バイトクビにされたので異世界で勇者のバイトしてくる。 作:ainex
ミノタウロス事件から数日後、俺は無事に見習い勇者から卒業し、本格的に勇者のバイトを始めることになった。そして幸か不幸か運命か、俺のパートナーとして何故か市ノ瀬 蘭が任命された、と言うか押し付けられた。
「おー、ゆー君何だか久しぶりだね? 」
「こんちゃーす、テートさん」
俺の目の前にはもはや俺の中で人気急上昇中の猫耳アイドル(俺調べ)、テートさんだ。
「もう! 普通に呼び捨てで構わないって!」
「あ、そすか、りょーかーい」
「切り替え早いね……」
何だか当たり前のようにテートさんと話してるけどこれって前の俺にしては凄いことだぞ、非モテ童貞で中肉中背の冴えない苦学生だったあの頃の俺、案ずるな、こちらはしっかりとやっておる。すぐにお前もこちら側になれるぞ!
「所でなんだけどさ……さっきからゆー君の後ろでずっと私のこと睨んでる人がいるんけど……」
そう言いながらテートさんはあとずさる。むむ、誰だ? 俺のテートさんにそんな失礼な事するヤツ、あぁお前ね……
「あーコイツの事は気にしないで下さい。コイツ初対面の女の人には必ず睨むんですよ、何でなんすかね?」
「……平川君、この女、誰?」
「そう言えば紹介するの忘れてたな」
俺は蘭にテートさんを簡単に説明する。すると蘭は一層テートさんを強く睨み始めた。
心なしかさっきからテートさんの猫耳が垂れているようなきがするんだけども……
「と、とりあえず! 今日から初めて本格的な勇者のバイトを始めるわけだけども、何か質問あるかね?」
ピコン! と立ち上がるテートさんの猫耳。
うんうん、やっぱりテートさんはいつも通り可愛いぜ……
「…………あの女、後で殺す」
俺の耳元で囁かれた声を俺は聞こえないふりをした、と言うか蘭さんが怖いんですけども……
×××××××××
現在俺と蘭は初任務をこなすためにテートさんに紹介された家の正面にいる。さて、何故仮にも勇者である俺達が魔物の住むダンジョンでは無く、全く勇者に関係の無さそうな家の正面にいるのか……それは
「何で勇者の初任務が引きこもりを治す手伝いなんだ?」
「……そんなこと私にきかれても」
「デスヨネー」
何故だが分からないが勇者が引きこもり更生を手助けする、と言う意味のわからない任務を任されたからだ。
しかしこんな所で突っ立っていても拉致が開かないので早速家の扉をノックする。すると中から出てきたのはまだ十歳ぐらいの女の子だった。
「あ! やっときてくれたー! ささ、中に入って入って!」
うんうん、年相応の元気の良さだ、やはり子供はこうでなくては。
しかし中に入ると女の子の元気のいい声とは全く逆の雰囲気でなんともドヨーンとした空気の佇む室内だった。しかしそれは室内だけではないらしく心なしか先程まで元気だった女の子の顔も何だか元気が無くなっている。
「…………何だか空気が悪いわ、嫌な気配がする」
「それについては同感だ、しかし存在そのものが空気の悪い原因のお前が言うと何だか新鮮だな?」
「……流石の平川君でもその言葉は許し難い」
俺は蘭の言葉を華麗にスルーして女の子から事情を聞くためにリビングに通してもらう。
そして事情を簡潔に言うと、ある日女の子のお兄ちゃんが学校から帰ってくるとただいまも言わずに部屋に入ってそれっきり出てこなくなった、以上。
「……簡潔すぎて問題が小さく見えるわね」
「人の心を勝手に読むんじゃない!」
「……そう言えば言ってなかったけど、私が一番最初に手に入れたスキルは読心術よ」
「すぐにパートナーの変更を申請する!」
パートナーが読心術持ってるって俺嫌なんですけど!?俺の心の中丸見えってメチャクチャ嫌なんですけど!?俺結構心の声多いからそれも全部聞こえちゃってるって嫌なんですけど!?
「……気にしないで、このスキル、オンオフが可能だから」
「すげぇ無駄なところで便利だな……」
勿論その後蘭の読心術はオフにしてもらいました、ステータス見せて貰ったから嘘はついてないと思います。
「という訳で、引きこもりのお兄ちゃんを外に連れ出そう作戦開始!」
「……おー」
なんだこのテンションの差は……
×××××××××
作戦概要
その一、まずはこの家の空気の悪さを改善しましょう。
その二、無事に空気の浄化を成功したらお兄ちゃんを外に連れ出しましょう。
その三、晴れて初任務達成、テートさんに報告後、日払いの給料貰ってバイト終了。
「てなわけで、まず空気の入れ替えだ、家中の窓を開け放て! そして悪しきオーラをこの家から退散させるのだ!」
「……りょ」
やる気のない了解と共に俺と蘭は家中を走り回り無事に窓を全て開け放った、のだが、一時間ほど経ってもまるでこの家の空気の悪さは改善されることは無かった。
「何故だ、何故空気が変わらないんだ……」
「……まず根本的な問題だと思うけど」
「ほほう、聞かせてもらおう」
「……多分この空気の悪さは魔物が関係していると思う、空気中に僅かに魔物の気配が感じられる」
「一体お前何者なんだ……」
蘭さんってば何でもできちゃうじゃね? もはや俺いらなくね? 俺に蘭が押し付けられたんじゃなくて、蘭に俺が押し付けられたんじゃね?
「……とにかく、まずは魔物の居場所を突き止めないと問題の解決には至らない」
「成程、んで、魔物の居場所はどうやって突き止める? 手当たり次第に家中探してみるか? でも俺達窓を開ける時に家中の大体の場所には行ったぞ?」
「……いや、まだ行ってない場所が二つある、一つは屋根裏部屋、そして二つ目は……」
「問題のお兄ちゃん部屋、か」
「……正解、多分その部屋が一番可能性が高い」
「でもよ、結局お兄ちゃんが部屋から出てこないのが原因なのにどうやって肝心の部屋に入り込むんだ?」
この悪い空気の原因がお兄ちゃんの部屋にあると言っても要は入らなければ意味が無いのだ。
「……それについては問題ない、既に部屋の鍵は合成済み」
「お前もはや完璧悪役だよ!」
シャキーンという擬音が付きそうな感じで鍵を取り出す蘭さん、アンタその内捕まるよ、いや、異世界に警察はいないから別に大丈夫か。
ってな理由で、withお兄ちゃんの部屋の扉の前。
「……それじゃぁ部屋を開ける」
蘭が合成した鍵を部屋の鍵穴に差し込むとすんなりと入り無事に鍵は外れた。いや、何か分かんないけど罪悪感がぱないんすけど?俺達ってホントに勇者何すよね?
「し、失礼しまーす」
恐る恐る部屋に入るとまだ昼間と言うのに部屋の中は真っ暗だった、だがただならぬ空気がこの部屋だけは一層強いと言うことは分かる。間違いなく元凶はこの部屋だろう。
「……精霊術式No.12ライト」
蘭がそう唱えると右手から不思議な光が生み出され先程まで真っ暗だった部屋が瞬く間に照らし出される。
「おい! お前魔法使えんのかよ! 俺にも教えろよ!」
「……そんな事よりも、前」
「おふぅ、これはやばそうだな……」
変な声と共に蘭が指を指すその先には、まるで生気が感じられない人間がイスにぐたりと座っていた。女の子の言葉が本当ならアレがお兄ちゃんなのだろう。
「おい、どうするんだ?」
「……ここは平川君の番だよ」
「はへ? 俺にどうしろと?」
「その暑苦しい黒い鎧、多分悪い気を吸い込んで自分の力にする能力がある、だから来ている平川君と近くにいる私にはこの部屋の空気の影響を受けない。多分それ以外の人が入ったらあそこの人みたいになる」
ほほぅ、この鎧にそんな力があったなんて初めて聞いたな。
「てか何でお前が俺の鎧の事知ってるんだ?」
「……企業秘密」
そこはしっかりと答えろよ! 何かこの子俺の個人情報全部握ってそうなんだが!?
「……とにかく、その鎧の効果を使ってあの人に取り付いている魔物を弱らせる、そして充分弱らせたら私のこの刀で斬る」
「なるほどね、っておぉい!! お兄ちゃんごと真っ二つだろうが!」
「……その点については心配要らない、私のこの霧ヶ峰は自分で認識したものだけを切り裂く優れもの」
「何かメチャクチャ涼しそうな名前だな」
今にも頭のなかできりが〜みね♪ってメロディーが流れそうだよ。
それにしても蘭の持ってる刀ってそう言う能力なのか、なんかすげぇチート武器だな。
「んで、俺は結局どうすればいいんだ? ……まさか抱きつけとか言わないよな?」
「……まさか、そんなうらや、ごほん、そこまでしなくていい、近づくだけで充分効果はあると思うから」
「この際何を言おうとしたのかは触れないで置く、んじゃボチボチ行ってくるか」
そう言ってから俺は問題のお兄ちゃんに近づく、物凄く気味が悪い、全く動いてないし、実は死んでんじゃね? それでバイ〇ハザー〇見たく突然襲いかかってくるぱたーんじゃね?
「……平川君、心の声がうるさい」
「っておい! さっきオフにしたんじゃねーのか!」
「…………」
「そこは無視なのね……」
それから俺がお兄ちゃんの近くにいると本当に鎧が悪い空気を吸い取っているらしく身体に力が湧いてくる。なんだか今ならミノタウロスにも勝てそうな気分。いや、辞めておこう変なフラグ立てると後々怖そうだし。
「……もう充分、離れて」
「あいよ」
そして俺が離れると蘭は霧ヶ峰を手に居合の構えをする。すげ、何か凄い様になってるぞ。
「……セィ!」
そんな蘭の掛け声も共に放たれた霧ヶ峰の任意斬撃は本当にお兄ちゃん本体は斬らず取り付いていた魔物だけを切り落とした。
蘭先輩かっけーす。
「……多分これで大丈夫だと思う」
「だといんだけどな?」
「……どうして?」
「いや、何かこの部屋の空気の悪さに比べて対処がすこぶる簡単すぎねーかなと思ってな? 」
何だか変な気がする。こんな大規模な事する魔物がこの程度で収まるのだろうか? もしも俺がこの魔物だったらこれを囮にして……
「あはは! 勇者さん達本当にお兄ちゃんを助けてくれたんだね?」
「なんだ、さっきの女の子か、もう大丈夫だ! お兄ちゃんは助けたぞ!」
「本当に助かってると思ってるの?」
「ん? なにをいってんだ? この通りきっちりと……」
「……平川君、その子から離れて」
「だってそのお兄ちゃん、もう
途端に女の子の姿が変貌する。口からは牙が二本生え、血色の悪い顔、そして、気味の悪い赤色の瞳。
「……吸血鬼」
「は? なんでこんな所に吸血鬼なんているんだよ!」
「勇者さん達、丁度いいや、そこのお兄ちゃんの血がもう無くなってさ? だから、勇者さん達の血を頂戴?」
そういう事か、お兄ちゃんが引きこもりになった何てはなから嘘で、実際はお兄ちゃんの血を吸っていたってことか。
「あー畜生、嵌められた……でもよ、相手が悪かったな吸血鬼、何たってこっちには!」
「……ごめん平川君、さっきの斬撃で力は使い果たした、後は任せる」
「こっちには、なに?」
「や、ヤバイヤバイヤバイヤバイ!!」
蘭が戦えなかったら負け格じゃねーか!俺は戦いに関しては素人以下なんだぞ!
「蘭! しっかりしてくれ! 俺は戦えねーぞ!」
「……大丈夫、よ。その、け、んがあれ、ば……」
「っておい! こんな時に気絶してんじゃねー!」
「はぁ、全く女の子に頼る男って男としてどうなんです?」
「う、うるせ! 人には向き不向きってもんがあるんだよ!」
「生憎、私は人間ではなく、吸血鬼なのでその言葉は理解できないです、それじゃ、覚悟して下さいね?」
そう言いながら舌なめずりをする吸血鬼は今にも襲いかかってくる態勢だ、やっぱり俺って勇者に向いてないかも……
そして吸血鬼が噛み付くその瞬間、強い光が俺の視界を覆う。そして目の前にいたのは……
「大丈夫!? 二人共!」
焦っているのか猫耳が左右にピコピコ動いているテートさんだった。
「は、はは、たすか、った……」
そして俺はテートさんを見て安堵したのか、意識を失った。
××××××××
そして俺が目を開けると目の前には見慣れた目の下のクマと焦点のあってない瞳、珍しい銀色の髪が特徴的な蘭の姿があった。そして後頭部に柔らかい感触、どうやら俺は蘭に膝枕されているらしかった。
「……具合はどう?」
「んーまだちょっとボーッとするだけ、後はなんとも無い、かな?」
「……そう、なら良かった」
そう言いながら蘭は俺に微笑む。
初めて見た蘭の笑った顔は本当に可愛くて思わず惚れてしまいそうだった。
それからテートさんに事情を話して給料を貰いました。どうやら結構時間が立っていたらしく合計で五時間働いて給料が三万五千円でした。命を失いかけてこの額とはなんとも割に合わないと思った俺であった。
ちなみに蘭の時給は一万五千円なので給料は七万五千円です。泣きたい……
という訳で、今回のバイト、終了。
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