魔法少女育成計画abyss   作:皇緋那

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第2章 ただ、燕が飛び立つように
1.公園の公演会


 ☆トランホルン

 

 魔法の端末に通知が届けられ、参加者16名には試験の開始が告げられた。

 それに伴ってE市における魔法少女目撃件数は大幅に増加。

 地域専用の魔法少女まとめサイトもオープンし、たった数日だというのに大きな人気を誇っていた。

 

 中でも『灰色の魔法少女』オルタナティヴが一番人気らしかった。

 なんでも、彼女の容姿がN市の白い魔法少女にそっくりだとかなんとか。

 

 トランホルンとしては、理由はその程度のものだけではないと思う。

 トランホルンたち四人の中で、一番マジカルキャンディーを持っていて、一番熱心に人を助けているのだから。

 

 初日も二日目もオルタナティヴのキャンディー数はトップを走っていた。

 つまり、それだけ多く目撃されているしそれだけ多くの人が助けてもらったのだろう。

 

 一度、オルタナティヴの活動を見てみたことがある。

 次から次へと飛び回っていくためついていくのに精一杯どころか見失ってしまったのだが、ひとつわかったことがあった。

 ただ死にたくないから休日を削っているトランホルンたちとは違って、人の笑顔を心の底から喜んでいるようだったのだ。

 感謝の心を受け取る彼女は、ほんとうに幸せそうで。あれが見れただけでも後をつけた甲斐があったというものだろう。

 

 そのトランホルンはというと。小さな仕事でもこつこつとこなそうとしていたのだが、そんなに都合よく困っている人は見つからないのだった。

 

 四人のうち、なんと大差をつけられ最下位だった。

 全員に心配され、特にアンチルには怒られて、オルタナティヴのキャンディーを少し分けてもらったが量は2位のミルキーとやっと並ぶくらいにしかならなかった。

 

 トランホルンの魔法は『身体を金管楽器にできるよ』だ。アンチルの『隠れたら見つからない』よりも使い所はないわけじゃないだろうが、どうやって人を助ければいいのだろうか。

 髪の束だけでは本格的にはならないし、腕なんかを使うにしても、使っている部位は楽器になってしまう。怖がらせてしまうだけだろう。

 使えるのはおもちゃのラッパくらいだ。

 

 じゃあ使えよ、とはアンチルの弁だった。

 近所の公園に張り込んで、泣いている赤ちゃんなんかが現れたらいいなと、実際はよくないことなのに期待してみているところだった。

 こうして待っている間はヒマである。

 

 快晴の日曜の昼、子供たちが騒ぎながら遊びに集中している。

 魔法少女の常人ではない整った容姿、派手な衣装も問題になっていない。

 この状況ならば、きっとおもちゃのラッパくらい許されるはずだ。

 

 自分の髪のひとふさを手にして金色の筒に変えてしまうと、大きく息を吸って口元に持ってきた。

 演奏するのはよくテレビで流れている有名な洋楽にしておこう。どこかで聞き覚えがある、くらいでいい。

 

 高らかにラッパを吹き鳴らし、公園中に響かせる。するとすぐに皆の視線がトランホルンに集まってきた。

 トランホルンが変化した楽器の音色は澄んでいるので、当然と言えば当然だ。こういう感覚も悪くはない。初めて魔法が役に立った。

 

 そのまま気持ちよく、瞳を閉じて演奏を続ける。足音と気配がいくつか近寄って、集まってくる。

 少年が3人、少女がふたりくらいだろう。砂を踏む靴音でそう判断する。

 

 目立つのには慣れていないので、目を開くのはちょっと怖かった。

 けれど、自分は魔法少女だと言い聞かせ、相手は小さい子だから大丈夫と自分を納得させ、落ち着いて目を開けた。

 少年少女は予想通りの人数で、それぞれ目を輝かせてトランホルンを囲んでいた。

 

 トランホルンがふぅ、と息をつくと、曲が終わったとわかった女の子の片方が拍手をはじめてくれた。

 それに乗じて、まわりの皆も拍手と称賛を奏者に浴びせる。ふだん目立てない渦がこうして「お姉ちゃんすごーい!」「かっけー!」という声に晒されれば、照れる以外に反応できない。

 トランホルンは緊張で自分の耳が赤く染まり熱を持っていくのを感じていた。

 

「あら、こんなところでコンサートだったの?」

 

 ふと。聞き覚えのある声がした。

 思うより早く振り返り、見たことのある端整な顔を目撃する。

 

「なかなかいいじゃない? ねぇ、ミュウジカ」

 

 数日前、説明会で集中して聞いていた声。魔法少女、ラヴリンスだ。ステージを運んでいたお付きもいる。おそらくキャンディー稼ぎ中に音色が聴こえてきたのだろう。

 魔法少女に出くわす可能性までは考えていなかったため、しばらく呆然とラヴリンスを眺めていた。

 彼女とお付きのミュウジカはそんな視線など気にせず、周囲の子供たちに混じって次の曲を待っているようだった。

 

「……ええっと、何にしよう、かな、なんて」

 

「もう一回同じのでいいわ。まるで魔法のような音色だったもの」

 

 自分を知っているというわけではないにしろ、魔法少女同士ならここで出会って終わりなんて関係にはならないはずだ。子供たちとは違う。

 ラヴリンスとミュウジカに聞かせようとするのは緊張する。

 

 トランホルンが力なく頷き、もう一度瞳を閉じる。せっかくなのだから、違う曲にしよう。

 夜にやっているドラマの主題歌だったはずの人気の曲を選び、トランホルンは演奏を始めた。

 

 今度はさいしょから、さいごまで。せっかくやるならとことんやるしかない。

 イントロから入り、曲の中にラッパでない音があると気付き、目を開ける。混じってきていたのは、ラヴリンスの歌声だろうか。

 

 ラヴリンスの声によるさらなる演奏が途中から混じる中、曲が進行する。

 魔法少女の歌声は言うまでもなく美しいものだ。魔法の音色と少女の綺麗な歌声が出会い、とけあっている。

 

 少年も少女もミュウジカも、たったふたりでヴォーカルとラッパだけの演奏だというのに呑み込まれ、手拍子すら忘れて聞き惚れていた。

 

 こうしてみんなを聞き惚れさせている時間は夢のようで、奏者にとっても永久のように永く、瞬きのように刹那の出来事だった。

 

「やっぱりいい曲よね。甘酸っぱくて、きれいな思い出になりそうだわ」

 

 歌い終えたラヴリンスは頷きながら感想を述べる。この曲は確かに甘酸っぱい初恋の歌で、名前にラヴなんて入れるくらいだからそういうラブコメなんかが好きなのかもしれない。

 ほぼ初対面の相手だが、ちょっぴりラヴリンスと仲良くなっている気がする。

 

「こういうちょっとしたコンサート! 私もやってみたいわ! この公演が終わったら教えてちょうだいね!」

 

 公演だなんて言えるほど、トランホルンの演奏は立派なものではないと思うけれど。

 そういう彼女の瞳は、先程憧れと尊敬の色に染まっていた子供たちの瞳にそっくりで。

 

 すこし、お姉さんぶりたくなる瞳だった。

 

「はい。大丈夫、ですよ」

 

「ほんと!? やったわねミュウジカ!」

 

「よかったですね」

 

 子供のようにはしゃぐラヴリンス。実際、ぎりぎり子供と言えるほどの年頃の容姿なのだが、中身がそうとも限らないのでように、としておこう。

 そのラヴリンスを、周囲の現役子供たちはうらやましそうに見ている。トランホルンは気分がよくなった。

 

「みんなにも教えてあげようか?」

 

 その場のノリで口走った。全員にトランホルンの変化するラッパを教えてあげるとすると、髪の束が足りなくなるかもなど考えず。

 可能性に気づかないまま促されて二曲目をはじめてしまい、それが事実であって問題になると気づいたのは三曲目の終盤で。

 あっ、とつい声を漏らしてしまった。

 

 ラヴリンスが首をかしげ、トランホルンは取り繕おうとした。

 けれどラヴリンスに何かに気づいた声だと指摘されて、正直に話すしかなくなった。

 

「きょうはちょっと楽器が足りない、かな?」

 

「ひとり一本当たらない、ってこと? 大丈夫よ、吹き方を教われば」

 

「ごめんなさい。私のラッパ、ちょっと特殊だから」

 

「そう。何本足りないの?」

 

 ここに集まっている、参加してくれるらしい子供たちは5人。それに、ミュウジカ、ラヴリンス、トランホルン。

 怪しまれない範囲で髪から作れるのはあと6本くらいだろう。つまり2本足りない。

 教える側のトランホルンが使わずに教えようと切り換えてもひとりに諦めてもらうことになる。

 

「1本、かなぁ」

 

「そう。ねぇ、ミュウジカ」

 

 ミュウジカはいきなり名前を呼ばれてぴくりとした。表情の変化こそ乏しかったが、それは平静を装っているだけだろうか。

 冷や汗がひとすじ垂れて、何を言い出すのか悟ったらしく諦めの色がすこし出てくる。

 

「わかりましたよ。私が諦めれば」

 

「いいえ? あなたが修得して私に聞かせなさいってことよ。音楽、好きなんでしょうに」

 

 驚いて目を丸くしながら、ミュウジカは頷いた。

 トランホルンはラヴリンスにごめんなさいと頭を下げ、その流れで髪から楽器を一本作ってやった。これはミュウジカに渡す。

 

 ラヴリンスはといえば、満足そうにしていた。言い出しっぺはラヴリンスだというのに。

 もともと、問いただしてきたときからこうするつもりだったのだろうか。

 

「あ、あの! お姉さん、わたしにもおねがいできますか?」

 

 小さな女の子がひとり、トランホルンが主従のやりとりを眺めてぼうっとしているため急かしてきた。

 ごめんねと言うあいだに後ろ髪を楽器に変え、渡してやる。この女の子に乗って僕も俺もと押し寄せてきたほかの子供たちにも同じだ。

 全員に行き渡る頃にはトランホルンは襟元がすっきりしていたのだが、幸いみんなラッパに夢中だったので気づかれなかった。

 

 いったんほっとして胸を撫で下ろし、ひとまず楽器の説明に移ることにする。

 

 トランホルン以上に、この楽器について知っているものはトランホルンのみである。彼女自身の音色を知るのは彼女自身なのだ。

 魔法少女になったとき、ひとりで学校に残り必死に練習したので間違いはない。特に高いドと低いドの違いが難しかった。

 モノはおもちゃのラッパだが、音は吹き方と心で変えられる。そういう魔法なのだ。

 

 自分では持っていないのでお手本を見せられず、講義がなかなか進まなかったが、どうにかトランホルン式の音の出し方は覚えてくれたようだ。

 みんな拙いながらにかんたんな童謡くらいは吹けている。あとは練習あるのみだろう。

 運指もなにもなく、ただ息と心で勝負するこの楽器は努力でぜんぶなんとかすればいい部分があるはずだ。

 その旨を皆に伝え、ちょっと苦手らしい女の子には付きっきりで教えてあげた。

 

 気が付けば、日が傾いている。

 皆して吸収が早くスムーズに教えることができたはずだ。

 特にミュウジカの成長がすさまじく、一番一生懸命に取り組んでいるようだった。

 最初は仕方なくに見えたのだが、情熱を秘めていたらしい。トランホルンが彼女に抜かされるのも時間の問題かもしれない。

 

 やはりコスチュームの影響というのはあるのだろうか。

 真剣に演奏しようとするミュウジカは、芸術にも精通したかっこいい学芸員という感じでちょっぴりうらやましかった。

 

 そうして公園でひたすら吹き鳴らすという時間を過ごし、やがて夕日が赤く照らすようになり、次々と子供たちが帰っていく。「ありがとう、楽しかった!」の声と笑顔は、トランホルンの心を癒す。

 オルタナティヴがあそこまで人助けをがんばる意味も今ならわかる気がした。

 

「あの。もう夕食のお時間で……こちらのほう、お借りしても大丈夫でしょうか?」

 

 ほかはすべて髪に戻していたのだが、ミュウジカの使っていたものだけ残っていた。その程度であれば影響はない。

 変身後であっても後ろ髪が一束欠けているだけ、いくらでもごまかせるだろう。

 

 まだ返さなくたっていいと答えると、大喜びで深々と頭を下げて礼を言ってくれた。

 魔法少女同士でこんなことめったにないのではないだろうか。

 ミュウジカに頭を上げさせ、彼女の口元がゆるんでいるのをほとんど初めて見た。

 

「えぇ、えぇ。いいことだわ。ミュウジカ、できたら私にも聞かせなさいね」

 

「はい。楽しみにしててくださいね」

 

 この二人はもうちょっとぎすぎすしていなかっただろうか。ミュウジカの態度が柔らかくなっている気がする。

 トランホルンに礼を言いながら帰っていくふたりを見送り、ふと茜色の空を見た。

 雲は渦を巻いているようで、太陽はまだ山際に顔を出している。

 

 泣いている赤ちゃんなんかは見つからず、日が暮れている。けれど、トランホルンは満足していた。

 自分の魔法の端末を見てもキャンディーの増え方は地味で、ちょっと期待はずれではあったけれど、アンチルにはこれだけしかないのかとまた言われてしまいそうではあったけれど、思わぬ喜びを知った。それで十分だ。

 

 トランホルンは気分よく帰路につく。口笛で軽く、あのドラマの曲を吹きながら。

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