夢を見た。
夢の中の俺はどこかの飼い犬だった。
子どもと遊んだり、ご飯を3食もらえたり、眠くなったら寝てみたり。
食う寝る遊ぶの三拍子そろった生活だった。
目が覚めた時、何故か涙が出た。
いかづちの杖の暴発に巻き込まれた(事にした)俺は、いまだ城にいた。
オッサンが、渡したい物があるというのだ。
はっ! まさか、宿の主人が密告したんじゃ……?
引導を渡すってオチじゃないよな。
そうなる前にいっそ殺るか?
ちょうど、ここにはいかづちの杖がある。
まさか、これを防ぐって事はあるまい。
「それで、渡したい物ってのは何なんだ?」
杖を握り直しながら尋ねる。
何か動きがあったら撃とう、そう心に決めて。
「ふむ、これじゃ」
そう言って、オッサンが取り出したのは握りこぶし大の石だった。
何だそりゃ?
「これは、太陽の石というものじゃ」
太陽の石?
どっかそこら辺に落ちてる石と交換してもわからなそうだな。
「雨と太陽が合わさる時、虹の橋が出来る。この言葉と共に、代々伝えられてきた物じゃ。きっと、竜王を倒すのに、役立つことだろう。お主が竜王を討ち滅ぼし、世界に平和をもたらすことをわしは信じておる。さあ、勇者よ、旅立つのだ!」
「しっつもん!」
俺は声をあげた。
「何じゃ、良い所であったのに」
オッサンは残念そうだ。
だが、これだけは確認しなければならない。
「あのさあ、俺、竜王を倒せって言われた覚えないけど?」
そう、俺は姫を助けて来いと言われたが、竜王を倒して来いとは言われていない。
あの時点で、お役御免だったはずだ。
「今、言ったではないか」
「待て待て待て待て! 今って、今この場でってことか?」
「そうじゃ。では、問題ないな」
「あるに決まってんだろ!」
だが、俺の意見は封殺された。
「衛兵、勇者殿をお見送りせよ」
何処からともなく現れた衛兵に羽交い絞めにされ、玉座の間から連れ出される。
「では、勇者よ、旅立つのだ! 朗報を期待しておるぞ」
うっわ、めちゃくちゃムカつく。
「竜王倒したら、今度はテメーの番だ!! 覚えてやがれ!!」
俺は勇者らしからぬ捨て台詞を残し、城から放り出されてしまった。
「ちょっと待て、俺は勇者だぞ! 何でこんな仕打ちを受けるんだ?!」
衛兵に叫ぶ。
「この間貸した20ゴールドを返すなら、勇者と認めよう」
くぉっ、こないだのおっさんか?!
ポケットを探る。
……しまった。朝、宿屋に置いて来たんだった。
しかも、さっき死んだので、5ゴールドしか残ってない。
「悪い、今持ち合わせが無い」
「では、出直してくるが良い。文無し冒険者よ」
も、もんなし?!
目の前で扉が閉まる。
「ちょっと待て! 誰が文無しだ!」
叩けど喚けど返事は無い。
諦めて戻ろうとした時、
「姫様が憎い。僕も、勇者様の胸に抱かれたい……」
物騒なセリフが背後から聞こえた。
振り向くと、そこにいるのは例の門番。
なんだ、このイベントの数々は?
そんなに俺を貶めたいか?!
「何が悲しゅうて、男を抱かにゃあならんのだ!」
「そんな、ひどい……」
泣き崩れる兵士。
何処からとも無く、ひそひそ声が聞こえてくる。
「ほら、アレ見て。可哀想、あんなに想ってるのに……」
「きっと、姫様との結婚に邪魔になったから捨てるのよ」
「サイテー、私、ちょっとあこがれてたのに……」
明らかに聞こえるように言ってるだろ、お前ら。
「うわーん!! 覚えてやがれ、こんちくしょーー!!」
俺は泣きながら街へ走った。
マジ泣きだった。
「おや、兄さん。こんな所で何泣いてんだい?」
顔を上げると、いつぞやの酒場の店主。
いつの間にか、表通りを突っ切って、酒場の前まで来ていたらしい。
理由を話すと店の中に入れてくれた。
まだ準備中なのだろう、静かな店内は落ち着いたたたずまいを見せている。
「あの時は悪かったねえ。急ぎの依頼だったから、ろくすっぽ確認もしないでさ。しかし、男好きってわけでも無いのに良く完遂できたもんだね。さすが、勇者って所かな」
俺の話をあっさり信じてくれた。
この人は、良い人だ!
守備範囲外だけど、良い人だ!
俺は、あの時のシアちゃんとの出会いを話すことにした。
「へえー、魔物と心を通わすか、そんな事も出来るんだね。……ちょっと待って。今、アリシアって言ったよね」
「ああ、そうだけど……」
なんだ? 討伐依頼が出てるって言うんじゃないだろうな。
「アリシア、アリシア、あっ、思い出した! 確か、ここら辺に……、あった」
「なんだ? 妙な依頼じゃないだろうな」
俺の質問に、店主は首を振った。
「違う違う、ただの情報さ」
「情報?」
「そ。南の方にずいぶん前に魔物に滅ぼされた街があるんだ」
その話はどこかで聞いたことがあるな。
「そこにね、最近、魔物が住み着いたらしいんだよ」
「それが、シアちゃんと何の関係が?」
「まあ、話は最後まで聞きなよ」
店主によると、その魔物は人を襲うことは無いらしい。
ただ、女が相手だったとき、必ずこう訊ねるらしい。
「お前は、アリシアか?」と。
「なんでも、家ほどの大きさの黒い鎧を着た魔物らしいよ」
俺は、店主に別れを告げると、シアちゃんの元へと急いだ。
シアちゃんは、姫と一緒にあの場所で待っていた。
「遅い! 何をやっておったのじゃ!」
シアちゃんに走り寄ると、カウンターで殴られた。
姫がすかさずホイミをかけてくれる。
「そんな事より!」
「そんな事?! わらわを待たすのは、そんな事なのか?!」
「まあまあ、アリシアさま」
姫が間をとりなしてくれる。
姫に礼を言うと、オッサンに渡された物を見せる。
「これは、太陽の石か?!」
「アレ? 何で知ってんの、シアちゃん?」
じっと見つめると、顔を背けた。
そして「知っておるから、そう言っただけじゃ!」と吐き捨てるように言った。
あちゃー、完全に怒らせちゃったみたいだ。
「確か、雨が太陽になる……だったっけ?」
「雨と太陽が合わさる時、虹の橋ができる。古くからの言い伝えですわ」
姫が補足してくれる。
「そう、ソレ!」
それに、それだけじゃない。
俺は、店主の話を皆に話した。
「悪魔の騎士……」
最後まで話し終えた時、シアちゃんがそう呟いた。
けれども、結局それ以上の事は、何も教えてくれなかった。
そして、翌朝、シアちゃんがいなくなった。
ただ「すまぬ」と一言だけ書いた手紙を残して。