り顔は生来のもので、彼女にラヴリンスを疑う以上のものはありそうではなかった。頭を下げるパフェクトスイートから、悪意は感じない。

 

「このたびはありがとうございました、リアルが見えてきますわぁ」

 

 このべったりとした口調は、もしかすると甘ったるいクリームがモチーフの魔法少女だからだろうか。パフェクトスイートの派手な衣装を見ているとそう思えてくる。

 ミュウジカもいちおう礼を返し、いちごのぬいぐるみがいくつも縫い付けられたスカート部が目にはいる。

 

 ひとつ、思い出した。そういえば冷蔵庫にはいちごがいっぱい入っている。

 

 どうしてそんな生の物を使わずにわざわざティラミスなんぞにしようと思ったのだったか。ミュウジカは数十分前の自分を責めながら、せっかくなのでいちごを消費しようと台所へ向かう。

 パフェクトスイートはいつもミュウジカが使っている席についてもらった。二度目のおやつはいちごのムースにでもなるだろう。

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