ああ、無情。   作:みあ

3 / 32
第三話:一筋の光明

 980ゴールドもした、伝説の武器が使えない代物だった。 

 この事実は、俺の心に暗い闇をもたらした。 

 そんなどん底にいた俺にも遂に一筋の光明が。 

 そう、それは呪文。 

 俺は勇者なんだ! 

 ならば、魔法が使えてもおかしくないだろう。 

 でも、どうやったら使えるんだ? 

 

  

「で?」 

 

 玉座に座っているオッサンは、手に持った剣をもてあそびながら、冷たくのたまった。 

 ……何か間違ったことを言ってしまったのだろうか? 

 

「いや、だから、呪文はどうすれば使えるのかと」 

 

 先程の質問をもう一度繰り返す。 

  

 どくばり事件の後、何度もスライムとの死闘を繰り広げ、最近は死ななくなった。 

 少し遠出をしてみようと林に足を踏み入れた所で、スライムベスに出会ってしまった。 

 スライムの見た目そのままに体色が青から赤へと変わった姿。 

 ただの色違いだろうと油断したのがいけなかった。 

 久しぶりに死んでしまったのだ。 

 このままではいけないと街の住民に話を聞いた所、勇者といえば魔法だというのだ。 

 そういえば、昔語りに聞いた勇者ロトの伝説も剣と魔法の物語だったはずだ。 

 剣は余裕があったら買うとして、問題は魔法だ。 

 魔法の覚え方など、誰に聞いても知らないという。 

 だからこうして、二度目の挑戦に失敗したついでに話を聞きに来たんだが。 

 

「今、何時だと思ってる?」 

 

「朝の3時だが?」 

 

 ああ、そうか。 

 前に、夜中に来るなと言われたな。 

 だが、待てよ。 

 

「今は朝だ。夜中じゃない」 

 

 その一言が余計だったのか、オッサンはゆっくりと立ち上がると、俺の目の前まで歩いてきた。 

 何のつもりだ? 

 俺がいぶかしんだのも束の間、無言で俺を一刀の下に切り捨てた。 

 ……あんた、実は相当つえーんだろ。 

 次第に暗くなる視界の隅に、スゲー笑顔の王様が見えた。 

 

 

「おお、勇者よ! 死んでしまうとは情けない!」 

 

 あんたが殺したんだろうが! 

 だが、その叫びは封じられていた。 

 素敵な笑顔のまま、首に剣を突きつけていたからだ。 

 

「あーー、次からは気を付けることにする」 

 

 後で聞いたことだが、昔、このオッサンは獅子王と呼ばれていたほど、武勇に優れた人物だったらしい。

 ただ、この時の俺はそんな事など全く知らなかった。 

 

「ふむ、よろしい。先程の話だが、正午までには手配しておく」 

 

 オッサンは、剣を手に持った鞘に収めると、衛兵を呼びつけた。 

 そして、畏まる衛兵にとある命令を申し付ける。 

 

「勇者殿を特別室に案内してくれ。正午まで、絶対に外に出すでないぞ」 

 

 特別室? やっと部屋を用意する気になったか。 

 この時の俺は、多分喜んでいた。外出禁止など気にも留めなかったほどに。

  

 

「なんだココは?」 

 

「勇者様のお部屋です」 

 

 地下を何階も降りた先、鉄の扉には確かに『勇者の部屋』というプレートが掛けられている。 

 辺りは暗く、衛兵の持ったたいまつが無ければ、自分の手も見えないだろう。 

 そんな空間だった。 

 

「では、勇者様。 朝食はお持ちしますので、ごゆっくり」 

 

 衛兵は、扉を閉めるとたいまつを持ったまま元来た道を戻っていった。 

 呆然と見送ってしまった俺の目の前で、重そうな鉄の扉が閉まる。 

 

「なんだこりゃ。あ、開かねー。テメー、たいまつは置いてけーー!!」 

 

 真っ暗な部屋の中。 

 叫んでも、聞こえるのはただ自分の声。 

 俺は、いつのまにやら眠っていた。 

 

 

「勇者様、勇者様、朝食をお持ちしました」 

 

 体が揺さぶられる。 

 くあー、良く寝た。 

 でも、石畳ってのは寝にくいもんだなあ。 

 あー、体痛えー。 

 

 目覚めた俺が見たのは、ここに連れて来た衛兵とは違う、どこかで見たことのある若い兵士だった。

 

「あれ? あんた、どっかで会った事ねえか?」 

 

 俺の問いに、男は体を震わせると「もしかして、ナンパですか?」とステキな事をのたまった。 

 俺は無言でそいつを殴り倒した。 

 

 

「……冗談ですよ、勇者様。先日は、大変失礼なことをしてしまいまして、申し訳ございません」 

 

 そうか、冗談か。もう少しで伝説の武器を発動する所だったぞ。 

 と……先日? 俺に失礼なことをした兵士というと……? 

  

「ああ! 俺を刺し殺した兵士か!」 

 

「ええ、その節は本当に申し訳ありませんでした」 

 

 土下座をするような勢いで、何度も頭を下げる。 

 

「気にすんなって。お前は職務だったんだし、俺は死に慣れてるしさ」 

 

「なんて寛大な人だ。……僕、一生勇者さまについていきます!」 

 

 勇者は、従者を手に入れた!  

 連れて行きますか?     ⇒いいえ 

 

 男を連れ歩きたくなかった俺は、断ることにした。 

 

「その申し出はありがたいが、お前を連れて行くわけにはいかない」 

 

「何故ですか?! 勇者様!」 

 

「この旅は、本当に危険なんだ。それに、もしも魔物が街に攻めてきたらどうする? 兵士の仕事は力無い民衆を守ることだ。勇者を守る事じゃない」 

 

「ですが!」 

 

 反論しようとする男を押し止め、俺は言った。 

 

「勇者の仕事は世界を護る事。その中には、お前も含まれてるんだぞ」 

  

 うおっ、今なんかカッコいいこと言っちまったか?! 俺! 

 

「わ、わかりました勇者様。僕はいつまでもお待ちしています!」 

 

 俺はその時、自分の言葉に含まれていたある事に全く気付かなかった。 

 

 

「勇者よ、一つ尋ねたいことがあるのだがのう」 

 

 約束の時間、俺は玉座の間に通された。 

 呪文の事についてらしい。 

 いくつか打ち合わせをして、帰ろうとした時、オッサンが俺に話しかけてきた。 

 

「何だ? 俺は忙しいんだが」 

 

「城の兵士にプロポーズしたというのは、本当か?」 

 

 突然、何言いやがるんだ、このオッサンは。 

 

「いやなに、朝食を運ばせた兵士の様子がおかしくての。事情を聞いたら、そう言ったんじゃが」 

 

「バカな事を言うな! 俺の趣味は、10才から18才までの若くて可愛い女の子だ! 決して、男などに言い寄るものか!」 

 

 ……待てよ? まさか、アレか? 

 

「……勇者よ、いくらなんでも10才からはまずいじゃろう?」 

 

 そんなことはどうでもいい。 

 とりあえず、あの時の会話を包み隠さずオッサンに話した。 

 

「……さすが勇者じゃな。 ワシのような一般人では到底及ばんよ」 

 

 勇者を切り倒す一般人がどこにいる。 

 普段なら、そう突っ込んだところだが、今の俺は抜け殻だった。 

 

「ああ、もう、死にたい……」 

 

「構わんぞ。どうせココに戻ってくるんじゃ」 

 

 その言葉に、俺はただ涙するしかなかった。 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。