狩人戦記   作:フラーレン

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三章 結束

 暖かい日差しに頬を燻られ、小鳥のさえずりで目を覚ます。

 ベッドから起き上がった青年は、まだ身体は起きてないのだろう、寝室をぼんやりと見渡す。

 

 ”朝か”

 

 両手を広げ伸びをする。数時間もベッドに預けていた背筋に刺激が伝わると、頭も身体も次第に冴え渡ってくる。

 二度寝をしたい気分ではなかったことは、青年にとって意外だったかもしれない。なぜなら彼にとって、昨日という日はとても濃いものであったからだ。

 イャンクックの狩猟、それ自体にはある程度慣れてきていた。だが昨日行ったそれは少々イレギュラーなものであった。狩猟の途中に民間人がーーそれも年端もいかぬ少女がーー迷い込んできたことも、別のハンターがそこに居合わせたことも、ハンター歴1年の彼にとっては初めての出来事であったのだ。

 あの後村へ戻り、自分と少女ーーエミリーーを救ってくれた同業者に彼なりの”お礼”をした。彼女ーーアリサーーは満足してくれただろうか。就寝前の会話の限りでは、きっとそうだ、確かに喜んでもらえたと、ジョンは思った。

 

 太陽の輝きが強すぎない、そして涼しい風の吹く朝の時間がジョンは好きだ。

 台上に丁寧に並べられたクックシリーズを見る。自身の身代わりとして所々傷ついたそれを見て「手入れをしないとな」と呟く。後で鍛冶屋のダイソンさんの所まで持っていくことにした。

 

 一人暮らしにしては広い家を出て散歩を始めると、何となく酒場へ向けて歩き始める。

 酒場に到着し扉を潜ると、健気に掃除をする幼馴染の姿があった。艶やかな黒髪は作業の邪魔にならぬよう束ねられている。名をチカ。ジョンと同じくこの村で生まれ育ち、今は酒場の看板娘として村人たちの休憩所を切り盛りしている。

 

「おはよう、チカ」

 

「あら、おはよう。今日は早起きなのね」

 

 朝っぱらから店の準備とは熱心だなと、ジョンは感心する。

 チカは掃除の手を止めジョンの前までくると、悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

「いいところに来たわ、あそこの樽に水を汲んで来てちょうだい。昨晩は大繁盛だったからたくさん使っちゃったのよね〜」

 

「お安い御用さ。ご褒美は甘いコーヒーで」

 

「はいはい」

 

 狩猟に出向くと場所によっては数日間村を留守にすることになる。狩り場ではもちろん、移動中もモンスターに遭遇する可能性はあるので気が抜けない。だからこそ村にいる時の平和な時間がジョンは好きだ。村の仲間たちと送るゆっくりとした時間は宝物なのである。

 

 チカを手伝いご褒美のコーヒーで一休みしたジョンは、前回の狩猟でところどころ傷ついたクックシリーズの手直しを頼むべく鍛冶屋のダイソンを訪ねた。

「暇だからすぐに補修してやる」と快く引き受けてくれたダイソンに感謝を述べ家に帰り、日課としている『大事なこと』を始めた。

 

 家の裏の木陰に静かに並ぶ二つの墓碑を磨く。墓碑にはそれぞれ名前が刻まれている。

 

 ーーアレク・ブラウンーー

 ーーエマ・ブラウンーー

 

 この世を去った今も、夫婦は寄り添い合いながら大事な1人息子を見守り続ける。

 2人はハンターだった。幾度となく村の危機を救ってきた両親に憧れハンターを志したジョンだが、その夢が叶う前に両親は死んでしまった。

 ハンターとは危険な職業であり、いつ命を落とすかもわからない。たとえ歴戦の勇士であろうとそのことは変わらない。

 親と一緒に狩猟をしてみたかった。ハンターとしての多くを教わりたかった。ジョンは若いながらに、運命の残酷さを知ることになった。

 

 ”今回も無事帰ってこれたよ”

 

 目を閉じ、そっと呟く。

 息子の帰還に満足するかのように風がたなびいた。

 

「何してるの?」

 

 突然の声に振り向くと新しい”お隣さん”がいた。

 アリサ・ノア。昨日村にやってきたばかりの流れのハンター。防具を着ていなければハンターだとわからない華奢な少女。まだ15歳であり、ハンターとして非常に若い部類に入る。

 ジョンは立ち上がり遠くを見つめながら言った。

 

「俺の両親さ。ハンターだったんだ」

 

 そこまで言ったところでジョンは気まずく思われては申し訳ないと思い、内心焦った。

 

「そう…アンタもなのね…」

 

 幸か不幸か、アリサは表情を変えずに呟いた。「アンタも」が差すのは彼女の両親がハンターであるということなのか、それとも…。

 

 もし亡くなったという意味だったら。ジョンとしては自分の親に挨拶していただけなので、アリサに嫌なことを思い出させてしまったらと思うと申し訳ない気持ちになった。ジョンは言葉に困ったが、気まずい沈黙は彼女によって破られた。

 

「…そんなことより、村長が呼んでるわよ」

 

「村長が?」

 

 何か手伝ってほしい要件があるのか、それともモンスターが出現したか。

 行って確かめるのが早いので、ジョンはアリサと足早に村長の家まで向かった。

 

 

 

 

「リオレイアだって!?」

 

 冗談を言うなとジョンは悲鳴を上げた。

 リオレイア、またの名を『陸の女王』。その存在は『空の王者』ことリオレウスとともに、ハンターでない人間にさえ広く認知されるほど有名であり、代表的な飛竜である。

 雌火竜リオレイア。ジョンはまだ見たことが無いために聞いたり文献で読んだ話になるが、口からは巨大な火球を、尻尾からは強力な毒を噴出する。そして発達した後ろ脚は陸の女王の名に恥じぬ突進能力を与えており、怪鳥イャンクックの2倍はあろう緑色の巨体で陸上を駆け回る。

 ハンター歴1年のジョンにとっては手に余る強敵として、まだ狩猟したことの無い存在だった。

 

「まあそう驚くでない、何も狩れとまでは言っとらんだろう?この村の港を経由したいという商隊の安全を確保するのが最優先じゃ。致命傷を与えて撃退してくれればそれでもよい」

 

「そ…それもそうか」

 

 大陸東端に位置するフジ村を潤すもの、それは港。まだまだ小さな田舎村ではあるが、これを利用するために村へ足を運ぶ人々は決して少なくない。彼らは重要な商売相手であり客人であり、フジ村の名を流通先に広めてくれるのだ。

 だが流石にリオレイアを狩れる自信はジョンには無い。イャンクック程度は難なく討伐できるようになったが、それより一回り強敵とされる影蜘蛛ネルスキュラを丸2日かけてようやく討伐にたどり着けたぐらいだ。

 

「案ずるでないジョン。お主のことはワシがよくわかっておる。だからアリサ殿も呼んだではないか」

 

 ジョンは並んで話を聞いていたアリサを見る。背も低く華奢な少女という印象だが、その腕前が如何程なものかジョンは知らない。

 

「お主、リオレイアを狩ったことは?」

 

 アリサは両手を腰に当て自慢気な表情を作る。

 

「もちろんあるわよ」

「ッ!?」

 

 ジョンは空いた口が塞がらなかった。自分にとって天の上のような存在の大型飛竜に、目の前の少女は既に手を下しているというのだ。到底信じ難い、というより信じたくない。

 

「お前、いつからハンターやってるんだ?」

 

 恐る恐る聞いた。その回答に打ち砕かれそうな予感はしているがそれでも気になって仕方ない。

 

「14の時までドンドルマの養成所にいて、そこから1年よ」

「〜〜」

 

 ちーん、とジョンは成仏しかけた。彼女は養成所にいたとはいえ自分にも修行期間はあったので、ハンターとして1人立ちしてからは大差無い。

 同じ1年でも、彼女はリオレイアを狩猟するまでに至った。15歳の少女に経験で負けているということが、何よりもショックだった。

 これまでにフジ村を訪れるハンターは幾人といたが、ここまで若く才能に溢れる少女は初めてだった。ジョンは世界の広さを思い知らされた。

 

「というわけで、お主ら2人でリオレイアを撃退せしめるのじゃ!」

 

 リオレイア討伐歴のあるハンターが一緒となると「はい」と答えるしかなかった。

 

「足、引っ張っんないでよね」

 

「が、がんばります…」

 

 穴があったら入りたい気分だ。

 

 

 

 村北部の森林を進んでいくと、やがて緑が深くなっていく。

 数百年かけて育った大木が何らかの要因で倒れる。大木の林冠に遮られていた日光が局所的に地面まで届くようになり、倒れた大木の表面から新しい芽が生え、光を我が物にせんとばかりに幹を伸ばし始める。

 それはやがて太い倒木にまたがるように根を伸ばす。倒木は養分を提供し終えると朽ち果て、真の意味で命の終わりを迎える。そうして新しい巨木の根元にはぽっかりと空間が残る。

 空から眺めると緑で覆い尽くされている樹海だが、闊歩してみると洞窟の中のような木製のトンネルを見かけるのはこうした理由のためだ。

 倒木の年輪は何十何百と層を無し、悠久の時を感じさせる。

 

 そんな樹海を一望できる場所にベースキャンプは設置されている。樹海に踏み入る一歩手前の小高い丘。幾十もの年輪を重ねた倒木と、太古に栄えた文明の残した遺跡に挟まれたこの地はモンスターが踏み入ることのない天然の要塞である。

 丘を降りれば小川が北西の湖へ向かって流れている。澄んだ透明の水が生み出すせせらぎの音が心地よい。

 

 ジョンは慣れた手つきでベースキャンプにアプトノスと荷車を繋留した。

 

「作戦はあるの?」

 

 アリサが荷車から木箱を下ろしながら尋ねた。モンスターに襲われる心配は無いので2人とも頭防具と腕防具は外している。

 

「作戦、か。一応シビレ罠は持ってきてるから、リオレイアが疲労してきた頃に使おう」

 

 シビレ罠とは、それを踏んだ大型モンスターを短時間麻痺させる設置兵器。上手くモンスターを嵌められれば大きなチャンスを作ることができる。

 アリサは木箱をテント内に置くと、額の汗を拭いながら、

 

「まさかいきなりアンタとリオレイアを狩るだなんて、あのエロ村長も無茶振りするものね」

 

「エロ村長ね…」

 

 アリサの中における村長の評価は低いようだ。あんな絡み方をされたらそれも仕方ないなとジョンは思った。村長は普段は村のあちこちに気を配り、開拓を指揮してきた優秀な人物なのだが、どうも酒が入ると理性の箍が外れて年甲斐もなく女性に絡みにいってしまう。

 

「アンタも私も、互いの腕を知らないわ。なるだけアンタを援護してあげるけど、まずは様子見からね。間違っても変に突っ込むんじゃないわよ」

 

 ジョンはアリサに同意した。何も初めてなのはリオレイアの討伐だけではない。彼女とペアで狩猟をするのも初めてだ。互いにどういう動きをするのかわからないままでは連携など取れたものではない。

 ジョンは時折村を訪れるハンターと狩猟に出向いたことは数回あったが、特別に連携が上手くいったという事例がない。複数人で狩りをしていても、そこには個人と個人がいるだけ。団体としての強さを発揮できたと実感できたことは未だかつて無い。

 アリサの腕前は未知数だが、ハンターとして自分よりも経験を積んでいることはわかっている。だからこそ足手まといにならないようにしようとジョンは意気込んでいた。

 

 

 

 ベースキャンプを出た2人が木々の乱立する樹海を30分も歩くと、小さな池を見つけた。

 上は無数の葉に覆われているために陰となっており、非常に涼しい。ジョンは心地よい森の音に包まれながらこの池で休憩するモンスターを想像し、少々羨ましく思った。

 不意にアリサがしゃがみこむ。

 

「大きな足跡ね」

 

 人が横に寝ても収まりそうなくらいの範囲、土が沈んでいる。この池でリオレイアが休憩したのであろうことはジョンでも察しがついた。イャンクックのそれよりも大きな脚に支えられるリオレイアの巨体を想像すると、改めて今回の敵の強大さを認識させられる。

 足跡を追っていけばリオレイアがいるかもしれないと思うとジョンは緊張した。

 

 ”オッオゥ、グギャオ…”

 

 突然響いたモンスターの声にジョンとアリサは身構えた。アリサは愛用のライトボウガン『クウィルバースト』を構え、ジョンは背中に背負った大剣『ブレイズブレイド』の柄を握った。

 

 2人はアイコンタクトを取り、「モンスターに注意しろ」という意思を共有した。

 

 ”鳴き声は恐らくランポス。距離は近い。仲間へのサインだとしたら、数頭は潜んでいるということになる”

 

 ジョンは視覚と聴覚を集中させた。向こうはもうこちらに気付いているのかもしれない。

 

『ガザガサガサッ!』

 

 草木の揺れる音にジョンとアリサが振り向くと、3頭のランポスが前かがみに走ってきた。

 体は細く全長も人間と大差無い。走行や飛び跳ねることを可能にする後ろ脚に比べ前足は小さい。しかし口に無数に並ぶ牙と鋭い鉤爪は脅威である。全身を覆う青い鱗には所々黒い斑点が浮かび、地を蹴る度に尾が左右に揺れる。

 

 ジョンがランポスに向かって走り出すよりも早く、アリサは先行する1頭に向かって引き金を引いた。

 1発目は左後ろ脚に命中し、痛みでランポスは仰け反る。その隙に2、3発目がともにランポスの喉を抉り、絶命させた。

 

 細身なランポスは前方からの被弾面積が小さい。にも関わらず正確に弾丸を命中させたアリサの腕前に感心しつつ、ジョンは先行するもう一頭のランポスの胴部にブレイズブレイドで斬りつけた。

 重量のある鉄の塊が襲いかかる。貫通こそしなかったものの、衝撃でランポスは飛ばされる。鱗は弾き飛ばされ、傷口からは赤黒い血液が流出している。

 飛ばされたランポスが起き上がる前に、ブレイズブレイドがその頭を潰した。

 

 あっという間に散っていった二頭の仲間の仇を取るかの如く、後続のランポスがジョンに飛びかかった。

 武器を振り下ろしたばかりで咄嗟に動くことができなかったジョンは、飛びかかるランポスをブレイズブレイドでガードし受け止めた。

 肉薄するジョンとランポスは一瞬目が合ったが、睨み合いをする間も無くアリサの放った弾丸がランポスの胴部に突き刺さった。

 ランポスが仰け反るとジョンはブレイズブレイドを構え直し、水平方向へのなぎ払いでランポスの前半身を抉った。

 3頭のランポスはあえなく返り討ちに遭ってしまった。

 ジョンはブレイズブレイドを背負い、アリサは弾丸を装填した。

 

「ランポス程度に手こずる奴じゃなくて安心したわ」

 

「さすがにこの程度は、ね?」

 

 自信に満ちた顔でジョンが微笑んでみせた時だった。

 

 ”…ゴォォァァアア…”

 

 猛々しい剛声が轟いた。ジョンは思わず身構える。声の主は間違いなくリオレイアだ。距離はそう遠く無い。アリサも表情を強張らせた。

 

「近くにいるみたいね。一先ず足跡を辿っていきましょう」

 

 2人は池から伸びる足跡を追跡していった。

 

 

 

 足跡を辿り樹海を進むと平原に出た。

 いや、厳密に言えば平原では無く樹海の一部であるのだが、その一帯には不自然に木が生えていない。

 落雷による火事で禿げてしまったのか、それとも別の何かしらの力が働き荒らされたのか。いずれにせよ確かなのは、そこは見通しが良く動き回るに害が無いということだ。

 だがそれはハンターにとってで限った話ではない。モンスターにとってもストレス無く行動できる好都合な場所である。あくまで外敵から身を隠す必要の無いモンスターにとってだが。

 

 そして”奴”はいた。外敵から身を隠す必要の無い奴が。

 

「何してるの?早く隠れて!」

 

 急かすアリサの囁き声が、初めて見るモンスターを前に体が固まってしまっていたジョンを我に帰らせる。

 ジョンはすぐにアリサ同様に茂みに隠れた。心臓の鼓動が加速し、特に何かを握ってるわけでも無い両手に力が入るのを感じた。

 

「怖くなった?」

 

 アリサはわざと小馬鹿にするような口調で声をかけた。

 ジョンは歳下の少女に煽られて悔しく思い、平然を保とうと努めた。

 こちらに尾を向け、堂々と佇むリオレイアを眺める。体長はイャンクックの2倍はあるだろう。巨体を浮遊させるに相応しい巨大な双翼、人間の身長分の太さはあるであろう太い尻尾、そして足跡の通り太くたくましい脚。ゴツゴツした甲殻に覆われ、背中や翼、尻尾先端などには無数の棘が生えている。

 怖く無いかと聞かれて怖く無いと即答できる自信は、正直のところ無い。こんなに強大な相手に挑んでも勝てるビジョンが思い浮かばない。

 それでも、とジョンは気合いを入れた。ここで逃げては男が泣くというものだ。隣にいる華奢な少女でさえ、このデカブツを仕留めた経験があるというのだから。

 

「馬鹿を言わないでくれ。ちょっと見惚れてただけさ」

 

「ふーん。ま、そういうことにしとくわ。いい?さっきも言った通り、間違っても深追いするんじゃないわよ。まずは様子見から。わかってる?」

 

 初めてのモンスターがどういう行動を取り、どのような攻撃を繰り出すのか。弱点は何処か、こちらの攻撃はどこまで通るのかーーーそれらを見極めることに失敗したら狩猟に失敗するどころか、もっと危険な目に遭うだろう。

 

「わかってるさ。俺が右後ろから仕掛けるから、アリサは反対側から頼む」

 

 了解、と頷くと2人は両サイドに別れた。未だにこちらへ背を向けるリオレイアに接近する。

 ジョンは忍び足でリオレイアに気付かれぬよう接近すると、右翼めがけ全力でブレイズブレイドで斬りつけた。

 

「せやぁっ!」

 

 ”硬い!”

 

 予想していなかったわけではないが、雌火竜の甲殻はブレイズブレイドの刃を受け流した。

 反対側からアリサが通常弾を放つが、同じく甲殻を破砕するには至らない。

 

 急襲に気付いたリオレイアはジョンの方を振り向く。

 

 ブレイズブレイドを構え直したジョンは、リオレイアと目が合った。小者の些細な抵抗を見下すかのような深い眼差しにジョンは戦闘意欲を駆り立てられた。

 

 雌火竜は大きく息を吸い込んだ。

 

「コゴォォオオアアアァァッ!!!」

「!!??!?」

 

 ジョンが今までに聞いたどの音よりも膨大な声量、とっさに耳を塞ぐ。それは距離を取っているアリサの動きまでも封じた。見せつけられる生命力の高さに圧倒され、ジョンは足が竦む。

 

「早く離れなさい!」

 

 一足先に復帰したアリサが弾丸を打ち込みながら叫んだ。ジョンがリオレイアの正面を避けるように横へ跳ぶと、リオレイアは大地を蹴り走り出した。

 ジョンが立ち上がりブレイズブレイドを背負った時、リオレイアは突進の勢いを全く以って無視し”急停止”した。

 あまりの脚力の強さに度肝を抜かれたジョンだったが、リオレイアがもう一度突進をしかけてきたので大きく走って回避した。

 

 ”こいつ、できるぞ!”

 

 ジョンはリオレイアと同じ体つきのモンスターとして、イャンクックとゲリョスは狩ったことがあった。だがリオレイアはこの二頭より遥かに強い。自分の経験が通用する相手なのか、自信が無い。

 

 リオレイアは二度目の突進の後同じく急停止すると、今度は大きく息を吸い込んだ。口の周りには火花が飛び散っている。

 

「ブレスがくるわ、避けて!」

 

 アリサの叫びのままにジョンは退避した。

 直後、先程までジョンのいた地面は抉られ、黒焦げになっていた。イャンクックの火球ブレスよりも遥かに大きく強力で弾速が速い。

 あんなモノをくらえばひとたまりも無いなと思いジョンは冷や汗をかく。

 

 攻勢に出ねばと、ジョンはリオレイアに接近した。

 リオレイアは次々飛んでくる弾丸を煩わしく思ったのか、アリサの方を向くと、同じく火の粉を散らしながら頭を振りかぶった。

 

 ブレスを1発、2発、3発。

 

 アリサは身を投げ出し辛うじて回避した。

 

 ”あんなモノを3回も連続で!?”

 

 ジョンはリオレイアのまさかの能力に驚かされた。

 態勢を崩したアリサから注意を逸らそうと、ブレイズブレイドで強靭な後ろ脚に斬りかかった。

 

 ”さっきよりも通りがいい!”

 

 翼と違い脚は動きの阻害となる甲殻が少ない。筋肉に覆われたそれは、比較的攻撃の通りが良さそうだ。

 続けて脚を狙ってブレイズブレイドで斬り上げる。それはリオレイアの筋組織に吸い込まれ、傷口から血が滴り落ちる。

 

 リオレイアはジョンに構うことなくアリサに迫撃の突進を行う。

 

「アリサ!」

「平気よ!」

 

 ジョンの心配は杞憂で、アリサはリオレイアの突進を避けた。すぐさま通り過ぎたリオレイアの尻に向けて通常弾を2発撃ち込む。

 

 ジョンがリオレイアに追いつくと、リオレイアは体を時計周りにさせ遠心力を乗せた尻尾で殴ってきた。

 ジョンはイャンクックの似た行動を見て慣れていたので、今回は難なく避ける。

 

 リオレイアに斬撃を数回加えたところ、リオレイアは予備動作も無く飛翔した。それも真上にではない。突然姿を消したリオレイアはジョンの後方で低空飛行をしていた。翼と脚力で勢いをつけ、バックステップしながら飛び上がったのだ。

 

 ”巨体なくせに器用なことを”

 

 武器をしまいリオレイアの方を向くと、再びリオレイアは姿を消した。

 

「後ろよ!」

 

 アリサの言う通り、リオレイアはジョンの後ろに回り込んで低空を羽ばたいていた。陸を縦横無尽に駆け回るだけでなく、空中も自在に飛び回れるようだ。

 

「くっ…」

 

 リオレイアの風圧に押されジョンは尻餅をつく。その隙にリオレイアは空中で”バク転”をしてみせた。

 下から勢いをつけて掬い上げてくる尻尾をギリギリのところで回避するが、右前腕にチクリとした痛みを感じた。

 

 ジョンが好き勝手飛び回るリオレイアから距離を取ろうとしたとき、異変は起きた。突然視界が揺れ始め、足に力が入らなくなる。

 浮遊するリオレイアはアリサの放った弾丸の嵐に怯むとバランスを崩し、地に堕ちた。巨体の急落下した地に砂埃が舞い上がる。

 アリサはペイント弾を撃ち込むとクゥイルバーストを背負い、ジョンの元へ走った。リオレイアから独特な香りが漂う。

 

「早く逃げるのよ!」

 

 異変を察知し駆けつけたアリサはジョンの手を引き、2人は樹海の深緑へ駆け込んだ。

 何とか起き上がったリオレイアは木々をなぎ倒しながら突進し追いかけるも、程なくして2人のハンターを見失った。

 仕留め損なったことを不服に思うように、陸の女王は「グルルルゥゥゥ」と唸った。

 

 

 

 2人は巨木の根元にぽっかりと開いた小さな空洞に逃げ込んだ。中に日光は届かず、キノコが群生している。

 リオレイアの気配はもう感じられないが、逃走間際に放ったペイント弾の香りを辿れば再びエンカウントできるはずだ。

 そこそこの距離を走ったので2人とも息切れしているが、巨木の根にもたれかかるジョンの様子は疲れからくる息切れ以上に苦しげである。

 

「これを飲んで」

 

 アリサはジョンの口に解毒薬の入ったビンをぶっきらぼうに押し込んだ。少量飲み、その苦さに咳き込む。その効能は確かなもので、次第にジョンの額から汗が引いていく。

 

「ちょっと見せなさい」

 

 アリサはジョンのクックアームを外した。ジョンの右前腕は赤く腫れ上がっている。その痛々しさに彼女はため息をついた。

 

「尻尾の棘が刺さったのね。それで毒が回ったのよ」

 

「そう、みたいだな…」

 

 リオレイアの生態については事前にアリサからある程度のレクチャーを受けていた。剣士にとって一番注意するべきは、尻尾で掬い上げる攻撃ーーーサマーソルト。遠心力に乗った一撃の重さと、尻尾の棘から噴出される毒。ジョンは辛うじてこれを回避したものの、運悪く抜けた棘が右腕に突き刺さってしまったようだ。

 

 アリサは薬草を取り出しすり潰すと、大きく腫れたジョンの右手に塗り始めた。

 照れ臭さを感じたジョンが「自分でできるよ」と言うと「黙ってじっとしてなさい!」と怒られたので彼女に甘えるしかなかった。

 最後に包帯を巻く。きつ過ぎず、それでいてしっかりと巻いてくれたアリサの技術の高さと手際の良さにジョンは感心した。

 

「ありがとう。随分慣れてるんだな」

 

「まあね。昔はこういうの、しょっちゅうだったから」

 

「…どういうことだい?」

 

 アリサはすぐには返事をせず、ジョンと向かい合って座り、空弾倉に弾を詰め始めた。2人に束の間の沈黙が流れるが、それはアリサに破かれた。

 

「…あにさんたちは、いつも危険な狩りに出向いてはボロボロになって帰ってきたの」

 

 普段の自信ありげな顔に見合わず静かなアリサの様子に、深い事情があるのだと感じた。ジョンは黙って続く言葉を待った。

 

「小さい時から親がいなかったの。あにさんたちはいつも私のために傷ついて… 私にできたのは、姉さんと一緒にあにさんたちの怪我を治してやることだけ」

 

 遠くを見つめながら語っていたアリサが、ジョンと目を合わせた。その目はいつもに増して真剣だ。

 

「でもそんなのつまんないじゃない!私も、あにさんたちや姉さんの役に立ちたかった… だから!ハンターに…なったの。って私、何ベラベラ語ってんだろ…」

 

 恥ずかしげにアリサが顔を背ける。真珠のように純白な頬をほんのり紅潮させながら。

 ジョンは初めてアリサの過去に触れた気がした。両親を失う悲しみも、何もできずにいる無力な自分に対する劣等感も、彼には痛いほどよくわかる。

 

「俺も同じだ。もういない両親のように一人前のハンターになって、フジ村をもっとでっかくする!だから」

 

 ジョンは右手を差し出す。アリサの治療のおかげで痛みはほとんどない。

 

「絶対に狩ろう。リオレイアを」

 

 リオレイアという強大な相手に対し尻込みしていた。自分には狩れないと、逃げ出してしまいたい気持ちが無かったわけではない。

 でももう迷いは吹っ切れた。リオレイアを狩り、村の安全を確保し、もっともっと強いハンターになる。

 

「今度は足を引っ張んないでよね」

 

 アリサも右手を差し出し、固い握手を交わす。その表情はいつも通り自信に満ちている。

 

 陸の女王を討伐し、互いの目標に近付く。どこまでも深い樹海の下で、固い結束が結ばれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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