ああ、無情。   作:みあ

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第二十九話:決戦

「おお、勇者よ! 死んでしまうとは情けない!」 

 

 死んだのか、俺? 

 このタイミングで死んだということは……? 

 皆は?! 

 皆は無事なのか?! 

 

「勇者よ、一体何が起こっておる?」 

 

「悪い! オッサン、今はそれどころじゃない!」 

 

 俺は、扉に向かって走り出した。 

 扉に手を掛けようとしたその時、向こうから扉が開いた。 

 

 

「おお、勇者よ! 死んでしまうとは情けない!」 

 

 また、死んだのか? 

 しかも、扉に激突して……。 

 と、それよりも! 

 再び走り出そうとする俺を、オッサンが呼び止める。 

 

「待たんか! 先程、兵士より報告があった」 

 

 さっき俺を殺したのは、そいつか。 

 

「竜王の城が崩壊し、闇が噴き出しておるそうだ」 

 

 オッサンと共に、屋上へと出る。 

 海の向こうに見えていたはずの城が跡形も無い。 

 空は闇に閉ざされ、太陽の光も届かない。 

 それなのに、夜よりも深い闇の塊が城のあった場所にわだかまっている。 

 おそらく、アレが魔王の本体なのだろう。 

 皆は、皆は無事なのか? 

 シアちゃん、姫、リバスト、ついでにサイモン。 

 ん? 今、何か光ったような? 

 

「オッサン! 今、何か光らなかったか?」 

 

 傍らのオッサンに尋ねる。 

 

「何も……。ん? いや、何か見えるな」 

 

 オッサンが話している間にも、光が瞬く。 

 あれは、呪文の光だ! 

 皆、生きてるんだ! 

 そして、戦っている。 

  

「オッサン! ここから先は何が起こるかわからない。街の人間を連れて、出来るだけ遠くへ避難してくれ」 

 

「おぬしはどうする?」 

 

「もちろん、アレと戦うのさ」 

 

 指差す方向には、黒い影。 

 オッサンは、一度だけソレを見て、俺の方へ顔を向ける。 

 

「勝てるのか?」 

 

 娘の事が気になっているだろうに、一言も口に出さず、そんな事を言う。 

 だから、俺もそれに応える。 

 

「勝つさ。俺達は強いからな」 

 

 呪文を唱える。 

 そして、仲間達のもとへと飛んだ。 

 

 

 光が見える。 

 小さなソレは、戦場を照らし、仲間達の無事を教えてくれる。 

 あれは、シアちゃんの創った魔法の光だろう。 

 果敢に闇の塊に斬りつける姫の姿が見える。 

 絶え間なく援護に走るリバストの姿も。 

 そして、それに追従するサイモンの影。 

 シアちゃんは、少し離れたところから呪文で攻撃している。 

 城から見えたのは、この光だったのだろう。 

 

「イオナズン!」 

 

 一際大きな爆発が辺りを揺るがす。 

 心なしか闇が削り取られたかのように見える。 

 俺は、さらに後方に降り立つと、彼女に向かって走った。 

 

「シアちゃん!」 

 

 俺の声が聞こえたのか、彼女が振り向く。 

 

「遅いぞ、あるじ!」 

 

 声を荒げる彼女に走りより、強く抱きしめる。 

 

「な、何をするか!」 

 

「良かった、皆無事で、本当に良かった」 

 

 彼女の小さな身体は、腕の中にすっぽりと納まる。 

 その感触に、涙があふれそうになる。 

 

「あるじ……」 

 

 そんな俺の様子に、彼女はそっと身体をあずけてくる。 

 くちびるが触れ合おうとしていたその時。 

 

「アリシアさまばかり、ずるいですわ!」 

 

 疾風が飛び込んできた。 

 姫は、俺とシアちゃんを引き剥がすと、俺の腕の中に入ってくる。 

 

「さあ、続きを……」 

 

「邪魔をするでないわ!」 

 

 また、喧嘩モードに入ってしまった。 

 

「さすがに、戦闘中にそ、そういうコトをするのは、ちょっと――」 

 

 女性に免疫が無いリバストは、口にするのも照れるのか、微妙にどもりながら俺を諭す。 

 

「おのれ、勇者め。見せつけおって」 

 

 サイモンは妙に反抗的だ。 

 話によると、彼女いない暦300年らしい。 

 さもありなん。 

 

 

「勇者よ、これで世界は闇に堕ちる。貴様等のやった事は、全て無駄に終わるのだ」 

 

 相手をしてくれない俺達に、しびれを切らしたのか、突然魔王が語り出す。 

  

「全ての生命を生贄にし、この世を絶望で覆い尽くしてやろう!」 

 

 今更、そんな脅し文句で俺達が引き下がるとでも思ってんのか? 

 俺は、シアちゃんと姫を抱き寄せ、魔王に告げる。 

 

「悪いが、俺達の未来はもう決まっている。俺は彼女達と、光あふれる世界で生き続ける!」 

 

「勇者さま……」 

 

「あるじ……」 

 

 リバストとサイモンも、追従するように叫ぶ。 

 

「まだ見ぬ、年上のお姉さんのために!」 

 

「女日照りにピリオドをうつために!」 

 

 いや、お前ら、さすがにそれはどーかと思うぞ。 

 

「滅びこそ、我が喜び。死に行く者こそ美しい。さあ、我が闇の中で息絶えるが良い」 

 

 世界を天秤にかけた、最後の戦いが始まった。 

 

 

 リバストと姫とシアちゃんの呪文が乱れ飛ぶ。 

 サイモンは身を守っている。 

 

「おい、コラ。攻撃くらいしろよ、サイモン」 

 

「はっ、貴様に言われたくないわ。大体、この姿で攻撃方法があるなら、鎧を纏う必要もあるまいが」 

 

 くっ、ムカつくが、確かにその通りだ。 

 俺の攻撃力の無さは身にしみてわかっている。 

 やりようが無くも無いが、一度死んでやり直しになったからな。 

 魔力が根本的に足りない。 

 ちびちびとマホトラで削るとするか。 

 

  

 戦闘が始まってから一体どれだけの時間が流れたのか。 

 辺りは闇に包まれ、今が昼なのか夜なのかさえ定かではない。

 くそっ、あれからどれだけ攻撃したと思っている! 

 いい加減に倒れやがれ! 

 

「その程度でわしに勝とうとは、笑わせてくれる」 

 

 前線で動いていたリバストと姫は、完全に息が上がってしまっている。 

 後方で支援していたシアちゃんさえも、肩で息をしているほどだ。 

 サイモンも、リバストを庇ってダメージを受けている。 

 無傷で体力が残っているのは、俺だけ。 

 だが、決定打が無い。 

 

「では、こちらから行くぞ」 

 

 逡巡しているうちに、魔王が動き出す。 

 闇がわだかまり、腕のような物を形成されたのが見て取れた。 

 

「マヒャド」 

 

 呪文を紡ぐと同時に無数のつららが空中に生まれ、前線にいるふたりに降り注ぐ。 

  

「フ、フバーハ!」 

 

 リバストが力を振り絞って呪文を唱えるが、完全には相殺しきれない。 

 光の幕を貫いた幾つかの氷柱が姫とリバストを襲う。 

 呪文の衝突で霧が発生したために、ふたりの様子はわからない。 

 と、姫が霧を突き抜け、魔王に斬りつける。 

 しかし、それを予想していたのか、あっさりと身をかわし、闇の腕を叩きつける魔王。 

 少女は地面を跳ねながら俺達の方に飛ばされてきた。 

 

「姫!」 

 

 仰向けに倒れた姫は、全く動かない。 

 最悪の予想が頭をよぎる。 

 そんな状態の姫に、サイモンがふよふよと近付く。 

 

「気を失っているだけだ」 

 

 その言葉に胸を撫で下ろす。 

 そういえば、リバストはどうした? 

 先程までの霧は、魔王の動きで霧散している。 

 そして、青年の姿はそこにあった。 

 地面に手をつき、かろうじて倒れてはいない。 

 だが、戦闘不能であることは見て取れる。 

 

「おのれ、魔王!」 

 

 シアちゃんが両手に魔力の輝きを湛え、走り出す。 

 だめだ、シアちゃん! 

 そんな彼女を、俺は追いかける。 

 

「イオナズン! メラゾーマ!」 

 

 続けざまに放たれる呪文を意に介さずに、魔王の影がシアちゃんに迫る。 

 間に合わない! 

 

「ルーラ!」 

 

 目標は、シアちゃんだ。 

 魔王の攻撃が届く前に、彼女を腕の中にさらい、地面に触れるや否や、再びルーラでサイモンの所に戻る。 

 

「あ、あるじ?」 

 

 呪文の同時使用で一時的に魔力を使い果たしたシアちゃんをサイモンに預け、ロトの剣を手に取る。 

 

「あっという間に、貴様一人になったな、勇者よ。くっくっくっくっ」 

 

「まだ、負けたわけじゃない」 

 

 剣を構え、呪文を唱える。 

 

「ルーラ!」 

 

 剣を掲げたまま、一直線に魔王に突っ込む。 

 さすがに進路を読まれていたようで、体を傾けてかわす。 

 けど、まだ終わりじゃない。 

 

「ルーラ!」 

 

 再び呪文を唱え、進路を変える。 

 ここまでは予想していなかったのか、剣が魔王の体を掠める。 

 そして、再びルーラ。 

  

 何度も繰り返し、魔王の体にはダメージが蓄積していく。 

 しかし、同時に俺の魔力も少しずつ失われる。 

 

 そして、限界が訪れた。 

 

「ルーラ……!」 

 

 呪文が発動しない。 

 俺の身体は空中にあったため、タイミングをつかみ損ねた俺は、地面に叩きつけられる。 

 

「あるじ!」 

 

 シアちゃんの悲痛な叫びが聞こえる。 

 俺は、彼女の声を、剣を支えにして立ち上がる。 

 

「ほう、まだそんな力が残っているのか?」 

 

「当たり前だ。なぜなら俺は、勇者だからな!」 

 

 実際には力なんざ、これっぽっちも残ってない。 

 気力だけで身体を奮い立たせる。 

 

「ならば、貴様も落ちるがいい! かつての勇者と同じ場所へな!」 

 

 魔王が何かを呟くと、空間に亀裂が入る。 

 そこには、暗黒の淵が覗いていた。 

 

 俺はここまでなのか? 

 魔王の体越しに、生まれ故郷の街が見える。 

 皆は今、どうしてるんだろうか? 

 今までに出会った人々の顔を思い浮かべる。 

 オッサンに門番、衛兵や呪文屋のお姉さん。 

 酒場の店主や宿屋の主人、俺を育ててくれた武器屋の親父。 

 もうこの世にはいない、父さんと母さん。 

 そして、共に戦ってくれた仲間と、愛するふたりの女性。 

 

「まだだ! まだ俺は戦える! 惚れた女の一人や二人、守れなくてどうする!」 

 

 俺は、最後の力を振り絞って、剣を上段に構える。 

 そして、振り下ろそうとしたその時、声が響いた。 

 

「ギガデイン!」 

 

 叫びと共に、幾条もの電撃が魔王の体に絡みつく。 

 姫が目を覚ましたのかと思った。 

 しかし、違った。 

 電撃は、空間の裂け目から発せられていた。 

 

「ま、まさか、まさか、そんな事があるはずが無い!?」 

 

 魔王は、これまでに無いほど動揺を見せている。 

 ふと、亀裂の縁に中から手が掛かる。 

 

「ようやっと、開いてくれたな」 

 

 そして、一人の青年が姿を見せる。 

  

「アルス!?」 

 

 シアちゃんの声が正体を教えてくれた。 

 闇に消えた、伝説の勇者の復活だった。 

 

 

「よっ、久しぶりだな、アリシア」 

 

 青年は、軽い口調でシアちゃんに話しかける。 

 この人は、状況を理解しているんだろうか? 

 

「久しぶりも何も、あれから300年も経っておるわ! ふざけた事を言っておらんで、さっさと手伝わぬか!」 

 

 青年は「げっ、マジ?」と呟きながら、俺の方を向く。 

 

「ソイツを持ってるって事は、俺の子孫なんだろうな」 

 

「多分な」 

 

 それだけを答える。 

 

「なら、力を貸してやるから、お前が倒せ」 

 

「ああ、もとよりそのつもりだ」 

 

 その返答に、伝説の勇者は笑う。 

 

「いい返事だ」 

 

 何故か、力がわいてくる。 

 目の前に青年が立っている。ただ、それだけで力が満ちてくる。 

 

「久しぶりで悪いが、さよならだ、魔王」 

 

 アルスの呪文が魔王を撃つ。 

 

「ギガデイン!」 

 

 そして、俺は心に浮かんだ呪文を解き放つ。 

 

「ギガソード!」 

 

 上段に構えた剣に天から雷が降り注ぎ、天地を結ぶ巨大な光の剣となる。 

 俺は、それを思い切り振り下ろした。 

 光の剣は、空を覆った闇を切り裂き、そのまま魔王をも切り裂いていく。 

 

「おのれ、勇者どもめ……。だが、光ある所、必ず闇もまたある……。再び闇が現れた時、お前達はもう生きてはいまい。はははは……」 

 

「その時はまた、俺達の子孫がやってくれるさ」 

 

 魔王の身体を構成していた闇の粒子が散っていくのを見ながら、俺の意識も暗転していった。 

 

 

 暖かい。 

 目を開くと、青空が見える。 

 そして、久しぶりの太陽も。 

 ふと、光が翳る。 

 

「勇者さま?」 

 

「目が覚めたか、あるじ?」 

 

 そこには、愛する女性達の顔。 

 血や泥にまみれ、それでいてとても美しい。 

 まさに、太陽に勝るとも劣らない。 

 

「目が覚めたか?」 

 

「若様に心配を掛けるな」 

 

 身体を起こすと、近くにはリバストと、どこからか鎧を調達してきたのだろうか、さまよう鎧に戻ったサイモンの姿があった。 

 

「アルスは?」 

 

 そう尋ねると、サイモンがあごをしゃくる。 

 そこには、瓦礫に座り、俺達をまぶしそうに見詰める青年の姿があった。 

 

「アリシア、いい仲間を見つけたな」 

 

 シアちゃんに話しかける青年。 

 

「ああ、わらわにはもったいないくらいじゃ」 

 

 彼女はそれに笑顔で答える。 

 

「アリシア、リィネは幸せだったか?」 

 

 ふいに、真面目な表情で尋ねるアルス。 

 

「さあのう? 幸せとは、その人物の主観で決まるものじゃ。リィネが幸せだったかはわからぬ」 

 

 とぼけるように答える少女。  

 

「しばらく見ないうちに、理屈をこねるようになったな」 

 

「当たり前じゃ。もうおぬしより300才も年長なのだぞ」 

 

「そういえば、そんな事も言ってたな」 

 

「……リィネは、笑っておった。いつどんな時でもな。それでは答えにならんか?」 

 

 アルスは、シアちゃんに歩み寄る。 

 

「いや、充分だ。ありがとう、俺のわがままに付き合ってくれて」 

 

 青年は、少女の頭をそっと撫でる。 

 

「いい女になったな、ちっちゃいまんまだけど」 

 

 少女はその手を払い、杖を振り回す。 

 

「一言多いわ! それより、おぬしはこれからどうするんじゃ?」 

 

 青年は、思案するように上を向き、答えた。 

 

「旅にでも出るかな」 

 

 そして、シアちゃんの方に手を伸ばす。 

 

「一緒に行かないか、アリシア?」 

 

 シアちゃんは、それに応えるように手を伸ばし、しかし、アルスの手を払う。 

 

「すまぬが、わらわは行けぬ。この情けなくて弱い、けれども誰よりも強い男を愛してしもうたからの」 

 

 どこか矛盾することを言いながら、彼女は俺の手を取る。 

 そして、俺もその手を強く握りかえす。 

 

「じゃあ、俺はまだ見ぬいい女を探しに行くとするか。じゃあな、俺の妹を泣かせるんじゃないぞ」 

 

 そう言い残し、伝説の勇者は去って行く。 

 その後姿に、俺は声を掛けた。 

 

「アンタも程々にしとけよ、ご先祖さま!」 

 

 彼は振り向かずに、ヒラヒラと手を振って消えていった。 

 

 

「まずは、地下を掘り起こさねばなりませんな」 

 

「そうだな。父上の亡骸を弔わなければな」 

 

 リバストとサイモンは、しばらくこの地に留まるそうだ。 

 数少ない配下の魔物を総動員して、再建を進めるらしい。 

 例の約束は、それからということだ。 

 

 そして、俺達は……。 

 

「さあ、そろそろ帰ろうか、俺達の街へ」 

 

「お父様が首を長くして待っておりますわ」 

 

「うむ、勇者の凱旋じゃ」 

 

 呪文を唱える。 

 

「ルーラ!」 

 

 身構えるが、何も起こらない。 

 時間だけが過ぎていく。 

 そういえば、魔力がスッカラカンだったことを思い出した。 

 何となく気まずい。 

 

「……ひょっとして、魔力切れか?」 

 

「……勇者さま?」 

 

 非難の目が集まる。 

 

「ゴメン、シアちゃん。お願い」 

 

 少女達は呆れたように笑う。 

 

「まったく、最後まで締まらん男よの」 

 

「これでこそ、勇者さまですわ」 

 

 結局、シアちゃんの呪文で、俺達は日常への帰還を果たしたのだった。


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