7対14個の目玉は、暗がりに映えてやや不気味だ。妖精さんたちは、眩しそうに眼を細めている。明かりに慣れていないのかも知れない。液晶から出る短波長の光は、エネルギーが高くて眼球組織を傷つけやすいとか。まぁそれ以前に、こんな「採光」の「さ」の字も見当たらぬ部屋に暮らしていれば、光に当たる機会はないのだろう。目が慣れてきて漸く、妖精さんの姿を仔細に判ずることが出来た。
「……!こ、これは、スゴい」
似ている。真っ白いあの子はいつも通りとして、その他諸々、本基地所属の6名にそっくりだ。丁度、彼女らが暗がりで呈する深海棲艦の姿を、ミニチュア化したような妖精さんだった。ある距離まで達すると、全隊、やにわに歩みを止め、私を観察しはじめた。私も向こうの出方を覗う。ぬるめの緊張が場に走った。差し当たり、挨拶をーー。
「あー……。こんにちは…?」
このデカいのは何だ、とばかりに顔を見合わせては私を見上げる。はじめましてと、こんにちはーー挨拶は世界の共通文化だと思っていたが、彼女らには通用しないか。
先鋒を務めた例の真っ白妖精さんの合図があった。ビシ、と勢い良く私を指さして…これは、何がしたいのだろう。よく判らないが、者どもやってしまえ、とか言ったのかも知らん。それを皮切りに、3人の妖精さんたちがちょこちょこ歩いて近づいて来た。隊の士気はいまいちで、半数が命令(?)を無視した。真っ白妖精さんは、決してこの子らのリーダーではないと見える。
勇敢なる3人の妖精さんは、おずおずと私の腰辺りをうろついて、恐る恐るつついたりさすったり。時々私の顔色をうかがって、またつついてーーなんとも、不思議な時間が過ぎて行った。
「とって食いやしないぞ?」
言葉が通じた風でもないが、取り敢えず私に害意無し、と解るや否や今度は腰にへばりついてきた。ズボンに顔を埋め、蝉みたいにピッタリと。その仕草がどうにも愛くるしくて、思わず頭を撫でていた。
ヒトミさん似の妖精さんが、つと顔を上げる。つぶらな瞳で私を捉え、ふにゃりと破顔ーー向こうにも敵意はなかったようだ。気持ちよさそうに撫でられ続ける彼女を見、荒んだ心が整頓されていく。
「人懐っこいなぁ、よしよし」
次は、お隣。滑らかな黒髪にお団子頭のーー那珂さん似のーー妖精さんが、私の大腿に頭を擦りつけてきた。自分も撫でろ、という意味だろうか。両足を固定されているせいで体勢が辛いけれども、体をひねって両手を駆使した。
両手に花とは、実にこのことだ。道端の蒲公英みたいに小さくてささやかな花だが、こんなに心洗われるひと時も人生にそう有りはしない。
「えっと…。これは…」
私に引っ付いてきた3人の内、見たことのない姿が1人。頭頂部に巨大なリボンをあしらって、全身真っ黒ーー肩の辺りがバックリ開いて、和だか洋だか判断に迷う微妙な服。他の妖精さんとも見比べ、おそらくこの子は瑞穂さん似なのだろう、と推察した。そう云えば彼女と、夜に出会ったことは無かった。丁度瑞穂さんが夜シフトに入るその日に、夜間の護衛任務ーーもとい散歩は、区切りがついてしまったし。
これは、寝ているのかーー?
依然、顔を埋めたまま、彼女はだんまりだ。リボンの辺りをつついてみたが、やはり反応は無かった。規則的に背中が上下している。名残惜しがる両掌を、優しい感触から引き離して、瑞穂さん似の妖精さんを抱えあげた。やはり眠っている。重巡洋艦娘・加古じゃあるまいに、目的地到着と同時に寝てしまわずとも良さそうなものだ。警戒心の欠如は、ご主人譲りか。地べたに寝かすも酷かと思うので、腹の辺りに抱えて寄りかからせた。
「うわ。ま、待ってくれ。分かった、分かったから」
撫でられ足りぬと見え、2人が不満顔だ。グイグイ引っ張られたズボンが、ビビィ、と危険な音を立てた。そしてまたしばらく、両手に花。腹の上にも花。体勢がキツいのを差し引いて尚、お釣りが来るくらいの役得だった。
***
暫くして、ずっと撫でているのが辛くなったので、2人を肩に乗せてやった。妖精さんは、物凄く軽い。
「ちゃんとご飯を食べてるのかい?」
「??」
訊いたとて分かる訳もなし、伝わる道理もなし。ヒトミさん似の妖精さんは、ニッコリ微笑んで首を傾げた。必須かどうかは知らないが、この子らが食事することは知っている。だからこそ、私は買い物メモにお菓子を頼んでおいたのだ。この子らにも配ってやるとしよう。まずはマシュマロが無難か。
那珂さん似の妖精さんが、私の耳たぶで遊び始めた頃合いに、瑞穂さん似の妖精さんが目を覚ました。
「やぁ、おはよう」
「?」
「よく眠れたか」
「??」
「疲れてたのか?」
「???」
首だけ動かして頭上を見上げた彼女も、やはりニッコリ微笑んで首を傾げた。伝わっていない。会話とも言えぬ会話をしていると、私はもう心の平静を取り戻していた。
そうこうしている内、また1人、距離をつめる者があった。空母棲姫ーーつまり赤城さんーーを小さくした妖精さんだ。
「ん……君は、落ち着いてるな…?」
真っ白妖精さんの号令に従わなかった訳で、落ち着いているというか、並の警戒心は持ち合わせているように思えた。この3人が無邪気過ぎるのもある。
そしてむろん彼女も、可愛らしいことは可愛らしい。ぴょこぴょこ歩くし、瞳はつぶら、全体的に小動物然としている。人類への脅威の象徴で、艦娘たちの恐怖の対象が何とまぁ、随分ちいちゃくなってしまったものだ。
「うげっ。おいおい、やめとけ君」
この子は、赤城さんの濃厚な食欲を受け継いでいるのだろうかーー私の衣服に付着した粘液を、指で掬って口に含んでしまったのである。見ると、大変がっかりした様子だ。そりゃあもう、美味しいものの筈がない。大体、深海棲艦の艤装に付属するこのベトベトを、彼女が知らないこともなかろうに。興味本位だろうか。
健啖極まる空母棲姫妖精さんは、私に寄りかかる様にちょこんと腰を下ろした。何をするでもなく、別段楽しそうでもなく、表情も変えず、ただ私に体重を預けるだけだった。どこかしら、哀愁を感じた。
最後は、遠巻きに私を観察する2人に目をやった。この距離は、そのまま心の距離に思えた。
もちろんこの子は別に神通さん本人ではないけれども、眼帯の下をみるのは初めてだ。艦娘一般に整った顔立ちだが、この子を見る限り神通さんも、そのご多分に漏れていないと分かる。敵意は感じないが心を許すわけでもない、とそんな様子だ。
そして、その後ろに控えるのは萩風さん似の妖精さん。駆逐イ級のような頭部艤装と極限の薄着。妙に怯えているような雰囲気で、神通さん似の妖精さんの後ろに隠れて、こちらを伺っている。
ふと何かが、視界の隅で動いた気がした。
「ム…?」
ちゅっ。
柔らかなものが、頬に押し当てられた。肩の辺りを見遣ると、ヒトミさん似の妖精さんが何やらモジモジしていてーー。理解するのに、少々時間を要した。
「……ませてるなぁ。こいつめ」
お返しに、此方も頬っぺたをいじってやった。人さし指で餅みたいな感触を楽しんでいると、くすぐったいのかコロコロ笑いだした。救出までの時間、この子らと遊んでいれば、気も紛れるだろうと思った。しかしこのじゃれあいは存外、早くに終わった。
「あの、何処にいますか…?無事ですかぁ…!?海佐ー!」
萩風さんの声が、聞こえてきたからだ。この時の筆舌に尽くせぬ感激は、暫く忘れられそうにない。
「っ……無事です!ここです!萩風さぁん!」
「あ……ど、何処に?今何処にいますか…!」
「かまくらみたいな場所にいます…!庫内の中心辺りです!」
「あの、声を出してて下さい!」
私は腹の底から返事をする。ドーム内に反響した突然の大音声に、妖精さんたちは全員跳び跳ねた。
少しずつ、彼女の話声と足音が近づいているのを感じた。逐一合図を送る。肩に乗っかった2人が、私にしがみついていた。1分ほどかけて漸く、懐中電灯らしき光がチロチロと、ドームの隙間から見えた。
「あ、見えました!こっちです、こっち…!」
「何処に……あ、これ?」
「ここです!隙間から…!」
「わ、判りました!うわ、生臭い」
その悪臭の発生源は、主に私である。庫内の中心部は、電気を点けても暗いらしいーー深海棲艦の姿になった萩風さんがドームの隙間から覗いた。懐中電灯でもろに顔を照らされ、眩しかった。
「もう……もう、来てくれないかと……」
「その、すみませんでした。つい…」
妖精さんが妙に混乱している。わたわた、おろおろ、といったような。萩風さんに会うのは、初めてなのだろうか?しかし彼女は過去数年間、何度となく格納庫に来訪しているだろうし、それも不自然か。萩風さんの先ほどの言いぶりからして、この場所は彼女も知らなかった風だから、招かざる客が突然現れたとでも思ったのか。
では、この場における私とは、全体何なのだ。何故、私は此処に来た。何故、私を招いたーーというか、引き摺りこんだのだ。妖精さんたちに訊いても、答えは無いのだろうけど。
「散々でしたよ…?それはもうベロンベロンに…」
「は、はぁ…?」
伝わらないのを承知のうえで、なお伝えたかった。其れくらい、あの経験は私にとって鮮烈だったのである。
「あれ……これは、妖精さん?」
「ええ、はい。この場所に住んでるようで」
「凄い場所ですね。聞いたことはありましたけど…見たのは初めてです。ここが……へぇ」
懐中電灯で周囲を照らし、しきりに感心している。先刻の私と同じような反応だ。
「何にしても、安心しました。漸く出られる」
「っ……あの」
「はい。何でしょ……うお」
萩風さんが何かを言いかけた瞬間、ふと、肩の荷がおりた。私にまとわりついていた4人や、あの真っ白妖精さんも、皆が皆、蜘蛛の子を散らすように逃げてしまった。残ったのは萩風さん似の子と神通さん似の子だけだ。結局あの子ら、何がしたかったかよく判らない。
「ええと、すみません。何でしたか」
「あの、お腹空いてるかもと思って、ご飯を」
「え…?はぁ…どうも」
彼女は懐から、ラップに包まれたおにぎりを取り出した。それ自体は嬉しいが〝今〟ではない。この生臭い環境で、食事するのは少々難しいし。
「えっと、寒いかもと思って、毛布を」
「いや、あの」
有難いことだが、臭いが移る。もしこの状態で毛布に包まったら、二度と使えぬ粗大ゴミの出来上がりである。何か、話の流れがおかしい気がした。
「他に……何か必要なものがあったら、持ってきます」
「待って下さいよ。そうじゃなくてーー」
「な、なんであれば…ずっとお食事用意しますから!」
「いやいや、これを外してくれさえすれば…!」
後ろめたそうに、目を逸らされた。救援ではあったが、救出ではなかったらしい。
「ご………ごめんなさい。それは」
「こ、ここでっ…暮らせと…!?」
愕然として、悲鳴みたいな声がでた。萩風さんの身体が強張るのを見て、あの激昂を思い出す。私はもう少し、落ち着くべきだ。
「すみません。取り乱しまして…」
「いえ…。ごめんなさい」
「あの、あれです。目を瞑ってます。見られたくないって言ってましたよね?」
「う…んん」
まだ、渋い顔だ。
「じゃあせめて、誰か呼んで下さい。大人数なら、外せるかも」
「……はい。そう、します…」
萩風さんがうつむき加減に返答した時、奇妙な音が耳に飛び込んだ。
雨上がりの水溜まりを長靴で荒らし回るような、水気のある音。そして、工廠の工作機械ががなりたてるような、金属質の音。
べしょ、べしょ、べしょ。がしょ、がしょ、がしょ。どんどん大きくなる、近づく。これは、まさかーー。
「何、この音…?」
「う…あぁ。また、あれが…!」
「何?あれって何ですか?この音は…」
萩風さんが言い終わらない内に、今最も見たくない奴らが現れた。その数、4。まだ舐めたりないのだろうか。
ドームの入り口に殺到した艤装たちは、あっという間に我々を取り囲んだのだった。
お待たせしました。
48話です。