エヴァンゲリオン エンドレスループ   作:にゃんま

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本編はあくまでも、『起こりそうな世界』の話を書いてます。
例えば『使徒殲滅後に被害者(トウジより過激)から恨まれ殺された世界』や『計画を止められたゼーレから殺される』等で、つまり、ヒーローの裏側みたいな感じです。
だから、シンジ君がさらっと、○○に殺されたって言ったり、拷問された話が出てきたり、シンジ君達がわりと辛い回想をしたりとしますが、それはキャラが悪いのではなく作者が悪いので、読んだ後に『こんなのシンジ君じゃない!』や『流石に酷い』と不快に思われる方がいると思いますので、先に謝罪しときます。
ごめんなさい。

最後に地の文はワザとシンジ君らしくない所を出してますが、ハーメルンに移植するときに少し修正して投稿してますので、
『会話文でシンジ君らしくなかったり』
『キャラの口調がおかしかったら』
報告してくれると助かります。
誤字、脱字、誤用、感想も助かります。


第一章 永遠と誓い。

 鐘の音が聞こえる。幸福を知らせる鐘の音だ。

 僕と綾波を祝福する鐘の音が鳴り続けている。

 目の前にいる綾波は、薄水色のウェディングドレスで身を包み微笑んでいて、僕は彼女が選んだ、上下真っ白なタキシードを着ている。

「綾波、僕は誓うよ。永遠に君を愛している」

「私も、あなたを、碇君を永遠に愛すと誓うわ」

 僕達はお互いを一生涯愛すると誓った。僕と綾波の二人しかいない教会の中で。僕は綾波に誓い、彼女は僕に誓った。本来なら神父の前で、祝ってくれる人達が見守るその中で『神』に誓うものなのかもしれない。でも、僕も綾波も神を否定した。誰にも邪魔をされたくないと。神なんて信じないと。

 僕が信じるのは自分と愛した人達だけだ。

 だから、自分に誓い、相手に誓う。

「――碇君。行きましょう」

 綾波が微笑んだ。その赤い瞳には僕が映っている。それから彼女は僕の手を取り、握った。

「うん、皆まってるからね」

 僕も笑顔で応え、優しく握り返す。

 そうして僕達は寄り添いながら、外へと繋がる扉へ向かった。床に敷かれたカーペットの上を、1歩、また1歩と幸せを確かめるようにゆっくり歩く。ステンドグラスからは、光が差し込んでいる。

 やがて扉の前に僕達は辿り着いた。

 ここを出れば大勢の人達からの祝福を受けるだろうな、なんて考えながら僕は扉へと手を伸ばす。

「碇君――後、一時間、一時間でいいの、やっぱりここにいましょう」

 綾波の呟きに、僕は手を止めた。

「気持ちは分かるけど、一時間は流石の僕でもおかしいと思うし、それにアスカが怒るよ」

 そう言うと、綾波の肩が揺れた。

「そう。碇君はこういう時もセカンドを優先するのね。私はファーストなのに。最初からファーストなのに。碇君とファーストコンタクトを取ったのも私なのに。それに式の最中に、新婦以外の女性の名を出すのはおかしいと思うわ」

 使徒を殲滅し、父さん達やゼーレの計画を阻止し、世界が平和になってから約六年、綾波は口数が増え、感情表現も豊かになった。ただ、その過程でアスカの影響を多大に受けた綾波は、意地悪と言うか、冗談をよく言うようになった、と言えばいいのかわからないけど、僕を責めて楽しむようになった。

 僕は慌てて言い返す。

「いや、ごめん。でも今のは事実と言うか、やっぱり一時間はおかしいよ。せめて五分ぐらいなら」

 すると、綾波は繋いでいたその手に力を込めて、僕の手を強く握った。

「論点をすり替えないで。他の女性、それも何故、一番にセカンドの名前を出したのかを聞いてるの」

「僕の中では、怒るイコール、アスカなんだ。綾波もそれはわかるよね?」

 ごめん――と僕は心の中でアスカに謝りながら必死に、でも、それを表情には出さないように気をつけて、それからアスカの傍若無人さを丁寧に説明をした。

 その間、綾波は観察するように僕をじっくりと見ていた。僕が話終えると、綾波は綺麗な形をした唇を開いた。その唇には薄紅色のルージュが引かれている。

「つまり、碇君は私より先に、それも昨日式を挙げたばかりのセカンドをすでに嫌いだ、と言うことなのね」

「違うよ、僕はアスカも愛してる!」

 そう、僕は昨日、アスカと結婚式を挙げた。そして今日は、綾波と結婚式を挙げている。つまり二日連続結婚式という非現実的なことを僕は経験している最中だ。でも、日本は重婚禁止。だから僕の姓が碇から綾波や式波に変わって「綾波シンジ」また「式波シンジ」となったわけでも、綾波の姓が変わったわけでも、アスカの姓が変わったわけでもない。勿論、僕は二人に対して不誠実で、最低なことをしている、その自覚は充分ある。それでも僕は二人の内の片方を選ぶ、なんて出来ず、「僕はどちらとも好きだから選べない」と頭を下げながら正直に告げた。それを、聞いても、綾波とアスカが「それでもいい。でも式はあげたい」と言ってくれたからこそ、今がある。だけど、問題が一つあった。それは式順――どちらが先に式を挙げるかだった。

「あの、綾波はやっぱり順番まだ怒ってる? いや、僕が1人を選ばないのが一番悪いよ。だから、納得したよね、なんて言う資格もないし、言うつもりもないよ。でも、ほら、順番はクジで決めただけだから。たまたまその日の綾波に運がなかっただけで、僕はどちらとも」

 愛してるよ――そう締めくくるつもりが、綾波の声で遮られた。

「私とは運命で結ばれていない、碇君はそう言いたいの?」

 クジで決めようと言い出したのは綾波だった。そしてクジを引く前に、恨みっこなしよ、私は運命に負けないわ、式順は自分で守るもの、碇君との絆をセカンドに見せてあげるわ、と自信満々だったのも綾波だった。また先にクジを引いたのも、クジを作ったのも綾波だった。なのに「2」と書かれた紙を引き当て、それを見た瞬間に綾波は意識を失ってその場で倒れた。まるで糸が切れた人形のように。その後、直ぐに意識を取り戻した綾波は、ぽろぽろ涙を流し、必死にアスカへクジのやり直しを求めていたけど、アスカがそれを了承するわけもなく、よって結婚式の順番はアスカが先に決まったのだった。

「綾波。誓って言うよ。僕は君を愛している。そして、これからも、違う世界でも、どんな世界でも、綾波レイを愛すよ。一人を選べない僕だけど、信じて欲しい」

 綾波は僕と繋いでいた手を離した。そして俯き、自身の両手でその顔を隠す。彼女の身体はぶるぶると震えていた。

「ごめんなさい。でも、そんな事言わないで。私はこうしてずっと碇君と抱きあったり、言葉を交わしたりしていたいわ。だから、だから死なないで。私を置いていかないで。碇君に死なれたら、私は。――私は」

 その先を言わせたくなくて、僕は綾波を抱き締めた。彼女の顔が僕の胸元にくるように。腕の中にいる彼女は未だに身体を震わせている。でも、彼女はその顔を隠していた両手を離すと、僕の腰に回し、抱き返してくれた。

「僕はいつだって、死ぬつもりはないよ。死にたくないとも思ってる。それに綾波もアスカも置いていくつもりもないから。だから死なないように精一杯努力するよ」

 僕がそう本心を語ると綾波の震えが止まった。すると彼女は顔を上げた。目元は赤く、瞳は涙で濡れている。

「ありがとう。碇君を信じているわ」

 綾波は頬を伝う涙を指先で払うと扉に目を向けた。

「行きましょう。碇君のせいで、もう時間がないもの」

 綾波のせいでもあるよね、と思いつつもそれに従って二人で教会の外へ出た。

 扉を開けると紙吹雪が舞った。鐘の音と「おめでとう」と言う祝福の声が聞こえきた。白と水色の二色の紙吹雪がひらひら舞う世界を、僕は綾波の手を引き前に進む。

 僕達から見て右側にはネルフ関連の人達が並らび、左側には僕達が今まで築きあげてきた友人達が並んでいた。

 不意に、綾波が僕の耳に顔を寄せた。

「碇君、セカンドを見て」

 目を背けたい真実なんていままでたくさんあった。その度に、悩んで、傷ついて、苦しんで、泣いて、立ち向かって、逃げて、また立ち向かう。そんな繰り返しで僕は強くなった。でも、この状況でアスカを見るのは嫌だった。綾波が言わずとも、扉を開けた瞬間には、もう駄目だ、後で謝るしかない、そう思ってしまう程の強烈な視線に僕は気付いてたし、だからこそ、僕はアスカの方を見ないようにしていた。けど、多分、いや絶対、アスカは綾波に、あんたあの時シンジに何て言ったのよ、と聞く。もう僕には残っている選択肢は一つしかない。

 僕はアスカに目を向ける。彼女は笑みを浮かべていたものの、無理に作ってるように見えた。

『このバカシンジ、何でそんなに時間かけてんのよ。後で覚えてなさい』

 声には出さず、アスカは唇を動かし、そう伝えてきた。ここで、綾波が可愛くて、それに中々、僕を離してくれなくてさ、と言えるわけがない。でも何て返せばいいのか――。

 そうして悩んでいると、綾波が僕の手を、何かの合図のように、ぎゅうぎゅうと二回握ってきたので、僕は綾波に顔を向けた。その瞬間を狙っていたのか、綾波は手を僕の頭の後ろに回して引き寄せ、また彼女自身も僕に顔を寄せてきて――そしてお互いの唇が触れ合った。

 その一瞬の出来事に僕が茫然と立ち尽くしていると、やがて綾波は瞼を開いた。赤い瞳が表れる。彼女は名残惜しそうに、ゆっくりと僕から顔を離した。

 綾波はまるで悪戯を成功させて喜んでいる子供のような笑みを浮かべている。

「碇君、私を見て」

 そして僕の唇に優しく指先で触れてきた。

 僕はその仕草に目を奪われていた。彼女と僕の二人しか、この世界には存在しないのかもしれないと、倒錯的な考えに陥り、僕はただ、じっと彼女を眺めていた。今、この瞬間で時間が停止してまえばいいのに。心の底からそう思った。

 視界の中で綾波が首を傾げた。

「碇君、大丈夫?」

 その声で、はっと我に返りアスカに目を向けた。

 彼女の周りにいる、ミサトさんはエビチュ片手に破顏して僕へと手を振っていたり、リツコさんは目で「幸せはこれからよ」と伝えてくれたりしているのに、マヤさんだけが、憤怒で眉をつり上げているアスカをちらりと見ては怯え、助けを求めてちらりと僕を見ては、またアスカを見る、その繰り返しをしていた。

 マヤさんに口の中で、ごめんなさいと呟き、そしてアスカを諌めることにした。

『ごめん』

 僕は唇の動きだけでそう伝える。たった三文字に全てを込めて。もう素直に謝るしか手はない。

 アスカは一瞬だけ目を丸くし、すぐに眉を寄せた。

『あんたそれ本気で言ってんの?』

『ごめん』

『同じ事言うなっつーのっ!』

 ここで、僕はアスカから綾波に視線を戻した。

「綾波は、僕の、僕の味方だよね」

「私は味方よ。これからもずっと一緒にいるわ」

 でも、と綾波は続けた。

「碇君が死んだら、私も死ぬわ」

 それを聞いて、僕は空を仰いだ。雲一つない青空だった。太陽が輝き、鳥達が乱舞している。不意に風が吹いた。暖かい春の風が僕の頬を撫で通り過ぎていく。

 死ぬわ――そう言った綾波の表情は、人形のように無機質なものだった。それを僕は見逃さなかったし、それを勘違いだとも思ってない。彼女が自分の本心を見せたのかもしれないと思っている。それに、彼女は前回の世界で、実際に僕の後を追って死んだという。次の世界で会った彼女はそう僕に報告してきた。それも満面の笑みで。

 ――あなたがいない世界なんて、私には耐えられないもの。

 その世界で僕は何度も説得した。綾波は死ぬ必要ないと。幸せになって欲しいと。

 でも、それは無駄に終わった。

 ――私はあなたがいればそれだけでいいわ。それとも私が嫌いだから、もう必要ないから、碇君は私にそう言うの?

 違う、綾波。そう言う意味じゃないよ。

 ――何故、私だけフィフスやユイお母さんと違って碇君に付いていけないの。違いが分からないわ。他の二人と私の何が違うの。こんなにも碇君を愛しているのに。私が一番、碇君を愛しているのに。それなのになぜ、他の私、ただの綾波レイに私の碇君を奪われなければならないの。それが私には理解できないわ。

 僕もカヲル君も母さんも、罰なんだ。

 ――これは罰なんかじゃないわ。とても素晴らしいことよ。だって私が碇君に付いていければ、何度だって、碇君と愛し合えるもの。

 綾波が死ぬ必要はないって僕は言ってるんだ。綾波に寿命がきて死ぬことになれば、また僕達に会えるんだ。だから、その世界を幸せに生きて、その後で僕達に会いに来てくれればいい。

 ――碇君がいない世界は私に必要ないわ。私は、碇君と愛し合う、ただそれだけでいいもの。

 僕と綾波の話し合いはいつまでたっても、重ならない平行線のようなものだった。『病的に僕を愛し、僕以外いらない』と言う綾波と、『病的に綾波を愛してるからこそ、僕が死んだ後でも幸せに』と願う僕とでは、一生混じり合わないのかもしれない。

 そして、綾波がそんな考え方をしてしまうようになった原因は、僕のせいでも、綾波自身のせいでもあった。

 僕は隣にいる綾波を愛してる。それは嘘じゃない。だから結婚式も挙げている。でも『綾波レイ』という存在を愛したのも――結婚式を挙げたことも――僕は初めてじゃない。これは『アスカ』にも同じことが言える。式波アスカと結婚したこともあるし、惣流アスカとも結婚したことがある。『綾波レイ』と『アスカ』、この二人と子供を作ったのは一度や二度じゃない。ただ、自分の子どもの五歳以降の成長を見守ったことは一度もなく、僕は二十歳を越える前に必ず死んでしまう。そして死ぬと、まるで時計の針が戻ったかのように、気づけば僕はネルフにいて、初号機を眺めている。中学生の身体で、記憶を引き継いだままで。

 どうして、そんな現象が起きてしまうのか、原因は未だに分からない。でも、分かっていることが一つだけある。どんな未来を作り上げても、僕は二十歳を前にして死んでしまうということ。それも病だったり、ゼーレの残党に殺されたり、父さん達に逆恨みで殺されたり、被害を広げすぎて使徒災害被害者から殺されたり、隕石が降ってきて僕に直撃したりと、それはもう多種多様な死に方で。

 何をやっても死ぬ。

 今でこそ、その未来を変える為に、諦めそうになるのを堪え、挫けそうになるのを我慢し、絶望しそうになりながらも前を向き続けて、精一杯頑張っているけど、繰り返しの日々で、失った物は大きかった。

 それは理性だ。もうすでに僕は狂ってしまっている。

 僕は最初、自分の身に起こっている現象を、世界の仕組みを、『過去に戻っている』と判断していた。でもそれは正しくもあり、間違いでもあった。それに気づいたのは、僕と同じく、記憶を引き継いだまま生き続けているカヲル君と、エヴァのコアで記憶を引き継いだまま生き続けている母さんと、『最初』の記憶を引き継いでいる綾波だった。三人が気づいた世界の仕組みは『僕達が死んで、刻が戻る世界もあれば、そのまま刻が進む世界もある』ということだった。

 つまり、僕達は『それぞれ愛した人達を残して二十歳を越える前に死んでしまうというのに、愛した人達はその世界で、僕達がいない世界で、生きている』ということだ。そして死んだ僕達はどうなるか――その世界から弾かれて――平行世界に移動らしい。

 そんな理不尽なルールを強制されて、僕達は正気を保ち続けるのは、無理だった。生きていけなかった。

 そうして、僕達は世界をやり直す度に、平行世界に移動する度に、狂って、狂って、狂って、狂って、狂って、狂って、狂って、狂って、狂って、狂って、狂って、狂って、最後に正しく狂った。

 頭がおかしいと思われるかもしれないけど、実際に僕達は、正しく狂っている。

 僕は自分の狂気を『悟りを開いた境地で無理矢理押し殺して』常人でいる。

 カヲル君は狂気を『快楽や娯楽で無理矢理発散させて』変人でいる。

 母さんは『内向的で自堕落な生活を無理矢理送る』ということで狂気を抑え堕落人でいる。

 でも、これは全て自分達がそう思っているだけで、実際に脳波を図ると――常人のそれとは違って、僕のグラフは平坦過ぎたり、カヲル君はグラフの高低差が激しかったり、母さんは機械を壊したりと、三人はそれぞれに異常があったりするけど、そういう風に調べない限りでは、問題が見つらないので、日常生活も普通に送れるし、僕達の異常に気付く人は誰もいなかった。

 ただ、日常生活で異常性を見抜かれてしまう恐れのある人物が一人いる。それは僕が最初に失敗した世界で、一緒に生きていた綾波だった。

 どの世界でも綾波は存在しているけど、最初の世界の綾波だけしか僕達と同じように記憶を引き継げない。でも、それは毎回ではなかった。僕やカヲル君、そして母さんの三人は一回目から、何度世界をやり直しても、何度平行世界に移動しても、一緒で、また記憶も引き継いでいる。でも、一回目の記憶を引き継いでいる綾波は違う。最初に再会したのは僕達三人にとっては、11回目で、綾波にしてみれば二回目の世界だった。そして、その次は111回目、その次は333回目、その次は500回目、その次は777目、と間隔が開いている。その都度、綾波は記憶を引き継いでいるし、感覚も僕達と一緒で、死んで目を覚ますと、ネルフにいるらしく、だから僕を待っているという感覚もないという。

 でも、綾波は間隔が開いてしまうのを死ぬ程嫌がっている。文字通り、僕の後を追って死ぬ程にだ。

 初めて、綾波が僕の後を追って死んだのは、僕達にとっては333回目、綾波にとっては4回目の世界だった。

 ――また会えて嬉しいわ。

 綾波がそう微笑んだ後に語った本心は、今でも忘れないし、忘れられない。忘れちゃいけないと思ってる。

 彼女はその世界で、こう語った。

 ――碇君の後を追って死ねば、私はあなたとすぐ会えるわ。でも、あなたにとってはそうじゃないもの。私が目覚める一瞬の間に、あなたは何年も生きているわ。私はそれが辛いの。あなたを一番に理解してるいるのも、一番の理解者でありたいと思っているのも、一番愛しているのも私なのに、一緒にいれば誰にも負けないのに、いつもあなたの隣には、私ではなく、フィフスやユイお母さんがいるわ。私の知らない碇君がどんどん増えていくのはもう嫌なの――あなたを近くで感じていたいの。

 それを聞いて、初めて僕は自分の過ちを知り、綾波の苦悩を理解した。ただ綾波は寂しかったんだ。彼女は死んで目を開ければ一瞬で僕と再会できる。だけど、彼女が感じるその一瞬の中でも僕は何百年と生きている。生きている時間が違うんだ。3回目の再会で例えると、その時、彼女は4回目の世界で、僕は333目の世界だ。そして前回、綾波に会ったのは僕にとって111目の世界、綾波にとっては3回目の世界、つまり差を計算すると、実に222回目ぶりの再会になり――そして、世界での平均寿命を約5年と仮定すると――僕は1110年間も、綾波と会わず生きていることになってしまう。

 これを逆の立場で考えると、僕は耐えられない。耐えられるわけがない。むしろ記憶なんかなくしてくれと切に願うと思う。

 だから、綾波も――。

「碇君。ブーケトスをするわ。そしてセカンドが」

 綾波に手を引かれ、結婚式の最中だったことを僕は思い出した。新婦の綾波が隣にいるのに、違う綾波を考えてしまうなんて僕は最低だ。 ――いや、ちょっと待って。今、僕は何を考えた?

「うん、もう少し前に行こうか」

 僕は優しく綾波の左手を取った。彼女は右手でブーケを持っている。彼女がこくりと頷いたのを確認して歩みを進める。頭の中で情報を整理しながら。

 僕はさっきこの世界の綾波と、記憶を引き継いだ綾波を別人だと断定した。でも、それなら何で、綾波は『僕が死んだら自分も死ぬ』と言ったんだろう。これまで、どの世界でも『死ぬ』と口にした綾波は誰一人いなかった。そう、記憶を引き継いだ綾波以外は。

 そして、記憶を引き継いでいるなら、綾波は絶対に僕に言うはずだ。世界によっては、綾波やアスカにできるだけ関わらないようにすることだってある――勿論、使徒は殲滅する。綾波には『自分が人だということを』理解してもらえるように、心を砕いて接するし、アスカにも『エヴァ以外の道』を考えてもらえるように、努力する。だけどそれ以外は、徹底的に関わりを排除――それこそ学校だって通わず、ネルフ本部に住み、訓練ばかりの毎日で――だから、記憶がある綾波は、それを寂しがり記憶があることを真っ先に僕に伝えてくる。耐えられないからと本人が言っていた。

 思えば、協会の中で身体を震わせ涙を浮かべていた綾波と、脈絡がなかったわけでもなかったけど、自分から死ぬと僕に宣言した綾波の表情は――。

 綾波が足を止めた。僕は彼女の顔を覗く。

「綾波、もし仮に僕が死んだら綾波はどうする?」

 もう鐘は鳴らされていない。なのに幸福の鐘の音が鳴った気がした。背中からはブーケを急かす賑やかな声が聞こえてくる。

 僕の問いが聞こえなかったのか、綾波はブーケを後ろに投げた。僕はそれを目で追った。ブーケが宙でくるくると回っている。

 やがて、ブーケは重力に負けてその身を地へと下ろした。拾ったのはマヤさんだった。アスカに冷やかされて、照れ隠しなのかマヤさんは顔を赤くしながらブーケをぶんぶん上下に降っている。

「綾波」

 僕が名前を呼ぶと、綾波は首を傾げた。

「――僕は死なない。だから安心していいよ」

 真相を知るのが怖かったわけでも、逃げたわけでもなかった。どんな綾波でも僕は愛している。だから調べなくていい、確認しなくていい。僕はそう判断した。

「私は碇君を信じているわ」

「ありがとう。僕も綾波を信じてるよ」

 いつだって僕は、綾波を、アスカを、カヲル君を、母さんを信頼し、信用し、愛している。

 そうして僕達の結婚式は滞りなく終わった。後に開かれた二次会には、さらに懐かしい顔触れが集まり、お互いに近状を報告しあって、懐かしい過去を肴に呑んで、騒いで、歌って、笑って、楽しんだ。

 その結婚式の半年後に、あれほど死なないと、安心してほしいと豪語したにも関わらず、僕は死んだ。綾波やアスカを残して。

 死ぬ間際に僕が見た最後の光景、あれは――。

 

 01.

 

 目が覚めたら、そこには母さんの顔があった。

 人ではありえない紫色の肌、屈強な体、鋭い眼光、そのどれもが母さんの面影を強く残し――いや、あんまり言い過ぎると怒られるから――とにかく、初号機の顔を見て僕は記憶を取り戻した。母さんのこと。綾波のこと。アスカのこと。カヲル君のこと。ネルフ関連のこと。使徒のこと。そして自分自身のこと。それら全てを思い出した。理解したと言ってもいい。

 ネルフにいると分かってはいても、一応、確認の為に僕は周りを見渡す。この場所の名前はもう覚えてない。辺りは少し暗かったけど、最後の記憶にある姿と比べて、幾分か若いミサトさんと、リツコさんが近くにいた。二人は年齢を重ねても、綺麗だった。だから、今が一番綺麗だとは思わないけど、「まだ29歳よ」と若さを武器にしてたミサトさんが「若けりゃいいってもんじゃないのよシンちゃん」と後に言うようになるから――と、ここで懐かしい声が聞こえた。

「久し振りだな、シンジ」

 声のする方に顔を向けると、父さんがいた。相変わらずサングラスをかけていて、表情が読めない。隣には冬月さんがいる。

 新しい世界を始める前に、僕やカヲル君、母さんの三人で『次はどんな方針を取るか』を、予め話し合って決めている。これは長く生き過ぎた弊害で起きる記憶の欠落をお互いに補う為でもあった。

 そうでもしないと、どの方針が、どの方法が、一番長く生きれたか、またどんな時にピンチだったかを三人とも忘れてしまい、何度も同じ方法を選んでしまって前に進めなくなってしまう。

 そうして、決めた方針は、『各個人好きに生きる』になった。

 今回の世界はメモリアルな回数で(僕はゾロ目や特別な回数、綾波が来てくれた時の世界数しか覚えてないし、覚える気もない)、綾波に記憶がある可能性が高いらしい。つまり綾波やアスカと仲良くしなさいということだ。これには僕の期待も高まっている。

 もし、綾波に記憶があり、彼女が何か望むなら、可能な限りそれを叶えてあげようと思っている。その行動の結果で、周りから不審に思われても別に構わない。

 それに、どんなやり方を選んでも、僕が全力で使徒殲滅に挑むのは変わらない。必ず能力や人格を疑われ、頭の狂った少年か、危険人物か、どちらか一つの扱いを受けてしまうけど。

 それでも使徒殲滅は手を抜く事ができないし、抜いてはいけない。

 蝶の羽ばたき一つで世界は変わってしまうからだ。

 実際に、使徒殲滅が遅れれば遅れる程、世界から僕は恨みを買ってしまい、殺される危険度が跳ね上がった。ビル一つ、死人が一人増えただけでもかなり変化してしまう。極端な話、トウジのような人が、一人、また一人と増えるようなものだ。それも世界規模で。

 もう少し速く来て欲しかったわ、本当は助けれたよな、お前が原因で俺の友人は、パイロットの癖に、うちの娘が、あの紫色の化物に乗ってれば安心ですものね、初めから軍隊じゃなくてお前が来いよ、その実力があれば俺の部下は、何で軍隊と戦ってんだよ、よくも俺達の仲間を、戦自を駒にしたのか、償えよ――死ね。

 そんな罵詈雑言で責められながら、殺された経験が何度もある。

 かといって、完璧にこなしても、使徒災害被害者から殺される危険が減るだけで、その分、パイロットとしての異常性が浮き彫りになり、ゼーレや父さん達に警戒されて監視の数が増え、最悪の場合、計画の邪魔になりそうだからと、使徒を全滅させる前に殺されてしまったことも多々あるけど。

 つまり、どちらにせよ死ぬ危険性があるということだ。でも、それならゼーレや父さん達の方が良い。もうこれ以上、他人を恨みたくないから。

 僕がやることはいつだって変わらない。あらゆる可能性を模索し、挑戦して、二十歳を越えて必ず天寿をまっとうする、ただ、それだけ。決して労を惜しまず、粛々と運命に抗う、ただ、それだけ。ただ、やるだけだから――。

 そんな決意を胸に抱き、さあ、父さんに返事をしようとしたら、肩を掴まれた。目の前にはミサトさんがいる。

「シンジ君、人の話を聞きなさい!」

 そう一喝すると僕の身体を揺らした。ぐらぐらと揺らされながら、僕はぼんやりと思った。

 ――大事な記憶を忘れないように、過去を懐かしみ、考え事をする癖がついてしまっているから、許して欲しい。

「何度でも言うわ。逃げちゃ駄目よ――」

 ここで、僕はミサトさんの腕を優しく振り払った。視界の端に綾波を捉えたからだ。 ストレッチャーに乗せられ、運ばれて来た彼女は、プラグスーツを身に纏い、頭に包帯を巻いていた。でも、いつもとは違って、頭以外に目立った外傷はなかった。

「ちょっち待ちなさいっ!」

 制止の声を無視して僕は綾波に駆け寄ろうと一歩踏み出した――その時だった、綾波の声が響いたのは。

「碇君、早く私の元へ来て」

 それを聞いて足を止めた。綾波は不満げな表情で僕を見ている。彼女の声は、それほど大きくなかったのに、それでもよく響いた。ただ、彼女に記憶があるのは単純に、それこそ、シンジインパクトが今すぐ起きそうなくらい嬉しいけど、記憶があるなら無言で片手をあげるわ、病院まで秘密よ、と言ってたのに約束とは全然違うよね。

「えっと、確かに僕は碇シンジだけど、君は」

 僕は取り敢えずそう誤魔化した。これは綾波の為でもある。

 かつて、未来を知っている『未来人』の役割で、何度も挑戦したことがあるけど、未来を伝える場所、時間、パイロットとしての実績または戦果ないし戦禍、人格への理解度、信頼関係の有無――それらの要素が一つでも違えば、世界は僕の掌から離れて、無限に広がり別れた道を一人歩きしてまう。

 そうなると、これまで培ってきた経験は役に立たなくなり、これから起こる事を誠心誠意話しても、たとえ正しいことを言ってたとしても、まず信じてもらえず、狂人認定され孤立無援状態になってしまう。

 別に孤独を避けたいわけじゃない。

 僕が危惧しているのは、綾波の望みや願いを叶えてやれない状況になることだ。だから、彼女の望みを判断できないこの場では、『ただ』の碇シンジであるべきだと思って振る舞った。

 そう、純粋に優しさからだった。なのに、綾波には伝わらなかったみたいだ。

「碇君、あなたの言葉で心がひえひえしているの」

 綾波は苦しみを堪えるかのように胸を押さえた。僕は一切心配しない。顔が微笑を浮かべていたからだ。それに、「ひえひえ」という言葉自体が、綾波なりの冗談だと僕は知っている。

 もしかすると、彼女はこの状況を楽しんでいるのかもしれない。

 僕が楽観視できない状況に立たされているというのに。

 それを証明しているのが、綾波の発言によって僕に集まる視線の質が変わったことだ。

 訝るような目、敵意にも似た何かを孕んだ視線、ことの推移を冷静に把握しようとしている眼差し――向けられるものは様々で、別に針のむしろまではないけど、状況は刻一刻と悪い方へ進んでいるのは確かだ。

 押し黙っていては駄目なのも、口を開いて言い訳でも、言葉を尽くすでもした方が良いと頭では理解している。でも、言葉が出ない。もうこの世界は未知の領域に入ってしまっている。

 僕の二の句によっては、エヴァに乗せはしてくれても、その後に拘束か、洗脳――また、殺される可能性だって――ああ、駄目だ、心が冷えていくのを感じる。

 冷静になれと、怒るなと、無駄だと、心が訴えている。

 僕が焦ってる? 死の恐怖に怯えてる? 父さん達から逃げる? 目を背ける?

 それはない、ありえないよ。僕の心は常に平坦だ。

 もう僕は許している。父さん達を、ゼーレを、僕達を殺した人達を、辛い現実を。

 だから――震えちゃ駄目だ怒りで我を忘れちゃ駄目だ許さなきゃ駄目だ泣いちゃ駄目だ悲鳴をあげちゃ駄目だ動かなくちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ、そう駄目なんだ、駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ――動け。

 そして、僕の唇が勝手に動く。

「綾波、僕も愛してるよ」

 すると、綾波は嬉しそうに目を細めた。

「病院で待ってるわ」

 綾波は、恋人が次に会う約束を誓うような言葉を発した。これで、さらりと立ち去れば、周りから見ても恋人同士に見えたかもしれない。でも、彼女を乗せたストレッチャーは、ぴくりとも動かずそこにあった。

 僕は、何故か急に恥ずかしくなってきた。

 綾波もまた、恥ずかしいのか、顔をさっと両手で隠す。そして、指の隙間から震えた声が洩れた。

「痛みが。――至急、病院へ連れて行ってください」

 ストレッチャーを押して来た人達は、父さんに目を向けて指示を仰いだ。

「問題ない」

 父さんはいつもそう、計画に支障がなければそれでいい。問題になるのは、支障になりそうなのは、後に計画の邪魔になりそうなのは、懐柔が容易いと判じている綾波ではなく、息子の僕だと思ってるんだよね。

 綾波を乗せたストレッチャーが扉の向こうに消えると、父さんは僕を見た。

「シンジ、エヴァに乗れ」

 そして次にリツコさんに目配せした。

 するとリツコさんは僅かに頷き、

「シンジ君、今は、何も聞かないわ。この意味がわかるわよね?」

「はい。話はエヴァに乗った後ってことですよね」

「そうよ、まずは使徒。話はそれからね」

 それで、とリツコさんは続ける

「乗ってくれるわよね?」

 それを聞いて僕は頷いた。

「エヴァに、乗ります」

 よろしい、と言ってリツコさんはミサトさんへと視線を這わした。

 ミサトさんが前に出る。

「人類の危機よ」

 そう言うとミサトさんは、僕がルノーの中からネルフに来るまでずっと無視していたと思っているのか、自己紹介を始め、それから自分の立場、エヴァの簡単な説明に続けた。

 全部知っていた話だったけど、一生懸命に語るミサトさんの姿や声を、懐かしみながら僕はずっと聞いていた。

 そして、ふと思った。ミサトさんがエヴァに詳しいと。いつもなら――いや、普段は慌ただしい中で乗り込むから、説明を省かれるだけで、役職的にも、使徒への思いから見ても、詳しくて当然と言えば当然なのかもしれない。

 ミサトさんは、話終えると僕の肩を叩いた。

「シンジ君、頑張りなさい」

 自然と手に力が入った。僕の握り締めた拳は弱く、使徒にも人にも通じない。誰かを打倒できる強さも、誰かを守れる強さもない。それは分かっている。でも、僕はエヴァにさえ乗れば誰にも負けない。

 ――よし、母さんに会いに行こう。

 そうして、僕はこの世界で初めてエヴァに乗ることになった。




ここまで読んでくれた方ありがとうございました。
第一章の、この一話に中々込めてますので、これからも読んでくださる方は一話も大事です。

そして、読んで下さった方で、世界観や、独白がいい意味で気持ち悪いと思った方はコメントで、
『これは酷い(笑)』
とください。逆に不快に思われた方は、
『これは酷い』
とください。謝罪しますので。
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