サルベージ   作:かさつき

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彼是30分ほど経った頃。ベンチプレスに区切りを付けた私が、懸垂を開始してから、暫し経過した時分のことである。瑞穂さんが窓の中の曇り空に向けて、独り言をこぼした。

 

「そろそろ、降るかしら………」

 

今朝、そのご尊顔を顕したはずのお天道様は、今や雲隠れに去った。今年の寒波は強力だと、天気予報が言っていたし、遠からず彼女の予感は現実となろう。軽い世間話のつもりで、私は話をふったのである。

 

「この辺り、雪は多いのですか?」

「へ……はっ、はい…!毎年十数センチ程は……」

背筋を正してから、瑞穂さんは返事をくれた。未だ警戒を解いてくれないらしいが、萩風さんや神通さんのように、敵意があからさまでないから、わりあい会話しやすかった。

 

「今朝、釣りに出てみましたが、強烈な寒さでしたよ」

「は、はぁ……。なんだか今年は、かなり冷え込むとか……」

「ええ、そうらしいですね。しかしなにぶん、そうして都合しないと、食事もままならないので」

聞かれてもないことをペラペラ話していると、食事という言葉に思い当たったらしい瑞穂さんが、ふと切り出した。

 

「あの、ヒトミさんの……こと、ですけど……」

「あぁ、はい。おでん、とても美味しかったです。彼女、貴女に手伝って貰ったと」

お口に合ったようで……、と微笑む彼女は、もう一拍置いた後、また始めた。

 

「それにも関わる話ですが、彼女と何が?ヒトミさん、わりと引っ込み思案な娘ですけど、随分仲良くなるのが早いな、と」

彼女は、少し不思議に思いまして、と結んだ。

さて、何と返したものだろう。彼女の自室であった会話を、明け透けに伝えてしまうのは、幾らなんでも恥ずかしい。だが、下手に誤魔化して、妙な疑念を抱かれても困るし……。上手く言い訳するしかないか。

 

「まぁ、えー……今後の事……を彼女と、ですね。えー、まぁ、その。そう…いう感じで。まぁ、はい」

 

案の定、甲斐性なしの、能なしに、言い訳出来るわけもなし。視線を右往左往させる私を見、瑞穂さんは、目をぱちくりさせている。そこで暫し間があってから、何を思ったか彼女、クスクス笑い始めた。

 

「フフ、嘘を吐くのは、不得手なのですね……。言い難いことなら、良いのです。少し気になっただけですから」

「いや、何とも、面目ない。つい歯の浮くようなことを、口走ってしまったもので……」

 

頭を掻いて言葉を濁す私に対し、瑞穂さんは甚だ上品な仕草で、手を口に当てるのだ。あらまぁ、と言わんばかりの所作が、とりわけ優雅な上流階級を想起させるものだったから、ますます彼女がこの部屋から浮いて見える。不意に、彼女は遠い目をした。

 

「ヒトミさん、もうずっと、沈みがちだったのです。ほんの少し、笑顔を見せることはあっても、直ぐ暗い顔に戻って……。それが一昨日急に、お礼がしたいと言い出すんです。その時の彼女、なんだか目に力もあって。それはもう、驚きました。提督は、どんな魔法を使ったのかな、なんて」

 

冗談めかして笑う彼女の言葉に、私は随分、こそばゆくなった。私がしたことに、魔法という言葉を当てるのは大袈裟だ。体を壊した人に差し入れをして、幾らか言葉を交わしただけである。今もって、承知していないーーヒトミさんの苦悩の本質は、一体なんなのかを。物事の要を理解しないまま、不思議と彼女を慰めてしまったのだから、これを偶然と呼ばずして、魔法などと……。大島海将辺りに聞かせたら、へそで茶を沸かせるに相違ないのだ。私は照れ隠しに、早口で取り繕った。

 

「いえ、私自身きちんと判っていないのです。何が彼女の琴線に触れたのか。まぁ、言いたいことは、云いましたが」

「ご謙遜を……。だってーーー」

ふと、言葉を切った彼女の瞳に、違和感を見た。何だか、妙に照れくさそうな……。頬を染めた瑞穂さんは、早口で話し始める。

 

「あ、え…と。勝手に聞いてしまい、済みません。どうしても気になって、彼女から無理に、聞き出してしまったのです……。お2人がそこまで深い仲とは、夢にも……」

もにょもにょと尻込みする瑞穂さんが、何を言っているのだか、皆目見当のつかぬ私である。生返事を返す以外にすることもないから、当てずっぽうに推量してみる。何だろう、ヒトミさんの部屋にあがったことか?そこまで恥ずかしがることなのか。深い仲……?それこそ、大袈裟な表現でーーー。

 

 

「……提督に抱かれた時、とても暖かかった、と……彼女は、話していました……」

 

 

気まずげな顔の彼女は、とんでもないことを口走った。絶句した私を気にも留めず、茹で蛸のような顔で暴走を続ける。

 

「し、失礼ながら萩風さんの云うことは、強ち誤りともつかないな、と思いました。提督は小児性愛の、へ、変態である、と。ですが……やはり当のヒトミさんが、とても幸せそうなのを見るに……。私は……お、お、お2人を、応援しようと……!」

 

私に対する変態扱いを、改めてくれるわけではないようだ。

いやいや、そこはどうでも良いーーもっと憂慮すべき点が在る。彼女の云う〝仲良くなる〟とは、恋仲のーー下手をすると、もっと好色染みた行為のーー意味合いであるらしい。彼女の大いなる思い違いは、この時、この場、出来得る限り速やかに、修正を要する事態であった。

 

きっと、あの時だ。あの夜、初めて中間体に邂逅した時。喘ぎ苦しむヒトミさんの体を、私は支えた気がする。それをヒトミさん、「抱かれた」と表現したわけだ。が、言いにくかったのであろうーー不調を来し倒れた旨、仔細な説明は、さっぱり省いてしまったようだ。どこから訂正したものか、と私が切り出しあぐねていると、主機の調子が悪いのか、明後日の方向へ邁進する彼女は、真っ直ぐな瞳で尋ねてきた。

 

「先ほど仰っていた〝今後のこと〟というのは、やはり退役後は、ご婚姻を……?御両名の征く道に、波乱多きこと必定と存じますが、不肖この私もお力添えを……!」

 

乙女ですか、と口から飛び出そうになった言葉は、なんとか飲み込んだ。光源氏であるまいし、出会って幾許もない男女は、婚姻の契りを交わさない。勘違いに勘違いを重ねたその姿に、頭痛を禁じ得なかった。彼女に感じた上流階級然とした雰囲気は、ある意味正しかった。箱入り娘とは、得てして世間知らずなものである。

 

ーーいや、違うか。単に、そそっかしいだけだ。私は、内々に了解するのであった。

 

***

 

「いいですね?なかったのです。そういうことは、決して」

「あら、まぁ。そ、そうでしたか。私ったら、とんだ思い違いを……お恥ずかしい」

 

私はあの夜のことを、訥々と言って聞かせた。すると、茹で蛸にトマトケチャップをかけたような顔になって、瑞穂さんは狼狽し始めた。因みに彼女は今、薄着である。両手で紅潮する頬を押さえ、羞恥から目に涙を溜めた様子は、先ほどと異なり、著しく扇情的だ。一瞬目を逸らしそうになったが、まだ言いたいことはあった。

 

「考えてもみてください。ヒトミさんと私は、出会って未だ、一週間と経っていないのです。其処まで深い関係が築けるでしょうか?」

「んー……確かに、ごく一般の女性であれば不自然ですが、彼女は艦娘ですし……」

 

………まぁ、確かに、そうだ。

未だ鮮烈な朱に染まった彼女の、言わんとするところは、多少理解出来た。というのも、艦娘が人類に対し、不自然に好意的であるとの指摘は、間々あったからだ。彼女らのそういう側面を邪推して、敵深海棲艦の回し者だと信仰する者がいる程で、他人の厚意を信じられぬ悲しい奴等だ、と内心馬鹿にしていた私だった。しかし成る程、いざ自分がその立場になってみると、不自然に見えないこともない。百歩譲って、ヒトミさんが私に取り入って、利用せんと企んでいると考えてみて、考えられないこともなかった。

 

しかし、仮に艦娘の実態がスパイ集団だったとして、その不届き者たちは果たして、こうも目立った、かつ集団的な活動を行うものだろうか。しかもその活動というのは、よりにもよって、四方を海に囲まれ、逃げ場のない島国の、防衛行為である。持久戦に持ち込めば、数年で崩壊させられるような土地に、敢えて密偵を送りこんで、味方の振りをさせるなど、道理が合わない。目的が解らない。第一、別に全ての艦娘が、人に好意的ということはないのであるーー前任基地に実際いたし、神通さん、萩風さんなどの例もある。必ずしも彼女らが、統一意思のもとにある訳ではない筈だった。

 

「艦娘全て、我々に好意的とは、限りません。第一、ヒトミさんが、私のことを憎からず思ってくれていたとして、仲の発展が早すぎるでしょう?幾ら何でも………」

「えぇ、それはもう……。不思議に思ったものです」

 

彼女がはっきりと頷いたのを見て、思わず脱力した。不思議に思うなら、疑えばいいのに。大体、私を変態と思ったなら、力尽くでヒトミさんを止めるべきだ。なぜ、疑おうとしなかったのか、という私の苦言には、クスクス笑いながら、ゆるりと答えた。その返答は、私を納得させるのには十分であったが、私はその邪気のない笑顔に、唯ならぬ危うさを感じずには、いられなかった。

 

「あ、そう云えば私も、艦娘でしたね」

 

もしかして、彼女は、卑劣な何者かに利用されるだけされて、逝く処まで行ってしまうのではないか、とか。

もしかして、彼女の根底に、艦娘は器物であるという意識が在って、自分や他者の心に、鈍感になっているのではないか、とか。

もしかして、このおっとりした女性は、必要最低限の猜疑心をーー命と心の防衛機構をーー海の底に置いてきたのではないか、とか。

そういうお節介な危機感が、私の頭を回り始めたのである。

 

「瑞穂さん。お節介かも知れませんが……。もう少し、ご自分を大切にするべきでは、ないでしょうか」

出来る限り、険しい顔を作ったつもりだったのに、瑞穂さんはどこ吹く風であった。

 

「お節介を云う方は大概、信頼しても大丈夫ですよ?え、と……提督は、演技が堪能とは…その、言い難い…ですし」

その序で、私の心をサラリと抉るのだから、この基地の人たちは質が悪い。心当たりは捨てる程あったけれども、やはり悔しかったから反証した。

 

「それすら……え、演技かも……」

しかし結局、ございません、との一言で、ばっさり切って落とされた。私は苦い顔で、閉口するばかりであった。なお食い下がる私に対して、瑞穂さんが放った一言は、何故か私の記憶に残ったのだった。

 

 

ーー提督はきっと〝大丈夫な人〟でしょうから。

 

 

 





長らくお待たせ致しました。

イベントやってました。

Intrepidさんが好みです。

ハニーとか呼ばれてみたいです。
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