10:希望<主観的俯瞰>
キリトとアスナと分かれたラスト。
彼が今居るのは、はじまりの街の一番安い宿だ。
何をしに訪れたのか…それはすぐにわかる事になる。
彼はとある部屋の扉の前で足を止める。
そしてその扉をノックする。
「ユウキ、いい加減戦う覚悟をしてくれ」
ユウキ。
性別は女。身長は平均値より低い。
頭髪は藍で比較的長めと思える位。服装は初期装備だ。
まだデスゲームと知らない時、モンスターと戦闘し得たなけなしの資金でこの安い宿に泊まっている。
彼女は今現在、薄い皮を被って寝ている。
今このような事になっているのは、現実でのネットワーク上で友人になった人物等がSAOで死んで戻ってこなくなったからだ。
仇討ちをしようにも、その敵はいない。
しかもデスゲームSAOから抜け出せず、圏外の敵が異様に強い。
そんな中、殺しにかかってくる敵に抗おうと武器を振るうが、あっさりと躱され挙句の果てに殺される。
殺され方は、ブラックボアの突撃で吹き飛ばされた後のスケルトンスピアに囲まれ、突き刺された。
HPバーが灰色に染まり、消えようとした。
そんな時、不意に目の前の景色にいる敵が一気に蒸発したのだ。
そしていつの間にか、SAOにいる自分。
混乱しているが、自分自身を抱えている人物を見て察する。
―使えない人間であるボクを助けた―
その事にひどく傷つき、宿に引きこもったのだ。
既に初めての同じ境遇の友人を、このデスゲームで殺したも同然の死に直面したのだ。
仇討ちも友人の死を利用したスイッチである。
こんな生存の仕方は、彼女自身を大いに傷つけた。
他人の命を踏み台にして、保身に走った屑野郎として被害妄想を繰返し機能不全に陥った。
一度こんな自分じゃだめだと思って、街にある案山子へ打ち込みに行った。
しかし女であるからか、低レベルも効して男プレイヤーに差し押さえられたのだ。
そんなところに、再度命を救った……生き返らせた少年がきてその乱暴を終わらせたのだ。
ハラスメントボタンに触れないほどの飢えた人間をみて、少女は本格的に引き籠るようになった。
「ユウキ。僕は君に生きていてほしいんだ。だから、僕と一緒に来てくれないか」
それでも返事は来ない。
初日から幾分か経過して、ずっとこのままだ。
そして今日も彼はこの場に来て、彼女の安否確認と共にギルド勧誘をしに来た。
しかし様子がおかしい。
いつもはごそごそと聞こえるのに、全く音が聞こえない。
そこでフリースキルである、『3D』を使う。
これは音によって、周囲の状況把握を行う技術だ。
これを使う事で、この部屋にユウキがいないことを確認する。
こんな時こそ、『追跡』スキルだ。
おかげでユウキの現在位置を掴む事ができた。
場所は圏外だ。
敵は三体。
これはレベル差を考慮しても、不可能に近いだろう。
「ユウキ!」
彼は『並行展開』を行って、超人的速度で街を駆け抜ける。
そして来たのは、あのアスナも戦っていた場所。
初心者が行ってはいけないクエストの一つ、『ブラックボア』撃滅と携帯砥石入手フラグの確立だ。
基本的に砥石は、鍛冶スキルを持つプレイヤーでなければ持っていない。
それを誰でも戦闘中に使用して、耐久値を増加させることができるのだ。
しかしこの便利さの裏には、現在上から4番目のむずかしさとなっている。
そう『花の蜜』の入手フラグ確立クエスト並の理不尽さが存在する。
それよりも入手フラグ確立というのは、クエストクリアで報酬そのものを貰った後、
ドロップ品としてそれらのアイテムを入手できるようになるというフラグ開放のシステムだ。
そういうわけで、今後の戦闘の安定化の為にこれら効率を上げる報酬のあるクエストは、
瞬く間にプレイヤーに広まり犠牲者が所かまわず増えて行った。
こんな危険なクエストは、基本的に攻略組として参戦する一つの条件となっている。
これを乗り切らないと、今後生きていくことはできないと言われている程だ。
何せ武器の耐久値をある意味気にしないで、そのまま戦闘を続けられるという事だ。
非常に大きな優位となる。
勿論鍛冶屋による砥石は、ボーナスと共に最高の切れ味としてダメージに補正がつく。
あくまで携帯砥石は、補助でしかないというわけだ。
これらを見ると、ユウキがこれに挑んでいる理由は自ずと理解できるだろう。
「ハアッ!(ボクだって、やれるんだ!)」
ユウキは持ち前の戦闘能力で、己の不利を覆してブラックボアを追いつめる。
しかしそれはあまりにもあっけない不運に終わる。
不意に彼女の腹に、鋭利物が貫通する。
彼女は一瞬思考が停止する。
恐る恐る後ろを振り向くと、そこには深くローブを被った人間がいた。
非常に愉快そうな表情をし、投擲用のピックを投擲した格好となっている。
ユウキは愉快犯に強い憎しみを持つのと同時に、ブラックボアの突撃を受けて肉体から光を出し始める。
これを見て、殺人者はその場所を去る。勿論、カーソルは緑のまま…。
「あぁ、やっぱりボクは足手まといだった……」
死んで当然だ。
なのにどうして、こんなに涙がでるのだろう……?
己の命を消し去ろうと突撃してくる黒い猪は、彼女の視線の先で蒸発し不意に倒れる体が浮く。
「ユウキ、己の価値を勝手に決めるんじゃない。
少なくとも、僕の御姫様だよ」
彼女はその言葉を、意識が続く最後の瞬間に聴く。
そして最大限の笑顔をして、輝く粒子を出しながら露散……しなかった。
ユウキは耳に残る音を聞く。
死後の世界として、目を覚ます。
しかしそこは死後でなく、今でも死と向かい合っている世界だった。
「ユウキ、死ぬな」
初めて見る、彼の本当の顔。
このゲームで出会った男性プレイヤー……いや、生きてきた中で初めて見た、本当の顔。
「……ねぇ、ボクって生きる価値あるの?」
同情と遺産に縋る大人以外をこの眼で見て、ちゃんと受け止める。
それだからか、自然と出る彼女の聲。
「あるよ」
「なんで?」
即行の切り返しに、ラストは驚かず笑顔で言い切る。
「ユウキに生きていてほしいって思うのは、そんなに悪い事かな?」
ユウキは心に何か、痛烈な刺激を受けて再度涙を流す。
嗚呼、私は生きていいんだ と。
ユウキはふと思う。相手の名前を知らない事を今知る。
かなり前からの知り合いなのに、名前すら知らないなんて滑稽だ。
しかし相手は知っている。この理不尽な関係に、笑いすら出てくる。
「ねぇ、キミの名前知らないんだ。教えて?」
「僕はラストオーダー。ラストでいいよ」
「ん。じゃあ、ラスト。ボクを生かした責任は重いよ?」
「そっか。その責任は重すぎるな、誰か一緒に背負ってくれる奴はいないかな?」
「ここにいるじゃん」
「いいよ、一緒に背負って行こう」
「うん」
誰だこの綺麗な少年は、と思うかもしれない。
しかしこれが和人自身デバッガーとして、人生を賭けるに値する人物の本性だ。
一応APPは15なので、非常に格好いいのである。
更に性格が一直線ということもあって、好感に値する人物だ。
その結果、ユウキの信頼の心を手繰り寄せる事が出来たと言っても過言ではない。
「(ボクが生きる理由……それはラストが必要としてくれるから)」
ユウキとラストは、敵が再出現するまで抱擁をつづけた。
「ボクはユウキっていうんだ!今日付けで、『終焉の狂想円舞[ラストワルツ]』に所属するよ!」
ユウキは容姿変更の一部として、頭髪の色を変えるアイテムを使い藍色から群青色に変更する。
元々頭髪は長い方なので、非常に美しいの一言だ。
更に革のカチューシャを身にまとう。
大きな変化に、ラストは気づきながらも黙して大々的に言わない。
「俺はキリトだ、よろしく」
「私はアスナ、よろしくね」
『終焉の狂想円舞[ラストワルツ]』は、完成する。