☆プレーン・プレーン
ついに試験が始まってしまった。
プレーンは、休日の自分にもちゃんと仕事があってよかったと安心し、せっせと送迎に勤しんでいた。
マジカルキャンディー獲得数は意外と多い。この調子でいけば、開始から4日目に行われる中間発表のころには五桁の大台に乗るか乗らないか、というところまでいけそうだ。
特に困っているらしい社会人の遅れられないの心は多くのマジカルキャンディーを生んでくれるらしい。
マジカルキャンディーといえば。
現状、電車を乗り逃した顔見知りに出会ったことはない。
しかし、自分と同じ学校らしい女子中学生を助けてもキャンディーをもらえていなかったことがあった。
あまり困っているらしい様子のないおじいちゃんや、ウワサを確かめに来ただけの小学生でももらえたのに、だ。
いったいどういう特例かと運営にメールで聞いてみたところ、魔法少女を助けてももらえることはないという解答が返ってきた。
ということは、植野空と同じ中学校にも魔法少女がおり、同じ運命を課せられているのか。
どこか理不尽な気がした。元よりこんな試験、理不尽極まりないのだが。
ある日。ひとりの女性、というほどでもないほどまだ年若く、新入社員といった装いの人物を送り届けることになった。
鍛えているのだろうか、身体が引き締まっており、すこし羨ましい。
彼女は急いでいる様子もなく、噂をタクシー代わりに使おうとしているらしい。表情からそのくらいは推測している。
プレーンは若干引いていた。この女性を乗せるなら、それこそおじいちゃんでも乗っけていたほうが有益だったかもしれない。
そうとも考えながら、魔法の端末に地図を表示させて目的地を確認した。
町外れの廃ビルに何の用事があるというのだろう。いかにも怪しい場所だ。
何度かはそういう場所に連れていってもらおうとする小太りな男性なんかもいたので道のりはわかるし、ふだんのプレーンはどんな用事があろうと追及しないようにしている。
とはいえ、さすがに若い女性ひとりでそんな廃ビルに行きたいというのは危ないと思う。
出発前、プレーンが気になって女性をミラー越しにちらちら見ていたのは気づかれていただろうか。
ふと、女性がスマートフォンを取り出す。可愛らしいケースに入っていて、女性らしいといえばらしいだろうか。
もし彼女が魔法少女だったなら、あのスマートフォンが魔法の端末になるだろう。ハート型で見辛い画面のくせして、魔法というだけあって便利機能がたくさんある。
性能なら従来の製品より遥かに上を行く。それを使わない理由は、画面の形以外にないだろう。
ぴろりん、と通知の音がした。彼女の端末からかと思ったが、女性の視線がこちらへ向いているあたり、どうやらプレーンのものかららしい。
相手は急いでいないので、ちょっと失礼して適当なビルの屋上にいったん着陸する。
自分の端末を確認すると、なにやらメールが届いていた。
試験の開始に伴うアップデートにより、魔法少女どうしで専用のアプリを使い、メールのやりとりやマジカルキャンディーのやりとりができるようになっていたそうだ。
わざわざ使わなくてもよかったため、プレーンは使ったことがなかったが。
届いていたメッセージの差出人はギャーサになっている。中身は子供じみたもので、「だ~れだ?」とだけ書かれていた。
ひとめ見ただけでは、何のことかわからなかった。
わからなかったのだが、ミラー越しに今一度後部座席を見てみると、女性がにやついているのが見えた。
頭の中にひとつの可能性がよぎる。もしかすると、こうかもしれない。
「……あなたが、ギャーサなの?」
恐る恐る口に出す。女性のにやつきが最高潮に達し、答えはすぐに返ってくる。
「ファイナルアンサー?」
某番組の真似事だろうか。その反応には、説明会のときに感じたうるささの片鱗を覚える。
間違いない。この女性は、変身前のギャーサだ。
「ファイナルアンサー」
ミラー越しにふたりの視線が重なった。
互いの目をじっと見続け、女性がだんだん険しい顔になっていき、こう告げた。
「……大正解!この私、
女性、刈葉の身体が光に包まれて、体格までもが変化する。
いつの間にか手に槍が握られていて、服装はオフィスらしい服装からビキニほどの面積しかない鎧だけにボディペイント、なんて状態へと変わっていた。
紛れもない、あのギャーサの姿だ。
予想は的中したらしい。彼女は相変わらずのにやにやで嬉しそうにしている。
「幽霊船の噂さぁ、私の周りにもけっこう広まってるんだよ。
いや、特徴聞いたらプレーンちゃんっぽかったし、ちょっと会いに行こうかなって思ってさ」
外せば大恥をかくところだった、と笑うギャーサ。
それでも実行に移ったのだから、なかなか怖いもの知らずだと思う。プレーンにはそこまでできない。
ギャーサはプレーンについてを噂を、プレーン自身の聞いたことがあるものよりもっと脚色して話し出した。
やれこの世のものとは思えないほどの美貌だの、やれコスチュームが最高にエロいだの。
どうしてわざわざそれを本人に向かって言うのか。ギャーサの考えていることがよくわからないまま、プレーンは透明な戦闘機を大空へと飛び立たせる。
考えていることがわからないといえば、どうしてギャーサが目的地を廃ビルなんかに設定したのだろうか。
顔見知りの魔法少女ともなれば、行き先に無頓着でもいられない。
こうして第一試験が人助けを趣旨として開催されているのだからそういう案件だろうが、いったいどのような人を助けるのだろうか。そのことばかり考えている。
いま使っている車のモチーフは自家用ジェットである。車だと、透明なので追突されたりしたりで大変だ。そのため、ふだんからわざわざ大空を飛んでいるのだ。
バードストライクはない。作った乗り物にはプレーンのイメージが反映されるため、滅多にないと思っている事象は滅多にない。
だから、プレーンが避けることはほとんどない。なにもしていなくても安定する。
空にはまだ原理がよくわかっていないため、魔法で飛んでいるのだ。
目的地へまっすぐ飛んでいれば、やがて廃ビルが見えてくる。
徐々に高度を下げ、近辺の同じような場所の屋上に着地、ふぅと達成のため息をついた。
「んしっ、おつかれ!」
それじゃあ行こうか、と言ってギャーサはプレーンの手を引っ張って、車内から引きずり出す。
予想外の事態で、それに力の差も加わって、プレーンの身体は成す術なく引っ張り出された。
陰気臭いコンクリートの色の中に、金属製の靴と革靴が混じっている。ギャーサやプレーンの容貌は目立っていた。
がしゃがしゃと金属とコンクリートがぶつかる音を鳴らしながらギャーサはプレーンを引っ張っていく。
されるがままに連れていかれたのはビルのはしっこだった。何をするのかと思った瞬間、プレーンの身体は宙に浮いたような気がした。
おひめさまだっこ、というやつだったか、その状況になったらしかった。
「よっと、それじゃ行こうか」
何が始まるのかわかりきっていないプレーンを抱えたまま、ギャーサはビルから飛び降りた。
下手に動いたほうが危険だろう。この程度で死ぬほど魔法少女は柔じゃないけれど、絶対にこれは痛い。
地面にヒビをいれかけつつ、ギャーサは着地する。
ただしプレーンはおひめさまだっこのまま下ろされず、抱えられたまま進まれていく。
まっすぐ先には、地下に通じる階段があった。階段の奥ではシャッターが降りているがギャーサの目的地はこの地下なのか。
彼女が誰かと通じているのか、それとも魔法少女の秘密基地だろうか。
プレーンは忘れかけていた口を開くという行為を思い出して、疑問を投げ掛けた。
「ここって、いったいどこなんですか?」
「んー、もしかして知らなかった? このへんの大学じゃあ鉄板ネタだよ」
大学。プレーンの中身、即ち空はまだ中学生だ。
幼なじみの少年はおしゃべりだが、こんな廃ビルの地下なんて聞いたことがなかった。
首をかしげて沈黙する様子を見て知らないのだろうと察してくれたギャーサは説明にはいる。
「このへんのビル街の地下ってね。金持ちが集うヤミ闘技場があるんだって」
真剣な顔で、いきなり映画みたいな設定が生えてきていた。
日本でそんなヤミ闘技場だなんて、平和に暮らす空にとっては知る由もないことだ。
「あるらしいのさ。でさでさ、そこに『初撃で敵を倒す少女がいる』っていう話もあるのね」
なんでも、殺人熊や象まで短剣1本で、しかも1発で仕留めてしまうらしい。そんな芸当ができる人間はいるはずがない。
……人間には。
「おや、お察しのようで。そうだよ、それ。『ひとめで弱点がわかるよ』ってさ」
弱点が一瞬でわかる魔法の持ち主をプレーンは知っている。
しかも1度弱点を見抜かれている。耳が弱いだなんて告げられた覚えがある。
つまり、このシャッターの先、ヤミ闘技場では。
「グラナちゃんががんばってるかもって、ことだよね。それでさ、ちょっとあの子に直接会って話したくなって」
マジカルキャンディーの獲得量はどれだけ困っているかで変わってくる。
が、プレーンの送迎で常にもらえていることを考えると善悪は問わないのだろうか。
こうして「死」をちらつかせ極限まで追い詰めようとする試験ならば、魔法少女を悪の道に堕とそうとしているとも考えられる。
より生き汚い選択を望んでいるとも、
だ。グラナティオが選んだ闘技場とは、そういうものではないだろうか。
たった1度しか会ったことないくせして、プレーンは気が気でなかった。
ギャーサに抱えられた視点からシャッターを眺める。一見普通の古いシャッターだが、どこか禍々しく思える。
人の不幸を見て嘲笑う、人の汚点が漏れ出ているかのような禍々しさだ。
ギャーサが1歩、また1歩と近寄っていくことで、扉との距離はなくなっていく。
監視カメラが右上でプレーンたちをしっかりと捉えているほどの距離になり、ギャーサは呟いた。
「グラナちゃんを見つけるまで、プレーンちゃんはこのままでいこうか。もし襲われたら守って戦うよ」
人懐っこく、頼れるようで、危なっかしい微笑みだった。
ギャーサの懐が何より安全なのはわかるけれど、これから堂々襲撃しますと言っているようなものだ。
そしてそれは事実だった。プレーンの動体視力ですら一瞬に見えるスピードで、蹴りが1発放たれた。
シャッターが衝撃をすべて受け、その後ろに構えていたらしい二重の鉄の扉までもが数台のカメラを巻き込みながら飛んでいった。
金属音のあとに、けたたましい警報が鳴り響いている。どう考えても招かれざる客だ。
ギャーサは動じずに踏み込んだ。
中途で現れる防衛機器は裏社会だけあって躊躇なく発砲してくるが、その程度はまるで当たらない。
片手で槍を操っているだけですべて弾かれ、いつの間にか本体まで壊されている。
数十キロの少女を抱え、彼女を守り通し戦う。それは大きなハンデであって、難しい誓いであった。
それ故にギャーサは力を得ている。今のように、片腕でも普段以上の力を。
カメラを8台、扉を12枚、曲がり角を3つほど通過したころ、次なる障害に出くわした。黒服の男たちである。
銃器を持っているが、生身の人間だろう。魔法少女には到底敵わない。
槍の穂先と銃弾が火花を散らす、なんてハイスピードアクションを眼前でやられれば、もう映画みたいどころの話ではない。ド迫力すぎて、心臓がばくばくした。
守るという誓いどおり、プレーンには一撃も届いてこなかったのは幸いだった。
キズひとつつけられることなく、裏社会だなんて本来訪れるはずのない場所へ訪れている。
階段から長い長い通路を駆け抜け、途中でささやかな障害を取り除き、ついには特に頑丈そうな扉の前にいる。
ギャーサは頭を振りかぶると全力の頭突きを行い、頑丈そうな扉をこじ開けてしまった。
予想以上に広い扉の先では、多くの人々がざわめいていた。テレビ中継で見るボクシングや野球の観客席のようでもあった。
中央のリングには芝が敷かれており、寝転んだら気持ち良さそうだったが、そのリングのまわりは客席と金網で分断されていて、ただならぬ雰囲気だった。
わざわざ地下に作られている時点で、まっとうなスポーツなんかではないとわかるのだが。
近くに座っていた数人の視線がこちらへ向いていたが、すぐに中央モニターへ視線が戻っていった。
もうすぐ試合が始まるという。まわりの声を聞いているぶんにはそのようだ。
大きなモニターには、ヒトツキ参戦と書かれている。
ヒトツキというのが、きっとグラナティオのことだろう。一撃で敵を蹴散らす魔法少女のリングネームとして、ヒトツキというのが使われているのだろう。
どうしてグラナティオがこんな場所にいるのかはわからなかったが、とにかく数分後にはあのリングに彼女が立っているはず。
対戦カードは巨大ヘビ、であるらしい。
たしか、世界の危険生物とかそんな番組で見た気がする。噛まれれば、毒の質よりも量で殺されるという種のはずだ。そんなものと戦うのか。
驚いていたプレーンは、ギャーサに引っ張られて金網の近くまで連れてこられた。
魔法少女なら、この程度大丈夫なのだろうことを思い出す。
数分後、試合開始のアナウンスがあった。ヒトツキと呼ばれ、予想通りグラナティオが登場する。相対する敵は巨大ヘビである。
やっと彼女が見つかったことでいまだに抱えられていたプレーンは降ろされて、すこしばかりよろめいた。
グラナティオは客席には目もくれず、拘束具まみれのコスチュームで平然とヘビの攻撃を避け続け、後頭部に蹴りの一撃を入れただけで倒してしまった。
魔法少女の攻撃力はもちろん高いが、これは「弱点」であるが故の一撃必殺だろう。
一瞬で終わってしまった対戦に、グラナティオはため息をついていた。
「いいなぁ」
ギャーサが言葉を漏らす。彼女のモチーフもまた戦士だ。
戦う魔法少女だ。彼女はきっと、ふだんから退屈している。人助けなんて平凡な日常に飽きている。
グラナティオに会いに来ようとしたのも、その退屈をまぎらすためだろう。
プレーンは金網を指して、ギャーサを唆した。
「このくらい、簡単に壊せるでしょ」
目を丸くした後に嬉しそうな顔を見せ、ギャーサは槍を動かした。
予想通りに金網は切り抜かれ、蹴り飛ばされた。ヘビの残骸の上に金網は着地し、からんと音を立てた。
周囲のすべてがギャーサを見ている。
「ありがとね、プレーンちゃん。お礼にいいもの見せたげるよ」
ギャーサがリングに乗り込んでいった。客席は大きく盛り上がり、グラナティオもまた構えた。
「どうしてここにいる? というか何故乱入してきた?」
「楽しそうで羨ましいからさ。1戦やろーよ」
いきなりのお誘いだった。いままでずっと無表情だったグラナティオの顔が変わる。歓喜の色だ。
戦う魔法少女は対峙する。
説明会のときのようにおためしの打ち合いではなく、これは本気の
遠慮なく打ち合って互角だったふたり。あのときはグラナティオに全力を出してもらうための前哨戦だったのだろうが、互いの実力はわかっているはず。
自分と相手は同じくらい強いし、まわりの魔法少女よりも強い。
観客どもがざわめいている。金網を裂いての飛び入り参加だ。セキュリティはどうなっているんだ、という声がした。
しょうがない。相手が彼女だったから、足りなかっただけだろう。徒歩のプレーンならここまでたどり着いていない。
心の中でセキュリティを擁護して、意味のない気持ちだと切り捨てて、プレーンはリングに立つふたりに集中した。