サルベージ   作:かさつき

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午前八時。普段の起床時刻からすればかなりのんびりとしている。

しかしそれでも、十分睡眠をとらねば、眠いものは眠いし、だるいものはだるいのだ。

最悪の寝覚めだった。心も体も、頗る不調だ。何せ一時間と少ししか眠っていないのだ。

全身が鉛でできているかのように重かった。

 

 

今日、何が起きるのだろうか。何が分かるのか、いや、何も分からないのだろうか。

猛吹雪の雪山遭難し、ホワイトアウトした視界のなかで、光明を求め、手探りで進むような。そんな未来しか想像がつかない。

 

 

いずれにせよ、行動は起こさねばならない。

何かを掴みたい。布団の中で不安を抱えたまま、眠るのはもうまっぴらだった。

 

 

今日は最後の休業日。何はともあれ朝食だ。私は談話室へと向かった。

 

 

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米と魚の残り、それから海苔とお茶。

和朝食をとりながら、頭の中を整理した。

まず以て明らかにすべき事項を、脳内で列挙する。

 

 

一つめ。この基地は何なのか。

 

流刑地、とは大島海将の言だ。不祥事を起こした自衛官。その中でも特に、表沙汰にしたくない事案に関係する人物たちの左遷先だ、というのはわかる。

今回の異動が、私の暴力行為に対する懲戒の性格を持つことは明らかだが、その原因は上層部からしたら悩ましい問題だろう。

もとを質せば例の海将補の艦娘に対するハラスメント行為が原因で、きっと警務隊でもその位の調べはついている。

表面上、昇級を装ってはいる。いわゆる口止め料なのだろう。要はなかったことにしたいのだろうが、私から見ても無理がある。

だって私は、昇任試験すら受けていないのだ。一体、わが身の自衛隊内での公式的な扱いは、現状どうなっているのか。

ーーー私自身が、私自身の身分を正しく把握していない。

なのに、そんな得体のしれない上官が着任しても、津田さんやヒトミさんは、平然と業務に従事している。

今思い返すとやはり、不自然極まる。

何も聞かれなかったことが、だ。

二人して当然のような顔で私を迎えてくれて、あまつさえ一緒になって朝ご飯など食べていた。彼女らに私は何者だと思われているのだろう。

 

 

この基地はいつからあるのか。

ほとんど敵が出没しないのに、普段何をしているのか。

この基地における私の役割はなんなのだろうか。

 

 

 

 

二つめ。この基地に所属する艦娘は何なのか。

 

なんといっても深夜のあの出来事、そして談話室での一件。記憶に強烈にこびりつく、朱と藤の瞳。

その二対は、私の目の前で一瞬にして消え失せた。

想像もつかない。彼女らは、なんだ。艦娘なのか、深海棲艦なのか。

ついこの間まで、私にとって深海棲艦は、須らく人類に敵対する存在であるはずだった。人を殺すだけの怪物だった。だが、あれらは違った。

 

苦しい、と、助けて、と言って弱弱しく泣く姿。

それをみて、落ち着かせよう、休ませようと言って、柔らかく背中をさする姿。

 

どちらもちがう。私の中の怪物は、そんなことをしないのだ。ーーしないはずだった。

まるで艦娘だ。ほとんど人と同じではないか。

 

 

彼女らは深海棲艦なのか、艦娘なのか。

深海棲艦ならば、なぜ平然と地上にいるのか。

艦娘ならば、なぜ深海棲艦の姿になるのか。

 

 

 

 

三つめ。これはあまり性急になるべきではない。だが、知っておいた方が良い気がする。彼女のためにも。

 

 

ーーヒトミさんの「発作」の原因は、何なのか。

 

 

彼女に何があった。廊下の明りは、昨晩一つしかなかったことは明らかだ。

非常灯の赤い光が彼女をして、呼吸すら出来ぬ状態へと陥らしめた。

紅袴の女の言を思い起こすと、彼女の妹が関係していることはわかる。

それは彼女らの姿形が異形へと変貌することに何か関係があるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

緑茶を飲み干した。熱が食道を通り、胃へと到達する。

その熱は、柔らかな吐息として、ふわりと吐き出された。

 

 

うん、やはり食事は大切だ。眠気も多少マシになった。

そろそろ、臆病風は終わりにしよう。

この基地に来てから、色々と押されてばかりだが、今からは攻めの時間だ。知るべきことを、知りに行く。

 

 

昔何があって、今がどうで、これから何をする。人総て悉く、そうやって生きている。艦娘も同じ。

 

ヒトミさん、紅袴の女、津田さん、そしてこの基地自体。皆何かの事情があって、ここにあるはずだ。これらの一生のほんの一部に、私という小さな男が喰いこんだ。

 

これも何かの縁だろう。長い付き合いになるかもしれない。

 

 

 

ーーー少しだけ他人様の人生の一端を、教えてもらいに行こうか。

 

 

 

 

 

 

 

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庁舎の事務室。

恐らくこの建物内で一番忙しい場所だ。それは裏を返すと、この海域が極めて平穏なことを示している。そもそも人の気配がほとんどないこの建物で、唯一、必ず誰かに会える場所だと思う。昨日ヒトミさんや津田さんが、この部屋で昼食をとっていたのは、なにも場所がないからというわけではないはずだ。多分、この庁舎での談話室代わりになっているのではないだろうか。少なくとも津田さんがいる。会話は少なくとも、誰かがいる。

 

ごく単純に、そう思うだけで安心できる程度には、この基地の中は寂しかった。

 

 

 

事務室のドアを2、3度叩いてから開けた。

やはり彼は、津田さんはいつも通りそこにいた。書類でも作っているのか、自前のノートパソコンで何かをしきりに打ち込んでいた。私の顔をちらりと見て、いつも通りに少し眉をあげた。

 

「どうも、おはようございます」

 

私の挨拶に会釈で返し、少し逡巡した後、津田さんは切り出した。

「あの……昨日も同じこと思ったのですが………いま、休暇中では?」

 

「ま、そうなのですが。眠れなくてですね」

 

「折角の休みなんですし、外に出られては?確かに娯楽は少ない地域ですが、ね」

 

釣り具くらいならありますし、と言って、彼は再びパソコンの画面に顔を向け、作業を始めてしまった。

 

「退屈だから外に出ない、というわけではないのです。知りたいことがありまして」

 

「はあ」

 

口下手が下手な口を使っても意味がない。真っ直ぐに言おう。

「昨日の晩、官舎内で人型の深海棲艦に会いましてね。それも二人」

 

「ーーーーなるほど………早速ですか」

 

〝早速〟ときたか。タイピングの手を止め、こちらに向き直った。彼の纏う雰囲気が少し変わった。しかし、その様子には、欠片程度の動揺も見受けられなかった。

ーーーやはりだ。彼は何か知っている。そしてこういう状況に慣れている。

「今いるのはヒトミちゃんーーはいいとして、もう一人はアカギさん辺り、でしょうか」

 

今いるーーとはつまり、他にも同じような存在がいるのか……?

「アカギ、さん……名前は聞きませんでしたが……。紅袴の弓道着を着ていました」

 

「ああ、もうそこまで知っていましたか。ええ、その人です」

アカギというとーーー航空母艦・赤城か。ミッドウェー海戦で散った第一航空戦隊の主力艦。旧帝国海軍の誇る艦艇群の中でも、非常に有名な存在だ。空母機動部隊の花形ともいえる艦である。

 

「単刀直入に聞きます。彼女らは一体何なのです?」

「さあ?」

首を傾げて、受け流された。

 

「……」

「そんなに怖い顔なさらないでください。私も知らないことの方が多いのです」

津田さんは肩を竦めて見せた。

 

「一先ず座って下さい。私の知っていることをーーー」

戸棚から二つマグカップを持ってきた津田さんは、そこに緑茶を注ぎながら言った。

 

「お教えしますよ。できる限り詳しく」

少しだけ茶を口に含んだ後、彼は話し始めた。

 

 

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「もし今、目の前に、中身の解らない、黒いごみ袋があったとします。そのごみ袋はもぞもぞと動いている、海佐はどう対応しますか?」

 

「はい?」

津田さんの第一声は、意図の汲み取りづらい質問であった。じ、とこちらを見て、私の返答を待っている。何かの心理テストだろうか。自分なりに考えを巡らせて返答した。中身の解らないごみ袋、か。

 

「まあ……どこにあるか、とか、どんな大きさか、とかによりますかね。例えば、比較的大きなものを想定するなら、心無い飼い主に捨てられたペット、とかいう可能性もあるから……開けてみるかもしれません」

 

「ではそれを開けないときは?」

 

「む……。そんなに大きくない時や……あと異臭がしたら開けないでしょう。虫が湧いてるだけかもしれないし……」

昆虫くらいなら平気だが、夥しい数の蛆とかを見てしまったら、しばらく気分が悪いと思う。

 

「ええ、ええ、そうでしょう」

津田さんは生返事だ。あまり私の答えに興味がある様子ではない。益々なんのための質問か掴めない。

 

「ここで大事なのは、開ける人も、開けない人もいることなのです。」

怪訝な顔をする私に対して、津田さんはそう言った。

「それでは、今まさに、そのごみ袋に相対する彼、或いは彼女が、それを開けるか開けないか、それを決めるのは一体何だと思われます?」

 

再度の質問が投げかけられた。どこかへ誘導されているような、そんな気がした。

「いくつかあるような気がしますが……主に好奇心、でしょうか」

 

「ええ。未知のモノを覗きたいという人間の心の原動力。それに突き動かされて中身を見る。そんな人もいるでしょう」

どうやら正解だったようだ。

 

「しかし、それだけではない。見たいと思わせる原動力があれば、もちろんその逆もある」

 

「……恐怖」

 

「はい。中には悍ましい光景が広がっているかもしれない。そんな予感は、袋を開こうとする手を躊躇させるのです」

 

 

 

ーーーそこまで言って、また彼はお茶を口に含み、ごくりと喉を鳴らした。

「では、その二つの感情を両立させるには、どうすればいいと思います?」

 

「………それは……無理でしょう。見たいけど、見たくないわけですし」

真っ向から対立しているのだ。それを両立する方法などーーー。

 

「いえ、それがあるのですよ、海佐。ここで大切なのは、見たいわけではない、ということです」

 

私の思考は、津田さんの発言に遮られた。見たいわけではない……?

 

「好奇心は、必ずしも総てにおいて、自分の手で観測した情報によって、満たされるわけではないでしょう?」

 

「………なるほど。ほかの誰かに見てもらう、と」

 

「そういうことです」

津田さんの言わんとすることは理解できた。つまり人は、中身を見たいわけではない。中に何があるのか知りたいのだ。それを直接見るのは、なにも自分である必要はないわけだ。

 

「……なんだか少し卑怯な気もしますがね」

 

「質問が、ですか……?」と津田さん。

 

「あ、いえ。その代わりに見てもらった者が、です。自らは安全なところで見守るだけというのはどうも」

嫌なことをすべて人に押し付けるのは、気が引けるし、自らの弱さを認めるようで気分が悪い。

 

「まあ拡大解釈して、分業、と捉えられないこともありませんよ。というか、自衛官がそれを言いますか」

 

「む……すみません。ところで、今から聞く話と、今までの話はなにか関係が……?」

 

 

津田さんは、ふと私から視線を外して、ノートパソコンを一瞥した。

 

 

「ええ。海佐の言うその卑怯者。実はそれが、この基地の本質なのです」

 

 

 

 





遅くなりました。7話です。


「聞くべきこと」を列挙していくところが書いてて一番楽しかった。
大して読まないけどミステリも好きです。
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