ああ、無情。   作:みあ

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第二十六話:ロトの剣

 全身がズキズキと痛む。 

 空を見上げると、ぽっかりと空いた穴から薄明かりが差し込んでいる。 

 

「あるじ、ケガは無いか?」 

 

 上から、少女の声が降ってくる。 

 

「……ああ」 

 

 懐から薬草を一枚取り出し、口に含む。 

 ゆっくりと痛みが引いていく。 

 

「あるじ?」 

 

 心配そうにこちらを覗き込む彼女に、もう一度大きく返事をする。 

 

「こっちは大丈夫! それより、そっちは?」 

 

「こちらも問題は無い。奴は、王女が相手しておる」 

 

 その言葉通り、何度かの衝撃と共に埃が舞い落ち、剣戟が鳴り響く。 

 辺りを見回すが、上の階層とは違い、闇が濃い。 

 捜索しなければ、上へ戻ることも出来そうに無い。 

 

「こっちはこっちで何とか上に戻る道を探してみる。だから、シアちゃんは姫を……」 

 

「皆まで言うな。こちらは任せるが良い。それよりも、早く戻らねば、わらわ達だけで竜王まで倒してしまうぞ」 

 

 シアちゃんはからかうようにそう言い、頭を引っ込める。 

 姫の援護に戻ったのだろう、衝撃音が更に大きくなった。 

 

『王女よ、そのまま抑えておけ! くらえ、ベギラゴン!』 

 

 天井が震える。 

 

『ぐうっ、き、貴様、仲間諸共、我を消そうとは。正気か!?』 

 

『ちっ、外したか!』 

 

『……アリシアさま、今、私を標的にしていませんでしたか?』 

 

『気のせいに決まっておろう?』 

 

『そうでしたか?』 

 

『そうじゃ』 

 

 一瞬の沈黙の後、再び衝撃音と死神の騎士の悲鳴が響き始める。 

 早く戻らないと、別の意味で危ない。 

 俺は、たいまつに火を点し、歩き出した。

 

 

 そもそも俺だけが下の階層に落ちてしまったのには理由がある。 

 まあ、俺としてはごくありふれた理由だ。 

 戦闘が始まって、一歩目で落とし穴にはまったのだ。 

 普通は運が悪いと嘆くところだろう。 

 だが、この時ばかりは神に感謝した。 

 何しろ、目の前に巨大な斧が迫ってたからだ。 

 やっぱり、魔法使いが前衛に回るもんじゃ無いな。 

 いや、死んでもオッサンの所に戻るだけなんだが、一人じゃバリアがくぐれないんだね。 

 今、初めて気が付いた。 

 

 そうこうしているうちに、壁にたどり着く。 

 壁に沿って進むと、通路がある。 

 壁に目印を書いて、部屋の中をグルッと回ってみたが、通路はこの一本だけのようだ。 

 しばらく考えてみたが、天井の揺れがますます激しくなる。 

 崩れるかもしれない、そう頭に浮かぶと同時に通路に飛び込む。 

 なるべく早く抜け出すべきだな。 

 圧死の経験はさすがにしたくない。 

  

 更に歩くと、道が二又に分かれている。 

 俺はいかづちの杖を真ん中に立て、倒れた方向に進もうと考えた。 

 右か左か、どっちだ! 

 杖は、真正面に倒れた。 

 まっすぐ進めって事か? 

 さすがに腹が立って、正面の壁を蹴りつけると、壁が崩れて、通路が現れた。 

 通路の先は、ほんのりと光っている。 

 俺は、光に向かって走り出した。 

 

 

 光の正体は、得体の知れない魔法陣だった。 

 ほのかに明滅する不可思議な円の中央には、鞘におさまった剣が刺さっている。 

 これもロトの遺物かも知れない。 

 そう思った俺は鞘ごと剣を引き抜いた。 

 思ったよりも軽い。 

 剣を鞘から抜き、刃を確かめる。 

 長い間、武器屋に勤めていたからこそ分かる。 

 これは、名剣と呼んでもいい。 

 こいつはとんでもない剣だ。 

 もし店屋に見せても、こいつの値打ちはわからないだろう。 

 一応、俺にも装備は出来るようだ。 

 試してみるか。 

 剣を上段で構え、目の前の壁めがけて思い切り振り下ろす。 

 抵抗は無かったが、壁にはまっすぐにキズが付いている。 

 剣術のけの字も知らない俺が使ってもこの威力。 

 姫に持たせたら、どれほどの物だろう。 

 ○○に刃物という言葉が頭に浮かんだが、必死に振り払う。 

 再び元の通路に戻ると、上を目指して歩きだした。 

 

 

 辺りは惨憺たる有様だった。 

 壁や床には大穴が開き、所々が崩れている。 

 死闘が繰り広げられただろう事は容易に予想がつく。 

 そして、広間の中央には打ち捨てられたように転がる死神の騎士。 

 それを挟むように、ふたりの少女が肩で息をするように立っている。 

 俺が来たことに、まったく気付いてないようだ。 

  

 ふと、死神の騎士と目が合った。 

  

 死神の騎士は、仲間になりたそうにこちらを見ている。 

  

 仲間にしてあげますか?  はい  いいえ  止めを刺す ⇒目を背ける 

 

 勇者は、知らないふりをした。 

 

 背後で断末魔の叫びが響いた。 

 死神の騎士が倒れても、戦闘は終わらない。 

 すでに、目的と手段が入れ替わっているようだ。 

 さすがに、割って入る勇気は無いので、ふたりの息が上がるのを待って、仲裁に入る。 

 

「勇者さま、ご無事だったのですね」 

 

「おぬしがグズグズしておるから、倒してしまったではないか」 

 

「ああ……、うん、大変だったみたいだね。すごい衝撃が伝わってきたよ」 

 

 主に、本来の戦闘終了後に。 

 まあ、事実を知っている奴の口は封じたし、問題は無いだろう。 

 しかし、あれだな、姫とシアちゃんって互角なんだな。 

 姫は剣に秀で、シアちゃんは魔法に秀でる。 

 うまくバランスが取れているようだ。 

 ますます、俺の立場が無くなって来る。 

 どうしたものか。 

 

 

「よくぞ、我を倒した。ロトの血を引く者達よ」 

 

 大破した鎧の残骸から、黒い影が抜け出してくる。 

 最初に見た時より、随分小さくなっているようだ。 

 それほどダメージを受けたということだろう。 

 しかし、コイツもある意味、不死身だよな。 

 だが、ソレの出現に気付いているのは、俺一人。 

 少女達は、俺の持ち帰った剣に釘付けになっている。 

 

「これは、王者の剣ではないか?!」 

 

 やはり、勇者ロトの剣らしい。 

 シアちゃんの話では、力が封印されているらしいのだが。 

 例の魔法陣の影響か? 

 だとしても名剣と呼んでもおかしくない代物だ。 

 

「本当に、私が持っていてもよろしいのですか?!」 

 

 姫の声には、嬉しさが滲み出ている。 

 一流の剣士である彼女にとって、これほどの剣を扱えるのは誇らしい事であるようだ。 

 嬉しそうに、型を繰り返している。 

 

「コ、コラ! 乱暴に扱うでないわ!」 

 

 アルスの剣が姫の手におさまっているのが気に入らないのか、シアちゃんがしきりに注意する。 

 

「くやしかったら、取り返してみてはいかがです?」 

 

 姫が挑発するように、剣をシアちゃんの頭上に掲げる。 

 シアちゃんは、手を伸ばすが、ギリギリの所で届かない。 

 実に微笑ましい光景だが、彼女たちの場合、殺し合いに発展する可能性もあるので気が抜けない。 

 まあ、俺の目の前ではそんな事も無いだろうし、ああ見えて、結構仲が良いので放っておこう。 

 

「で、どこまで話したっけ?」 

 

 無視されて、目の前で縮こまっている怪しい影に話し掛ける。 

 

「ふ…ふふふ……ふはははは! 我を倒した所で、貴様らが竜王様に勝てると思ったら大間違いだ!」 

 

 うんうん、それで。 

 

「竜王様は、我などが足下にも及ばぬほどに強い! 今の疲れきった貴様らでは、手も足も出まい!」 

 

 まあ、そうだろうね。 

 

「貴様らが地面に這いつくばる様が目に浮かぶようだ。さあ、進むが良い。地獄への一歩を―――」 

 

 未だ話し続ける影を無視して、じゃれ合うふたりに声を掛ける。 

 

「じゃあ、一応ここまで来たし、一度戻ってまた来ようか」 

 

「うむ、そうじゃな。ずいぶん魔力も使ってしもうた」 

 

 シアちゃんはよほど悔しかったのか、目に涙を浮かべながら、俺の言葉に同意する。 

 

「仮にも、王を名乗る者に会うのですから、身だしなみを整えてからにしませんと」 

 

 姫は反対に楽しそうだ。 

 

「えっ? ちょっと、おい」 

 

 影が呼び止めるが、当然無視。 

 コイツもさすがに一晩では復活も出来まい。 

 

「じゃあ、シアちゃん。頼むよ」 

 

「うむ、リレミト!」 

 

 こうして、俺達は再び地上へと帰還したのであった。 

 


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