「おや」
何かを言いかけた津田さんが、扉から現れた人物を見て、目を丸くした。
「全く……なんで皆して。休みだってのに、ここに顔を見せるんでしょうか……」
私は扉の方を振り返った。そこに立っていた人物は、何とも形容しづらい格好だった。
まず何より目を引くのは、その眼帯だった。
眼帯というより、アイマスクというのが適している。
…………何かの罰ゲームだろうかーーー両目をすっぽり覆ってどうやってここまで来たのだろう。
私が子どもの頃、やっていたアニメに出てきた人物が着けていたものに酷似しているーーー私が右横書きを知るきっかけとなったアニメなのでよく覚えている。
群青色の布に、デカデカと「眼 心」…………うむ、罰ゲームだ、間違いない。
薄桃色の装飾をあしらったセーラー服を着て、淡い栗色の長い髪を緑のリボンで束ねている。恐らく彼女も艦娘だろう。彼女は、おずおずと津田さんに声をかけた。
「失礼致します。あの、ただいま帰りました。萩風さんと那珂ちゃんは、官舎へ荷物を置きに行っています」
「ああ、態々どうも。ゆっくり休んでくださいね」
津田さんは、いつもの平坦な声で返答した。
「あら……?貴方はーー」
私はギョッとした。彼女が来てから、私は一言も発していない。しかし、なぜか彼女は、正確に私へ向き直ったのだ。完全に目を隠しているはずなのに。
「え、あ。ど、どうも。初めまして」
吃りながら挨拶した。彼女には、ひどい第一印象を与えてしまったことだろう。
「神通さん。こちら、今度から新しく着任される樋口海佐です」
津田さんが補足をいれてくれた。
「…………ああ、そうですか」
神通と呼ばれた彼女の声は、その紹介を聞いた一瞬間で、あからさまに低く、重くなった。失望、軽蔑、嫌悪ーーーそんな負の感情が溶け込んだ汚水を、頭の上からひっかけられたような気がした。
じっとりとした汗が纏わりつくような感覚がしていた。
「どうぞ、よろしく」
形式だけの挨拶をせよ、という出題に対して、百点満点を取れそうだ。
彼女は、低い声のまま軽く会釈しただけだった。
「え……ええ、こちらこそ」
頭からかけられた汚水に身を強張らせながら、私も返した。
「では、今日はここで失礼します」
目隠しの彼女は、それだけ言って出て行ってしまった。
「なんだか、妙なアイマスクでしたね」と津田さん。
やはり、いつも着けているわけでもないようだ。
どちらかと言えば、私にはそれ以上に、あの不快感を露わにした声色が印象に残った。
「随分嫌われていたようですが……私」
と言うと、津田さんは、
「え………そうでした……?」
と、キョトンとしているばかりだ。あからさまに声が低くなっていたじゃないか。
「別段いつも通りでしたが」
結局、いまいち共感を得られなかった。というか、あれがいつも通りか。また不安の種が転がってきた事にげんなりしながら、私は彼女について尋ねた。
「今のは、神通さん、ですか」
「ええ。なにせ彼女が、件の中間体第一号ですよ。なんとも、すごいタイミングでしたね」
「!」
第一号。
日本で、いや、恐らく世界でも、初めて見つかった艦娘と深海棲艦の二重性を持つ者。
仲間に追立られ、海へと逃げ、そこで何か恐ろしいものを見て、自ら眼を抉ったという軽巡洋艦娘、神通。
軽巡洋艦・神通。第二水雷戦隊の旗艦を務めた艦。
1943年7月のコロンバンガラ島沖海戦で凄絶な最期を遂げた艦。
戦争史を学んだだけでは、いかに気骨果断並ならぬ人だろうかと思っていたが、蓋を開けると実に線の細い、少女と言って差し支えないような艦娘であった。先ほどの私に対する態度は別としても、部屋に入ってくるときには、どうも覇気のようなものが感じられなかった。いざ戦闘に入ってみると、途端に人が変わったようになるタイプなのだろうか。
それはそうと、彼女が第一号だというなら、眼帯を着ける理由がわからないでもなかった。視力を落としているか、完全に失っているのか。どちらにせよ、あの眼帯の下がどうなっているのか、想像に難くない。
そこでふと、疑問が湧いた。
「あの、先ほどの話なのですが。彼女、沖合で見つかった時、その、自傷行為に及んでいた、と」
「ええ」
「その後、入渠は……?大抵の傷なら治ってしまうと認識していたのですが」
「ふ、む………。それは私も、聞いたことないですね」
彼はまた、思案顔でマグを弄っていた。
「そうですかーーーー」
まだわかっていないことが多い艦娘。
その中でもさらに希少な中間体たる彼女らに、不明瞭な事象はあって当然か、とその時は思った。津田さんはまだ「んー……」と、思案を続けている。また横道に逸れそうだったので、話を戻すことにした。
「それで、話の続きですが……」
「ああ、そうでした。えー、と。どこまで話しましたか………ああそう、なんでこんな土地を選んだか、と。この基地に着任させられた提督ーー貴方の役割が〝観測者〟だということまでは、いいですね?」
「はぁ……」
「そしてそこまで考えた時、また疑問が一つ」
またか、と思ったが、流石の謎かけ好きも、そろそろ疲れを覚えたらしい。さっきよりよっぽど直接に話を紡いでいった。
「こんな住みづらいど田舎に左遷された人が、いつまでも隊に所属しているでしょうか」
「それはつまり、さっさと辞めてしまえというメッセージだ、と………?」
「そういうことです。ま、左遷なんてものは、得てしてそういうモノですが」
「しかし、昇進して、小さいとはいえ、一つの基地を任されているわけですし………」
辞めてしまう者は案外少ないのでは、と思った。左遷と認識すらしない者もいるかも知れない。というか、自分で言うのも何だが、左遷されるような不届き者に、権力を与えるのはいかがなものか。そんな考えが顔に出ていたのか、彼が話を進める。
「現状、皆さん順調に辞められて行っています。小さくても、基地は基地。少人数での基地運営は、負担になる。娯楽も少なく、冬は酷く寒い。官舎はあんなですし」
なるべく環境の悪い場所を選んだ、と。それ位なら、耐えられそうなものだが。
「極めつけに、下手を打つと深海棲艦に殺される危険がある、と」
「あ、なるほど………」
自分の昨晩の狼狽っぷりを思い出した。私は、大分納得した。
「もし着任した者が妙な野心を起こしても、舞鶴辺りから送られる艦隊には敵いっこない訳ですし、ね」
そこまで話して、ふ、と息を吐いた。
「さて、ご自身の立場と役割、この基地の目的、諸々お分かりになりましたか?」
どうやら話は、ここまでらしい。
「まあ、なんとか」
時計を見ると、話し始めて30分と経っていない。大して話してはいないはずなのに、随分疲れた気がする。一先ずお暇することにしよう。これ以上、仕事を中断させるのも申し訳ない。
「お時間、ありがとうございました。では、明日からもよろしくお願いします」
「……ええ、ええ。貴方ならそう云うだろうと、思っていました。」
妙な言い回しの挨拶に、内心首を傾げながら、会釈して部屋を後にした。帰り際、津田さんが、小さく何か呟いていた気がした。だが私は、今の話を咀嚼することで精一杯で、あまり気にしなかった。
「ここまで話して、明日から、とは」
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ーーーー津田さん、こんにちは。
ーーーー……おや、赤城さん。どうも。
ーーーー昨日の未明、漁業支援任務から戻りました。その時、彼ともお会いしました。
ーーーーええ。先刻そのことを話していた所です。
ーーーーそうでしたか。彼が新しく着任する方?
ーーーーええ………どうですか、彼の印象は。
ーーーーん……「不思議な人」かしら。
ーーーー……ほう。と言いますと………?
ーーーー昨日官舎に帰ってくると、何やら騒がしかったんです。すると、
ヒトミさんが、復た発作を起こしていまして。
ーーーーえっ……!
ーーーー真夜中の廊下で彼、酷く狼狽えて彼女に呼びかけていまして。
当然あっちの姿の彼女に、ですよ?
ーーーーえ、と、ヒトミちゃんは………。
ーーーーええ、大丈夫。今は落ち着いています。
ーーーーそうでしたか、そんなことが………。
ーーーー彼は……怖かったりしないんでしょうか……。
ーーーー怖いことは怖いでしょう、人間なら皆そうです。
ただなんというか、飛びぬけて変人というか。底抜けの奇人というか。
ーーーーうーん、それだけじゃ、あんまり喜べませんね。
ーーーー取り敢えず。今迄の人とは少し違うのは、事実なようです。
ーーーーまあそれは、確かに。ところで、なんのお話をされていたのですか?
ーーーーえー、と。この基地の目的とか。
ーーーーえっ。
ーーーー中間体の話とか
ーーーーええっ。
ーーーー………。
ーーーーそれ、一応……機密、では……。
ーーーーええ……まあ。
ーーーー………だ、大丈夫ですか。
ーーーー………た、多分。
ーーーーうぅ……。
ーーーー……動くべきだと、思ったんです。
ーーーーえ………?
ーーーー現状に満足しないなら、何か変えなければ、と思ったんですよ。
そう思ったら、ついべらべらと。
ーーーーそう……。
ーーーー暫く、様子を見てくれませんか。
ーーーーわかりました。私も、元々そのつもりでしたから。
ーーーーありがとうございます。
ーーーーそれはそうと。
ーーーーはい?
ーーーー昨日、談話室でとってもいい匂いがしましたが、あれは何でしょうか。
ーーーーああ、あれは司令がですね、何やら炊き込みご飯を炊いてきまして。
私とヒトミちゃんに振る舞ーーー。
ーーーーいい人です。
ーーーーは。
ーーーー彼は良い人です。
ーーーーい、いや、あの。
ーーーー……もう、ないのでしょうか……。
ーーーー………彼に、直接聞いてください。
ーーーーそうします……!失礼します!!
ーーーーお疲れさ……早っ。
赤城さんは、どこでも赤城さんであって欲しいなぁ、と思いました。