サルベージ   作:かさつき

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「まあ確かにこの町スーパーはありませんが」

 津田さんはカップ麺を啜っている。朝からそんなの食べて胃腸に悪いだろうに。

「車で1時間の隣町にはありますよ」

 

「むぅ………」

 私は魚の塩焼きに、海苔と米飯である。朝は和食と決めている。米と海苔だけは買っておいたのだ。早く教えてほしいものだ。せっかく腹一杯にできる程度には魚を釣ったというのに。

 

「あはは………」

 ヒトミさんは苦笑いしながら、菓子パンを食べている。思いっきり大手の食品メーカーが出している奴だ。

 

 官舎(学生寮)の談話室で、私達は朝食を摂っていた。

 

 

 

 あれから一時間の後。釣果はそこそこ。まあ数食分は賄えるであろう戦利品の入ったクーラーボックスを抱え、私は帰ってきた。内臓を取り除き、体表の水分をふき取った。頭は取って、切り身にし、一先ずアルミホイルに包んで冷凍庫にぶちこむ。朝食を用意するため、さて網はどこだろうかと探していると、津田さんがやってきた。

 

「………共同の冷凍庫なんですから、個人のものはあまり沢山入れないでくださいよ」

 眉を顰めて津田さんが言った。私としては、少しでも皆の腹の足しになれば良いと思っただけだ。

 

「いえ、これは皆の分です」と弁明する。

「は」

「ですから。皆で食べようと。自給自足なんでしょう」

 

 

 暫く間があった。

 

「あの……自給自足するのは町全体で、というか。」

「え」

「外部との流通があまりないだけで、つまりその………店自体はいくつかありますよ」

 

 津田さんは、ばつが悪そうに頭をかいている。私は思わず、見つけた金網を取り落とした。

 

 

 

 まあ、冷静に考えてみれば当たり前だ。

 ガスや電気が使える町で、食料の調達だけ昭和初期の農村と同じ、というのは不自然だろう。アルミホイルとかクーラーボックスとかも基地内にあったわけだし。そういえばバス停から基地まで歩いてくるとき、漁港の看板を見た気がする。野菜の直売所とかも。

 

 基地の皆のために、と寒さに耐えたあの時間は何だったのか。

 

 

 

 私は憮然としながら焼き魚をパクついた。良い焼き加減だ。白身魚特有の、ふんわり柔らかい甘みとしっかりした旨み、塩気が口に広がる。コメがすすむ。美味い。自分で釣った魚を自分で調理し、喰う。自然の恵みに感謝しつつ、自分を納得させた。

 

 これを味わうために私は魚を釣ったのだ、と。

 

「ま、せっかくですし、今日の昼は私が作りましょう」

 一人で食べるには多い。私の胃に入るよりも、ダメになってしまうのが先だろう

 

 

 

「………え」

「………はい?」

 

 二人に唖然とされた。…………私は、そんなに変なことを言っただろうか。

 

「私一人ではあんな量食べきれないでしょう?元はと言えば皆で、と思って釣ったのです」

 

 

「………」

「は、はぁ………」

 

 やはりだ。二人は未だ訝しがるような顔だ。

 ややあってから、津田さんが聞いてきた。

 

「………料理がお好きなんですか」

 

「いえ、それほどでも。作ってくれる相手もいませんから、自然とするようになったのです」

 先日ヒトミさんに抉られた傷が疼いた。

 

「………」

「………」

 津田さんはヒトミさん共々、閉口してしまった。何か不満でもあるのだろうか。

 

 

 そこで、私はハッとした。

 

 

「ひょっとして………お二人は魚がお嫌いですか……?」

 

 

「……いえ」

「……別に」

 

 

 むぅ………違ったらしい。二人は依然、変なものを見る目である。なんだというのか。

 

「それなら良かった。白身で炊き込みご飯でも作りましょう。」

 まぁ、なんでもいい。馴染んでくれば、多少変人に思われていても、会話も業務も円滑に進められることだろう。前任基地でも割と好評だった得意料理にしよう。

 人を落とすにはまず胃袋からーーーこれは祖母の教えだーーーを実践する。

 

 

 

 それきり会話は無くなってしまった。ヒトミさんがパンを齧りながら、やたらと私の顔を見つめてきた。津田さんは何やら考え込むような顔で、焼きそばを啜っていた。

 

 

 

「それでは、私はこれで」

 食べ終わった津田さんが、席を立つ。

 

「私…も……」

 飲んでいたココアを飲み干すと、ヒトミさんも出て行った。

 

 

 二人はいつも通りの業務があるが、私は今日することがない。引っ越しに時間がかかるだろうと見越して、10月31日、つまり明後日迄休暇をとっているのだ。実際は、そんなに荷物もなかった。前の官舎にあった私物は、大方処分してしまったからだ。今の私が持っているのは、使い過ぎでよれよれになった私服数枚と鞄。官給品の制服、シャツ、帽子。下着とタオルがほんの少し。米が5㎏と味付け海苔と水筒、あと携帯電話と財布くらいだ。

 

 全く以てさっぱりと身綺麗になってしまい、運ぶ荷物もないので引っ越し業者も要らなかった。

 

 

 そういう経緯で、私は久しぶりに退屈なのだった。前の基地では、休みなどほとんどなかった。偶に休みがあっても、トレーニングをするか、自衛隊図書室にて、読書をすることが多かった。そんな日でも、暇な艦娘たちーー特に駆逐艦娘ーーが、大概どこかしらにいるので一人の時間などいつ以来か解らなかった。

 

 

 

 最近、一人になると、考え事をすることが多くなった。

 

 

 

 大島海将は息災か、大淀さんたちは元気か。

 私は、もうあの基地へは戻れないのか。

 ここで定年まで過ごすのか。

 そもそも自衛官を続けられるのか。

 

 あの海将補はどうなったか。

 件の海将はまだ、勢いづいているのか。

 

 もし、辞めたらどうなるのか。

 次の職場はどうするのか。

 就職活動などしたことがないが、この年でアルバイトか。

 いっそ実家に帰ろうか。

 

 というか私はいつまで独身なのか。そろそろ身を固めるべきか。いい人などいないが、どうやって見つけるのか。

 

 

 

 すべての疑問に、答えが出ない。

 頭を精一杯回転させても、種々雑多な問題達は、頭の中をまわり続けた。私はいつも根負けして、思考を止めるのだった。

 

「ごちそうさま」

 食べ物たちに感謝して、息を吐く。

 

 私の放った感謝は、私の殺した命たちに届いたのか。

 死んだ命には、もう音が届かないのになぜ声をかけるのか。

 

 

 答えなど出なかった。或いは最初から存在していなかった。

 

 

 結局私の思考は、何者も、その輪郭さえ、掴むことができなかった。

 

 残ったのは、退屈な時間と、少しの虚しさと、不安だった。

 

 茫漠とした不安の海を泳ぐには、私は少々身軽すぎた。積み重ねてきた人間関係は白紙に戻り、慣れ親しんだ基地に別れをつげ、隣には誰もいなかった。

 

 

 

 思考停止の最たるものは睡眠だ。寝ている間は考えなくていい。

 

 昼食は12時半からだ。炊き込みご飯なら、早炊きを使うとして、10時頃から仕込みをすればよい。携帯電話のアラーム機能をつかう。9時50分にセット。

 

 極めて卑近な問題への対処をひとまず終えた私は、微睡へと逃げ落ちた。

 

 

 

 小さな談話室には、ボロの換気扇が回る音しかしなくなった。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 美味しい食事は、人の心と体を強くする。炊き込みご飯の芳しい香りが、談話室を満たしていた。

 時刻は11時55分、付け合わせをもう一品作れそうだが止めておこう。流石に食材を勝手に使うのも憚られる。やることもないし、のんびり待っているとしよう。

 

 

 さっきまで悩んでいたのが噓のように、充実した心持ちであった。万一やめたとしたら、調理師免許でも取得しようか。そして細々と飲み屋でも営もう、そうしよう。

 

 手を洗って席に着く。3人分の食器は準備済みだ。茶でも飲んで待つとしよう。緑茶を淹れ、備え付けのテレビをつけた。お昼のワイドショーをやっている。

 

 完全に昼間の主婦の様相を呈する私であった。

 

 

 だらだら待つこと40分。時間は既に12時半を回っている。時間に厳しいのが自衛隊の常であるはずだ。やはり出動の少ない基地はある程度ルーズでも許されるのか。

 

 ひょっとしてお二人は庁舎内で食べる派か。今はもう午前の業務を終え、腹を空かせて待っているかもしれない。時間にルーズは私のほうかも。これはいかん、と炊飯器を抱え、砂ぼこりで食器が汚れぬようラップでくるみ、一路庁舎へ向けて駆けだした。

 

 

 

 二人は事務室にいた。津田さんはカップ麺を食べていたし、ヒトミさんは菓子パンを齧っていた。肩で息をする私を見た二人は、目を丸くした。

 

「どうされました……?」と津田さん。

 

「い、いえ……つ、つ、作りましたので」

 この程度で息が上がるとは……デスクワークが長すぎた。トレーニングメニューを再検討するとしよう。

 

「作ったって……」

「炊き込みご飯ですよ」

 

 一先ず空きのあるデスクに炊飯器を置く。蓋を開けると、だしの効いたいい匂いが香った。

 

「ほんとに……作ったんですね……」

 そんなに驚くことだろうか。ヒトミさんは、信じられないと言うような表情だ。

 

 とはいえ、強引すぎただろうか。二人とも昼食は自分で用意していたようだ。

 有難迷惑ということもある。

 

「もしお嫌でなければ、茶碗ありますのでどうぞ。残っていたら私が処理しますし」

 

 

「は………え?」

「な………なんで」

 

 ………この二人はどうしてこうも、驚きのツボが浅いのか。そこまで変なことを言った覚えはない。もうこの際無視するとしよう。味ご飯程度でここまで驚くのだから、はぐれのイ級あたりが出没したらひっくり返るのではなかろうか。

 

「ではお先に」

 二人は私の顔とごはんを交互にみる。

 

 我ながら実に美味い。早くしないとなくなっちゃうぞ、とばかりに精一杯おいしい表情を作ってやった。

 

 

 最初は、ヒトミさんだった。

 

「じゃ……じゃあ、いただき……ます」

 

 おずおずと茶碗をもって、ほんの少しよそった。潜水艦は、だいぶ燃費が良いと知っているが、ここまでか。

 

 箸で掴み、一口食べた。ゆっくり咀嚼し、ゆっくり飲み込む。旧軍属、現自衛隊所属とは思えない遅さであった。

 

 

 

 

 

「ふ………」

 彼女の溢した小さな吐息。それだけで、もう言葉は要らなかった。ここに来て以来、ヒトミさんの一番いい顔であった。

 

「ごちそうさま」

 美女の笑顔、最高のチップである。寒い中磯釣りにでかけた甲斐があったというもの。

 

 

 結局津田さんもその後に続いた。ヒトミさんほどに表情が和らぐことはなかった。むしろ終始考えるような表情だった。彼が心を開いてくれるのはいつになるだろう。

 

 その後も、朝食のときと同じく、会話は少なかった。もともとこの二人はあまり多弁な方ではないのだろう。しかし、その雰囲気が少し暖かく、柔らかいものになっていたのは、気のせいではないように思う。

 

 こうして、私の着任初任務は、概ね良好な成果を残したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 事件は、この日の夜に起きた。

 

 

 




次回。
遅々として進まなかったお話がほんの少しだけ動きを見せます(かも)。

3/30 手直ししました。
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