サルベージ   作:かさつき

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本当に遅くなってしまいました。申し訳ございません。


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「失礼しました。お話し中に」

会話を遮った非礼を詫びたが、ヒトミさんは何も答えない。その視線は、私の手に釘付けであった。

 

「気になります?」

「え、あ、う。その…私、すまほーとん、持ったこと…なくて」

 

 とびきりの自然体で誤用した言葉ーー正しくは、スマートフォン、である。なるほど、考えてみれば彼女ら皆、昭和初期に一旦、艦としての記憶は途切れているのだ。生まれたての艦娘は、今と昔の文化や技術の隔絶に、さぞ仰天することであろう。浦島太郎など、吹けば飛ぶ。

 

「前の基地で、イムヤちゃんが…使って、ましたけど」

「ほう、適応の早い娘もいるんですね」

「一度、触ったけど…難しい、です。なんだっけ…でんしめーる?」

「えぇ、合ってますよ。何事も慣れです。試しにどうぞ」

「うぅぅ、私は……。あ……可愛い」

 

 私の待受画面には、前任基地の工廠に住み着いてしまった、野良猫の写真が設定されている。白毛に、黒い斑点模様のある猫で、ふてぶてしい面構えの雄。大島海将命名で、その名を「ホクロ」といった。

 この写真が撮られるほんの少し前まで、私は携帯電話など所持すらしていなかった。しかし、それでは困ると大淀さんから注意を受けたーーきょうび、大概の企業や法人、学校にすら緊急連絡網があろうと云うのに、一艦隊を預かる司令官に連絡がつかない等と、馬鹿げた話があるものですか、と。

 そういう訳で、なるべく安価なのを購入し、いざ使ってみるかとなった折、基本機能の確認がてら、カメラも起動してみたのである。そして、件のホクロ氏には、被写体となって頂いた訳だ。もう設定の仕方を忘れたから、この待受画面には未来永劫、彼が居座り続けることになろう。

 

「こんなに、薄いのに…なんで写真が…色まで、ついて」

「やはり、不思議なものですか」

「はい……。うーん、と…巻き取りは、どこで…」

「いや、デジタルですよ」

「……で、じ…???」

「んー……」

 

 ヒトミさんは、いまいち機械に弱いらしく、いまにも目を回さんばかりだ。幾らかシンパシーを感ずるが、このことに関しては、私に一日之長があるーー毛虫か蚯蚓でも触るように、おっかなびっくり操作する彼女に、横で指南した。ヴァイブレーションする度に、一々驚いているのが微笑ましい。暫く講義をたれた後、ふと受講生の質疑が、講師の言葉を遮った。

 

「あの、さっき……でんしめーるが。見なくて、いい……ですか?」

「あ、えぇ……。そうですね」

 

 いざ、大淀さんから届いたメールを見てみる時になって、私は逡巡した。何も考えず、ヒトミさんに操作を譲ってしまった辺り、私の危機管理能力の欠如が知れる。思い直してみれば、基地の者に秘密で、内部事情をあれやこれやと詮索した訳で、決して良い気分ではないことだろう。あの時の私は、確かに藁にもすがる思いだった。しかし、せめてひと言、誰かに相談すべきだったのかも知れない。

 携帯電話を取り上げて仕舞おうかとも思ったが、最早手遅れ。そもそもヒトミさんに対しては、思考がいくらか伝わっている。唯でさえ難しい表情であった彼女の顔が、一段と難しくなってしまったから、慌てて弁解した。

 

「す、すみません。なんと言いましょう、結構追い詰められていた…と言うか」

「あ、いえ。別に怒って…ない、ですよ?私も、良くなかった…です。ああいうの」

「……ああいうの……?」

「色々ある基地なのに、ちゃんとお話し…しなかったから」

「それは……。はい、本当に、色々ありました」

「だからその、おあいこ…かも」

「そう言って貰えると……有り難いですが」

 

 ヒトミさんはヒトミさんで、思う所があったようである。ぼちぼち良好になりかけた関係に、新たな亀裂が入ることは、幸いにもなかった。我々は目出度く、大淀さんから届いたメールを、開くことに成功したのである。

 

 

***

 

 

「拝啓

霜月の空澄み渡り、冴えた冷気が身を引き締める季節です。樋口様におかれましては、新天地にて益々ご活躍のこととお慶び申し上げます。ーーー」

 

 大淀さんから届いたメールは、顔見知りに対する業務連絡にしては、いささか丁寧に過ぎ、他人行儀に過ぎる書き出しであった。

 勤勉、厳格、公正な彼女は、私に対して特に厳しい。前任基地で、かけられる迷惑はひと通りかけたから、それも無理からぬことーー土下座の1つくらい、させたくなるのも頷けた。

勿論、何時だかのあんなことは、例外中の例外である。高まりに高まった内圧に耐えきれず、堪忍袋が発破しただけで、普段の彼女は、なかんずく礼儀作法に関して、どの様な相手に対しても、忽せにすることの決してない人であった。どうも彼女、以前に無線通信で痛い目を見たとかで、顔を合わせないコミュニケーションを、余り好まないという。この手のメールはとかく感情が伝わりづらいから、いつも以上の丁寧に、また丁寧を重ねるのです、と語っていた。

 ただ、一度怒らせると、堪忍袋の容量は小さくなるのが常である。現在、既に機嫌は治っているのだろうか。この丁寧なメールの文面からは、余計に感情が読み取れないから、寧ろ不安を覚えるのであった。ひょっとすると、この挨拶も、唯の皮肉かも知れない。

 

「さて。先般ご依頼を承りました、先任者の情報提供に関しまして、本基地の大島と議を設けました。然るに、提供すること自体、さほど問題はないが、個人情報保護の観点から、軽々に外部へ漏らすことは許されず、双方がその点を十二分に理解、実践のうえ、適切に処理されるべき案件であるとの結論に達しました。従ってーー」

 

 提供するのは良いが、扱いに気をつけて貰わねば困る、と。随分、迂遠な物言いである。何であろう、馬鹿丁寧な文言の端端に、こっそり本音が隠されてあるような予感があった。しかし、結局その後には、調査に時間がかかるから暫く待て、だとか、メールで送信するが、利用後は必ずデータを削除せよ、だとか、書いてあるのみであった。

 

「お、大淀、さん…って、もしかして」

「ご存知ですか」

「聞いたこと…あるだけ、ですけど…。れ、聯合艦隊の、旗艦だったって」

「ええ、はい。その大淀さんです」

「す、すごい人から、お手紙……!サイン、もらえるかな……」

 

 送信者の名を再確認したヒトミさんは、体を震わせて感動している。デジタルカメラは知らないのに、有名人にサインをねだる風習は、何故か知っていた。察するに、他からの影響かーー多分、那珂さんあたり。多少ミーハーの気があるらしい彼女は、熱心にメールを読んでいたが、急に目を丸くした。

 

「あれ……追伸が」

「ほう、何と?」

「え、と……?〝もう、倒れないでくださいね〟…?」

「……!」

「…この前のこと、言ったんですか?」

「……いえ」

 

 私は緩く首を振った。言わずもがな、前任基地でのあの出来事を指している。追伸と云っても、本当にその一文だけで、彼女の真意は読めなかった。これは、大淀さんなりの叱咤か、或いは激励か。色々と思うところはあるだろうが、何だかんだ案じてくれているのか。

 私は単純な性質をもつから、この程度の言葉でも、十分の熱が生じるーーそれすら彼女は、織り込んでいるのかも分からないーー何れにせよ、相談して良かったと思った。

 

***

 

 女三人寄れば姦しいと言う。三人と言わず、別に二人でもたくさんだと私は思っているが、瑞穂さんとヒトミさんに限っては、その表現を濫用することはできない。

 

 ヒトミさんは今、ストーブで暖をとっている。暫くここに居てもいいですか、と尋ねられた時は驚いたが、断る理由もなく、話し相手の欲しかった私には、願ってもない話であった。

 それからすぐ、瑞穂さんが戻ってきた。先日訓練室で見たような、薄手の運動着に身を包んでいて、ヒトミさんがまだ居たことに、やはり驚いた様子であった。ただ、部屋を流れる空気が、決して冷えたものではなかったから、別段何も言わず、一つ微笑んで席に着いた。今は何やら書き物をしている。

 賑やかではないが、決して寂しくない。時折聞こえる二人の何気ないお喋りは、大変心地のよい背景音楽であった。

 

「ヒトミさんはお昼食、どうしますか」

「今日は…パンに、しようと」

「あら…朝も確か、餡パンを……」

「はい。最近は、いつも…です」

「たまには、お野菜やお肉も、満遍なく食べてくださいね?」

「あ…ぅ」

 

 ヒトミさんは、談話室の買い物メモへ、一週間分のパンを買うように、との要望を出していた。確かにパン食は楽で良いのだが、栄養は偏りがちーーましてや彼女、メロンパンなど所望していた。私も私で、彼女のことを注意できたものではなかった。

 私も彼女らに倣って、昼飯をどうするか思索するうち、選択肢など無いことにーー取りも直さず、本当にあのおでんは救いだったことにーー思い至ったのである。さて、昼飯にするとしよう。

 

「瑞穂さん、ヒトミさん。もう良い時間ですから、そろそろ昼休憩をとって下さい」

私がそう云うと、瑞穂さんは先と同じ要領で、何を食べるか尋ねて来た。米とおでんだと答えると、瑞穂さんにしては珍しく、剣呑とした気配を滲ませて、私とヒトミさんを交互に見遣った。

 

「舌の根も乾かぬうちに……。お2人は一汁三菜という言葉をご存知ですか?」

「むぅ……。まぁ確かに、良くはないな、と思うのですが如何せん、手間が……」

「あ、あんまり…沢山は、食べられない、です」

 

 口々に言い訳をかます我々を見た瑞穂さんーー口と眉とが、お手本みたいな〝へ〟と〝ハ〟になった。暫くそのまま何か言いたげであったが、ややあって彼女、顔を引き締めたかと思うと、我々に向けてこう宣言したのである。

 

「承知致しました。では、お2人のお昼食、不肖この私が、お世話をさせて頂きます」

 

 それは流石に悪いから、と辞する言葉も右から左で、頑固一徹の瑞穂さんである。基地の人員に余裕は全くないから、だれか一人にでも体調を崩されては困る、まして倒れられようものならば、運営など立ち行かないのだ、と凡そそんな論理だ。甚く正論である。

 瑞穂さんは、矢鱈熱心に説得してくる。暫くなんのかんのと押し問答が続いたが、今後の食生活を必ず見直す旨、ヒトミさん共々宣誓したら、なんとか引き下がってくれた。気が変わったら是非、と勧誘の文句を添えたから、我々の昼食を世話せんとする意気は、未だ余って十二分と見える。瑞穂さんに要らぬ手間を掛けさせぬよう、今度の日曜はきっと、隣町へ足を伸ばそうと決意した。

 何はともあれ、事務室にて昼食を摂ることと相なり、我々は執務室を後にした。

 

 窓から小さな音がしていた。何かを引っ掻くようなそれは、いつぞやの換気扇に似た音だった。

 

 




何やら、飯炊きの話ばかりですね。

さて、今夜は何か起きるでしょうか。
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