8:歯車のかみ合わせ<アスナ主観>
私は両親からの重責・重圧から逃れる為、このゲームを手に入れた。
でもこのゲームは、現実逃避を行うただの遊びじゃなかった。
今私は、現実にいる。
そう……死が常に隣にある、現実そのものだ。
どこで何が狂ったのだろうか。
全く分からない。
逃げたからか。
それとも今の私に対する甘えなのか。
「ねえ君、俺達と楽しい事しようよ」
娯楽が極端に少なく、更に女性の比率が少ない事も関係しているのだろう。
非常に男性の見る目がきつくなっている。
私は既に何十人と女性が、男性に力づくで屈服させられているところを見ている。
私はその様子を見て見ぬふりをした。
私にはできない。駄目だと思っていても、目を背け現実から身も心も引いてしまう。
―怖い―
人は常に表裏を持って生きている。
更にこの抑圧された日本社会により、見られざる心の内側をこちらに来てから開放・爆発させている。
私はどす黒い静脈血のように、ドロドロとした人の様相に怖さと共に恐れを抱いている。
私はモンスターを討伐したなけなしの資金で、自分の性別と口調を隠した。
紅のフード付きローブ。羽織りだったり、コートとも呼べる。
これだけで、人は私の事をソロプレイヤーとして見放した。
恐怖と歓喜で、胸に来るものがあったが……この世界の目的というものに引っかかってしまったようで、
酷く情けなく思ってしまう。
再度私は目標と共に、今後絶対とする矜持を持つ。
勿論自尊心としての心構えを持つ。
(私はこの世界に負けない。それがどんなものであっても……
屈したりはしない。絶対に……)
そう思っていたからこそ、今日の私は死んだ。
いきなりの事。
ポーション+5を作れる『花の蜜』を入手できるようになるクエストを行っていた。
目標とする敵は、ウルフとされるモンスター二体。
出現場所すら知っているというのに、私が向かった先はそのウルフよりも遥かに凌駕した強さを持つレッドウルフ。
体躯や目つきがウルフより鋭く、眼や全身が真っ赤でステータスも倍以上だった。
初めての対峙ではないけれど、多くのプレイヤーがこいつで死んでいった。
私は同じようにならない。
引き際を心得ている。
隙をみて逃げようと思った。
でもできなかった。
逃げようと背中を見せずに退避しようとすると、近くしかし遠いプレイヤーに目を付け一気に命を刈り取った。
訳が分からない。
獲物は目の前にいるというのに。
AIの行動が、私を混乱に陥れる。
他のプレイヤーに、あまり心を干渉させない事も誓って尚私は人のぬくもりに飢えている事を、
このモンスターにまざまざと見せつけられた。
そう、私はこのモンスターに憎しみを覚えたんだ。
「ハァァアアアッ!」
私の今の武器である、細剣を用いて真紅の狼を狩る。
今の私は、「え?」と訳も分からないで死んでいったプレイヤーの顔が一瞬にして、
驚きの表情とレッドウルフの背後にいた私に対しての憎悪の念を抱いたのをみて恐怖を覚え、それを振りきりたいと思っている。。
正に恨み。トレインで巻き込まれたとして、彼女と彼の憎しみと憤りの顔が私の脳裏に浮かぶ。
―私のせいじゃない―
私のせいじゃない、このレッドウルフが悪いんだ。
きっとそうだ、そうに違いない!
それにこのレッドウルフを倒せば、私が巻き込んだ事もばれないし彼等への餞になる!
私は自分で自分を擁護した。
HPバーを確認せず、目の前の敵を撃滅する事だけを考えていた。
戦闘中、怨嗟の声が勝手に聞こえてくる。
私じゃない。私じゃない!
息が漏れ、精神的に疲れ心臓の鼓動が非常にうるさい事態。
どこで間違えたんだろう。
そう思いつつ剣で連撃する。
しかし、全てを回避される。
私自身の動きや読みがいい加減になっている事も気づかないまま、視界が赤く染まっていく。
(え?)
いつの間にか、HPバーは赤いメモリが少しだけ。
眼を少し離した隙に、レッドウルフの突撃が来て此れを受け止める。
目の前にはレッドウルフの『狩るモノ』の眼付と生暖かい吐息が、私の『狩られるモノ』としての恐怖心が募る。
「うくっ…ぇ……?」
そして、レッドウルフはそのばで突撃の穂先をずらして、剣の防御範囲を超え……
喉を噛み切られた……
死にたくない、死にたくない…ごめん…なさい……
クリティカルヒットして、HPが0へ落ち込んだ。
私の身体から、エフェクトが出た瞬間私の意識は消える。
「おい、死ぬな。死ぬのならば、魔王に勝ってからにしてもらおう」
高い声。でも女性にしては低い聲。男性?
私は目を開ける。開ける事ができる。
目の前には、こげ茶の頭髪をした少年がいた。
「ごめん」
私は自分でもびっくりするぐらい低い聲が出る。
死んだはず。そしてこの状況。きっと助けられた?
どうやって?
尽きない疑問の中、目の前の少年は私に問う。
「我らと共に来ないか」
少年は男性としては高い聲で、見た目にそぐわない口調を紡ぐ。
その共にという言葉が何なのか。
「…」
「君には悪いけど、拒否権はないから」
思案の中、目の前の少年以外の聲に言われた。
まさかと思う。
「そう」
もしかして……。
あのはじまりの街での出来事を含めた論理外行動をするのだろうか。
命を助けたのは、私欲の為?
だったら、こんな外道は生かしちゃいけない。
プレイヤーを攻撃したらどうなるか分からないけど、それでもこいつらはダメだ。
私は自然と柄に手が伸びる。
「殺したくはないが、抵抗する様であれば斬る」
左腕は私を抱えているから、使用できない筈。
しかしいつの間にか、右手に握られている短刀を首元に宛がわれていた。
私は再度『死』への恐怖に、体が硬直してしまう。
目の前の少年は、殺人を犯そうとすることに躊躇をしていない事も私の思考を停める要因になる。
そんな時、この眼前にいる少年以外の高い聲が聞こえる。
「まてまて、二人とも。争うために来ているんじゃないんだから」
私は目線を声が聞こえた方へ向ける。
そこには顔つきが幼い、童顔の少年がいた。
頭髪は黒で、身長も私と同じか少し低いくらい。
「そうだな」
私の思考外で話が進んでいる。
目の前の少年は、私を抱き上げる。
「えっ」
いきなりの事に聲が出てしまう。
抗おうと四肢に力を入れるが、肉体がいう事を聞かない。
ゲームの中だという事を忘れ、少年の腕力に驚く。
後ろの少年も呆れる様に、素振りを見せる。
「頼むぞ」
「はいはい。近くの村まで行きましょうかっと」
黒髪の少年は、私を抱える少年の指示を得て近くの村まで導いた。
彼等はあらわれる敵を見向きもせず、一刀両断にしている。
更に私が苦戦したレッドウルフも、両腕がふさがっている少年が蹴り上げて倒した。
訳が分からない。
そしてこの後の話が、更なる混乱と訳の分からなさを生む。
「この後、我らと共に釜の飯を食え」
……
「よし、待ってろ」
私は今、彼らの家にいる。
近くの村と云ったな?宿とは言っていない、家だ。と力説されてしまう。
SAOで家を購入できるなんてしらなかった。
更に一層で住居を構えるなんて……。
呆れる中、テーブルに椅子が4つ入れられている中の一つに黒髪の少年が座る。
何をしているのだろう?休憩ならば、寝た方が良いのに。
「ほら、座れよ。そういや、名前知らなかったな。君の名前何?俺はキリト」
私の疑問を他所に、童顔でお人よしな少年…キリトが席を進めてくる。
当たり所が今の所少ない彼には、少しだけ心を開いてもいい気がする。
でもあの私の命を救い上げたと思われる人物には、最大限の警戒をする。
「………アスナ。私はアスナ」
フードを深く被る。
初めてこのゲームで、私の名を口に出した。
気恥ずかしさと共に、少し気が楽になる。
口調は固いままだけど、顔は綻んでいると思う。
「ありがとう。あのさ、アイツ……不愛想だけど、悪い奴じゃないんだ。
だから、何時かその顔をアイツに見せてやってくれないか?
ああ見えて、繊細なんだ」
私はのぞき込んでくる彼とその優しい言葉に、ただただ頷くだけ。
そんな個人情報をばらしていいの?
行き成りの厚意に訳が分からなくなる。
心構えはしたはずなのに、笑顔で直球な言葉を並べられるとこっちが恥ずかしくなる。
「おーい、でけたぞー」
匂い?
何の匂い
…?
「お、きたきた!」
私はいつの間にか置かれていた食器や食事軍に驚く。
息をのんでしまう。
このにおいやかおり、目の前の輝きに眼を奪われる。
でも、これはゲームだ。ニセモノで、ポリゴンである。
そうであってもこれを食べないといけない。
耐えられない苦痛が来る。そんな苦痛は嫌だ。
「そんじゃくうか」
纏う空気が軽くなっている少年が、ごはんの入っている茶碗を盆にのせて持ってくる。
その茶碗を私を含めた三人分を、それぞれの目の前に置く。
眼前にあるのは、基本的な和食だ。
「「いただきます」」
少年とキリトは、手を合わせてその言葉を言い目の前の食事にありつく。
私はおいしそうに食べるキリトを見て一人ごちる。
「本気でおいしいと…」
朱色で金色の蔦が描かれている箸を持ち上げて、置かれている主菜副菜を摂取する。
味噌汁や緑茶も頂く。
「おいしい…」
幾分か黙って必死に食べてしまった。
そして我を取り戻した時、ちゃんとした感想を云う。
「だろ?こいつ、見た目に依らず自炊しているんだぜ?」
キリトと少年は、私が呟いた事に反応してこっちをみてくる。
すこししり込みしてしまう。
でもキリトは笑って、彼の事情を知って弄っている。
「こらこら、リアルの事言っちゃダメだろ~?」
まさかの現実の事。現実ではないのに、このおいしさ。
お米なんてどこにあったんだろう?醤油や味噌なんて、全く見たことがない。
「世界でたった一人の仲間に文句垂れるのならば、これくらいいいだろ?」
仲間?友人じゃなくて?
「へーへー」
完全に別人となった彼とキリトの漫才に笑わされる。
完全に固い空気がなくなったのか、私を巻き込んでこの現実を直視させない適当な話を振ってきてくれた。
十分楽しめたし、キリトと彼の世間話?にも、のめり込めた。
そして、一時間ほどになる。
全ての容器を片付けを終わらせた彼は、私達を外へ連れ出す。
話を聞いていたけれど、ここはただごはんを作り食べることに特化しているだけで宿泊機能はないんだとか。
此れから宿に向かっていく。
ただ外に出た瞬間から、彼の雰囲気は固くなってしまう。
キリトはやわらかいままだった。
この夕闇の黄昏の中行われたのは、私独りによる戦闘だ。
結果としてはキリトを感心させられた。
しかし彼を満足させる結果にならなかったようだ。
結局一番安全なはじまりの街の宿に宿泊する事になる。
「アスナ、明日から我々と共にレベリングだ。無理とは言わせない」
戦闘後、お互いの紹介をした。
そこで軽くレスキューというスキルに関して触れてくれた。
それでも深くまで触れないまま、宿泊の時間になる。
肝心な事を教われないまま寝る。
非常に胸につっかえができる出来事だ。
そんな彼…ラストオーダーであるラストに、少しばかりのあてつけをする。
「…命を救ってくれなんて言ってない。でも、付き合ってあげる」
「女[アマ]が調子に乗るな。この時こそ、男の闘争本能に頼れ」
「まあまあ、お互い疲れているんだし、休もうよ。な?」
私の言葉に、速攻で帰ってくるラストとキリトの言葉。
ラストは怒っているようだけど、口元には笑みがある。
きっと本心ではないのだろう。
キリトはさっさとねむりたいみたいだ。
これには私も賛成する。
今後の二人に対して、多大な情報を整理した中でどのように接するか考えないといけない。
あ、そうだ。
今日から、『終焉の狂想円舞[ラストワルツ]』に所属します!