22:調査<俯瞰視点>
彼らは今日も満天の綺羅星が輝く時に、現実へ帰ってくる。
この行為も一体何度目だろうと思いながら、今日のプレイレポートを記録して行く。
ニュースを見ては、勉強して今までの宿題の山を片付けたり部屋の掃除をする。
お見舞いはないと言っても構わないほどだ。
しかしそれでも来ている者はいる。
和人の妹となっている人物だ。
彼女は時々、昼のみこの誠璽の家にやってくる。
情報漏洩を防止するために、最低限の人物にのみ教えている。
彼女は彼を気にして、30分ほど離れない。
そのお見舞いの後は、直ぐ目の前の家に帰宅する。
母親と父親が、和人が入院している病院を探している。
いやそんな事は無いようにしている。
これに関しては誠璽が和人を、今後の人生の為にドイツへ一緒に留学とホームステイに誘ったという設定をしている。
結果、今まで騙せている。
ばれるのも時間の問題だが、今のペースでいけば大抵何とかなる。
以上、近況報告。
次はキリト達だ。
彼等はヒースクリフや他のギルドの人達と共に、49層の攻略を行った。
結果圧勝。
ラストアタックは、どこかのギルドになる。
そう、何かのフラグかの様に49層の雑魚もそうだが、ボスも異常に弱かった。
しかし50層で苦労するのは目に見えている。
この苦労を先読みして、レベル上げと素材集めに奔走したのが功を立てた。
そう、50層は始まりの街よりは小さいが、ごみごみとした迷う街が形成されているのだ。
まるで景観の悪いヴェネツィアだ。
関係がないような文章ではある。
だが問題はない。
それは50層に来たときにアクティベートするのは、小さな村だからだ。
そこから、中央都市『アルゲート』へ向かう事になる。
これがまた面倒で、一般のプレイヤーがレベルを上げているわけがない。
よってギルドを一つの傭兵として雇う事になるが、厄介毎の嵐だ。
その為、基本的に『軍』が率先して、民間人の移動を手助けした。
『軍』は25層を越えてから、武装面で強くなる。
更にレスキューの事に対しての問題が解決されて、支持や精神面での安全は確保された。
この事をまとめれば、『軍』は他国にいる邦人を移送する自衛隊のようなものだろう。
何かがあれば、即刻チクられる。
だから安易なオレンジ化プレイヤーやPKギルド、PK支援者は『滅!』された。
このような大規模ギルドが盤石であれば、誰も抗えはしない。
そう、プレイヤーだけならばな。
別に弱い訳じゃない。
ボス戦は何もLAボーナスだけが取り柄ではない。
莫大な経験値とコル、経験そのものが報酬だ。後名誉。
故にフルレイド*3で挑戦する事で、負けることはあっても復活するので経験値とコルだけを取得することができる。
道中の敵で実力を試され、経験値を貰うだけの作業。
非常に楽であるため、クリアされた層の次の層では比較的苦戦しないで冒険することが可能である。
この比較的苦戦しないのは、内政はシンカーが軍事面はキバオウが担当し、精神面はラストが担っているからである。
更に戦の女神としてユウキが、武神としてキリトが軍を導いているのだ。
『ラストワルツ』は仮初であり、このゲームをクリアする事が前提のギルドだ。
仮の幻想にとらわれず、現実を見るべきだからこそこの選択とした。
本来の流れであれば、彼等は忌むべき存在で『軍』は二分化し衰退している筈である。
そこは『軍』が為政者のような役割で、民を慮った行動をしたからだろう。
勿論ラストやキリト・アリアフィナーレによる芝居により、周囲の皆を欺いた事も一つの理由だ。
結果。今この50層でも、彼等の信頼は揺らがないでこのまま来ているという事になる。
さて、今回の50層ボスの攻略なのだが……。
なんと偵察部隊が帰ってきていないらしい。
黒鉄宮のログを見ても、まだ死んでいないことは明らか。
なのに帰ってきていないとは?
そこで急遽『ラストワルツ』と『アリアフィナーレ』の再結成を行った。
理由はKoBの団長が行方不明で、行動の指針がなく団体行動が不可能だという事。
そして、『軍』と『風林火山』はともかく、他のギルドが行動を行わないことだった。
予測していたのだろうか、ラスト・キリト、マーベリックは笑った。
未知に心躍るのは、愚かで馬鹿な奴だけだと暴論を披露するマーベリックにギルドメンバーは驚愕する。
しかし未知におびえ立ち向かわないのは、愚鈍で全てを他人に任せる阿呆である。
逆に未知に対して恐怖を携え、己の心を御し抗うのは勇者であると彼はいう。
彼の暴論は一部正論として、取り扱われる。
おかげで48人フルレイドを成すことができた。
50層ボス部屋。
この扉を少し押しただけで、扉が開く。
その先には、光り輝くだけの間があり皆の意識が奪われることになる。
そう、そこは仮想ではないのだ。
もう一つの現実である、現想世界である。
そして意識が朦朧とし、その場から動けないほど感覚が麻痺した彼らに与えられる使命……。
それは対象者の救出である。
これを全てのプレイヤーが読んだ時、世界は幕を開ける。
世界は崖のない大陸そのもの。
彼等が佇むのは、山脈に囲まれながら遠方にアインクラッドを望む事ができる碧の世界。
仮想現実さえも超える、その繊細で美麗な世界にほぼすべてのプレイヤーが打ち震える。
プレイヤーが見つけ出した苺。
その苺は、今まで苺のような味だった。
しかし、この世界に来た瞬間、全ての食物はソレそのものの味になったのだ。
フルレイドの皆は、ボス部屋なのに異常な安心感をもってこの世界を歩んだ。
モンスターは出てこない。村のMOBらしき人も、人以上な人の所作と言動を持って彼等を迎え入れる。
何も訝しまないプレイヤーの一部は、彼らの与える食事に驚きその生活になじんでしまう。
この世界は全てを受け入れる。
だからこそ、傷ついたプレイヤー程その世界になじんでしまうのだ。
『軍』には、そういう人が沢山いる。
だからこそ簡単な田植えを手伝ったり、魚とり・山菜取りを行う度にこの世界に定着してしまうのだ。
彼等の世界は、この世界が受け入れる。
全てを曝け出しても、村人が同情であったりいろんな感情で認めてくれる。
裏切りや暴力沙汰等ない、平和な世界。
いつしか、この世界に降り立つSAOプレイヤーとしてクエストを受けた彼らは、その世界になじんでしまった。
妹との距離感に飢えた彼には、義理の妹となる人物を宛がいソレを癒すように行動する。
孤独に飢える者には、たくさんの人の暖かなぬくもりを与える。
病に怯える人には、同じでありながらも元気に生きる人を与えソレを感じないようにする。
全てを支配された者は、この世界から逃げ果せることなどできない。
しかし、支配されない孤高な者は世界から、弾かれてしまう。
「実に取るに足らない。お前はここで立ち止まっていいのか、キリト。
直葉に認めてもらいたいんだろうが。ここで、偽りの電子信号に惑わされるな」
「! そ、そうだよな。非常にあいつに似ていたからさ……」
仮初の存在をあてがわれ、現実よりも充実しているその世界に溶け込みそうになったキリト。
彼を唯一の友人であるラストが、サルベージを敢行する。
この世界は偽物で、居場所はあるが運命は此処にはないという。
「架空の親身に寄り添うな、アスナ。
お前は一人でありながら、独りではない。なのに、再び己を突き放そうとするな」
「え、でも、私は……」
「確かに、優しさ等に飢えていただろう。しかし、人は子供でなく、大人になる。
いつまでも、一時の安らぎに身を任せるな。それは、己の現実のみを見てくれる慰み者だ。
未来までも考えてくれるような奴じゃない」
「っ! そ、そうだよね……いつまでも今と過去を見比べて、その時の感情に全てを任せるなんて……。
ほんと、私って……」
「変なしょげくれはやめんかい」
己の孤独と決められた許嫁という香奠である存在。
この板挟みを慰めてくれる存在を、この世界で再び得たことでこの世界に溶け込みそうになったアスナ。
現実以上の現実に、仮想よりも素早く順応してしまい現実を忘れこの世界を享受する甘えた心。
その心は、早急にこの世界に蝕まれてしまっていた。
しかし、人は前に進まなければならない。留まることは許されない事を伝えると、意識を変える。
この切り替えの早さが、彼女の運命を変更した。
「おーおー、可愛い小鳥ちゃん。今日も可愛く、籠の中でぴーぴー囀ってんな」
「何の用かな、ラスト」
「周囲の加護に捕らわれ、外へ眼を向けるだけの疾患者はただの過去と籠に捕らわれた鳥でしかない。
己で羽ばたこうと思ったことはないのか」
「ないよ。だって、皆が嫌がってんだし」
「お前は多くの人に助けられていて、それでも尚強欲で他者を愚弄するのか」
「じゃあ、どうしろっていうの?ボクはなにもできない、病人だよ?」
「それならば簡単だ。俺達と共に来い。そして、お前の輝きを見せてくれ。それで十分だ」
「でも、ボクは既に輝きなんて」
「お前の過去が今がどうのこうの煩わしい。お前の意思の前に、いろんなものを貰っているんだ。
今更遠慮するな。ユウキ。お前が笑っているからこそ、やりがいがある奴だっているんだからな?」
「笑う?それだけで?」
「本当に死んでいる奴が、笑うわけがないからな」
「わかったよ、ついてく……。でも、本当になにもできないかもしれないよ?」
「分かっている。そんなもの、微塵も求めていない。行くぞ」
好意なんぞしったことかと煽るラストに応えるのは、仮想の心を捨てた現実のユウキ。
粘液・体液接触以外で感染することのない病は、己だけでなく家族の存在全てを危うくする。
これにより、現実から眼を逸らし己を閉じ込める、とある研究に参加する事になる。
現実の恐ろしさを知った彼女に、この世界の全ては優しすぎた。
全てを受け止め、認めた。拒否する者なんていない。
故に彼女は心の隅々まで、この世界に食まれてしまう。
それでもラストの変わりないユウキの生活を皮肉とし、そこから得られる情報を言い訳とひねくれで解決する。
半分本気で、半分冗談で。しかし、それは全て己の良心で考えた持ちうる全てを総動員した言葉だ。
これによりユウキは、現想世界に食まれた心身を取り戻し、仮想世界の心を取り戻す。
ただ、少し弱かったのか、彼等の方を見てしまうユウキ。
彼等の視線を遮る様に、さっさと連れていく。
さて、ラストの懸命なサルベージのおかげで、なんとか自己を回復した『ラストワルツ』。
彼等だけで、この階層をクリアすることを目指す。
残念ながら、他44名は捨て置く事にした。
理由は……守る事ができないからだ。
訳は本人しか知る由がない。
ただ、今回は本当の命がけとなるのだ。
「アスナ、少しの間だけユウキを頼めるか?少し、キリトと作戦を練る」
「? いいわよ。ユウキ、ちょっと話ましょ」
「え、うん。いいよ」
ラストは少しぼーっとしているアスナに頼み事をする。
この状態で何をしでかすか未知数だが、頼めるのは彼女しかいない。
精神が不安定なユウキに、独りで何かしろというのは酷なのだ。
故に一番自分を理解しているアスナに、一時的に時を稼いでもらう事にした。
この間にラストはキリトに根回しをする。
根回しをするのは、芝居だ。
キリトはラストの芝居に賛同する。
この世界に来てから、頭が朦朧としてまともに考えることができないらしい。
その為、この場は任せる事にした。
「よし。後は何かあったら、僕の事はほっといて逃げろ」
「逃げろって……あぁ、わかった」
何かを察したキリトは、暗い顔をして俯く。
道端の石垣で座って休憩をしている為、女子と男子で道を挟んで会話できる。
だからこそ、もっと密着しても誰も何も思わない。
ラストはキリトの首に腕を回して、もっと密着する。
男同士の友情がなければ、できることはないのだ。
勘ぐるのはよくない。これは道を挟み目の前にいる彼女らに、会話が聞こえない様にしているからである。
「キリト。ここは現実じゃない、仮想世界でソードアート・オンラインなんだ。
そう、今私服でいる僕らは、ただの友人じゃないんだ」
「っ! そうだ、SAO! 俺達は、50層のボス攻略で……」
「ああ、そうさ。僕らは忘れているんだ。
ここは現実じゃない。だから、この動きを思い出してほしい。
メニューを開き、インベントリを開け、装備をする動きを。
そして、ここまで来た過程を」
キリトは痛むのか左手で頭を抑える。
肘を太腿につけ、頭を支える。
朦朧とする頭に、明確な光景が映し出される。
少年バットでたたかれるかの様に、心地よい夢を終わらせ悪夢な現[うつつ]をこの眼で垣間見る。
この世界に来た彼らは、光に包まれた瞬間全てを忘れながらこの世界に住んでいる事を錯覚させられた。
忘れたことが強烈なのか、キリトは強烈な吐き気を感じ皆から離れた。
そう、いつの間にか私服を着ていたのだ。
それもSAOであり、仮想だということも忘れ、そこが現実かの様に。
彼らはこの世界に生きている。
この意味不明な感覚に、キリトは心の奥底から絞り出す様に言う。
「こんなのゲームじゃない」
彼は懐かしい香りと世界の雰囲気にのまれそうになり、全てを失いそうになった自分を恥じる。
キリトの衰弱した心を見て、ラストは立ち上がり石垣から降りる。
そして彼の目の前に立つ。
「だから、終わらせるんだ。僕らの手でさ」
ラストは友人にのみ見せる笑顔を見せ、この世界で唯一SAOの記憶を保持したその手腕の一つである右手を差し出す。
キリトは仮想と現実に堕ちた自分を見捨てず、救いに来た友人に差し出された右手を強く握り返す。
ラストは強いまなざしで、キリトの弱虫な心の眼を見る。
その希望と光にあふれる力は、彼を勇気づける。
「ああ、やってやろうぜ」
目尻に涙を溜め目が赤い彼は、決意を新たにする。
――
男二人は難局を乗り越え、また強くなる。
しかし事情を知らされていないアスナとユウキは、全く気付けていない。
気づくはずがなかった。
「ラストさん、どんな事をはなしたんですか?」
アスナは歩みを進める傍ら、ラストの隣へ行き作戦を聞こうとする。
「他愛ない話だよ。まあ、ちょっとした便乗をしてくれ、というようなことかな」
「わかりました。何かあれば便乗します」
「あと、何かあれば、キリトと共にユウキを連れて逃げろ」
「……何でですか?」
「良いから、私のいう事を聞いておけ」
ラストはアスナの頬を指で突き、前へ向かせる。
しかしアスナはそれに抗う。
「教えてください」
「お前は死にたいのか?」
「……ごめんなさい」
尋常ならざる雰囲気に、アスナは引き下がる。
何かあると感じながらも、これ以上いくのは危険と思わせる事に成功した。
しかしそれと共に、アスナの信用は少し下がってしまう。
現状、SAOの記憶が抜け落ちているアスナとユウキ。
この二人にSAOの事を伝えれば、一気に記憶がぶり返してきてしまう。
普通は思い出し、SAOの戦闘を持ち込めればいいのだが、今回のクエストはある人物を探すだけ。
わざわざ思い出させる必要性は低いのだ。
いや、思い出させない方が良い。
その方が簡単に逃げてくれるからだ。
幾分か進み、山道に来る。
道中会話は殆どなかった。
やはり、己を満たしてくれる快楽により、記憶の大半がその魅力に押しつぶされたのだろう。
おかげで辛く苦しい記憶は、彷徨へと消えてしまっていた。
しかしSAOというゲームを忘れただけで、行動だけはこの世界に上手く整合化されている。
アスナとの出会いの場合。
それはニホンオオカミに襲われていたところ、ラストが見つけかけよりアスナを抱え込み回避した。
その直後、得物を逃した狼は背後から来たキリトの槍に脳天をかち割られて、そのまま絶命した。
キリトは狼の皮と肉を剥いで、槍に括り付ける。
ラストはアスナに応急手当てして、キリトとともに麓におりてから薬湯を飲ませ薬を塗り手当を済ませた。
他にもあるが、基本的にラストが頭になりキリトとアスナが同じ列の子分になる。
ユウキの場合。
山菜取りの時遭難して、山に来たラストが見つけ出し近くの小屋で籠って周囲を探索したのち、
自宅に帰る事ができたというもの。
途中熊や狼を退避して、生き残るための知恵を絞って漸く下山できたのだ。
だからSAO時代よりも、人に対してあまり心を開いて居るようには見えない。
しかしラストはともかく、肉が好きなキリトや空が好きなアスナと関わったことで感情が豊かになったのだ。
つまり三人に心を開いているといることだ。
状況は『ラストワルツ』を組んでいるときとあまり変わらない。
「皆、此れから山頂へ向かう」
「ラスト、なんでっていうのはきいちゃいけない?」
ユウキの快活な言葉と明るい表情は、これからとあることを行おうとするラストの心を揺さぶりにかかる。
「何でっていうのは、探している人がいるからだよ」
「そうなんだ! それって、大切な人?」
「この世界に大切じゃない人はいないよ?」
「うん。じゃ、一緒に探そ!」
ユウキは乗り気だ。
ラストはキリトとアスナにも、目くばせをする。
お互い頷きを返す。
表情はやわらかいままだ。
先行するテンションの高いユウキと会話しながら登るラスト。
そんな二人を見て、何かを想うアスナ。
キリトは周囲の警戒を怠らない。
しばらく山道を歩いていくと、開けた場所がでてきた。
そこは山の中腹で、休憩と共に野宿する場所として最適な広さを持つ場所だった。
山道は険しいが、ここはなだらかな斜面になっている。
白・黄・ピンクの野花が咲き誇り、風が凪いでいる青々強い草原は非常に心休まる場所である。
しかしそんなのどかな光景の中に、おかしなものが一つある。
それはこんなところにはないはずである小さな小屋。
村は全て木造の平屋なのに、この小屋のみプレハブとなっている。
いやプレハブという説明はおかしい。種類としては、納屋と説明できる。
この納屋、傍から見ると妖しさ満点である。
しかし好奇心の塊でありわんぱくユウキは、その納屋に近づく。
「きっと探している人がいる筈だよ!」
「ちょ、待つんだ……って、聞いちゃいない!」
ラストは駆けだす。アスナやキリトも、後をつける。
その納屋に近づく。
ラストは納屋に近づく時、納屋の陰にとあるものを見つける。
これはキリトも察することができた。
しかし忠告しても聞かないのがラストである。
キリトも半ばあきらめているのか、ため息をついて後を追う。
そして、納屋の中に勝手に入り、最初のドアを引いて開ける。
そこには拘束された白衣の男と黒い何かを抱えた黒服覆面男がいた。
「おっちゃん発見!ねえ、おっちゃんがラストが探してた人?」
「ああ、そうだよ。どうやって見つけたんだい?」
覆面男が表面のみ優しそうな表情を見せて、素直に言う。
「え、納屋がここにあったから」
「そっか。じゃあ、死ね」
「へ」
男は警戒なしで小脇に挟んでいた小銃を、呆けてるユウキの眉間に突きつけ引き金を引く。
マズルフラッシュで失明する以前に、脳への被害で死ぬ。
「先に行くな、ユウキッ!」
間一髪。ユウキの左腕を引き、そのまま後ろへ投げ飛ばすラスト。
銃弾は納屋の壁を貫通する。
飛ばされたユウキは、キリトに抱き留められる。
ラストは拳を握り親指を上げる。
この合図を尻目に見るキリトは、既に背を向けてアスナと共に走り去った。
「ちっ、ばれたか。だが、残しておく必要がない。疾く死ね」
「その前に、何故彼を拉致した」
銃器を指先で弄ぶ彼は、頭をガリガリと掻く。
覆面であっても、覆面マスクを着ているわけではない。
溜息を吐く拉致者は、口を開く。
「VRという電子空間がもたらす可能性だ。
こいつを使う事で、現実世界と電子世界を支配することができる。
また現実世界と電子世界を組み合わせた、ARの世界を作り上げれば世の中が思い通りになる。
兵器は金属製で、絶縁性能があるものがない。
熱膨張や火傷で、人を行動不能にしたり電気磁石や電子レンジの要領で、人を思い通りにすることができる。
俺達は一つに成れないこの愚かな世界を、電子で一つにまとめ上げるのさ!」
「……」
ラストは後ろ手にしたままの右腕でメニューを開き、何らかの操作をする。
すると拉致者の姿がぶれる。
本人はぶれる事とその音、これらの訳の分からなさに混乱を招いている。
「ど、どうなってやがんだ!」
「せこいけど、コンソールって楽だよね」
この言葉を最後に、拉致者は消える。
この新品な納屋に静寂が訪れる。
ラストは目の前の拘束されている人物を開放する。
別段彼は驚いていない。
しかし驚くのは白衣の男の方だった。
彼が目を開け、周囲を見渡す。
そこにラストがいると確認すると、若干驚愕の表情が口元から読み取れる。
「何故ここに居るのかな」
「貴方が知る必要はありません。今が現実です」
「……君は私に何を望むのだ」
「私の活動をGMが認証し、このゲームをクリアするのが目的です」
「私はラスボスである。覆しようもない事実だ」
「ならば、ラスボスを別に用意すればいい。
今現在、このSAOのサーバーに忍び込んでいるのは、私達と須郷・重村だ。
私は皆を救うため、須郷は実験、重村は大方娘でも助けに来たのだろう」
ラストは淡々と彼に提案していく。
その全て分かっているかのような口ぶりに、彼は警戒を強める。
そう、彼は全てわかっている。
その目はSAOのカーディナルが読み取ろうとすればするほど、fpsが低く処理が重くなる。
これにより数多のバグが発生してしまうが、これは今関係のない話。
「というわけで、戻ってきてくれませんか?」
「私はこの世界を作り上げた張本人だ。
そしてデスゲームを行ってしまっている。
今の私に、立場等ないよ」
「ならば、立場を再構築すればいいんですね?」
表情や言葉に色を載せない彼は、裏を読むことができないくらい単調な存在である。
白衣の彼も、現実で数多の人間と邂逅したことがある。
しかしこれほどまでに、情緒制御を行える人間は一握りだけであった。
「それは簡単な事じゃない。ただでさえ――」
「ラスト!あいつらはどこ行ったんだ!?いきなり消えたぞ!」
「お、来たか」
白衣の男の抗議の声は、突然入ってきたキリトによって防がれた。
キリトはSAOの服装をしている。しかし、肩口は銃弾が通ったのか裂けていて、血がにじんでいる。
剣や鞘も少々ボロボロの様子だ。
ユウキやアスナも、キリトの後ろから出てくる。
「ラスト、あいつらはどうなった、教えてくれ」
「事実上のHP0にした。予想はしていただろ?」
「まあな。で、この白衣の男……まさかとおもうが、茅場昌彦か?」
キリトは肩の傷に違和感があるのか、肩を手で押さえながら茅場の方を見る。
茅場本人は今回の事件の犯人でありながら、その態度は悪気を伴っているようなものではなかった。
寧ろ飄々としていて、必死に生きている彼から見ると非常に腹立たしい想いだ。
しかし今現在事を荒げるのは間違っている。
よってキリトは、己の感情を抑えて相手の肯定の意を汲み取る。
「そうだ。今回のSAOの立役者、茅場昌彦だ。君はキリト君だね。
私本人として会うのは、初めてかな?」
「ああそうだ、ヒースクリフ。ずいぶんとお世話になった。
それで、せ……ラスト。クエストはクリアしたぞ?」
「大丈夫、そろそろだ。皆の記憶が戻ってくる時、この茅場を協力させることを誓おう」
このラストの言葉により、空間が歪み始める。
新品の納屋や緑にあふれる田舎風景がなくなり、元の鉄に囲まれたボス部屋に戻る。
ラストとキリトを除いたフルレイド達は、自分の装備と記憶を思い出す。
この時ほぼすべてのプレイヤーが、恐怖に襲われる。
未知の世界を知った者は、それを情報屋に届けても意味のないものだと知る。
それと同時に、このクエストをクリアした者を最大限に立てないといけないという想いもできあがる。
だが今回のクエストクリアの当事者になった、アスナとユウキは非常に微妙な顔になる。
服装はあの田舎の現実のような世界のものだったが、此方に帰ってきて大きな違和感と嫌悪感に襲われる。
今までの記憶がよみがえってきて、キリトやラストに謝りたおした。
さて、ここからが本番だ。
何故か。
それはクエストクリアした瞬間の映像が、この場に居る全てのプレイヤーにフラッシュバックしたのだ。
しかもボス部屋にいる彼等全員の目の前に、行方不明だったKoBの団長がいるのだ。
彼は……ヒースクリフは、赤と白の装備を身に纏い、静かにその場に佇んでいる。
現想から帰って来た彼等は、あまりの事に混乱しており何も言い出せずにいる。
静粛となるボス部屋。
そして彼らは、ヒースクリフからの言葉を待つ事を選んだ。
「……私は茅場昌彦だ。この状況を作り上げた人物である。
私はこの世界に常に挑み続け、現実になる事を夢見ていた。
だからこそ、この世界を生かしたいと思ったのだ。
生かすのに、AIでは物足りない。故にプレイヤーという不確定要素を組み入れたかったのだ。
君たちが今まで必死に生きてきたのは、私自身非常にうれしく思う。
そんな中、私一人だけが不死属性という、ゲームオーバーにならない要素をいれてしまい申し訳ないと思う」
その言葉が来たとき、プレイヤーから多くの罵詈雑言が轟いた。
現実に戻せよという言葉は勿論、何故俺達に黙っていた!俺達の希望を踏みにじるな!と突撃する者もいた。
いまだに不死属性で、あるのでダメージを一定以上喰らわない。
攻撃を加えたプレイヤーは、オレンジカーソルになる。
その不動にやる気を削がれたプレイヤーは、茅場からの反論の言葉がないため最後は殺気のみを送る事になる。
徐々に喧噪が収まり、静寂が訪れた。
この時、高笑いがこの空間を支配する。
高笑いをするのは、ラストとキリトだ。
何が可笑しいッ!と他プレイヤーの怨嗟が、彼等に降り注ぐ。
「愚か者だな、諸君!
今までヒースクリフの何を見て来たんだ?
ボス戦の時、ダメージを喰らう度に"immortal object"と表記されていたじゃないか。
それに私の友人は、アーガス社の社員だ。
言っていたのだよ、「俺以外睡眠薬のはいった飲み物で眠らされていた、あの馬鹿何をする気だ」ってな!」
ラストのロールプレイが崩れかけているが、外部からの音声ファイルをダウンロードしておいたのだ。
彼はその音声ファイルを、この場に於いて流す。
その罵詈雑言は、複数社員の目覚めと共にこの場に居ない茅場昌彦に対しての言葉だった。
これらの言葉で、この場に居るプレイヤーはその事実を受け止めざるをえなかった。
キリトも腹を抱えて笑うロールプレイをする。
中々に役者な彼は、プレイヤーに言い放つ。
「血盟騎士団も節穴なんだな!
βテスターらしき人物達から聞いたところによると、このヒースクリフという人物はいなかったとの話だ。
更にシステム面に詳しすぎる。
『神聖剣』というユニークスキルをも持っている。
これらの情報だけで判断するのは難しいが、簡単にわかるだろう?開発者関係だろうってな!
しかし、デバッガーやクリエイターは、納期ぎりぎりまでデスマーチで疲労している。
この中にもいるだろ?プログラマーや情報系社員の方々さんよ!」
キリトやラストの演技に戸惑うアスナとユウキ。
しかし彼女らが戸惑うのと同じくして、プレイヤー達もその決定的証拠の提示も踏まえて
認めざるを得ない。結果、全員が閉口する。
だがそれでも認めない者もいる。
それで今度は見当違いの方へいく。
それはアスナとユウキだ。
普通は知る筈がないが、ラストとキリトと共にいるのだから知っている筈だろうと思ってしまっている。
本当ならそう思いながら、関係者ではないと思いたい、現実逃避をしたいだけであると結論付けられる。
しかしこの程度予想できないラストではない。
既にこっちに戻ってきたとき、これからの事について便乗ロールプレイをしてほしいと言っている。
おかげで、話の切っ先を向けられた二人は飄々と嘘を口にする。
「ええ知っていたわ。副団長となって団長の傍にいると、意味深な言葉をよく聞くもの。
でも今回で合点がいったわ。完全に開発者または上に立つ者なんだってね」
「うん知ってた。茅場さんの事、現実で凄く尊敬してたしヒースクリフも、こっちに来て尊敬してたんだ。
だから話し方、プレゼンテーション、仕草……。既視感が出て来たんだよね。
でも、ある言葉で同一人物だってわかったんだ。プレイヤーはこの世界を生かすためにあるってね」
合計4人の証言。更に現時点で最強戦力。
彼等の言葉により、この場は掌握しているようなものだ。
「それで、茅場さんはこれからどうするのですか?」
ラストは茅場に華を持たせる。
既に掌の上となっている空気に、有無を言わさない一つの言葉を投げかける。
この言葉で全ては決まっているようなものだ。
つまりヒースクリフ、茅場昌彦のSAO介入だ。
一応プレイヤー達も私情前に、この人物の有用性を理解している。
だからここはひとまず認める方針となった。
今後茅場昌彦は、プレイヤーに謝罪する旅をしながら贖罪を行っていくのである。