狩人戦記 作:フラーレン
その世界には、人類という非力な種が存在する。
彼らがより強大な種に淘汰されることは、自然の理として至極当然なはずであった。
しかし人類は生き延びた。意外にもその手段は、強大な敵から身を隠すことではなかった。彼らは彼らにしか無い「知恵」を使い、自然を切り開き、文明を築き上げた。
弱肉強食。自然に生きる生物は皆、下位種を喰らい、上位種に喰らわれる。そうして成立する生態系ピラミッドを人類は超越した。非力であるにもかかわらず、生態系における上位種、強靭な「モンスター」を退けることができたのである。
それを可能にした最大の要因とは、人類の中に「ハンター」と呼ばれる者たちが存在したことと言っても過言では無いだろう。
強大な自然。それは人類に対し時に恵みを、時に脅威をもたらす。悠久の時を経て育まれた大地には多様な植物が、動物が、鉱物資源が存在する。しかしそれらを手に入れるのは簡単なことではない。過酷な環境に身を置き、「モンスター」という強大な種族といった『自然の脅威』を退ける能力を持った「ハンター」がいて初めて人類は『自然の恵み』を存分に享受することができるのだ。
故にこの世界における「ハンター」とは人々にとって必要不可欠な存在であり、尊敬の対象なのであった。
見渡す限りは緑一色。数十年、数百年の年月をかけ育った木々に遮られ、地表に到達できる日光はそう多くない。
ここは人間の文化の及ばない場所。人間の生息圏では見られない生態系、この地特有の植物、モンスター。ハンター達の力を持ってしても全貌を捉えることのできないその一帯は「未知の樹海」と呼ばれた。
普段は静かに時の流れに従う樹海の一角が、今日は珍しく喧騒に包まれていた。
「クゥォワアァァァ!!」
赤い鱗と甲殻に身を包む鳥が叫んだ。鳥といってもその体長は優に人間の5倍はあろうか。巨体を支える強靭な後ろ脚は陸上を駆ける能力を与え、二対の翼はある程度の高度での飛行を可能にしている。
何と言っても特徴的なのは”顔”である。扇のように広がった薄桃色の耳と、明るい黄色をした巨大なクチバシは印象的であり、このモンスターが「怪鳥」と呼ばれる所以の大部分を占めると言っても過言ではない。
怪鳥「イャンクック」。人々はそう呼ぶ。大型モンスターの中では比較的穏やかで小柄な部類であり、新米ハンターの登竜門とされるポジションにいる。
赤い怪鳥は巨体に見合わぬ機敏な動きで目の前の”敵”に向き直ると、小木を薙ぎ倒しながら地を駆け出した。
”青年”は高い反射神経で飛び退き巨体を躱すと、自身の身の丈程はあろう長大で重厚な大剣「ブレイズブレイド」を抜刀し、勢いを相殺するべく地に倒れこんだイャンクックに駆け寄り、既に幾らか傷付いた背中目掛けて鉄の塊を振り下ろした。
ブレイズブレイドのモンスターの牙を転用した刃は、武器そのものの重量に任せイャンクックの背甲を抉った。体色よりも濃い赤をした血飛沫が舞う。鉄鉱石を用いられた黒光りする刀身の一部が返り血で赤く染まる。
青年は姿勢を整えるとブレイズブレイドを横向きに薙ぎ払った。鋭利な刃は立ち上がりかけた怪鳥の右脚を捉え、鱗を数枚剥離させた。
それでもヒトに比べ遥かに強靭なイャンクックの痛覚を刺激するには至らず、平然とイャンクックは次の攻撃態勢に入る。
感じた手応えの割にリアクションの薄い怪鳥に対して”ハンター”は心の中で「ちぃっ」と毒付くと、ブレイズブレイドを背中に背負いイャンクックと距離を取った。
すると距離を取ったハンター向けて、イャンクックは口から火球を吐き出した。
「危ねえな!」
イャンクックに向かって右方向へ身を投げ出し、着弾地点から逃れた。イャンクックを数回狩猟した経験のある彼だが、油断をしては負けるということもわかっていた。
火球の落ちた場所の草花が炎上し焦げる。一瞬反応が遅ければ自分がああなっていたかもしれないと思うと青年は冷や汗をかいた。
負傷しても逃げ帰ればいい。だが最悪の場合ハンター生命に関わる怪我を負ったり、時には命を落とす。
何もハンターがイャンクックを狩猟の対象にしているだけではない。イャンクックもまた、自らに危害を加えるハンターを滅すべき対象として見ているのだ。
ハンターは常に、モンスターと命の駆け引きを行う。勝てば富と名声が手に入り、負ければ何も残らず、時には再び立つことが叶わなくなる。人類が文明を築き豊かな生活を送る背景には、こうして危険に身を置き支えるハンター達がいる。
などということを考える暇も与えられない青年は、イャンクックのクチバシをブレイズブレイドで叩きつけた。
この世界においてこうした光景は日常茶飯事である。自然の恵みを求め、あるいは生活圏の安全の保証のため、ハンターは自らよりも巨大なモンスターに立ち向かう。
樹海、密林、洞窟、沼地、雪山、火山、砂漠… 人間の生活圏の及ぶ限り、ハンターは様々な地へ赴く。過酷な環境でのみ育つ植物、鉱物資源やモンスターから得られる素材は貴重であり、高価で取引される。街や村へ接近したモンスターの撃退など、ハンターの力を借りなければ成し得ないことは多い。
ジョン・ブラウン、樹海でイャンクックと死闘を繰り広げる17歳の青年。フジ村唯一の専属ハンターである彼の現在の任務は、村への接近が報告されたイャンクックを狩猟することである。
それは村の安全を確保する以上の意味があった。田舎中の田舎であるフジ村にとって、陸路が止まることは死活問題なのである。
村の命運を懸けて…というのは大げさな表現かもしれないが、ただ1人の村専属ハンターとして、絶対に負けられない戦いであった。
ジョンはイャンクックの懐に潜り込み大剣を振りかぶって力を溜め始めた。
イャンクックが暴れる度に木々が薙ぎ倒され、気づけば地に届く日光が増えている。
「うおおぉっ!!」
ジョンは体の内側から湧き上がる力を解放した。
陽光に照らされ黒光りするブレイズブレイドが、柔軟性を求めた代償として甲殻が発達していないイャンクックの翼膜を抉った。
疲れからか、いや興奮からであろう、ジョン、イャンクックの双方は息を荒げた。ジョンは微かに口角を上げ、イャンクックは口から黒煙を発している。
樹海は何も語らない。
ジョンがイャンクックの尻尾に一撃を加えた時、かの怪鳥は両翼を広げた独特の走り方で距離を取ったと思えば、翼を羽ばたかせ飛び上がった。
「逃すか!」
ジョンは取りやすい右腰の小ポーチから拳大ほどの玉を取り出しイャンクックに投擲した。
それは怪鳥の胴部に命中し弾けると、ピンク色の薄煙と独特の香りを撒き散らす。
ペイントボールーーーモンスターにぶつけることで広範囲に独特の香りを漂わせ、そのモンスターの移動先を匂いで特定できる代物。ハンターにとって欠かせない基本的な一品である。
ジョンは高度を上げ飛翔するイャンクックを見守った。戦いは小休止といきたいところであったが、怪鳥の行動はジョンを安心させるどころか焦らせるものであった。
「アイツ、フジ村の方に飛んでいきやがって!」
村に接近したイャンクックを討伐しに来たのに、イャンクックはさらに村へ近付いてしまった。
イャンクックは積極的に人里に現れたがるモンスターではないにしても、最悪の場合は考えられる。そうでなくとも、村近くの森林に入った村人が遭遇してしまい襲われる、というケースは十分あり得る。
急いで追わねばならないのだが、まずは先程の戦いで鈍ってしまったブレイズブレイドの斬れ味を回復させねばならない。
湿度の高さにうんざりしたジョンは頭防具を外し、砥石で獲物を研ぎ始めた。無論周囲にモンスターはいないことを確認した上で、だ。
整った顔立ちに短めに揃えた黒髪。黒い瞳の奥には若き力が宿る。
体型は特段がっしりしているわけではないが、ハンターとして、そして大剣という重量級の武器を使う者として恥じないたくましさはある。
彼は全身に薄い赤の防具を纏っている。イャンクックの甲殻や鱗をベースとし、要所を鉄系素材で補強したクックシリーズ。今回のみならず過去にも数度イャンクックを討伐している彼だが、ようやく素材が揃い、つい1週間前にこの防具を手に入れたばかりである。
「これで良し」
ブレイズブレイドが本来の鋭利さを取り戻したことを確認するとクックヘルムを被り直し、足早にイャンクックを追った。
赤怪鳥は既に満身創痍だ。
ジョンが小さな湖で水分を摂取しているイャンクックに追いつき、不意打ちの溜め攻撃から再び開かれた戦端。斬れ味を回復したブレイズブレイドは傷ついた怪鳥の甲殻を効率的に削り、剥き出しになった肉を喰らった。ジョン自身も突進や尻尾ビンタによりダメージを負いながらも、有利に戦いを進めていることは確かだった。
確かな手応えを感じている時、異変は起こった。
『いやああぁぁぁぁああ!!!!!』
「!?」
怪鳥と自分の2人だけ、そう思っていた矢先、ジョンは突然の人間の叫びに不意を突かれた。
周囲を見渡して声の主を確認すると、さらにジョンは動揺した。
”……エミリ…だと!?”
一瞬でわかった。フジ村ほどの小規模の村だと、ほぼ全員が顔見知りだ。特に唯一の専属ハンターであり、村の皆に育てられたジョンは村人との交流も深い。
「うわっ!」
動揺したジョンはイャンクックのついばみ攻撃に見舞われた。我に戻り辛うじてこれを避けるが、直後に放たれた火球は回避できず、ブレイズブレイドでガードし身を守った。「ガキィン」と気分の悪い音が鳴り、火花が飛び散る。
ジョンは急いでブレイズブレイドを背負い態勢を立て直すと少女の元へ走った。
「エミリ!エミリ!俺だ、ジョン兄ちゃんだ!」
『ううっ、こわい、おかあさん!』
エミリは目の前の怪物への恐怖に支配されてしまっていた。年端もいかぬ少女であれば当然の反応だ。本能が彼女に死の恐怖を感じさせている。
なぜまだ小さい女の子がモンスターも出没する危険な場所にいるのかジョンにはわからなかったが、村に迫ったイャンクックを仕留める前に、まずはこの子を安全な場所まで逃すことが先決であるということは確信があった。
「しっかりつかまってろ!」
ジョンはエミリを抱え走った。直後に2人が居た場所をイャンクックが駆け抜ける。小さな女の子ということで軽いのが唯一の救いか、しかし武器を引き抜くことなど到底できない状況だ。
イャンクックは再び突進を始めたので、ジョンはさらに方向転換して走った。
ジョンは焦った。自分のいる場所が不利なのだ。一人なら難なく登れる段差が両手で少女を抱える今は「壁」となっている。
続くイャンクックの突進を、飛び退くことで辛うじて避けた。エミリを傷つけるわけにはいかないので背中からダイブした。幸い下の腐葉土は固くはなかったが、それでも衝撃が身体全体に響く。
”くっ、ここまで…なのか?せめてエミリだけでも逃さないと”
焦燥から徐々に湧き上がる絶望。
”村を守っても1人の少女を守れないのか?俺は?”
自問する。エミリを諦めればイャンクックは倒せる。だがそれは正義ではない。
イャンクックが威嚇する。壁際に追い込まれた今、エミリを抱えながらイャンクックの股でもすり抜けない限り避けることはできないが、無論そんなことは不可能だ。だとしても…
「クソッたれがあああ!!」
エミリを抱えながら立ち上がる。走ろうとしたときーーー
『バシュン バシュン バシュン…』
軽やかな銃声と共にイャンクックのクチバシの一部が砕けた。痛みに耐えかねたイャンクックが仰け反る。
『目を閉じて!!』
再び現れた突然の乱入者に呆気に取られながらもすぐに我に戻ったジョンはエミリの顔を自身の胸に疼くめさせ、目を閉じた。
「パンッ」と軽い破裂音とともにイャンクックの眼前で大閃光が発生する。
ジョンが瞼を開くと、視覚を強烈に刺激され混乱状態にあるイャンクックの姿があった。それともう1人、駆け寄ってくる女性ハンターの姿がーーー
『アタシがキャンプまで連れてく、あんたはあいつをくい止めなさい!』
自分とイャンクック、2人だけの空間に次々と現れる乱入者にイャンクック同様混乱するジョンだったが、『早くしなさい!』と怒られてしまったのでエミリを託した。
謎の女はエミリの手を引いて走り出した。
知らない顔だった。そもそもフジ村の専属ハンターは自分しかいないので、流れのハンターがクエストを受けたのだろう。同じく何かモンスターの狩猟依頼か、それともエミリの捜索依頼か。
”どちらでもいい。続きといこうじゃないか”
ようやく両手の空いたジョンは赤怪鳥に向き直る。イャンクックは視覚を安定させてきたようだ。
「コケにしてくれやがってよ…」
ジョンの怒りの眼差しに負けじと、イャンクックも両翼を広げ威嚇した。
一つ気がかりなことがあるとすれば、女性ハンターにエミリを託す時に見たその顔が意外にも若かったーーそれも自分以上にーーということだが。
再びブレイズブレイドとイャンクックが交錯する。赤怪鳥はもともと赤い体色を、自らの血でさらに赤く染めていた。
その零れ落ちる血は、あたかも怪鳥の死までの残り時間をカウントする砂時計のようである。
初めまして、フラーレンです。
小説を書くのは初めてですがよろしくお願いします。