ああ、無情。   作:みあ

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第二十一話:ゴーレム

 遠くに明らかに人工の物と思われる城壁がそびえ立っている。 

 ここまでの道のりは、本当に長かった。 

 岩山を越え、森林を抜け、いくつもの川を渡り、ようやくここまで来た。 

 

「あれが城塞都市か……」 

 

「そのようですね」 

 

 無意識に漏れた言葉に、姫が同意を返す。 

 

「ここまで1週間もかかるとは思わなかった」 

 

「うむ。あるじが崖から落ちたり、川に流されたり、森で迷子になったりせなんだら、もっと早く着いたじゃろうな」 

 

 俺は、シアちゃんの言葉に無視を決め込み、皆を奮い立たせるように言葉を発した。 

 

「さあ、目的地は目の前だ。早く行かないと、門の前で野宿することになるぞ」 

 

 太陽は、未だ頭上で輝いている。 

  

「ゆっくり歩いても、昼過ぎには到着いたしますわ」 

 

「もう少し慎重に歩け。常日頃、おぬしはわざわざ自分から悪い選択肢をえらんどる節があるからの」 

 

 俺は、心の中でそっと涙を流した。 

 

 

「何か、いるな」 

 

「なんでしょうか?」 

 

「ゴーレムの類か?」 

 

 城塞都市の門に辿りついた俺達が見たのは、きっちりと閉じられた扉とその前に鎮座する巨大な石像だった。 

 

「以前に来た時は、あのようなモノは居らんかったぞ」 

 

「昔、この街は竜王の軍勢を撃退したことがあったそうですわ。おそらく、あれがその理由ではないでしょうか?」 

 

 魔物に反応して動き出すってことか? 

 じゃあ大丈夫だろう、そう思った矢先だった。 

 突然、ゴーレムの眼に光が宿る。 

 

「シンニュウシャ、カ?」 

 

 おいおい、アイツしゃべってるぞ。 

 まあ、ドラゴンがしゃべる時代だし、そういうこともあるか。 

 

「俺達は、この街に入りたいだけだ。通してくれないか?」 

 

「なっ?! あるじは、この状況で動じぬのか?」 

 

 なんで? 

 

「さすが、勇者さまですわ」 

 

 なぜか、褒められた。 

 

「普通、無機物で創造された魔道生物が話す事なんてありませんわ」 

 

「えっ? だって、悪魔の騎士とか、普通にしゃべってたよ」 

 

「アレは、鎧が話していたわけではあるまい」 

 

 そうだっけ? 

 シアちゃんの呆れるような言葉に、あの時のことを思い出す。 

 

「あーそういえば、中の人がいたなあ」 

 

 倒した時に、黒い影が出てきたのを思い出した。 

 

「アレを人と言うのか、おぬしは……」 

 

 影がしゃべるのも、じゅうぶん非常識だと思うけど。 

 まあ、それはそれ。 

 ゴーレムは、何かを考えるように動きを止めている。 

 そして、顔の部分をこちらに向けると、順繰りに一人一人を凝視する。 

 やがて、姫に視線を止め、言葉を発する。 

 

「……ニンゲン、モンダイナシ」 

 

 次は、俺。 

 

「……ニンゲン? ……モンダイナシ」 

 

 ちょっと待て。 

 なんだ、今の間は? 

 しかも、ちょっと疑問形じゃなかったか? 

 ゴーレムは俺の抗議に耳を貸すこともなく、シアちゃんに顔を向ける。 

 

「……マモノ、ハッケン。コウゲキカイシ」 

 

「おお、そういえば、わらわは魔物じゃったの」 

 

 そういえば、そうだった。 

 本人すら、すっかり忘れていた事実に、改めて気が付いた俺達だった。 

 

 

 ゴーレムの攻撃、とはいっても、腕を振り下ろすだけだ。 

 当たれば痛いだろうが、当たらなければどうという事も無い。 

 姫は、攻撃を引き付けながら巧みにかわしている。 

 悪魔の騎士と比べると、どうにも鈍重な動きだ。 

 

「メラゾーマ!」 

 

 シアちゃんの呪文が飛ぶが、ほとんど効いてないようだ。 

 まあ、石で出来ているだろう身体に、炎が効くとは思えない。 

 離れた場所で戦術評価をする俺を、シアちゃんが睨みつけてくる。 

 思わず、口に出していたらしい。 

 

「いかづちよ!」 

 

 杖をゴーレムに向けて、力ある言葉を放つ。 

 杖の先から光がほとばしり、ゴーレムの身体に吸い込まれていく。 

 衝撃音。 

 爆煙が晴れた先には、全く無傷のゴーレムの姿。 

 うん、効いてない。 

  

 俺達は逃げ出した。 

 

 

 幸いな事に、門から離れるとゴーレムは動きを止めた。 

 近付かないかぎり、無害らしい。 

 眼にともっていた光も消え、再び石像に戻ったゴーレムを横目に作戦会議を開く。 

 

「わらわがおらねば、通れたかも知らんのう」 

 

 シアちゃんが謝罪の言葉を口にする。 

 

「一人だけ、野宿させるわけにも行かないさ」 

 

 俺はシアちゃんの肩を抱き寄せる。 

 その動作が気に障ったのか、姫が咎めるようにシアちゃんに話し掛ける。 

 

「勇者さまが一旦、中に入られてから、私達は勇者さまのルーラで街に入るという方法もありましたわ」 

 

 俺のフォローが台無しだ。 

 シアちゃんの身体が一瞬、ビクッと震える。 

 

「……やはり、わらわのせいじゃな」 

 

「いや、だめだ! その方法でも失敗するかもしれないし、失敗したら死んじゃうしさ。俺は大丈夫だけど、ふたりに何かあったら、俺は生きていけない!」 

 

 ……色んな意味で。 

 オッサンの怒り狂った顔が目に浮かぶ。 

 飽きるまで処刑を繰り返されそうだ。 

 そして、未来永劫、あの特別室に閉じ込められる事になるだろう。 

 その現実感のある想像に、思わず寒気を感じ、腕の中のシアちゃんを強く抱きしめる。 

 そして、もう片方の腕で姫を抱き寄せた。 

 

「……あるじ」 

 

「……申し訳ありません」 

 

 俺達は、気を取り直して、作戦を練った。 

 

「剣は試してないからわからないけど、呪文はまるっきり効かなかったな」 

 

 俺の言葉に、2人はうなずく。 

 

「少なくとも、炎は効かなんだ」 

 

「いかづちの杖も効果ありませんでしたし、おそらく雷撃も効きませんわ」 

 

 このぶんだと、あの呪文も効果は期待できないだろう。 

 新呪文のお披露目は、先の事になりそうだ。 

 

「姿を消す呪文で、中に入れるのではありませんか?」 

 

「レムオルか……。すまぬが、わらわには使えぬ」 

 

 前に、詩人の街で情報屋のふりをしていた魔物。 

 あれを尋問していた兵士から連絡があった。 

 奴は、レムオルという姿を消す呪文を使っていたのだ。 

 隠形とか、偉そうなことを言っていたが、種は簡単だった。 

 だからといって、誰でも使えるわけではないらしい。 

 悪用する者が後を絶たないため、禁呪扱いされているということだ。 

 呪文屋のお姉さんに確かめたから、事実だ。 

 ちなみに、俺は覚えられなかった。 

 残念。 

 

「そういえば、詩人の街でゴーレムの話を聞いたな」 

 

「なんじゃと!」 

 

「どのような?」 

 

 思い出す。もっと思い出す。深く思い出す。 

 確か……、ゴーレムは笛の音が苦手だとか。 

  

「笛と言われても、どんな笛じゃ?」 

 

「特別な物ならば、また探さなければいけませんわ」 

 

 まあ、当然といえば、当然の反応だ。 

 今までに、笛らしき物の情報なんてなかったしな。 

 

「また振り出しに戻ったの」 

 

「仕方ありませんわ」 

 

 俺達は落胆した。 

 

 その時、ある考えが閃いた。 

 何故、今まで思いつかなかったんだろう。 

 

「あのさ、思ったんだけど」 

 

 俺が話し出すと、ふたりは顔をあげた。 

 

「別に、入る必要なんて無いんじゃない?」 

 

 ふたりの顔に、驚きが広がる。 

 

「ロトの印があるのは南の沼地だし、考えてみれば、わざわざ苦労してまで入る必要ないだろ?」 

 

「言われてみれば、その通りじゃな」 

 

「灯台下暗しですわ」 

 

 俺達は、城塞都市に入ることなく、その場を後にした。 

 

 

 2日後、南の沼地に辿りついた俺達は、地獄絵図を目にした。 

 沼の水は紫色に濁り、辺りにはガスのような物が漂っている。 

 沼の周辺、いたるところに骨のような物が散乱している。 

 どうやら、毒にやられてしまった動物の死骸らしい。 

 

「えっと、ここに捨てたの?」 

 

 こりゃまた、えらい憎まれてたんだな、アルスは。 

 わざわざこんな所に捨てるなんて、さすがシアちゃんだ。 

 

「そんなに、夜の勇者アルスがお嫌いだったんですか?」 

 

 呆けている様子のシアちゃんに、姫が問いかける。 

 夜の勇者って、いいネーミングだな。 

 昼の勇者ロトに、夜の勇者アルスか。 

 今度から、俺もそう呼ぶ事にしよう。 

 

「よ、夜の勇者? い、いや、そんな事はどうでも良い」 

 

 どうでも良いのか。 

 

「ここは昔、精霊のほこらのあった場所じゃ。精霊の加護が薄れておるのか? 昔はちゃんとした沼地であったぞ」 

 

 見渡す限り、毒の沼地。 

 ここから勇者の印を探すのか……。 

 俺は、間違いなく数歩も歩かないうちに死に至るだろう。 

 そこらにあった棒を、沼に差し入れてみる。 

 底についたところで引き上げると、深さは膝上辺りか。 

 

「何か良い方法は無いかな?」 

 

 少し息苦しくなってきた俺は、沼地から離れた。 

 シアちゃんも俺についてくる。 

 しかし、姫はその場にとどまっている。 

 

「姫! 危険ですよ!」 

 

 俺の声に、姫は振り向くと笑顔を見せた。 

 そして、次の瞬間、沼へと足を踏み入れた。 

 

「そういえば、光の鎧には毒を無効化する力が備わっておったな」 

 

 シアちゃんの言葉どおり、姫の周囲にはガスが寄り付かない。 

 そればかりか、足元の毒の水すらも、姫を避けるように裂けていく。 

 

「そういう事は、早く言おうよ」 

 

「忘れておったわ」 

 

 姫は、沼の中央まで歩みを進めると、何かを拾い上げた。 

  

「見つけましたわ!」 

 

 何かを上に掲げている。 

 俺は思わず姫に駆け寄った。 

 

「あっ、あるじ! 死ぬぞ!」 

 

 はい? 

 その声を聞きながら、俺は膝から崩れ落ちた。 

 目の前には、紫色の毒の沼地。 

 俺は、駆け出した勢いのまま、沼地へとダイブしていた。 

 

 

「おお、勇者よ! 死んでしまうとは、情けない!」 

 

 久しぶりの、覇気のあるオッサンの声に迎えられる。 

 

「なあ、オッサン」 

 

「どうしたんじゃ、勇者よ」 

 

「紫色の水って、死ぬほど不味いな」 

 

「何の話じゃ?」 

 

 死ぬ瞬間、口の中に流れ込んだ水は、心底不味かった。 

 そして、ふたりの所に戻ったら、やっぱり死ぬほど説教喰らうんだろうな。 

 そう思うと、再び口の中に苦いものが広がるような感じがした。 


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