ああ、無情。   作:みあ

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第十一話:小さな決意

 流れ星が落ちる前に、願い事を3回言えば叶うと教わった。 

 子どもの頃の俺は何を願っただろうか。 

 あの頃は、望めば何でも手に入ると思っていた。 

 ひょっとしたら、願い事なんてしなかったかもしれない。 

 今の俺の願いは何だろう? 

 大人になった俺は一体何を願うんだろうか。 

 

 

 ようやく村に辿りついた俺達は、小さな宿屋に泊まることにした。 

 このご時世、客が来ることは滅多にないそうで、俺達の貸切状態になっている。 

 姫は、早々に身体を清めたいのか、浴場に行った。 

 まあ、ひと月以上、ろくに着替えもできなかったらしいので当然のことだろう。 

 俺はというと、シアちゃんの髪を梳いている。 

 洞窟での戦闘でススだらけになってしまったので洗ってやりたいのだ。 

 長髪の場合、洗う前に梳いておかないと絡まってしまう。 

 それを防ぐためにやってるんだけど、意外と大変な作業だったりする。 

  

「考えてみれば、当然のことじゃな」 

 

「なにが?」 

 

 突然、話し掛けてきたシアちゃんだが、何の話だかさっぱりわからない。 

 俺の返事も当然、聞き返すものになってしまった。 

 

「王女のことじゃ」 

 

「……ああ」 

 

 おそらく、姫が勇者だったことについてだろう。 

 正直、その話はしたくなかった。 

 けれど、シアちゃんはそんな俺に気付くことなく、先を続ける。 

  

「魔王の支配によって権威を失った王家が、勇者の血筋を取り込むのは当然といえば当然のことじゃ。勇者本人でなくとも、子孫が王族に取り入った可能性もあるしの」 

 

 確かにその通りだ。 

 どっちが先にアプローチしたのかはわからないが、王家は勇者を引き入れることで、求心力を高められるし、勇者側からみれば、王家に取り入るチャンスでもある。 

 実際の所はどうなのかはわからないが、その可能性は高いだろう。 

 けど、わからない事がある。 

 

「どうして、俺が勇者なんだ?」 

 

 旅立ってから、ずっと思っていた。 

 剣も使えない。魔法も使えない。 

 ないないづくしの俺が、何故勇者と呼ばれるんだろう? 

 シアちゃんは、そんな俺の疑問にあっさりと答えた。 

 

「それは、あるじがある意味、不死身だからじゃ。ロトも同じ能力を持っていたからかも知れぬがな」

 

「それは、勇者だからじゃないのか?」 

 

「違う。勇者だから不死身ではない。不死身だから勇者となり得るんじゃ」 

 

「じゃあ、姫は?」 

 

 姫は俺と同じ能力を持ってるわけじゃないのか? 

 

「あるじ、お主はどうやって不死身かそうでないかを見分ける?」 

 

「そりゃ、実際に殺してみるしか……、そうか!」 

 

 実際に死んでみて、初めてわかる能力なんだ。 

 死んだことのない人間は、この能力を持ってないってことになる。 

 

「あくまでも、王女は勇者の素養を持った、けれども、勇者ではない、別の何かなのじゃ」 

 

 だから、俺が勇者なのか。 

 

「……なんか俺ってかっこ悪いよな」 

 

「なんじゃ? 突然?」 

 

「俺さ、勇者だって突然言われた時、本当に嫌だった。でも、どこか嬉しかった。俺も伝説の勇者みたいに、強くなるんだって思ってた」 

 

 けど、現実は違った。 

 

「何度も何度も死んでさ。でも、全然強くなれないし、魔法もちょっとしか使えない。挙句の果てに、実は魔法使いだって言われて……、姫も……」 

 

 涙がこみ上げて来る。 

 自分でも何を言ってるのかさっぱりわからない。 

 ただ、心に溜め込んでいた物を吐き出したかった。 

 

「俺は、誰かを助けられるほど強くない。自分の身さえ守れない。それに……」 

 

「あるじ、わらわは何度もお主に助けられた」 

 

 シアちゃんが、俺の言葉を遮るように語り掛けてくる。 

 

「だけど、それは……」 

 

「わらわの事、前に話したじゃろ。ずっと一人ぼっちじゃったわらわをあるじは助けてくれた。それに、ドラゴンとの戦いでも助けてくれた」 

 

「それは、身体が勝手に……、それに、俺は死なないし」 

 

「死なない云々は、後から出て来た事じゃろう? その時は、そんな事考えもしなかったじゃろ?」 

 

 確かにその通りだ。 

 ただ、シアちゃんが危ないと思ったから。 

 

「それが出来るのが、勇者じゃとわらわは思う」 

 

 シアちゃんの言葉は、俺の心に開いた隙間を塞いでくれた。 

 嬉しかった、ただ、無性に嬉しかった。 

 

「俺、強くなるよ」 

 

 そして、シアちゃんの勇者になる。 

 小さな小さな決意。 

 けれど、俺にとっては大きな一歩。 

 俺の勇者への道は、今、本当の意味で始まったのかもしれない。 

 

 翌朝、俺達は王城へと向かう事にした。 

 姫を救出した報告をするためと、この後の指針を聞くためだ。 

 なんでも、王の能力で、強くなるためにはどのくらいの経験が必要かがわかるというのだ。 

 俺はオッサンにそんな事が出来るとは聞いてないが、シアちゃんの言うことだし、間違っていると言うことはないだろう。 

  

 歩き続けて、2日。 

 俺達は、遂に王城へと帰還した。 

 どこにいたんだというほど、たくさんの人が感謝の言葉をくれた。 

 あのオッサンですら、泣きながら、何度も頭を下げた。 

 

「勇者よ、よくぞ、よくぞ! 姫を助け出してくれた。思えば長い道のりだった。勇者をここに呼び、姫の救出を頼んでから、早1ヶ月。もうこの勇者ではダメなんじゃないかと何度思ったことか」 

 

 あのな、オッサン。嬉しいのはわかるんだが、スゲー失礼だぞ、ソレ。 

 「もうダメなんじゃないか」ならわかるんだが、「この勇者では」ってなんだよ。 

 まあ、確かに、ほんの数日前まで忘れてたわけだが。 

 だが、オッサンの言葉には続きがあった。 

 

「だが! 勇者は見事使命を果たし、姫をわしの元へと連れ帰ってくれた。心から礼を言わせてもらう。ありがとう、勇者よ」 

 

 うわ、何か照れる。 

 俺、ほとんど何もやってないのに。 

 

「さて、勇者よ。褒美は何がいい? 出来る限りの物を用意しよう」 

 

「えっ、マジ?」 

 

 オッサンは、鷹揚に頷いてみせる。 

 

「うむ。何でも好きなものを言うとよい」 

 

「じゃあ、平穏な生活」 

 

「それは無理じゃ」 

 

 即答かよ! あっ、コラ、顔背けてんじゃねー! 

 ちっ、仕方ねーな。じゃあ、何がいいかなあ? 

 

 俺が何かを言う前に、姫が口を開いた。 

 

「お父様、私は勇者さまと共に旅に出たいのです」 

 

「何! 勇者よ、どういうことじゃ!」 

 

 いや、俺も何が何だか。 

 

「私と勇者さまは、将来を約束した身。一時も離れたくないのでございます!」 

 

「ほほう、では、勇者は姫を所望するというのじゃな」 

 

 睨んでる、睨んでるよ、おい。 

  

「え……っと、そうだったり、なかったり」 

 

「勇者さま、私がいては、迷惑でしょうか?」 

 

 姫が涙目で俺を見つめてくる。 

 こころなしか、オッサンの視線がさらに強くなった気がする。 

 ここで、迷惑だなどと答えれば、姫を泣かせたとか言って、成敗されそうだ。 

 かといって、そんなことはないと答えても成敗されることになりそうだ。 

 どーしろというんだ。 

 だが、神は俺を見捨ててはいなかった。 

 

「王よ、今すぐ決めることはないじゃろう」 

 

「お主は?」 

 

「わらわの名は、アリシアという。あるじ……勇者の守護者をしておる」 

 

「ふむ、先程の言、どういうことだ?」 

 

「王女は共に旅に出たいと言うとるだけじゃ。……わかるな?」 

 

「む、言われてみれば、その通りじゃな」 

 

 しばらく考え込んだ後、オッサンは結論を出した。 

 

「姫の頼み、しかと聞き届けた。共に旅立つことを許そう。ただし、勇者よ!」 

 

 えっ? 俺? 

 

「お主達の仲を認めたわけではないことをゆめゆめ忘れるでないぞ」 

 

 えっ、どういうこと? 

 

「ありがとうございます、お父様!」 

 

 全然わかんないんだけど、教えてシアちゃん。 

 

「……要するに、手を出したらアウトじゃ」 

 

 あー、なるほど。 

 あくまでも、仲間としてついてくるんであって、恋人ではないってことか。 

 そうこうしているうちに、時は流れ、旅立ちの日を迎えた。 

 

「王よ、わらわは後どのくらいで強くなれるのじゃ?」 

 

 シアちゃんが玉座に座るオッサンにたずねる。 

 

「ふむ、アリシアどのは、後1億3千万でレベルが上がるじゃろう」 

 

 うお、本当にわかるのか。 

 でも、どういう基準なんだ? 

 

「スライムでいえば、6千万匹ほど殺せということじゃ」 

 

「本当に?」 

 

「ウソじゃ」 

 

 嘘か?……なんか本気っぽかったんだけど。 

 まあ、いいや。 

 

「ほれ、次はあるじの番じゃぞ」 

 

「じゃあ、オッサン、俺も頼む」 

 

「う……うむ」 

 

 なんだ? 何か言いよどんでる。 

 ん? 手招き? シアちゃんにか? 

 

「ん? なんじゃ?」 

 

 オッサンに耳打ちされたシアちゃんの顔に驚きが広がる。 

 なんか、やばいもんでも見えたのか? 

 

「その、なんじゃ、気を落とすでないぞ、あるじ。これは一つの指針でしかないのじゃ」 

 

「どういう意味だ?」 

 

 オッサンを見ると、今までになく悩んでいる様子だった。 

 

「その、何と言うかの、あまりに気の毒で、今まで言えなかったのだが……」 

 

「なんだよ! さっさと言ってくれ。気持ち悪いじゃねーか」 

 

「これは、王としてのマニュアルに書いてあるんじゃからな。わしを恨むんじゃないぞ」 

 

「いいから、言えって」 

 

「……では、言うぞ。……そ、そなたは、もう、充分に強い。なぜにまだ竜王を倒せぬのか、じゃ」 

 

 目の前が真っ暗になった。 

 竜王とスライムってガチだったのか? 

 それとも、スライムが強かったのか? 

 世界は、俺に厳しかった。 

 


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