サルベージ   作:かさつき

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イベント難しかったなぁ……。最新話です。


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 理解を拒絶した大脳が、しばらく活動を放棄していた。なんとか言葉を絞り出す。

 

「残せる……といって。行為にまで発展するかは、別でしょう。いや、この場合はないと言い切って良い。私も、ヒトミさんも」

 

 瑞穂さんは、笑みを崩さず首を振る。

 

「そうかしら?少なくとも前例がいます。強姦まがいの行為に及んだ者が、この部屋に。2人も」

 

 面白そうに笑うのは瑞穂さんの番だった。しかし、神通さんは平静でいるように見えた。

 

「私たちと貴方とでは、力に差があり過ぎます。それはヒトミさんも同じ。ああ、いえ。明るい場所ではそうとも言い切れないけれど。向こうの姿であれば……ねぇ?」

 

 苦痛にあえぐヒトミさんが、私の腕をつかんだあの夜を思い出す。成人男性でもビクともしない腕力。組み伏せられたら、私の抵抗は意味をなさない。

 瑞穂さんが、諭すように言葉を続ける。

 

「今はまだ、理性が心を抑えているでしょう。でもそれが、これからずっと続きますか?楽観も良いところです。別れが近づいて、いつかきっと、抑えられなくなるときが訪れます。いいえ、ひょっとしたら、もうすでに。そう…今回のことに関わっている、なんて先ほどご自身で仰っていたじゃありませんか」

「それは……いや、まさか」

 

 口籠ったところに追い打ちをかけられた。

 

「昨晩の夢は、素敵だったでしょう。彼女と2人の夢」

「……なぜ、それを」

 

 過去知る限り最も美しい微笑みを、彼女は浮かべた。どうしてか、寒気を覚えた。

 

「暗示、と申し上げるのが近いかしら。三日三晩ゆっくりと時間をかけて、貴方の心の枷を外しました。深く沈んでいくことが、取り返しのつかなくなることが、心地よくなるように。そして心が眠りについた無防備なところで、えいや、とね」

 

 えいや、か――随分軽い調子で私の精神と肉体は、まともでなくされてしまった訳だ。

 

「提督に異常が起きたら、皆さんが大いに警戒するであろうことは目に見えていました。でもいつか、どこかで、ヒトミさんが貴方と2人きりになる潮があるだろう、と。じっくり待つつもりだったのですけれど、まさかあんなに早く機会が訪れるとは」

「よく、人をみています……占い師にでもなると良い」

「第2の人生なんてものがあれば考えます。それはさておき、どんな夢でした?」

「……あえて聞かなくても、わかっているんでしょう」

「ふふ……ヒトミさんは…何かを差し出した…?」

「……」

「貴方はそれを思わず、喜んで受け取ってしまった…?」

 

 努めて表情を崩さずにいたが、内心では血の気が引く思いである。瑞穂さんは更に笑みを深くする。

 

「嬉しくて愉しくて、美味しかったでしょう?私や神通さんのように、一方的に押しつけたのではなく、貴方が望んで食らったのです。意識の朧な内に、ヒトミさんの魂と命を、舐めて、溶かして、しゃぶりつくしたの」

「もう、手遅れだと……そう言いたいのですか?」

「ある意味、そうかも知れません。あとは、ヒトミさんがなんておっしゃるかです」

 

 瑞穂さんは何処か困ったように、視線を下げた。

 

「もし……もしも万が一、ヒトミさんが貴方を拒絶すれば。貴方に渡したものを取り返そうとするならば、或いは」

 

 それこそ無いと言い切っていい、と瑞穂さんは付け加えた。気勢を削がれて言葉が継げない私に代わり、神通さんが声を上げる。

 

「同じ穴の狢のよしみで、訊いていいかしら。先ほど、言っていましたね。拒絶された、とか」

「ええ、そうです。貴女と同じように」

「それが解っているなら、尚更です。彼が、この状態から立ち直る方法、貴女に想像出来ない筈がありません。彼の記憶を、見たのでしょう?」

 

 私は記憶の糸を手繰った。立ち直る方法を訊いたのは、確か那珂さんと共に神通さんの部屋を訪れた時に、そうだ、あれは……。

 

「ええと、格納庫の鍵が誰かに借りられていた、とか何とか」

「ああ、もう。あれは答えのつもりだったのに、察しの悪い方ですね。貴方は3回くらいやられたんでしょう?格納庫なんて、妖精さんくらいしか心当たりがないでしょうに」

 

 彼女の口から、チクリと皮肉――というか直截な非難――が溢れる。妖精さんに3回?それは、夢を見せられたアレか?

 

「あの夢、記憶というか、彼女たちの命を植え付けられたんですよ。瑞穂さんのやったこととほぼ同じです」

「…!神通さん、貴女は何を知っているんですか?」

「ここでいう記憶とは、エネルギーのようなものです。記憶装置は、ただ覚えているためだけにエネルギーが要るものです。生きているものと、死んでいるものを別つのは、記憶や意思、脳髄のはたらきです。脳内の電気信号ですね」

「そ、それはどういう…エネルギー?」

 

 神通さんはため息を吐いて、額に手を当てた。

 

「妖精さんや、その影響を受ける私たちはそういう存在だろう、という話ですよ。私の考えですから余り気にしないで」

 

 いや絶対気になるだろう――随分無理を言う人だ。私が腑に落ちていないのを察して、彼女は補足する。

 

「あの子たちは、記憶を何かのエネルギーとして扱える…というか、取り出したり移動させたりできる。そのエネルギーのことを瑞穂さんは〝命〟という言葉で表したのです」

「いや……ええと?記憶を、エネルギーとして?マクスウェルの悪魔の友達ですか?」

「余り物理法則に当てはめ過ぎると混乱しますが……そもそも、前の大戦で海を駆った艦の記憶をもって、私たちは生きているのです。無機物の記憶ですよ?そんなものを定義するなら、物質……つまり、質量ーーエネルギーが存在するなら、其処には記憶も存在すると仮定して然るべきでしょう?その反対もあるだろう、と申し上げました。記憶があるなら、其処にはエネルギーもある。ね、萩風さん?」

 

 急に水を向けられて、萩風さんは目を泳がせた。

 

「ええっ、わ私ですか。うーん……ええと。まぁずっと、なんでかなぁとは。其処に乗っていた人たちの、というよりは、艦自体の記憶が残っているのは、すごく不思議でしたけど。物にも魂があるのかなぁ、なんて」

 

 情報の処理が追い付かない。神通さんの言葉の裏に、彼女たちにしかわからぬ深遠な実感があるであろうことは辛うじて判った。伊達に彼女らは日本有数の中間体ではないようだ。

 

「読み取った記憶……生まれる物質には、やたら偏りが在るのは気になります。何故、軍籍の船とそれに関わる物ばかりなのかは……」

「戦時の艦載機なり砲なり、ですか……」

「変換先が限定的過ぎますね。海で見たものを再現しているのかしら。反対に見たことのないものは再現できないとか。だから深海棲艦の艤装は、海の生物をモチーフにしていたり。でも、沈むどころか運用すらされていない艦載機の報告も……」

「む、ムゥ。いや、そもそもエネルギーを質量にって……。普段、工廠では対生成だの対消滅だのが起こっているんでしょうか?」

「ですから、余り物理法則に当てはめ過ぎるべきではありません。自分に都合よく解釈するのは人類の良さですよ」

 

 それはともかく、と神通さんは仕切り直して瑞穂さんに向き直った。

 

「横に逸れましたが、まとめますと、瑞穂さんのしたことは、彼女にしか出来ないことではない、と私は申し上げたいのです。何はともあれ、実例がある。簡単ではないにせよ、妖精さんの助力で如何様にも片がつく、と私は考えます」

 

 細かい理屈を呑み込むのは後回しだ。誰かの命を誰かに譲渡する行為は、決して彼女の専売特許ではない、ということらしい。いや、しかし、確かに神通さんのいうとおりで、それが解らない瑞穂さんではない筈だが……。

 

「既に言いました……あとは、ヒトミさんの意志に任せるしかないのです。妖精さんの力を自らの意志で、いつでも誰でも行使できますか?何故、あの妖精さんは提督に3回も記憶を与えたのです?」

「それは……」

「そうしたかった、からですよ。彼女たちが」

 

 萩風さんの方に視線を向けた彼女は、慈しむように目を細めた。

 

「辛いことは聴いて欲しいし、共有したいと思うじゃありませんか。自分の心を、まるごと支えてくれたら、こんなに嬉しいことはありません。その力があって、状況が許すなら、誰でもやってしまう筈です」

 

 妖精さんは、彼女らの心を満たすために動いている……そのように想像するのは難しくない。

 

「それで、私?疑問なのですが、津田さんは?頼りがいのあるという意味なら、彼だって」

「心に決めた人がいる相手には、上手くいかないのですよ、きっと」

 

 瑞穂さんは、どこか実感を込めて言った気がした。神通さんが、顔を逸らした。

 

「心を埋め込むにしても隙間が必要です。……亡くなった奥様にそれだけ〝ぞっこん〟だったのでしょう。今でもたまに、のろけを聞かされますし」

「私には、隙があると?」

 

 瑞穂さんは答えず、もう一度萩風さんを見た。

 

「彼女が望んで、貴方の隙間に入り込んだ。神通さんのいう通り、物質自体に記憶が宿るなら、貴方の中に入り込んだ物質とは?」

「ええと。……あの時は……強烈な頭痛が」

「でも貴方は生きています。生命維持に大きな支障はない物。つまり、貴方の体にも当たり前に存在する物」

 

 先刻、瑞穂さんから流れ込んだ命は液状だった。神通さんの話では、命を流し込むとき口付けをしたという。つまり、粘膜の接触が伴うということで…。

 

「まさか……体液、とか」

 

 とても近いです、と瑞穂さんは笑った。

 

「血液、リンパ液、脳脊髄液、時には唾液や汗、尿など。生物の体液には種々様々あれど、往々にして、電解質の溶け込んだ水が含まれる。小さな海と言えるかも知れません。貴方はヒトミさんたちから〝海〟を受け取ったのですよ。私たちの記憶とは、海のもつエネルギー。すなわち海水の質量」

「海水、ねぇ……塩分濃度が違い過ぎませんか?」

「海水そのものではありません。喩えですよ。生物の体は、海という概念と相性が良いのでしょうね。今までの基地司令官たちも、恐らくはそういうこと。隙間に命の混ざった海が流れ込んで、心を侵された」

 

 自分の中に自分でないものが混ざって、育まれる感覚。想像でしかないが、精神の均衡は崩れるかも知れない。

 

「それは……私が白髪になったことにも、関係が?」

「はい。でもこれは……主に先達の影響かしら、ね」

「先…達?」

「私が貴方に繋がったとき、提督の中に在った海は4人でした。儚げで穏やかな海、明るくて煌びやかな海。優しくて仲間思いの海。それと……あれは、少し悲しそうな海」

「4人……?」

 

 彼女の言う、私の中に在った〝海〟とは、ヒトミさん、那珂さん、萩風さんの心だろうか。しかし、数が合わない。最後は誰だ?瑞穂さん本人?

 

「名前は……辛うじて判ったのだけど、あれは何の名だったのかしら……」

「名前?海の名前ですか?」

「ええ。元の持ち主の名は確か、うmiネ子、dえしtakあ」

 

 瑞穂さんの声が急に歪んだ。多分、私は昏倒したのだと思う。遠くで、萩風さんの叫ぶ声が聞こえた。

 

 




世界観的な話……?


PS
今回は乙丙丙でした。
山風ちゃんを初めてお迎えできました。
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