少しずつ律が自分の中に俺のいる場所を作ってくれるようになってそろそろ9ヶ月になる。
大げさな告白めいた事はしはなかったけど、律は俺が触れるのを許してくれるようになり、ねだると時々は言葉でも好きだという気持ちを伝えてくれるようにもなった。
一緒に食べる食事のリクエストもするようになって、お茶を二人分入れてくれるようになって、休みの日の予定も一緒に立てるようになった。
そうは言っても相変わらず自分の部屋はそのままで、時々プンスカと怒って引きこもるけど、ちよっと俺が寂しそうな態度を取るとおずおずと顔を出すので相変わらずチョロイところもそのままだ。
一方で、何の縛りもない、縛りあえない俺たちの関係は薄氷の上に成り立っているような危うさも感じざるを得ない。何しろあいつは金持ちの御曹司で、家を継ぐとかか跡取りを育てるとか母親にいつだって責められているのだから。
あいつはいつもそれを一人で消化している。俺はささやかなあいつの変化でそれを知るけど、いつもそれを気づかない振りをする事にしている。俺が気づかない振りをしていることに気づいているかもしれないけど、あいつは俺に気づかれていないないように振る舞う。それがあいつの優しさなのかプライドなのかは知らないけど微妙な距離にもどかしさを感じている事は否めない。
そんなことばかりが増えて、 二人に決定的な何かが訪れるのではないかとびくびくしている自分がひどく矮小な人間に思えてしまって、何でもっとシンプルに生きられないんだろうと悩みは尽きない。
ただ律が好きで、律と一緒にいたいと思っているだけなのに・・・。
[1202号室]
「高野さん。」
香川から帰って来て押し入った律の部屋のソファーで、俺の隣に座った律は俺の肩に自分の頭をコロリとのせた。
柔らかい律の声が耳元で揺れる。
鼻先には律が自室で使っているシャンプーの
あまり細かいことは気にしない律は、シャンプーの香りが日によって違うと木佐あたりにあれこれ突っ込まれるかもと言うのだけど、どうもピンと来ないようで、相変わらずドラッグストアーあたりで適当に(特売のやつなどを)買っているらしい。
こんな香りの強いヤツはさすがにまずいだろうと思わなくもないけど、こうやって鼻先で香るのは悪くもないな……。
「俺、役に立たないかもしれないけどなんでも聞きますから。」
無理やり部屋に押し入ったくせに何も言わない俺に律は静かにそう言った。
むかし・・・、俺が律のことを好きになったきっかけのあの雨の日の事が脳裏に浮かぶ。
もやもやは吐き出す分だけ軽くなる。
そう、軽くなるかもしれないけど吐き出している間、自分の弱さや醜さを自分に再認識させる上にみっともない自分を律に見られるのだ。
一度逃げられてるからかもしれないけど、強引に引き寄せているという自覚があるだけに律に嫌われたり軽蔑されて律を失うかもしれないということを考えるだけで恐ろしくて身が竦む。
そう、律を失ったら俺はもう立ち直れない。律がいてくれればそれだけでいい。何もいらない。
そんな事を考えて俺も大概だなとふっと笑うと肩から重みが消え、左側にびったりと張り付いていた温もりがすっと去った。
「わかりました……。」
「え?」
律のしなやかな指がコーヒーカップをつまみ上げ、その薄い陶器のへりを薄桃色の唇に当てる。
洗練された動きは出自の良さが溢れ、冷たい陶器と同じくらい律の唇も冷えているように感じた。
「俺は別に高野さんの辛さをどうにかしたいと思っていたわけじゃないです……。」
その言葉の固さと不自然さに律の顔を見ると、律は横を向いたまま遠くを見ていた。
「高野さんが辛いと俺が辛いから、俺が楽しくないから嫌なんです。」
「……。」
「自己満足で自己中なのは分かってます。」
「律……。」
「だからいつも高野さんは俺に何も言わないんだなって、俺のこと要らないんだなって分かりました。」
律の言っている事は全然違う。
お前に俺の何が解るっての?自己中ってならお前のその暴走気味な性格の方がよほどだ。これじやあいつかの繰り返しじゃないか。そしてまた俺は同じ問答を心で繰り返すことになるのだろうか?
焦ってとっさにつかんだ律の腕を握る手がカタカタと震える。心臓がキュッと縮むように痛んで目を開けていられない。
嫌だ律……、居なくならないで……。
「って言われたらどう思います?」
見上げると律が優しい目で俺を見ていた。
「ふ、ふざけてたの?」
「違いますよ。そう思ったのは本当です。ただ今回は鼻で笑われても回し蹴りをして逃げることをしなかっただけです。」
「鼻で笑う?」
「いつだって自覚ないんですね。」
律が俺の頭を抱えるように抱きしめて、頬にチュッチュっと
何度も何度も啄むように繰り返されるそのキスに、嵐の海に浮かぶ小舟のように危うく波立った気持ちが少し落ち着いて、俺は律の背に腕を回してそのぬくもりに身を任せた。
「言われないとやっぱり何も分からないんです。察することなんてできません。俺が辛くて苦しくて、俺がそうさせているのかもと思ったら離れるしかなくなる。そう思いませんか?」
「なんで離れなきやならないのか分かんねー。」
「ね、分かんないでしょ?」
「ああ、わかんねー。」
「俺は離れてもあなたを好きでいられるんですよ。あなたは?」
「離れるなんて考えらんねー。」
「ふふふ、高野さんらしいです……。」
律が上唇をツッと噛んだかと思ったらその冷えた唇が頬に動いて首筋を舌がスルスルとさする。そして今度は耳朶を甘噛みされて背筋がゾワリと泡立った。
「たまってんの?」
気恥ずかしさを隠そうとそんなセリフを吐くと
「たまってないと思いますか?」
律はいじわるにもそう切り返してきた。
「高野さんはロマンチストのくせに口はいまいちですね。しばらく黙っててください。」
思い切り睨まれて口を律の唇でふさがれ、チュッチュとまた律のキス攻撃が続く。
律の行動に戸惑いもあったけど律を逃がしたくない気持ちの方が大きくてこのまま身を任せるように俺は身体から力を抜いた。
「でも、俺のたまってんのは高野さんの言ってる意味とは違います。」
「何がたまってんの?」
「鬱憤。」
そう言うと律が俺の肩をつかんでのしかかり、鳩尾を膝で押さえつけたので、俺は呆気なく律に押し倒される形になった。
「高さんは俺に触らないでください。絶対ですからね。」
律がそう言って俺の頬に自分の頬を当ててキュっと抱きしめる。髪の毛をワシワシとかき回してシャツのボタンをひとつはずし、今度はそこに顔をうずめた。
宙ぶらりんのままの手の置き場所に困って律の背に回すと律からピシャリとその手を叩くように払われた。
「高野さんには触れて欲しくないです。」
律の異変に築いたのは律の声が震えていたから。
そう律が泣いてた。
俺は何をやってんだ・・・。
律がどれほど心配してどれほど怒っているのか解っているようで理解できていなかった。
いつも俺は道を誤って選択してしまうのだ……。
[19歳 夏]
発端は俺が二十歳になる年の夏の出来事だった。
その頃の俺はといえば、不仲な両親は離婚をしてもともと一人暮らし同然ではあったのだが実質大学に通うために東京で一人で暮らしをしていた。
離婚した父親はすぐに再婚をしたために、この離婚が父親の希望であった事をなんとなくではあったけど知り、すぐには再婚しなかった母親もそう遠くない未来には今暮らしている男性と再婚をするのだろう事も察していた。
もともと冷え切った家だった。
いまさら父や母が恋しいと騒ぐほど子どもでもなく、昔なら疾うに独立して一家を支える柱になっていたりもする年齢なのだ。
たとえ今愛しいあいつを探し当てても法律でいうところの婚姻をするにはあたらないのだから俺は一人暮らしでいいのだと自分に言い聞かせ続けていた。
母親から親類の年忌に出るようにと言われたのはそんな時だった。
自分がなぜ知りもしない親戚の法事にわざわざ行かねばならないのかという疑問はあったが、薄情なほどドライな都会の生活では知る事のなかった『お付き合い』という世界を祖母との暮らしで知っていたので、言われるがままに俺はその家に行った。
そこはよく『東京ドーム●個分』などと形容さるような、庭と呼ぶには広すぎる土地を持つ大きな家だった。
どうやらそこは本家と呼ばれる
しかしよそ者だからか俺を遠巻きに見ている目が気味悪く、何かをひそひそと言ってそう言う人たちは俺の傍には寄ってこなかった。
祖母が嫁に出て何十年も経っているのに俺までもがその家の十何回忌だかの法事に呼ばれるのは釈然としないながらも、結局こういう世界は体面や儀礼を重んじるので、体調を崩している祖母の代わりに俺たちが呼ばれても仕方がないのだろうと勝手に結論付けていると、年忌の法要が終了してから俺と母はその家の奥に呼ばれたのだった。
使用人らしき女性に連れられて回廊を奥へと進み、突き当りの広い続き間の和室に通された俺の目の前には人が数人座っていて、中心にいたのが先ほどの年忌の時に最前列で法要の取りまとめをしていた人物だった。
居心地の悪い気持のままに座布団に腰掛けて下げた頭を上げた瞬間、唐突に母親からあちらがあなたの本当のお父さんよと紹介されたのだった。
その時の俺は、自分の耳が何かの聞き間違いをしたのだろうと母の顔を見返すけど母からの言葉はそれきりなかった。
戸惑いで傍から見たら俺は絵に描いたようにきょとんとしていたのだろうに、母の代わりに向かいに座っている人たちの中の年配の一人から、「今年あなたは成人するのだから一度挨拶をしようと思って今回は来てもらった。」と感情のこもっていない声で告げられた。
それが意味していることは先ほどの母の言葉は俺の聞き間違いではなかったと言うことで、呆然としたままの俺は、そのあとされたそこにいる人たちの紹介もろくに耳には入らなかった。
その家は山林などの資産を多く持っている西日本では有数の資産家なのだそうだ。
現在、直系の長男である自分の父だと紹介された人物には男子がおらず、一代前の世代でも跡継ぎとなる人物がいないために自分を養子として迎えたいという申し出だった。
目の前に座っている自分の父親という人物の風貌はあきれるほど俺に似ていた。
自分はずっと母親に似ているのだろうと思っていたが実際は父親にはもっと似ていたということだったようだ。
しかし父と紹介された人物は始終なにもしやべらずに深く眉間にしわを寄せたまま、まるで蔑むように俺と母を見つめ続けていた。
そして俺もおそらく同じ表情でその場に居続けたのだろう。
叔父にあたるらしい老人が俺たちをとりなそうと何かを言っていたことだけは今でも覚えている。
やっと開放された俺が真実を知りたいと母に詰め寄ると、
おなかに赤ん坊がいることが分かってたのに家柄が良くないと結婚の許しが出なかったこと、
養育費はあの家から出ていて俺の今の生活費はそれである事を母は口角を上げつつも少しも楽しそうではない表情で、フンっと鼻を鳴らして言った。
じやあ自分が父親だと思っていたあの人は誰なんだ。
そう問うと、
お互いに承知して結婚した人だと母は言った。
別に嫌いで無理やり結婚したわけではないけど、特別に好きで結婚したわけじやない。 本家から紹介されてお互いの利害が一致したから結婚した。
「結婚したらそれなりにどうにかなるかと思っていたけどやっばりお互いにどうにもならなかったわ。」
母親はそのときは少しだけ残念そうにため息をついたのだった。
俺の血のつながった父という人物は、母親が俺を紹介すると顔を顰めて俺を蔑むような目で見たのだ。母親は、あの人は御曹司の立場を捨てられない弱い人だったとまたフンッと鼻を鳴らして俺に良く似たあの人のことを軽蔑したような目をして言った。
そして俺は、そんな二人の間になぜ俺が生まれたのか、
どうしても理解できなかった・・・。
随分不仲な夫婦だと思っていた。もともと愛し合っていてもあんなふうに憎みあうような関係になるのだと絶望していたのだけど、そもそも二人に愛はなかったのだ。
俺には初めから家などなかったのだと今までも浸かっていた絶望の池が、実は底なしの沼だとこの時に知った。
絶望には底など無いのだと思い知らされて、律のことも相まって俺はひどく荒れた。
[現在]
今回の法事では、その親戚が俺と今後について話をしたいと言って来ていたのだ。
まだ未成年の俺は当時混乱もあってそれについて明確な返事もできず、その後も何度か アプローチがあったものの俺はそれに対して無視を決め込んでいた。
俺に対して本家が跡継ぎにしたいと言っていながらも、本当の子供かどうかの鑑定もしたいなどとふざけた事を言ってきていた。
もとより俺は跡継ぎになる気持ちなどなく、それゆえに親子鑑定なども受ける気はなかった。
凝り固まった固定概念の持ち主たちは俺の拒絶の意味が解らないらしくかなり揉め、やっと解放されるまでには数日の時間が経っていた。
それに対して母親は弁護士らしく、親子鑑定をきちんとしてもらえるもんはもらえば良かったと皮肉つぼく笑った。
その態度が母親らしく感じて不思議と昔のように嫌悪感は湧かなかった。
久しぶりに会った母親は年を取っていた。
そしてあの日俺を汚物でも見るような目で見たあの血のつながった父親もずいぶん老いていた。
何度見ても似ていると思う反面、自分の本当の父親とはやはり思えなかった。
血は水より濃いとかいう反面、生みの親より育ての親とかいう格言が脳裏に浮かんだ。
古人は適当に言いたいことを言ってくれるものだ。
そして少ない時間ではあったが母親と話をして、俺にとっての父親はやはり嵯峨の父だ けだと伝えるとフンっとまた鼻を鳴らして
あの人はあなたをずいぶんかわいがっていたから当然よねと笑った。
俺は可愛がられていたのだろうか?
俺の記憶の中の両親はすでに不仲でののしりあうシーンばかりだ。
母親が口でまくしたてると父親がもうやめてくれと逃げるようなシーンばかり・・・。父が俺に何かをしてくれた具体的な記憶はほとんどなかった。
そんな俺に母は「覚えてないのかしら?本当に子どもって薄情なもんね。」と首をかしげた。
医者だから忙しくてなかなか休みもとれなかったけど、休みには小さいあなたと一緒に出かけて食事をしたりしてたけど?本が好きなあなたに新しい絵本を山ほどお土産に買ったりしたわよね。ただ、大きくなるにつれてあなた本家のあの人に似てきたから遠慮もあったのかもしれない。
まあ、今だから言えるけど私も必死だったのよ。お前なんて本家の嫁にはふさわしくないってあの家に馬鹿にされた事が悔しくて、ほらみたことかと見返してやりたかった。 あなたって手がかからなくていい子だったからあの家に自慢してやりたかったのよ。
母はまた少し意地悪く笑った。
「今の旦那とは仲良くやってんの?」
俺が突然話題を変えてそういうと母はびっくりしたような顔をしながらも
「まあ、一緒に暮らしてれば楽しい事ばかりじやないけど、幸いあちらの娘さんたちが気さくだからにぎやかにやってるわ。あなたもたまには顔出せばいいと思うけど男の子はだめね。」
とまたため息をついたのだった。
ため息の数だけ幸せは逃げるんだぞ、そんな風に言ってやりたかったけどきっと母親はため息を吐き続けるのだろう。
そして多くの気持ちをそこに込めて自分を奮い立たせて生きてきたのだろう。
この人は俺と似ているのだろう。感情の出し方が下手なのだ。
子どもの俺がそれをどうにかできたらと思うのは間違えているとは思うが、それでもきっと俺が思っていた程には俺たちは冷えていたわけではなかったのだろう。
必死だったという言葉は今となっては理解できる。
本当に母は必死で自分のプライドを守って生きてきたのだろう。
今回は少しだけ俺の血縁上の父親と話をした。
時間が経っていたせいか、俺も少しだけ素直にその人の言葉を聞くことができたのだ。
私はあなたのお母さんを当時とても好きだったんですよ。美人で聡明で明るくて。なのに私は何もかも捨ててあなたのお母さんと生きる事を選べませんでした。
代々の家の呪縛から親の期待を裏切ることもできず、あなたにも辛い思いをさせてしまいましたね。
以前あなたを紹介された時には自分のふがいなさやあなたに対する罪を突きつけられたようで何も言えなくてとても苦しかったです。
あなたが立派に成長していたのを見て、あなたのお父さんに嫉妬もしてしまいました。
本当だったらあなたに父と呼ばれているのは私だったはずなのにと・・・。
あなたには跡を継ぐ気持ちがない事を聞きました。
いまさらこんな事を言うのはお門違いかもしれませんが時間を戻せるものならもう一度やり直したい気持ちでいっぱいです。
あなたはそんなことがないように生きてください。
そんな事をゆっくりと俺に言ってくれた。
律も同じ御曹司の立場だ。
律は未来ではどんな選択をするのだろう。
長い間俺は戸籍上の父にも血のつながった父にも捨てられたように感じて、自分には根っこになるものがなにもないとうような、あいまいな気持ちを持てあましていた。
そしてそんな俺はやがては律にも捨てられるのではないのだろうかと鬱々とした気持ちを抑えることができなかった。
人はいろいろなものに縛られて生きている。
そして後悔のない人生などきっと一つも存在しないのだろう。
根無し草は根の無いままにここで生きている。
俺の選んだ場所は根の張ることのできないアスファルトの街。
律と根を張って生きていけるのだろうか・・・。
[1202号室]
「俺の本当の父親と会って少し話をしてきた。」
ポツリと律にそう言うと律がハッと顔を上げた。
涙で濡れた睫毛が二度瞬きをした。
「そうですか・・・。」
そう言って律がもう一度俺の胸に顔を隠すように摺り寄せた。少し冷たい律の頬が俺の肌を冷やして、律の冷たい頬が俺の胸の熱で温かくなる。
「じゃあ、高野さんに聞きたいことがあるんですけど。」
「なに?」
「……。」
「律?」
「お父さん禿げてました?」
「はあ?!」
律のふざけた質問にわりと本気で声を上げて首根っこを引き上げると、首の皮を吊られた猫のように律が腕を丸めたまま上体を起こした。
「俺の髪の毛サラサラで柔らかいですけど、父は別に禿げてもないから大丈夫だと思うんですけど、高野さんの髪の毛剛毛だからどうなのかなって・・・。」
「白髪派でしたか?」
ふざけてるのかと思ったけど案外真剣なようで
「禿げてたらどうだって言うんだ?」
「いえ・・・、別に禿げても高野さんだから気にしませんけど、単なる昔からの疑問で・・・。」
こいつ本当に空気っつうかロマンっつかそう言うものねーのな・・・。
「取り立てて禿げてなかったし白髪でもなかったけど。」
「そうですか・・・。」
そんだけかよ。こいつ本当に。
「俺もあなたも遺伝子はここでおしまいです。だからお父さんには申し訳ないって、今度会ったら言っておいてください。」
「わかった。言っておく。」
律が俺の髪をさらさらと梳くのが気持ちよくて、久しぶりに身体中の力が抜けたような気がした。
そんな、旅から帰った夜だった。
[epilogue]
連休最終日は晴天だった。
久しぶりに律の部屋で迎えた朝は・・・、朝とは呼べずにすでに太陽は南中時刻を過ぎているようだった。
「律、本屋行ってサンドイッチ食べるんじゃなかったのか?」
寝坊は律だけの責めではないものの、それでも一日を無駄にしてしまいそうで声をかけると
「眠いです・・・。」
と律は掛け布団を思い切り引いてそれに包まった。
「コーヒーとか飲む?」
掘り出すように布団をかき分けて頬を撫でると律が掛け布団をばさりとめくって、自分の左をポンポンと手でたたいて「高野さんもどうぞ。」と引き寄せられてもう一度寝ろというしぐさをする。
そしてその間も目を開こうとはしない。
やれやれこれじゃあお出かけは無理だろうな・・・。
買ってきたうどんを作って巣からおびき出すか?
くすぐって布団から追い出すか
キスで目を覚ませるか・・・。
昨日の名残の赤い痣が目に入ってもう一度なぞるように指でさすり、行きついた先の突起をギュっとつまむと律の身体がびくりと飛び上がった。
瞑っていた目パッと開いて俺をぎっと睨むのでフフっと笑うと
「回し蹴りとひじ鉄とどっちがいいですか?」と律が不穏な言葉を吐いた。
それをギャグにできるような日が来るなんて思いもしなかった。
(本人はギャグのつもりはないかもしれないけどな)
「できればキスがいい。」
そう言って律の頬にキスをすると
「眠いです・・・。」
と律が俺の頭を押すので首筋にキスをして鎖骨にキスをすると律の身体がまたびくりと跳ねた。
「もう無理ですから・・・。」
律が弱々しくいうので
「うん。」
と返事をして手をするりと腰に回すと
「聞いてないですね。」
と少し強い語尾の言葉が来た。
「うん。」
また返事を返すと
「もう・・・。」
と律が俺の腕を押そうと手を伸ばしたので脇で挟んで
「手はこっち。」
と背に回させる。
「もう・・・。」
今度は律も抵抗をあきらめたようで口を寄せると少し唇を開いて俺の舌を迎え入れてくれた。
わからないことばかりの二人だけど、また幸せな一日が始まる予感がする。
そんな連休最終日の
いつもの二人の朝だった・・・。
End