サルベージ   作:かさつき

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 視覚が不自由な彼女は、音声アプリの補助で以てスマートフォンを使うようだ。その様子を興味深く眺めていたが、やがて彼女は滑らかな手付きで電話を発信した。2、3コールの後に、向こうが電話をとったようだ。

 

「あぁ、久しぶりです。忙しいところ、ごめんなさいね。……ええ、もちろん。おかげさまで、とっても元気よ。ありがとう。……うん。ちゃんと食べてます。うん?……はい、そうね。気をつけるわ。……え?とんでもないわ、イジメられてなんかいませんよ。いまは皆、仲良しだもの。心配しないで、ありがとう。うん……うん……。そうね、何かあれば、頼らせてもらいますね?……うん、ありがとう」

 

 信じがたいほど、優しい声音だった。神通さんが、電話口の彼女を心から信頼しているのが窺えた。じんわりと体に染み込むような、あたたかいやり取りを聴いている。

 

「それで雷さん、本題なのですけど、そちらに来客がないか、確認したいの。ん……そうね。知り合いの知り合いといったところです。その人、大湊に出張する任務があって、昨日にはそちらに到着している筈なのだけど、連絡が取れないらしくて。名前を大淀さん、というのですけど。……そう、ありがとう。……ええ、この番号にかけ直してくれればいいわ。はい、また後で……」

 

 神通さんは通話を終え、やはり私の方を見ずに言った。

 

「確認して、折り返してくれるそうです」

「そうですか。とてもありがたいです」

 

 大淀さんにしては珍しいが、多分連絡を忘れているだけだろう。自分を納得させつつ、演習計画を練る作業に戻った。

 

 

***

 

 

「先ほどのお話ですけど」

 

 藪から棒に、神通さんが話題を振った。先刻の、とはどれだろうか。

 

「貴方を嫌っていた艦娘の話」

「そのことですか。悪人面のせいか、一部の艦娘には距離をおかれるようで」

「暁さんと、明石さんでしたね。そして、私と萩風さん」

「そういうことになりますね。正直、共通点があまり見当たらない」

「ん……。そう、かしら。何か、気付かない共通点が…」

「……そんなに、気になります?相性がどうか、なんて」

 

 神通さんは、首を振る。

 

「気になるか、否かで言えば、気になりません。しかしそれとは別に、私は私という存在を理解したいのだと思います。自分で自分が解らなくなる気持ち、今の貴方になら理解できるのでは?」

 

 解らないことは怖いことです、と抑揚なく続けた言は、或いは、ずっと抑圧されていた悲鳴ではなかったか。

 

「すみません……」

「謝っていただきたいわけでは、ないのですよ」

「わかりました。しかし本当に、私からしたら、共通点は見当たらないような気もします。率直な気持ちです」

 

 工作艦明石、駆逐艦暁と駆逐艦萩風、そして軽巡洋艦神通。艦種はバラバラ。少なくとも第二次大戦の頃の旧帝国海軍の艦艇であること以外、相通ずる所が無いように思える。進水時期、活躍した時期、沈んだ時期さえ、微妙に異なっていた筈だ。

 

「知恵を借りませんか。今日時間を取れそうなのは、……えーと、監視役の那珂さん、とか」

「ええ。そうしましょうか」

 

 我々が席を立ったのは、ほぼ同時だった。

 

 

***

 

 

「んー。やっぱり目付き悪いのは、怖かったよね」

「そうでしょうね。ええ、わかっておりましたとも」

 

 那珂さんの第一印象も、明石さんの言った事と大差ない。

 

「那珂ちゃん。それは、生理的な不快感、嫌悪感の類ではなかったの?」

 

 神通さんは本人を目の前にして、明け透けにすごい事を訊いた。私の顔がちょっと引き攣ったのに気付いた那珂さんは、苦笑いしながら答えた。

 

「いや、そこまでじゃないよ?萩風ちゃんの前情報があったから、アブナイ人だと思ってたけど、執務室で挨拶したときには、そこまでじゃなかった。お固そうな人だなー、とは思ったよ。人は見た目によらないって感じ」

「そう。では那珂ちゃんとの相性は、悪くないのかもしれないですね」

 

 神通さんは、少し考えたように黙った後、ポツリと言った。

 

「今日、ヒトミさんは?」

 

 先日に引き続き、赤城さんと艦載機の手入れをしている。赤城さんと私の対面が難しい以上、此方から訪ねるのは如何なものかと思う。

 

「いまは、難しいでしょうね。夕飯時に尋ねてみましょう」

「……そうですか」

「今度は、何を調べようとしてるの?」

 

 那珂さんの質問に、神通さんが説明した。私の知る4名の艦娘の共通点を探している旨を伝えると、那珂さんは下唇に人差し指を当て、思案顔を作った。

 

「なるほどぉ、共通点か……難しいなぁ。艦娘のみんなのこと、全部を知ってるわけじゃないもんね」

「ええ。そうなの。でも、きっと何かがあると思うのだけど」

「瑞穂さんの言ったのがホントなら〝海〟って言うのは、命そのものなんだっけ?」

「あぁ、そうね、那珂ちゃんは、あの場にいなかったから」

 

 神通さんは那珂さんの言を、肯定しかねている様子だ。んー、と唸った後、困ったように説明した。

 

「なんて言おうかしら、記憶の様なもの、なのだと思うわ。人格を形づくるもの、と言えば近いかしら。生き方や考え方の素になるもの、というか。便宜上〝海〟と表現しているだけで」

「そうなんだ。へぇ~……あ、私の記憶が埋め込まれたってそれのことかぁ」

「そうね。ざっくり、そういうことなの」

 

 大変察しのよろしい那珂さんに、神通さんから花丸が与えられた。

 

「相性が悪いってことは……なんだろ、価値観が合わないとか?」

「ん…。どうかしら。もう少し、表面的というか、そこまで踏み込んだ部分を見ていないような気がするわ。初対面なのに、なぜか何となく嫌、と感じるわけですから」

 

 価値観や人柄に触れることで、むしろ歩み寄る事ができるようになることもあり、その反対に嫌われることもある。明石さんと、大淀さんが良い対比だ。

 

「表面的……。でも、見た目とか、体臭とかじゃないよね?」

「そうね。目の見えない私にも通用するものだし、着任挨拶のときの距離感で那珂ちゃんが匂いを感じることもないと思うわ」

「そっか。じゃあ、声とか」

「声、も……どうかしら。那珂ちゃんと私の声、似ているって言われたことあるでしょう?でも、この人との相性は、どうやら異なっているみたい」

「むむむ。確かに」

 

 2人とも、私に真っ直ぐ顔を向け、一切逸らさず議論を続けるものだから、大層居心地が悪かった。凝視に耐えかね、口を出した。

 

「やはりその〝海〟の相性とは何なのかが、鍵なんでしょうね」

「そうでしょうね。検討すべきはそこかと……あ、ちょっとごめんなさい」

 

 神通さんのポケットから着信音が鳴る。大湊、駆逐艦娘雷からの着信だろうと思われた。

 

「もしもし?神通です。雷さん、早かったわね。……あら、もう到着しているの?そう、体調が…。でも、それならそうと連絡をしてくれれば……。……え?あ、そこまで?そう……ふぅん。なんだか、心配ですね。なんなんでしょう?風邪かしら」

 

 話している内容からして、大淀さんの所在は知れたようだ。察するに、体調不良で連絡さえできなかった、と。それは、相当な重症ではないか?

 

「どんな様子なのかしら。話せそう?……そうですか。いえ、急ではないけれど、例の知り合いが心配しているものですから」

「神通さん、伝言だけでもお願いできませんか。明石さんが心配していると」

「聞こえたかしら?ええ、そう。目の前に居るの。伝言をお願いできる?……そうですか、ありがとうございます。はい……ええ、知り合いが心配しているから、と。はい。急なお願いでごめんなさいね。それではまた。はい、またお話ししましょうね。はい……」

 

 通話を終え、私たちに向き直った彼女は、もう少し詳しく説明してくれた。

 どうも大淀さんの体調は相当悪いらしい。ひどい頭痛と吐き気。会議に参加した後、すぐに宿舎に籠もって療養しているとのことだ。スマホは会議中に電源を切って、そのままだったといったところか。

 

「フゥム。吐き気、ですか。質の悪い胃腸風邪でしょうか」

「艦娘ですからね。ちょっとやそっとで体を壊したりしない筈だけれど……。まぁ、電車移動で艤装を展開していく訳にもいきませんからね」

 

 お互いが、お互いの理屈で自分を説得した。喉に引っかかる魚の小骨のような、如何ともし難い不快感を頭から振り払おうとした。事情を知らぬ那珂さんは、私たちの顔を交互に確認する。

 

「何かあったの?」

「ああ、いえ。前任基地の知り合いに相談されたんですよ。大湊まで出張に行った艦娘と連絡がとれない、と。それで神通さんが、伝手を当たってくれていたんです」

「そういうことなの。話の腰を折ってごめんなさいね。〝海〟の相性が何か、という話だったわね」

「私は全然気にしないけど……大丈夫?その娘、体調が悪いって?」

 

 那珂さんも同じ点を気にしている。

 

「どうなんでしょうか。そういう内科系の不調も、入渠で治ると記憶してますが、なにぶん他基地でのことですし。色々面倒かと……」

「まぁ、解るけど。……なんか、艦娘が単独で派遣って、結構珍しいよね?広報任務とかかな」

「いえ、詳しいことは聞いていません。そういえば以前電話したとき、大規模演習の計画中だと言っていたような。会議に参加したということですし、それに関わるものかも?」

「そっかぁ。凄い人なんだ。プレッシャーとかもあったのかもね」

「ええ。察するに余りあります。せめて、明石さん……ええと、その相談を受けたという人に、連絡してきますよ」

 

 那珂さんと神通さんに、すぐ戻ることを約束して、事務室へと向かった。

 

 

***

 

 

「――ということです。一応、あちらの艦娘と繋がりのある人がいましたので」

「はい。すみません、お騒がせしました……」

 

 明石さんは随分恐縮して謝ってくれた。まぁ、所在が判って良かった。

 

「大淀さんの帰りの予定など、聞いてますか?」

「明後日みたいです。明日は演習の視察だって言ってた気がします。聞いた限りだと無理そうですけど…」

「そうですか。もし後で連絡がくるようなら、くれぐれも体調に気をつけるよう、明石さんからもお願いします。……いや、私が言うのも妙ですが」

「出発するときは、そんな感じなかったんですけどね…?」

「電車移動で、体力が落ちたのでしょう。このところ冷え込みも厳しいですから」

 

 暖かくして寝てください、と言って通話を切ろうとしたら、明石さんが思い出したように言った。

 

「あ、そうそう。大淀から聞きましたよ、携帯壊したそうですね?」

「あぁ、はい。色々、ありまして」

「尻ポケットに入れて、尻もちなんて。漫画じゃないんですから」

「恐縮です……。まぁ何にせよ、暫くは此方の番号にお願いします」

 

 私が迂闊なことを口走ったら、3秒くらいの沈黙があって、明石さんが少し笑った。

 

「ほーう?……それなら、今後もじゃんじゃん電話しちゃいますねっ」

「え!あ、いやいや、違います。今回のような、緊急時はということで」

「わかってます。冗談です。そう慌てないでください」

「お願いしますよ。明石さんの冗談は、冗談に聞こえないんです」

「ん。まぁ、私はいつも、半分本気ですからねー」

「……本当に、勘弁を」

 

 明石さんは否定も肯定もせず、アハハ、と気のない笑いを返しただけだった。これは本当に、じゃんじゃん電話をかけて来そうだ。

 

「あ、そうそう…さっきのも半分は冗談なので、気にしないでくださいね」

「さっきの、とは……」

「訊いてきたでしょ、嫌われてた艦娘。初対面は私もちょっと苦手だった、とか。ホントのホントに、悪い人だと思ってたわけじゃないですからね?」

「あぁ……そのこと。すみません、気を遣わせたようで」

「いやぁ……。こっちこそ、ごめんなさい。言われて思い出したんですけど、多分あの日、ちょっと体調悪かっただけなんです」

 

 これはもう、わざわざ確認することでもないが、艦娘の体調不良というのはそこそこ珍しい事態で、明石さんもそれは承知している筈だ。言いにくいこともあろうから、此方から殊更には触れなかった。

 

「明石さんは凄い記憶力ですね。私との初対面の日には体調が悪かった、等と。私なんぞであれば、よっぽど忘れてしまいそうです」

「まぁ、ある種、私にとって特別な日なんですよ。毎年、あの日はね。だから思い出したというか」

「あの日?」

「年度末、正式着任より前に、ひと通り挨拶にまわってたでしょ?来年度からよろしく的なやつ。工廠に顔出したのは、あの日です。3月30日」

「あっ……。そう……か、そうでした……」

「あの日はもう、毎年体が重いんです。それで多分、機嫌悪かったんです。ひーさんのせいじゃないですから。ホントに気にしないでください」

「すみません、嫌なことを……」

「いいんです。この話は、終わりにしましょ?」

「わかりました。お互い、今は元気ですからね」

 

 そういうことです、と彼女が爽やかに答えた。

 

「じゃ、またすぐに」

 

 明石さんはそう言って、電話を切った。

 彼女曰く、すぐに連絡をくれるらしい。

 なるべく控えるように釘を刺したのは、やはり無意味だったらしい。

 それと、もう私のことを「提督」呼びはしないらしい。

 

 万事、仕方がない。工作艦明石は、何かに縛られる人ではなかったな、と今更になって思い出した。

 




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