【続編発売につき未完】もし傀儡兵に生き残りがいたら? 作:傀儡兵C
ここがアドラー帝都ならば、裁きの女神と慈愛の女神が侵入を許しはしなかっただろう。
しかし、ここにそんな力は存在しなかった。
「逃げ回るだけかい?こっちの目的はあんたの脳みそなんだ。あんまり動き回られると…」
禿頭の男が剣を振りかざすが、シズルは逃げ惑うだけだ。
彼女は
拳の極みの真似事も封じられた身では、初手から発動値にまで上昇させた敵手に嬲られるのみとなっている。
「手足の一本は無くなっちまうぜ?」
「くそっ!」
「あんたの相手はこっち。浮気しちゃやぁよ」
助けにいかんとするコリンを赤髪の女が阻む。
邪魔だとばかりに振るわれるコリンの太刀は鋭いがしかし…あらぬ方向に逸らされる。
その大きな隙に繰り出される蹴撃の嵐。
体勢を立て直して何とか防御へと移行できたが…
「ぐぅ…!」
その防御の太刀がブレる。結果として都合5回の蹴りを受けて悶絶する。星辰奏者の打撃を受けて死亡にまで至らなかったのは先の攻撃による違和感を警戒していたから。武器を用いてではなく、単純に体術を用いての守備の賜物だった。
「これは…斥力操作か!」
「ご名答かな?はてさて、どうだろうね」
磁力によるものか、はたまた他の力によるものか。
それは不明だが…こちらの発動体と相手の発動体の間に
あまり強力な能力とは言えないだろう、どういう仕組みかは不明でも反発が起きるのは互いのアダマンタイトの間だけであり、必殺とはなり得ない。
しかし近接戦闘においては使い手に有利をもたらし、相手の力を着実に削いでいく。
コリンの紛い物の星光は剣の切っ先から爆発を起こすだけのものであり、剣を逸らされては敵に命中しない。
巧みに余波さえ届かない位置に陣取った女は訝しげに眉をひそめた。
「…変な感じだね。あんた、本当に星辰奏者?」
痛いところをついてくる。
しかし、そんな感傷に浸っている暇など無い。こんな場所で暴れれば、巡回の兵や星辰奏者が駆けつけてくるだろう。敵はその間に離脱しなければならない。つまりは短期決戦狙いだ。
敵の戦術は単純。白兵戦に長けた女が標的の護衛を足止めし…
「ああっ!」
捕獲に長けたもう一方が目的を達成する。
闇夜に煌めく黄光。禿頭の男の剣から伸びた電気鞭が貴種の女を捕まえていた。
コリン・ハバードには何も無かった。
それは記憶をかき混ぜられたからだけでなく…元から何も無かったのだ。
無味乾燥などこにでもある人生。星はその人の気性を反映しているという説がある。だから何も形にできず…界奏の救いによってさえ変化が無かった。
「コリン君…あなただけでも…」
逃げて。そう続けようとしたが分かる。
「お断りだ。俺はあなたがす…嫌いじゃない」
我ながら美人に弱い。自分の人生を滅茶苦茶にした人物を助けるために心の翼が燃え上がろうとしているのだから。
全てを失った先に、ほんのすこしだけ特別なものを手にした。それは思い出であり、そこにはいつも彼女がいた。だから――
「創生せよ、天に描いた星辰を――我らは煌めく流れ星」
初めて獲得した“自己”が形を帯びた。
鳴動する星光はこれまでのような不安定さからは程遠く、弱くとも安定した輝きを放つ。夜空に瞬く星のように。
創生せよ、己の星を。
遍く全てを照らす恒星でなくともいい。闇を照らす月ですら無くとも構わない。
全てはちっぽけな自分と彼女を守るために――
「素晴らしきかな神に選ばれし者。獅子を倒した果てに辿り着く沼地に炎が訪れる」
自分は選ばれていなかった。そしてだからこそ選ばれた。
「制覇される数多の偉業。輝ける英雄が捻れた獣を焼き殺す」
どこかの誰かが紡いだ英雄譚の端役達。その最後の生き残り。
「例え毒蛇であろうとも、それなるは我が兄弟。歪な絆のために沼地の巨蟹が立ち上がる!」
端役は所詮、端役。何も成せはしない。だが、自分達にも名があり、それぞれに人生があったのだ。…何一つとして誇らしいものもおぞましいものも無かったとしても。
「不遜なり!貴様の狂気を拭うため、我らを害するというならば、その足を砕くのみ。傍観するのはこれまでだ!」
何も成せ無くとも足掻くのを止めてはならない。星辰奏者としてのあまりに短い過去でできた関わりを失いたくはないのだ。
「半神に踏み潰される哀れな命よ。心せよ。お前の献身は女神の心を射抜いた。汝を星座に召し上げよう!」
被害者だったという事実を捨て去り、只人でなくなったことも悪いことばかりではない。そう認めたからこそ、星空はその決別を祝福した。
「
今更に起動した不可侵の詠唱。それを前に襲撃者は呆れを隠せない。もはや目標は達成されようとしている。…全てが遅きに失している。
まさか、これが初めての星光発現だとは知りもしない彼らには分からぬことであった。
基準値から発動値まで上昇した身体能力で女神をさらう者共に食らいつく。それは当然、赤の女に阻まれ、剣は逸らされる。
「あんた、一体何がした――っ!?」
逸らされた剣から噴出し、宙に浮く泡。
撒き散らされるそれは子供の玩具のようであまりに滑稽だっただろう。
「さっきまでの爆発じゃない!?けど、こんなもの」
女の蹴りが、男の斬撃があっさりと蟹の泡を砕いていく。
だが、それでいい。
次の瞬間、敵の発動体から煙が上がる。言わずもがな、それは泡に触れた場所だ。
「なんだ…!?毒…?酸か!」
これが超新星――永遠なれ、献身の絆・泡沫之型。
蟹の口から出た泡が触れた物を腐食させるのだ。
「そっちの兄ちゃんにはもう構うな!さっさと行くぞ!」
男が真っ当な指示を出すが、もう遅い。
公園を飛び去り、敵を追って町の外へと向かっていく。
獲得した星光による酸の腐食はさして強力な能力とは言えない。泡という形態を取っているため遅く、腐食自体も精々が常人を溶かす程度。
だが、星辰奏者は発動体を通じて星辰体と感応する。
敵のアダマンタイトには星光によって作られた酸の泥濘がこびり付いている。それがほんの僅かに調律を乱していた。
総じて言えば、補助的な星光であり、誰かと組むことによって真価を発揮する能力ではあるが…
「全く、我ながら情けない。白馬の王子様とはいかなかった」
突然、闇夜を照らす灯り。それが襲撃者たちの姿を現した。彼らの敗因は泡に触れたことによる僅かな速度低下と、追撃者にかかずらったことによる時間のロス。
第四南部駐屯部隊・堅爪巨蟹が侵入者に対する対策を講じる時間を稼ぐことに、コリンは成功したのだった。