新釈聖剣伝説 作:そんなバナナ
青年は胸に己の使命を抱いてその剣を引き抜いた。
こうして青年は王となり人々の小さな希望の火となる。
小さな希望の火はやがて大きな火となり
大きな火に集った騎士達と共に日輪の如き炎となった。
◆ ◆ ◆
アーサーがアルトリアとケイに出会ってから10年が経った。
数年前からアーサーは実家の業務の半分を任されるようになり、着々と後を継ぐ準備を進めていた。
そしてアルトリアもまた養父エクター卿との剣術の修行をし、夢の中でマーリンから王としてのあり方や知識を学んでいた。
そんな忙しい日々の中でも3人は集まっていた。もちろん幼き日のように毎日というわけでは無かったのだが。
アーサーはケイやアルトリアともう長くは一緒に居られない事を知っていた。
やがて選定の剣が現れたロンディウムで新たな王を決める騎馬戦大会が開催されるだろう。そこでアルトリアが剣を引き抜き彼女は運命に従い戦いを始めるのだ。そうなったらケイもアルトリアに着いて行くことになるだろう。
アーサーの本音としては2人と別れたくは無かった。
しかしながら、騎士でもない自分が2人について行くという選択肢は無い。
それに、もはや卑王ヴォーティガーンによって手引きされて侵入してきた異民族は手が付けられないほどの数になっていた。
このままでは遠くないうちにアーサー達の町も飲み込まれるだろう。事実この1ヶ月の間に何度か近くの森でもその姿が確認されたらしい。今のブリテンには希望が必要だった。
そして遂にその時は来た。
ロンディウムにて島中の騎士達に召集が掛かったのだ。
その日の夕方に、ケイとアルトリアは店番をしているアーサーのもとまでやって来た。
「アーサー、俺とアルトリアはもうすぐロンディウムで開かれる槍試合に向かうつもりだ。今回この町を出たら長い間帰らないだろう」
父であるエクター卿からアルトリアがウーサー王の娘である事、
そして今回の旅で選定の剣を抜き王となる宿命を持つ事を教えられたケイは、アーサーにそう言った。
「それは……まるで今生の別れのような口ぶりじゃないか。どうしたんだい、君らしくもない」
「もう、不謹慎ですよアーサーさん。ケイ兄さんはただロンディウムで行われる大会に参加するだけです」
しかし、いつになく神妙な顔つきのケイとは違い未だ己の宿命を知らぬアルトリアはいつも通りの雰囲気でアーサーの軽口に応えた。
「ごめんごめん。それで、いつ頃に出発する予定なんだい?」
「7日後だ」
「一応結構長い旅になりそうなのでアーサーさんにご挨拶に来たんです」
「ふん、俺としてはおまえのいけ好かない面を見ないで済むと思ったら悪くないもんだ」
「ちょっと、ケイ兄さん!」
アルトリアに触発されたのか神妙な雰囲気を引っ込めてちょっとした苦笑を浮かべながら何時ものように憎まれ口を叩いたケイに対して
アーサーは自身の座るカウンターの下から出した、木製の簡素な小箱を見せた。
「そうか……でも残念だったな、これを見てくれ」
「なんだよコレ」
カウンターに置かれた小箱を怪訝そうに見たケイがアーサーに尋ねる。
「見て驚くなよ、中身は………ほら!」
「……うわぁ凄いです!」
「………こんなにどうしたんだよ⁉︎」
アーサーが開けた小箱の中身は金貨が十数枚に残りは銀貨がびっちりと詰まっていた。
「こんだけあれば一年は暮らせるぞ!お前、まさか………」
「違うって!強盗なんてしてないよ!ほら、何年か前からケイがエクター卿の所有している森に入るのを許可してくれただろう?そこで蜂蜜を集めてたまに来る行商人達に売ったりしてずっと貯めてたんだよ」
「てめぇここ数年は蜂蜜パン作ってねえと思ったら裏でそんな事してやがったのか‼︎」
アーサーは自分が集めた蜂蜜を大量に貯めた壺に焼きたてのパンを潜らせて絡めた特製蜂蜜パンを昔は月に何度か破格の値段で店に並べていたが、時折町に訪れる行商人達に売れば蜂蜜がその半分の重さの金貨となる事を知って以来そちらに横流ししていた。因みに大した甘味のない町において特製蜂蜜パンは大人気であった為、ケイも店に並ばなくなったのを密かに嘆いていた1人だった。
「いや〜良かった、一回でいいからロンディウムに行ってみたくてさ。近々行われる大会には大親友の騎士様も出場するらしいじゃないか。これはもう見逃せないと思ってね。さて、騎士様。行きの護衛は貴方にお願いしてもいいかな?」
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「これは凄い人の数だなぁ!」
道中で困っている人を捨て置けないアルトリアによって当初の予定よりも大分遅れてロンディウムに着いたアーサー達が見たのは人々がひしめき合う姿だった。誰も彼もが明日に開催される騎馬大会の見物人やそれを目当てに来た商売人達である。
「とりあえず宿をとらねぇといけねぇな」
「でもこんなに沢山の人がいる中で空いている宿なんてあるのでしょうか?」
「あぁ、確か大会の出場者向けの所が何軒かあるはずだ。先ずはそこに向かおう。それでいいか、アーサー?」
「ああ、それで構わない。……アルちゃん、さっき屋台で豚の丸焼きが売っていたから後で一緒に行かないか?」
「それは是非行きたいです‼︎」
「おい!俺たちは遊びに……アーサーは遊びに来たのか……。とにかく宿取りに早く行くぞ!」
「まさかこんなに長い時間歩き回るとは思いませんでした………」
結局3人が寝床を見つけることに成功したのは夕陽が見えてからだった。しかもようやく見つけたその宿も決して良いとは言えないボロ宿である。が、こればっかりはないよりはマシと思うしかなかった。
「じゃあこれからどうしようか?俺は是非とも選定の剣を見たいんだけど……」
「メシ食って女と寝たい」
「私は豚の丸焼きが……」
上からアーサー、ケイ、アルトリアの順である。らしいと言えばらしいが贅沢な観光で来たアーサーは兎も角大事な試合の選手として来た筈のケイとその従騎士という立場のアルトリアの2人も全く気負った様子が無かった。
話し合いの末に剣を見に行きがてら何処か食事の出来るところを探しに行くことになったアーサー達はとある広場に到着する。
この広場こそが選定の剣が刺さった岩が存在する場所である。
苦節15年、ようやくアーサーはかつて夢見た選定の剣を目にする事が叶う………筈だった。
「こりゃ今見るのは無理だな」
広場にたどり着いた途端に何気なく呟いたケイの言葉が全てを表していた。アーサーのように物見遊山で訪れた人々が折角なら試してみようとばかりに剣に群がって列をなしていたのだ。
「あっ、あのっ!もし良ければ先に食事をして一度時間を置いて見るというのはどうでしょうかっ!」
「それもそうだね。先ずはご飯食べに行こうか」
憧れの場にいる事によって夢心地のアーサーや文句を言いながらもなんだかんだ言って付き合いの良いケイは別として先程から羞恥心で真っ赤になりながら既に何度かお腹を鳴らしているアルトリアにはとてもじゃないがこの大蛇のような列を待つ事は困難だろう。
「おいアーサー、おまえアルを嫁に取ってこのまま帰らねぇか?」
その後適当な酒場に入って食事をとっている最中、念願の豚の丸焼きと格闘しているアルトリアを横目にふとケイは言う。
………幼い頃、父に「弟として扱え」と言われ連れて来られたアルトリアを一目見た時からそれは無理だと思っていた。事実ケイにとって彼女は町にいる娘達と何もかわらなかった。特にアーサーと出会って、僅かな間でも外でアルトリウスからアルトリアとして存在出来るようになってからは周囲に溶け込んだ1人の町娘だった。
しかしそんな町娘は明日選定の剣を抜き王となってしまう定めを持つのだ。ケイは義妹が「全てを救う神の代弁者」となる姿なんて見たくもなかった。だからこそ、そんな事はあり得ないと分かっていながらもアーサーにそう零したのだ。
少々腹立たしい事だがアルトリアがアーサーの事を憎からず思っているのは分かっていたし、多少の親友の贔屓目が入っていたとしても町で人望もあり、基本的に善人であるアーサーはどんな相手を娶っても素晴らしい夫となると思った故の言葉だった。このままアーサーがアルトリアを連れて帰ってくれれば彼女は王となる事は無く、明日の大会で優勝した誰かが王となる事だろう。
いつからかケイはウーサー王とマーリンの夢物語に従うよりも金と腕っ節で王を決め、利害目的で協力した方がより人間的だと考えていた。
「君は突然何を言ってるんだい?」
「いや、ただの戯言だ。聞き流せ。とにかく今日は食って飲むぞ!!」
ケイと同じく明日アルトリアが王となる事を知っていたアーサーは先程のケイの言葉が冗談でもなんでも無い彼の本心からの言葉である事を察していた。確かにケイの言う通りにアーサーがアルトリアを連れて帰れば明日彼女が王となる事は無くなりアーサーと夫婦になるかは別としてそれなりに幸せな人生を送って行く事になるだろう。
しかしそれは駄目なのだ。サクソン人達に侵略され続けているブリテンはもう限界だ。限界を迎えた寿命を少しでも引き延ばすのにはケイが目論んでいるであろう人間的な方法で決められた王では無く、選定の剣のような物に選ばれた絶対的な王が必要なのだ。願わくば自分が可愛い妹分であるアルトリアの肩代わりを出来ればよかったのだが………自分が持っていたのは王としての宿命では無く、何の役にも立たないアーサーという名前だけ。これから辛く激しい戦いに身を投じることになる彼女に対して出来ることは何も無かった。
「これが俺たちが3人でとる最後の晩餐だ。君の気が済むまで今日は付き合おう」
胸に走る僅かな痛みに気がつかないふりをしてアーサーは自分の杯に酒を注ぐ。その時無力な彼に出来る事といえば遣る瀬無い思いを注いだ酒と共に一息で飲み込む事位だった。
3人が店を出る頃には空は星々が煌めく程にもうすっかり夜が更けてしまっていた。夜が更けたと言っても至る所で松明は焚かれまだまだお祭り騒ぎは続いていたのだが。
「全く、国が大変な時にどいつもこいつも馬鹿騒ぎしやがって!おめえらが不甲斐ない所為で苦労する奴が出るんだぞバカヤロウ!!」
「その通りだ。ケイ、もっと言ってやれ!!」
「ちょっと、2人とも飲み過ぎですよ!」
辺りに暴言を散らすケイとそれを煽るアーサー、そしてべろべろに泥酔した2人を懸命に介抱するのがアルトリア。
3人は宿に向かって帰る途中である広場を通りかかっていた。夕食をとる前にも訪れたその場所は、まだポツポツと人影が見えるものの先程のように剣が刺さった台座に向かって並んでいる人間はもう居ない。
「クソッタレ、何が選定の剣だ。あんなもん俺が抜いて折ってやる!行くぞアーサー!」
そう言って台座に近づくケイとそれに引っ張られるアーサー。
ようやく夢にまで見た剣を目にすることが叶ったのにもかかわらず、その神聖な筈の剣はアーサーの目に呪いの品のように見えた。これこそが抜いた者を、アルトリアを破滅へと誘う物なのだ。
「クソッ何で抜けやがらねえ!何で折れやがらねぇ!」
先に剣に手を掛けたケイの悲痛な叫びとその瞳から溢れる一筋の光を見た途端、アーサーの酔いは静かに醒めていった。
周りには奇行に走るケイを面白がった人々が集い始め、剣を挟んでその前に立っているアルトリアは義兄の突然の狂行に戸惑っていた。
かつてアーサーは自身の欲望の為に剣に挑戦し王となることを望んだ。しかし今は違う、その時アーサーは大切な親友とその妹の為に自分が犠牲となる事を望んだ。
アルトリアの手によって明日抜かれる前に自分が引き抜き運命から彼女を救いたいというあるはずもない夢物語を思ったのだ。
アーサーは一歩、また一歩とうな垂れたケイとケイの叫びを受けても尚微塵も変わらず存在する剣が刺さった台座に歩を進めた。
ゆっくりと近づいてきたアーサーに気が付いたケイが顔を上げた先にあったのは常に柔らかい微笑を浮かべていた親友の未だ嘗て見たことがない真剣な表情だった。その面持ちに何故か少し怯んだケイは掴んでいた剣の柄を離し横にずれた。
ケイが離れた剣の前に立ったアーサーは先程までケイが握っていた柄を手に取る。“抜けてくれ”。選定の剣に手を掛けた彼は無理だと分かっていてもそう願わずにはいられなかった。
アーサーはゆっくりとその手を上に向かって動かす。
「抜けてくれ………未来の為に………」
その瞬間今までどんな高名な騎士が抜こうとしても何も起こらなかった剣から凄まじい光と暴風の様な魔力が噴き出た。
剣から溢れ出た光は夜の帳を引き裂き、魔力の奔流はアーサーの隣にいたケイを吹き飛ばした。
剣の切先が見え、剣から出る光と魔力が収まった瞬間広場にいた人々は大歓声をあげた。
ここにブリテン島に絶望を招いた「白き竜の化身」を倒し人々に安寧をもたらす王が誕生したのだ。
ケイ「悔しいのう悔しいのう」
酔ってる時って自分では素面に戻ったと思っていても実際そんな事無かったりするよねって話。周到に用意してきたものをぶっ壊された昆虫マーリンはどうすることやら……
誤字報告ありがとうございました。