教えて貰いました、と正直に白状した所、那珂さんは信じられないという面持ちであった。口をパクパクさせて、淡水魚の様だ。中途半端に立ち上がった姿勢で暫くそうしていたが、やがてぐったりと椅子にしな垂れ落ちて、ポツリと一言呟いた。
「意味、わかんない………」
「ま。まあ。機密だったそうで………」
無理に聞き出してしまった向きもあったから、ばつが悪くなって目を逸らしたが、彼女には否定された。
「そうじゃなくて、さ……。普通、それ知っちゃったら、逃げようとかって、思わないの?私たち、深海棲艦かも知れないんだよ」
どうだろうか。確かに恐怖を感じはするが、そうしようとはならないのが私であるらしかった。多分単純に、天邪鬼なのだ。暫く考えていた彼女は、慄きながら問うてきた。
「ま、まさか……。肌の白い娘が好き、とか……」
どうやら彼女の中で「私=変態」という説が、再び信憑性を持ち始めたようだ。多感な年ごろなのか、うら若き乙女は想像力が豊かである。勘弁して欲しい。全くどうでもいいことだが、私はどちらかといえば、健康的に日焼けした小麦色が好みである。別に、口には出さないけれども。取り敢えず彼女の言はきっぱりと否定しておいた。これ以上この話を掘り下げると、心に無用な傷を負いそうに思えて話を逸らすことにした。
「神通さんと、仲が良いのですね」
少々無理があるかと思ったが、彼女は意外にも嬉しそうな様子で話に乗ってきた。
「うん。ここで一番、優しい人。大切なお姉ちゃんだから………」
一番優しい、か。彼女には多分、色眼鏡が掛かっているのだろう。正直なところ、それには全く、共感出来ない。そんな私の考えは、迂闊にも顔に出ていたらしく、彼女は口を「へ」の字に曲げ、信じてないでしょ、と言わんばかりの様子。
「私はかなり、キツイことを言われましたけど」
「……それは、一応理由があるし………」
きまりが悪そうに目を逸らし、彼女は答えた。赤城さんに誤魔化されてしまった事情を、那珂さんも知っているということか。いよいよ彼女は、警戒するのが馬鹿らしくなったと見えて、小さな背もたれに体を預け、すっかり緊張を解いている。いまなら、聞き出せるかも知れない。皆にはぐらかされて何も分かりませんでした、では収まりがつかない。問題を認識できねば、解決も改善もないのである。鎌をかけてみよう。
「成る程、つまりは私を追い出したい、と」
「ん……まぁ最終的に、そういうことだけど、さ……」
鎌をかけてみたつもりが、そのものズバリ、言い当ててしまったようだ。私は、思わず不平を漏らした。
「や、やっぱりちっとも優しくないじゃないですか……」
「優しいもん!この基地に初めて来て不安だったときも、凄く親切にしてくれたもん!」
「いや。いやいや。そんなの、姉妹艦だからでしょう?」
「む、むぅぅ!」
フグみたいに頬を膨らませた彼女と、言い合いになった。ふっくらした色白の頬を、ちょっと突いてみたい衝動を堪えて、暫し不毛な口喧嘩を嗜んだ。
朝の様子と比べてみると、今の那珂さんは別人のようである。随分怯えていたから気弱な人かと思いきや、こうしてみると割と活発な印象を受ける。恐らく此方が素であろう。多分人見知りなのだ。歩み寄るのには苦労するが、一度仲良くなると凄くお喋りになるタイプの人だ、きっと。神通さんという共通の話題があったことが功を奏したようで、存外早く馴染めた。仲良くなったかというと微妙なところだが、明け透けにものを言いあえるのは、ある意味良好な関係とも解釈できる。
幾分長引いた彼女との言い合いは途中から何故か、身内自慢へと変じた。彼女は彼女で神通さんの、私は私で前任基地に居た艦娘たちの長所を各々列挙するという、不思議な時間がひとしきり続いた。その時に那珂さんが言っていたのだが、神通さんは凄く耳が良いとのことである。感覚器官がいずれか閉ざされると他がその埋め合わせとして発達すると聞くが、そんなことが事実起きているらしい。鋭敏に発達した神通さんの聴覚は、近くにいる者の息遣いまで捉えているのだそうだ。俄かには信じ難いが、目が見えていない筈なのに正確に此方を向いてくる神通さんを見るにつけ、納得せざるを得なかった。
その時同時に、お姉ちゃんの近くであんまり大声あげちゃだめだよ、と釘を刺された。実のところ昨日、既に一度やってしまっていたことは、内緒にした。
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彼是、半刻。
身内自慢大会もそろそろ佳境に差し掛かり、互いの残弾を打ち尽くした辺りの時分である。
そう言えばさ、と那珂さんが切り出した。
「そっちの方こそ、この2、3日何してたの?暇なのは、別に私たちだけじゃないと思うけど。趣味とか無いの?」
「ん……これといって、特に何も。強いて言うなら、風呂に入るのが好きですが」
この所、頓に寒い。一般に日本の冬、体を温めるには、飯・風呂・布団・酒・炬燵の何れかを採用する者が多いと私は考えている。財政芳しくなく、風呂が共用と言っても、流石にそこは多人数での使用を想定された施設らしく、そこそこ大きな湯船がある。また、この旅館風の建物を官舎にしてしまう常識外れの前任者、或いは建築業者にも、男女を分ける分別はあったようだ。ちゃんと赤と青、2種類の暖簾と入り口が用意されていた。実質男湯は私と津田さんの貸し切りみたいなものだが、2人のために大型の湯船に湯を張るのも勿体無いから、シャワーで済ませていた。とはいえ湯の力は偉大なもので、どんな形であれやはり疲れを癒してくれる。私はその時間が好きだった。
「えぇ……おじさんくさいよ、それ」
那珂さんは、宛ら汚いものでもみるかのような目である。失敬な。そもそもおじさんというのは、棘がある。ちゃんとヒトミさんみたいに気を遣って、お父さんとーーいや、だめだ。
「お父さんくさい」
その言葉はまた別の意味合いをもってしまう。世に有るお父さんをして、尽く滂沱せしめる呪詛の言葉になりかねない。自らの思考を戒めた後、普通に抗議した。
「いいじゃありませんか、寒いんですよ。私は皆さんと違って、弱いんです」
不思議なことに艦娘は、艤装を装着するとある程度、保護されるらしい。艤装を着ければ砲撃・雷撃・銃撃・爆撃問わず、幾らか衝撃や熱風の類を和らげてくれるという。それだけではない。寒さ、暑さも防げるし、理屈は分からないが飢えや渇き、疲労の軽減、果ては止血効果や傷病の重症化防止すら、為されているとのこと。だが、万能かと思いきや残念ながら、それらの効果を実現できるのは装着中のみ。さらに言えば装着しなければ、彼女らは海上に立てない。未装備で燃料入りの糧食を摂取すれば体調を崩すし、怪我も病気も人並みにするようになる。艤装を外した瞬間、身体能力が高いだけで、殆ど人間の女性と同じになってしまうのだ。従って海戦中に艤装を失う、或いは装備不可能な程度まで破壊されることは、轟沈ーー死を意味するのである。
ーーー艤装、か。
「この基地に所属する艦娘たちの艤装、見せて頂いても宜しいでしょうか」
私は那珂さんに頼んでみた。この基地に来て以来まともな艤装にお目にかかっていない。ヒトミさんの頭部艤装くらいではないだろうか。たった数日しか経過していないが、ここまで周りに装備品の〝臭い〟がないと、どうも落ち着かない。火器や艦艇はおろか、小型のジープすらない。恋しくなったと言う訳ではないが、訓練を疎かにしてはならぬとも教わって来た。この基地にどんな装備がどれだけあるかくらいは、確認しておきたかった。
「うぅん……いい、のかなぁ……。今迄の人たちには、見せないようにしてたし……」
風呂好きおじさんの不意の申し出に、那珂さんは図らずも口を滑らせた。
ーーー見せないようにしていた?
随分気になる発言だ。最高責任者に当たるはずの人間の眼を、敢えて装備から遠ざける理由とはなんなのか。別に私が不正に使おうと目論んでいる訳ではない。というか人間である私に艤装が扱えないことくらいは、彼女も判るはず。
一度疑い始めると、止まらない。ごく些細な事すら気になり始める。
考えてみれば不思議だ。報告に来るときも彼女らは、艤装を装着していない。艤装の保護能力が高いことは、彼女らは身を以て理解していることだろう。装着していれば一先ず寒さを凌げるはずなのに、今の所皆が皆、わざわざ取り外してから執務室を訪れている。この施設は、何処であろうと寒い。まして露出が目ったら多い制服を着ているのだし、1人くらい装着したまま訪れる者がいても良いはずだ。
「問題、ありませんね?」
上官から部下への言葉は、互いの意思とは関係なしに強制力を伴うことは、理解している。我の弱い人、気の小さい人に対しては特にだ。そういう人の意見が黙殺されてしまう環境にはしたくないから、普段なるべく穏健な言葉を使うよう努めているが、今回は疑念の方が勝った。少し語調を強め、煮え切らない彼女に念を押した。
「うあ。ちょ、ちょ、と。待ってーーー」
「待って欲しいのならば、前任者たちに艤装を見せなかった理由を、聞かせてください」
しまった、という具合に口を噤んだ那珂さんはもう既に、逃げ道を塞がれていたのであった。
官舎、庁舎以外にもう一つ、基地内には建造物がある。あのプレハブ製の掘っ立て小屋は、彼女によれば、艤装の格納庫らしい。当初私は出撃用のカタパルトみたいな施設かと思っていた。まだ着任2日目なのに、そんな上等なもの、ある方が不自然だと考えるようになっているから、慣れとは不思議である。
その鍵は各艦娘と、津田さんが持っており、基地の司令官ーー私にのみ渡されていない。
あの酷く寂れた建物の中に、まだ何か、隠されている。
先日、事務室で津田さんが話してくれたこと以外にも、まだ。
私は、格納庫へと向かった。
何があるのか、もしくは何が起きるのか。
この辺りが、小さな節目でしょうかね。
2018/10/21 誤謬のご指摘ありがとうございます。修正しました。