竜王の間への扉を開く。
玉座には、一人の男が座っていた。
ローブを着込み、顔はフードで覆われている。
あれが竜王なのか?
「不甲斐ないものだな、我が息子よ」
途轍もない威圧感と共に、しわがれた声がリバストに向かう。
「黙れ! 父の名を騙る魔物め!」
青年の声に、偽竜王はただ笑うのみ。
「我が生け贄の祭壇へようこそ、勇者殿」
「出来れば、こんな所まで来たくなかったんだけどな」
俺の返事に、偽竜王は腹を抱えて笑う。
「ふははははっ! 今回の勇者はユーモアのセンスがあるようだ」
そんなにおかしい事を言ったつもりは無いんだが。
それよりも『今回』?
俺以外の勇者に会ったことがあるのか?
「アリシアさま、どうされました?」
姫の声で、シアちゃんの様子がおかしいことに気付いた。
全身は震え、元々白かった顔がさらに白くなっている。
「ま、まさか……?! 何故、奴がここに……?!」
シアちゃんが声を上げる。
偽竜王はそれに気付いたのか、彼女に顔を向けた。
それと同時に、彼女が叫ぶ。
「何故、何故貴様がここにいる!? 大魔王ゾーマよ!」
何……?
今、何て……?
「ふははははは! どこかで見た顔だと思えば、勇者と共におった魔法使いではないか」
シアちゃんの事を知ってる?
じゃあ、本当に、勇者ロトの伝説の……?
「我が復活を祝いに来たか? それとも、勇者の敵討ちにでも来たのか?」
「敵討ち……? 何の話じゃ?」
シアちゃんの返答に、魔王は狂ったように笑い続ける。
「な、なにがおかしい!」
「知らぬのか? 勇者アルスをこの世から消し去ったのが、このわしだという事を」
「な……に?」
魔王が語った言葉は衝撃をもたらした。
世界を救った一人の勇者の物語。
この世界を覆い尽くした闇を打ち払い、光をもたらした救世主。
闇に堕ちたかつての仲間に光を与え、そして姿を消した。
彼の名は、アルスと言った。
だが、彼の話はここで終わりではなかった。
闇は滅びたわけではなかったのだ。
妻子のもとを、仲間のもとを去った勇者は、闇の復活を知った。
どちらが先だったのかは、わからない。
闇の復活に気付いたのが先だったのかもしれない。
ただ言える事は、彼はたった一人で戦いを挑んだと言う事だ。
長きにわたったその戦いは、結局の所、引き分けに終わった。
魔王は力を失い、復活までの長き眠りを余儀なくされた。
そして、勇者は……。
「奴は、このわしが直々に次元の狭間へと放り込んでやったわ。光も無く、時の流れも無い、永劫の闇へとな!」
仲間に頼らず、単身魔王に戦いを挑んだ勇者。
決して、富や名誉のためではない。
家族のために、その選択肢を選んだんだ。
俺は、アルスを誇りに思う。
そんな男がご先祖さまであることを。
「そんな、そんなこと。わらわは、なにも……」
シアちゃんは呆然としている。
無理も無い。
彼女の知っているアルスは、妻子を捨て、他の女の所に行ったはずなのだ。
こんなところで、魔王と戦っていたとは考えもしなかったに違いない。
俺は、彼女を強く抱きしめる。
心がどこかへ行ってしまわないように。
「竜王様は? 竜王様は今どこにおられる?」
サイモンが、魔王に尋ねる。
「これは、異な事を。目の前におるではないか」
「貴様、まだ父を愚弄するか!」
リバストの叫びに、魔王はローブを翻す。
「少なくとも、肉体はここにある。魂は、我が糧になってもらったがな」
言葉と同時に、魔王の身体が闇に包まれる。
闇は凝集し、巨大な何かを形成していく。
凶悪な爪を生やした手足。
醜悪な翼。
そして、漆黒の鱗に覆われた巨体。
魔王と化した竜王の降臨だった。
「我こそは、全てを滅ぼす者。再びこの世を絶望へと包んでくれよう」
魔王の言葉が絶望を突きつける。
だが、そんな物がどうだというんだ。
俺達は、絶対に負けない。
「ならば、俺達はお前を滅ぼす。二度と貴様が復活できないようにな」
俺の言葉に、仲間達が声を上げる。
「父上の仇!」 「竜王様の仇を!」
「勇者さま、行きましょう」
「あるじ、もう大丈夫じゃ。こんな事ではアルスに笑われてしまうわ」
笑顔を見せるシアちゃんに、姫に、リバストに、サイモンに声を掛ける。
「俺は勇者だけど、正直言って、何の力も無い。だから、皆の力を貸してほしい」
「何を今更……」
シアちゃんが呆れたように言う。
「私の力は勇者さまのために」
姫が、忠誠を誓う騎士のように、剣を掲げる。
「友に力を貸すのは当然のこと」
リバストがそういって笑う。
「仕方が無い。手伝ってやろう」
サイモンはどうでもいい。
最後の戦いが始まった。
先制攻撃は、魔王からだった。
大きく息を吸い込み、灼熱の炎を吐き出す。
俺達を包むかと思われた一瞬、リバストの防御呪文が飛ぶ。
「フバーハ!」
光の幕に散らされる炎。
すかさず、シアちゃんの呪文。
「メラゾーマ!」
炎が魔王に襲い掛かる。
しかし、炎は黒いもやのような物にかき消され届かない。
姫の剣が一閃する。
鱗が数枚はじけ飛び一筋の傷を与える。
だが、それだけだった。
「いかづちよ!」
杖から魔力を放つが、鱗の表面で弾けるだけ。
何の痛痒も感じていないようだった。
サイモンは身を守っている。
何度か攻撃を繰り返したが、奴にそれほどのダメージを与えることが出来ない。
唯一、目に見える効果があったのは、姫の持ったロトの剣だけ。
その傷も、見る見るうちに癒えていく。
他にわかった事といえば、黒いもやは連続で使用できないことくらいだろうか。
あの肉体は既に死んでいる。
魔王は、それに乗り移っているだけだ。
ならば、どうする?
周りを見渡した俺は、ある事に気付いた。
そういえば、似たような奴がこちらにもいる事に。
身を守るだけで、攻撃に参加していないサイモンを呼ぶ。
そして、望む回答を得た俺は、行動に移すことにした。
シアちゃんに杖を渡し、サイモンに攻撃力上昇呪文バイキルトを掛けてもらう。
いぶかしげな表情をしていたが、作戦だと言うと従ってくれた。
「シアちゃんとリバストは奴の気を引いてくれ。姫は、合図と同時に電撃呪文を」
皆に指示を出し、サイモンに剣を構えさせる。
その剣に少し細工をしつつタイミングを図る。
姫はというと、目を瞑り両手を掲げ、呪文を唱え始めている。
「シアちゃん! リバスト! 何とか隙を作ってくれ!」
ふたりに声を掛けて、俺も呪文を唱え始める。
「いかづちよ!」
杖から放った魔力が、黒いもやにかき消される。
それと同時に、呪文が解放される。
「イオナズン!」
相変わらず効いた様子は無いが、爆発の衝撃にバランスを崩す魔王。
そこへリバストが追い討ちを掛ける。
「バギクロス!」
風の刃が魔王を押し倒す。
今だ!
俺は、サイモンの背中に両手をつき、力ある言葉を解き放つ。
「バシルーラ!」
サイモンは、剣を構えたまま矢のように飛び出し、魔王の右目に突き刺さった。
「姫!」
俺の声に、姫は目を開くと両手を振り下ろす。
「ギガデイン!」
幾条もの電撃が、サイモンを避雷針代わりに集束していく。
「がああああああ!!」
断末魔の叫びを上げ、魔王は崩れ落ちる。
「よし!」
思わず拳を握る俺に衝撃が襲い掛かる。
頭を殴られたような激痛に、しばし悶える。
顔を上げると、何故か激怒しているシアちゃんの姿。
杖を振り下ろしている所を見ると、犯人は彼女のようだ。
「よし、では無い! いかに敵であったとはいえ、他人を犠牲にしてまで勝利を得ようとは、見損なったわ!」
目に涙を溜めたまま、怒っている。
どうも、サイモンを攻撃に使ったのが許せないらしい。
俺は、シアちゃんを無視して、その背後に声を掛ける。
「良かったな、サイモン。そんなに嫌われてたわけじゃないみたいだぞ」
「うむ。勘違いとはいえ、我の死に涙するとは。やはり、我のことを少なからず想っておるようだな」
背後から聞こえるサイモンの声に、呆然とするシアちゃん。
振り向いて、黒い影がそこにいるのに気付くと、烈火のごとく怒り出す。
「生きておるなら、生きておるとさっさと言わんかーー!」
声と同時に炎が飛ぶ。
「うおっ、殺す気か?!」
杖を振り回して影を殴りつけるシアちゃんを、姫が羽交い絞めにして取り押さえる。
一応、照れ隠しなんだよな、アレ。
しかし、物理攻撃が効くのか、あの影。
ふと、頭の痛みが軽くなる。
気がつくと、リバストがホイミを掛けてくれている。
「大したものだ。一体、どういう原理なんだ?」
魔王が倒れた理由を聞きたいらしい。
仕方ない。解説するとしよう。
「あいつがどうやってあの身体を動かしているのか、それが疑問だった」
だから、俺は似たような構造であるサイモンに聞いた。
すると、こう答えた。
鎧を動かすには、隅々まで自分の身体を詰め込まなければならないと。
それは、中ががらんどうだからだ。
現に死神の騎士の中に入っていたサイモンはダメージを受けたせいで身体が縮み、さまようよろいへと姿を変えている。
ならば、それが生物だったときは?
生物の身体には、神経や筋肉が詰まっている。
どうやって、その肉体を動かすのかを考えた時、ある答えに行き着いた。
「そうか、脳だ」
リバストが正解に辿りつく。
その通り。
脳を破壊するために、眼球を狙ったんだ。
そして、サイモンを使った理由はというと。
一番、いなくなっても痛くなさそうだったからなんだけど、これは黙っておこう。
「そして、電撃で止めをさす。もっとも、まさかギガデインとは思わなかったけど」
これは、嬉しい誤算だった。
……実は、念の為にもう一つ細工してるんだけどな。
解説が終わった頃に、再び魔王の声が響く。
「くくく、まさか、そのような方法があったとはな。だが、この程度の攻撃でこのわしが倒れると思ったのか?」
起き上がろうとする魔王に、皆の顔が強張る。
「倒れるさ。その肉体はもう終わりだ」
俺がそう声をかけると同時に、魔王が操っていた竜王の肉体が崩れ出す。
「何?! 貴様、一体何をした?」
「何って、毒針を仕込んだのさ。サイモンの剣にな」
急所に打ち込めば、一撃で生物を死に至らしめる武器。
脳に毒を打ち込まれては、たとえ竜王であろうと無事で済むはずが無い。
グッバイ、俺の980ゴールド。
だが、魔王と道連れだ。
お前も本望だろう?
旅の初めから、冒険を共にしてきた武器に別れを告げる。
「おのれ、おのれおのれ! まさか、このわしが、人間などに倒されようとは! だが、ただでは倒れん!」
嫌な予感が頭をよぎる。
「シアちゃん! リレミトを!」
辺りが爆音に包まれた。