ああ、無情。   作:みあ

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第十四話:悪魔の騎士

 彼女は、一人にするなと俺に言った。 

 俺は、彼女のために強くなると誓った。 

 けれど、彼女はたった独りで行ってしまった。 

 俺は彼女と共に生きると約束した。 

 ならば、俺のする事はただ一つ。 

 どこまでも、彼女を追いかける事だ。 

 

 

 俺は走った。 

 姫が引き止めるのも無視して。 

 街を出て、ただひたすら南へと。 

 息が切れる。 

 足が震える。 

 俺の体力の無さが恨めしい。 

 彼女は今、一体何処にいるんだろうか。 

 嫌な想像が頭に浮かぶ。 

 ダメだ。 

 余計な事は考えるな。 

 ただ、足を動かせばいい。 

 

「勇者さま!」 

 

 振り切ったはずの、姫の声が聞こえた。 

 振り返るとそこには、白馬に乗った彼女の姿。 

 

「早くこちらへ!」 

 

 彼女の乗った馬に、無様に這い上がり、姫の腰に手を回す。 

 

「しっかり、つかまっていてください」 

 

 馬は駆ける。 

 風景が、どんどん後ろへ流れていく。 

 当然、俺が走る速さとは比べ物にならない。 

 情けない。もっと冷静になれ。 

 俺は、シアちゃんの事しか頭に無かった。 

 姫が助けてくれなければ、シアちゃんの所まで辿りつけなかったかもしれない。 

 そう思ったとき、自然に言葉が漏れた。 

 

「ありがとう」 

 

「勇者さま? 何かおっしゃいまして?」 

 

 聞こえなかったらしい。 

 でも、それでいい。 

 俺は、姫を抱く腕をそっと強めた。 

 もう誰も失いたくない。 

 その決意を込めて。 

 

 

 疲れ果てた馬を放し、徒歩で滅びた街へ向かう。 

 だいぶ距離を稼いだはずだ。 

 もしかすると、目の前にひょっこり現れるかもしれない。 

 そう願いながら、ただひたすら歩き続けた。 

 

「勇者さま、アレではないでしょうか?」 

 

 姫の声に、顔を上げる。 

 既に廃墟と化した街の残骸が見える。 

 残念ながら、ここまでに出会うことは無かった。 

 最悪の想像が頭をよぎる。 

 

 ん? 何か聞こえる。 

 立ち止まり、耳をすませる。 

 話し声? 

 物陰に身を潜めながら、声の聞こえる方を覗く。 

  

「久しいな、アリシア・フォン・クローベル。いや、鮮血の魔女と呼ぶべきか?」 

 

「ふん。そんな昔の事は忘れてしもうたわ」 

 

 見つけた! 良かった、無事だった。 

 飛び出そうとする俺を、姫が引き止める。 

  

「もっと、状況を確認してからですわ」 

 

 また、やっちまった。 

 冷静になれ。 

 そう自分に言い聞かせ、姫に礼を言い、もう一度確認する。 

 シアちゃんの前に、黒い小山のような物が見える。 

 恐らくアレが、悪魔の騎士なのだろう。 

 洞窟で戦ったドラゴンよりは一回り程小さいが、きっとドラゴンよりも強いんだろう。 

 そんな風に思える。 

 

「今は、人間に飼われているのだったな。その姿は、そいつの趣味か?」 

 

「飼われているつもりは無い。わらわとあるじは対等の関係じゃ」 

 

 シアちゃん……。 

 

「ふむ、当代の勇者は男好きと聞いておるぞ?」 

 

 ぶふぅ! 何で、魔物にまで知られている?! 

 

「……それは否定せぬ」 

 

 そこは否定しろよ! まだ信じてなかったのか。 

 ん? 姫、なんですか? 

 

「本当、なんですか?」 

 

「断じて違います」 

 

 姫に断言すると、再び注意を向ける。

 

「世間話をするために呼んだのではあるまい。一体、何用じゃ?」 

 

「そうだな。単刀直入に言おう。竜王様の部下となる気はないか?」 

 

「断る」 

 

「ふん。あの男との約束がそんなに大事か?」 

 

 約束? そういえば、前にそんな事を言ってたな。 

 

「貴様には関係ない」 

 

 シアちゃんの瞳が冷たく輝く。 

 

「あの男、確かアルスとか言ったか?」 

 

「黙れ! 貴様がその名を口にするな!」 

 

 あれほど怒ったシアちゃんは初めて見る。 

 でも、俺はアルスという名前が気になった。 

 シアちゃんにとって、大切な名前らしい。 

 少し、胸が痛む。 

  

 激昂したシアちゃんは両手を広げ、詠唱を始める。 

 そのわずかな隙に、悪魔の騎士は懐から何かを取り出すと、シアちゃんに投げ付けた。 

 ソレは、彼女の眼前ではじけ、光を発する。 

 目くらましのつもりかと思った。 

 しかし、その効果は次の瞬間にわかった。 

 

「ベギラゴン!」 

 

 詠唱が完了した。 

 しかし、何も起こらない。 

 シアちゃんの顔に焦りが浮かぶ。 

 勝ち誇ったように笑う、悪魔の騎士。 

 

「ふはははは! 竜王様謹製の魔封じの玉だ。これで、しばらく呪文は使えまい!」 

 

「おのれ! 卑怯な!」 

 

 叫ぶ、シアちゃん。 

 

「いつまでも呪文などに頼るからこうなる。これで、お前との戦いも終わりだ。アノ約束を守ってもらおうか」 

 

 そう言いながら、懐から何かを取り出そうとする。 

 

「くっ、わらわがそのような辱めを甘んじて受けると思うな!」 

 

 何をさせる気だ? 

 シアちゃんがこれほど取り乱すなんて。 

 そして、取り出した物を見た俺は驚愕した。 

 

「今こそ、300年の宿願を果たす時! さあ、おとなしくこれを着てもらおう」 

 

 悪魔の騎士の右手に握られた物。 

 それは、メイド服だった。 

 

 

 俺は、メイド服は嫌いだ。 

 女性を従属させるような気分になるからだ。 

 シアちゃんも最初は下僕だと自称していたが、改めさせたほどだ。 

 俺は、あくまでも対等の関係でいたいと思っている。 

 そういう意味でも、奴は許しがたい敵になってしまった。 

 いかづちの杖を構える俺に、姫が何かを手渡してくる。 

 ま、まさか、これは……! どうして姫がこんな物を。 

 

「アリシアさまに似合うと思いまして、事前に買っておりました」 

 

 さすが、姫。 

 

「ありがとう。シアちゃんも喜ぶよ」 

 

 姫をそっと抱きしめ、それを受け取る。 

 

「じゃあ、行くよ」 

 

「はい、いつでも」 

 

 右手に構えた杖を、奴の手元に向ける。 

 そして、俺は叫んだ。 

 

「いかづちよ!!」 

 

 

 杖から放たれた光は、狙いをあやまたず、メイド服を直撃する。 

 燃え上がるメイド服。 

 

「ま、魔法のメイド服が……。おのれ! 何者だ!」 

 

「俺のシアちゃんにメイド服を着せようとは、不届き千万! この勇者ア……」 

 

「あるじ?!」 

 

 いや、シアちゃん。まだセリフの途中だから……。 

 

「私もおりますわ」 

 

 姫が悪魔の騎士に斬りかかる。 

 奴は意外と機敏な動きで後ろにさがる。 

 

「王女?!」 

 

 シアちゃんが驚く。 

 俺達は、シアちゃんを庇うように立つ。 

 

「何故、ここにおる?」 

 

 俺は、姫と目配せをする。 

 

「もちろん……」 

 

「シアちゃんを助けに来たに決まってんじゃねーか」 

 

 姫の言葉を、俺が継ぐ。 

 

「お主等……」 

 

 シアちゃんの声に涙が混じる。 

 

「くっ、勇者め。我がコレクションを、おのれ!」 

 

 悪魔の騎士が吼える。 

 

「ふん、シアちゃんにメイド服など似合うはずも無い。シアちゃんに相応しいのはこれだ!」 

 

 俺は、シアちゃんの頭にソレを付ける。 

 

「銀の髪、白い肌、そして、赤い瞳とくれば、これしかない! そう、うさみみバンドだ!」 

 

「私が選ばせていただきました」 

 

 シアちゃんの頭に2本の長い耳が揺れる。 

 

「お主等……」 

 

 シアちゃんの声に怨嗟が混じる。  

 

 

 

「な、なんと、さすが勇者よ……。我もそこまでは至らなかったわ」 

 

 悪魔の騎士は感服したように言う。 

 だが、次の言葉には俺もさすがにキレた。 

 

「なれば! 我が勝った暁には、うさみみメイドとして迎えることとしよう!」 

 

「させん! うさみみシアちゃんは俺のだ!」 

 

 叫びながら、俺は突っ込む。 

 

 

「おお、勇者よ! 死んでしまうとは情けない!」 

 

 当然の結果だった。 

 


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