ああ、無情。   作:みあ

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第三十一話:結婚式

 船に揺られて、俺達は何処に行くのだろう。 

 姫は剣術の鍛錬。 

 シアちゃんは何が楽しいのか、海の中を覗き込んでいる。 

 そして、俺は遠ざかる故郷をじっと眺めていた。 

 

 

「オッサン! ローラとの結婚を許してくれ!」 

 

 いつもの玉座の間。 

 俺は、玉座に座るオッサンに頭を下げている。 

 

「ならん!」 

 

 オッサンの態度はつれない。 

 うむ、頼み方が悪かったのかもしれないな。 

 

「娘さんを俺にください!」 

 

「駄目じゃ!」 

 

 これも駄目か。 

 ならば……。 

 

「僕は死にましぇん!」 

 

「嘘をつけ!」 

 

 一刀のもとに斬り捨てられた。 

 文字通り、一瞬で距離を詰めたオッサンの手によって。 

 

「おお、勇者よ。死んでしまうとは情けない」 

 

 その声に、意識が引き戻される。 

 俺を見下ろすオッサンの眼は限りなく冷たい。 

 当然、見上げる俺の視線も冷たい。 

 

「あのな、オッサン……」 

 

 さすがに文句の一つも飛び出しそうになる俺を、姫が止める。 

 

「お父様! 勇者さまと私は、既に夫婦の契りを交わしております! いくらお父様が駄目だとおっしゃっても、私は勇者さまと添い遂げます!」 

 

 その言葉に、オッサンの絶対零度の視線が、灼熱の怒りに変わり始める。  

 

「ほほう、それは本当のことか?」 

 

 声は冷静だが、眼が怖い。 

 手は既に、剣に掛かっている。 

 

「い、いや、それがな、覚えてないんだよ」 

 

 余りの恐怖に、つい本当の事を洩らしてしまう。 

  

「そんな、ひどい! あの熱い夜を忘れてしまったのですか? 私、初めてでしたのに……」 

 

 覚えてねー! マジで覚えてねー! 

 困惑する俺をよそに、オッサンの怒りはどんどん盛り上がっており、姫の嘆きも強くなっていく。 

 だが、ここで気付いた。 

 シアちゃんがえらく静かだという事に。 

  

「私、勇者さまとおはようのキスまでいたしましたのに……」 

 

 それは、確かにした。それは、覚えてる。 

 俺は思わずうなずく。 

 

「あるじ」 

 

 シアちゃんの俺を呼ぶ声が、その場の時を止める。 

 

「何かな、シアちゃん?」 

 

 シアちゃんの顔は拗ねているように見える。 

 

「生娘の戯言は放っておくとして、その、おはようのキスの話は本当か?」 

 

「えっ、あ、うん、本当だけど」 

 

「……わらわはしてもらった事が無い」 

 

 呟くように言い、そっぽを向く。 

 その初々しさに愛しさを覚える。 

 

「今度、ね」 

 

「うむ。約束じゃぞ」 

 

 頬を真っ赤に染めたシアちゃんはとても可愛かった。 

 ……って、ちょっと待て! 

 今の会話の中に、重要な単語が無かったか? 

 

「……生娘?」 

 

 そうだ、生娘だ。 

 生娘って、確か処女の事だよな。 

 

「俺、ローラに手を出してないってことだよな?」 

 

 シアちゃんに確認を取る。 

 

「そのくらい、匂いですぐに判る。たとえば、あるじが、わらわと契った時には、既に童貞では無かった事とかのう」 

 

「ぶーーーー!」 

 

 知ってたのか?!  

 い、いや、知っていたとしても、シアちゃんが何かするとは思えないが。 

 今までだって、言わなかったんだし。 

  

 ふと、横目でローラの様子を窺う。 

 やばい、目が合った。 

 笑ってる。笑ってるよ、おい。 

 底冷えのする眼差しで俺を見詰めながら、口元はにこやかに笑っている。 

 明らかに、怒り心頭の状態だ。 

 

「今の話は本当ですの?」 

 

 『本当です』素直に口にしそうになるが、その言葉を必死に押し止める。 

  

「あーー、まあ、その、俺の事は後にするとして」 

 

 咄嗟に話を逸らそうとする俺に、3人の視線が集まる。 

 うう、やりにくい。 

 

「オッサン! 聞いてたんだろ? 俺は、ローラには手を出してない!」  

 

「確かに、娘には手を出しておらんようだな」 

 

 しかし、次の瞬間、希望は絶望に変わった。 

 

「だが! 他の娘には手を付けているようだな」 

 

 シアちゃんは真っ赤になってうつむいてしまう。 

  

「オッサンには悪いけど、俺はふたりの事を心の底から愛している。もう、一生手放すつもりは無い!」 

 

 俺は、オッサンに宣言する。 

  

「良かろう! ならば、わしの屍を越えて行け! わしを地に這わせる事が出来れば、認めてやろう!」 

 

 叫びながら剣を抜くオッサン。 

 俺は、それに応えて杖を……、あれ? 

 いかずちの杖はどこに行った? 

 そういえば、シアちゃんに渡したきり、返してもらった覚えが無い。 

 

「ちょっと待った! オッサン、素手でやらないか?」 

 

「……まあ、良かろう。すぐに終わっては面白くないからな」 

 

 ……怖いぞ、オッサン。 

 オッサンは剣を鞘におさめて、玉座に置く。 

 

「では、行くぞ」 

 

「血の海に沈めてやる」 

 

 男の意地をかけた闘いが始まった。 

 

 

 あれから、5時間が経った。 

 何度も殺され続けた俺だが、さすがにオッサンにも疲れが見え始めた。 

 俺の方はと言えば、死ねばリセットされる身。 

 いつでも体力は満タンだ。 

 

「……おお、勇者よ。死んでしまうとは、…情けない」 

 

 もう、息も絶え絶えだ。 

 チャンスは今しかない!! 

 

「メラ!」 

 

 しかし、俺の指先から飛び出した火球は、オッサンの顔をかすめて背後の壁に炸裂する。 

 その瞬間、オッサンが壮絶な笑みを浮かべ、真っ直ぐに突っ込んでくる。 

 あの笑みは、怒りの証。 

 怒りで我を忘れているようだ。 

 

「かかったな! ヒャド!」 

 

 俺は、地面に氷の呪文を唱える。 

 

「ぬおっ?!」 

 

 真っ直ぐ突っ込んできたオッサンは、凍った地面に足を取られて、顔面を打ち付ける。 

 しばらく、沈黙が辺りを支配した。 

 

「勝負あり! この勝負、勇者様の勝ちとする!」 

 

 いつのまにか審判をしていた衛兵が叫ぶ。 

 って、本当にいつのまに現れた? 

 疑問を抱えながらも、さすがに気力を使い果たした俺はその場に座り込む。 

  

「勇者さま!」 「あるじ!」 

 

 じっと見守ってくれていた少女達が俺に駆け寄ってくる。 

 

「勝ったよ」 

 

 そう告げる俺に、ふたりは口々に賛辞を送る。 

 

「さすが、勇者さまですわ。あのような策、私では到底思いつけませんわ」 

 

「うむ、常人では考え付かぬな。さすが、あるじじゃ」 

 

 賛辞……、だよな? 

 

「勇者よ……」 

 

 倒れ伏していたオッサンが、仰向けになって俺を呼ぶ。 

 

「なんだよ、オッサン?」 

 

 俺は、オッサンに顔を向ける。 

 

「ローラを幸せにしろよ、馬鹿息子め」 

 

「そんな事は言われなくてもわかってるよ、クソ親父が」 

 

 こうして、俺達の結婚は認められた。 

 

 

「そういえば、気になってる事があるんだけど」 

 

 船上で剣を振っているローラに話しかける。 

 

「なんですか?」 

 

 剣を止め、こちらを見るローラに問い掛ける。 

 

「あの時の宿の主人、どうした?」 

 

 ローラが裸で横に寝ていたときに泊まった宿の主人の事だ。 

 シアちゃんのおかげで、俺の疑惑は晴れたわけだが、無かったはずの事で責められた主人はどうなったのだろう? 

 ローラの脅しのせいで、かなり消耗していたのか、あれから一度も会えてないんだが。 

 

「あの方ですか? きちんと後始末は付けておきましたわ♪」 

 

 ……何をしたのか、聞くべきだろうか? 

 いや、いやいやいや、聞かないほうがいいな、うん。 

 

「そ、そうなんだ。はは、良かった良かった」 

 

「ええ、今頃は、温泉の村で優雅な隠居生活を送っていらっしゃるでしょうね」 

 

 はい? それは、どういう意味ですか? 

 

 後日、宿の主人もグルだった事が判明する。 

 ちくしょう、俺のなけなしの50ゴールド返しやがれ。

 

 

 俺達の結婚式が大々的に行われた。   

 城には、大勢の来賓が呼ばれ、祝福を受けた。 

 その中には、リバストと、その妻となった、呪文屋のお姉さんの姿もあった。 

 

「勇者よ、お前には本当に感謝している」 

 

「ええ、おかげでこんな良い旦那さまに出逢えたんだもの」 

 

 あれからほとんど日数が経ってないんだが、いつの間にそんなに仲良くなったんだ? 

 仲睦まじいふたりの姿は、出逢って数日とは思えない。 

 

「じゃあ、呪文屋を壊した事は不問にしてくれるんだね」  

 

「それはそれ、これはこれよ」 

 

 満面の笑みを浮かべて言い放つ彼女に、リバストも追従する。 

 

「この国の王になれば、そのくらいの事は容易じゃないのか?」 

 

 そりゃまあ、お姫様と結婚するんだし、やがては王様になるんだろうな。 

 でも、王様なんて柄じゃないよな。 

 だから、俺としては……。 

 考え込む俺をリバストは不思議そうに見ている。 

 口を開こうとした俺の声を、歓声が掻き消す。 

 そちらを見ると、主賓の一人が化粧直しをして戻ってきたようだ。 

 

「勇者さま、どうですか?」 

 

 純白のドレスに身を包んだ彼女は、まさに純真無垢。 

 とても戦場で鬼神のように剣を振るっていたとは思えない。 

 

「ああ、とても綺麗だよ」 

 

 その言葉に、太陽のような笑顔を見せてくれるローラ。 

 

 またもや、歓声が上がる。 

 どうやら、もう一人の主賓も戻ってきたようだ。 

 

「一人で先に行くでないわ!」 

 

 現れて早々、ローラに文句を言う。 

 どうやら、同時に登場する手はずになっていたらしい。 

 

「シアちゃんも、とても可愛いよ」 

 

 薄い青色のドレスが、銀髪と相俟って涼やかな印象を与える。 

 彼女が過去に魔王と呼ばれた存在だと誰が考えようか。 

 

「そ、そのような事は口に出すでない」 

 

 頬を真っ赤に染めて照れる彼女は可愛いとしか言い様が無い。 

 

「これで、魔王を倒したメンバーが勢揃いしたわけだな」 

 

 リバストの言葉に、ローラとシアちゃんがうなずく。 

 そうか? 一人足りないような気がするんだが。 

 まあいいか、居ても居なくても些細な事だ。 

 

「さて、ご来場の皆様。ご歓談中の所、申し訳ありませんが、国王様から重大発表がございます」 

 

 司会が突然、そんな事を言い出す。 

 途端に畏まる招待客達。 

 常と変わらないのは、俺達だけだ。 

 

「皆の者、今宵は祝いの席。そのように畏まらずとも良い」 

 

 オッサンは、そう言うと俺達に前に出るように言う。 

 一体、この期に及んで何の用だ。 

 

「おぬしたちのおかげで、この世界は救われた。礼を言おう。本当にありがとう」 

 

 歓声と拍手が俺達を包む。 

 なんか改めて言われると照れるな。 

 

「褒美といってはなんじゃが、竜王リバスト殿とは、永遠の同盟を結ぼうと思う。問題はあるまいな」 

 

「ええ、もちろんです」 

 

 オッサンとリバストが握手を交わす。 

 再び、歓声が辺りを包む。 

 

「そして、勇者よ。おぬしには、わしに代わってこの国を治めて欲しい。やってくれるな」 

 

 人々の目が俺に集中する。 

 オッサンの目は、真剣にこちらを凝視している。 

 そして、俺の返答は……。 

 

 

 その答えが、船の上だ。 

 あの時、俺がそう答える事を、皆、気付いていたのかもしれない。 

 招待客は驚いていたようだが、ローラもシアちゃんも、そしてオッサンさえも何も言わなかった。 

 そして、一ヵ月後。 

 俺達と共に行く事を希望した者達と、船に乗り込んだ。 

 

「勇者よ、我らは何処に居ようとも親友だ」 

 

 別れ際のリバストの言葉だ。 

 そして、俺は彼に一振りの剣を手渡した。 

 

「親友の証として、これをお前に預ける」 

 

 鞘におさめられたロトの剣が、親友の手に委ねられる。 

 

「良いのか?」 

 

「ああ、俺達で決めた事だ。未来で何かあったら、勇者に授けてやってくれ」 

 

 こうして、俺達は別れた。 

 

 

「勇者よ、おぬしの我が侭を聞いてやったのだ。一つ約束してもらう」 

 

「何だよ、オッサン?」 

 

「これから先、わしにあの台詞を言わせたら、問答無用で地下牢に入ってもらう」 

 

 死んでしまうとは情けないってか? 

 この先、死ぬような事なんてありゃしないよ。 

 なんたって、俺には最強の妻達が居るんだし。 

 

「ああ、わかったよ。約束する」 

 

 そして、オッサンとも別れた。 

 

 

「勇者様、何か仕事はございませんか?」 

 

 船の上、そう声を掛けてくる男の姿。 

 そう、魔王との戦いの前、オッサンに追いかけられていた、あの門番だ。 

 

「特に無い。いいから、お前は奥さんのそばにいてやれ」 

 

「は、はい!」 

 

 船室に駆け込む男を見送って、苦笑する。 

 まさか、あいつが結婚するとは。 

 お相手は、あの時、手紙を渡してきた侍女だ。 

 元々、あのふたりは幼馴染だったらしい。 

 あの事件で、侍女の部屋に匿われ、あいつ曰く、男に裏切られて女に走ったということだが、侍女と良い仲に。 

 そして、めでたくゴールイン、と行きたい所だが、何せアイツは指名手配犯。 

 俺の旅立ちは、まさに渡りに船だったというわけだ。 

 その奥さんは、船酔いで休んでいる。 

 俺とオッサンの事が誤解だとわかっても、奥さんの事は大事なようだ。 

 

 

「やはり、後悔しておるのか、あるじ?」 

 

 何時の間にか、シアちゃんが背後に立っている。 

 

「生まれ故郷を離れるのは、やはり寂しいものですわ」 

 

 ローラもそばに来る。 

 いつまでも、妻達に心配を掛けるわけにもいかない。 

 

「いや、違うよ。俺達の国の名前を考えていた」 

 

 俺は、故郷に背を向け、柵に身体を預ける。 

 

「ローレシアってのは、どうだろう?」 

 

「ローレシアですか?」 

 

「おぬしにしては、良いネーミングじゃのう」 

 

 俺にしては、ってのが気になるが、概ね好評のようだ。 

 

「俺達3人の名前を合わせたんだ」 

 

「『ロー』は、私の名から取ったのですね?」 

 

「そして、わらわは『シア』か」 

 

 ふたりはそれぞれ納得したようにうなずく。 

 

「で、俺の名前から『レ』」 

 

 が、ここで彼女達が揃って首をかしげる。 

 

「そういえば、おぬし、何と言う名じゃ?」 

 

「私も存じませんわ」 

 

 結婚して一ヶ月になるダンナの名前くらい知ってようよ。 

 溜息をつきながら、何となく力が抜けた俺は、更に後ろに体重を掛けながら答える。 

 

「……ふたりとも、ちゃんと覚えておくように。俺の名前は、アレ……、あれ?」 

 

 木材が折れるような音と共に、俺の視界が上下逆になる。 

 そして、次の瞬間、海面に叩きつけられた。 

 

「がぼ、がぼぼぼ……」 

 

 咄嗟の事で、準備のできないまま海に投げ出された俺は、大量の海水を飲んでしまう。 

 その時、海の底に動く何かが見えたような気がしたが、息が続かず海面に浮かび上がる。 

 

「あるじ、これにつかまれ!」 

 

 投げ込まれる浮き輪にしがみつく。 

 こんなところで、オッサンの世話になるわけにはいかない。 

 

「勇者さま、危ない!」 

 

 これ以上、何が起こるというのか。 

 見ると、海の底から何かが急速に浮かび上がってくる。 

 

「大王イカだ!!」 

 

 船員の叫びが聞こえる。 

 あれ? モンスターはリバストの命令で、一切、出て来れないはずなんだけどな。 

 俺の疑問もどこ吹く風、大王イカは触手を伸ばし、巻きついてくる。 

 

「捕まえたぞ、勇者よ。今こそ、我が恨みを晴らしてくれん」 

 

 大王イカの中から声がする。 

 それも、どこかで聞いた事のある声だ。 

 

「お前、まさかサイモンか?!」 

 

「そうだ、忘れていたとは言わせんぞ」 

 

 スマン、すっかり忘れてた。 

 そういえば、川に沈めたままだったよな。 

 どうにかして、鎧から抜け出し、コイツに取りついたらしい。 

 生物を操る要領は、前の魔王との戦いで学んだのだろう。 

 

「勇者さま、そのモンスターと知り合いなのですか?」 

 

 おいおい、覚えといてやれよ。 

 

「サイモンだよ! サイモン!」 

 

 俺の叫びに、シアちゃんが反応する。 

 

「サイモンじゃと? もしかして、彼女いない暦300年、人間時代は弱い弱いと馬鹿にされ、魔物になっても鎧にしがみつくしか能のない、あのサイモンか?」 

 

 あー、これはワザとだな。 

 シアちゃんの言葉はさらに続く。 

 

「女への未練で死に切れず、あのメイド服を着せてみたかったの一念で魔物となったサイモンの事か?」 

 

 あのメイド服には、そんな因縁が……。 

 船上の人々に、哀愁が広がる。 

 

「ググググググゥ……、どこまでも馬鹿にする気か? だが、我が手には勇者がある」 

 

 途端に強気になり、俺を掲げるサイモン。 

 

「魔王を倒した今、世界の加護の無い貴様など取るに足らん。魔王に対する呪いとしての効力も無くなったはずだ。もう生き返る事もあるまい」 

 

 思わせぶりな事を口にするサイモン。 

 

「ちょっと待て! 今のは、どういう意味……」 

 

 そこまで口に出した所で、絶望的な状況に気が付く。 

 見上げると、右腕に雷を纏わせたローラの姿。 

 

「今、お助けします、勇者さま!」 

 

 そして、右腕を振り下ろす。 

 

「ライデイン!!」 

 

 雷光は、サイモンを貫き、俺にまで到達する。 

 

「ぐあぁぁぁあぁ!!」 

 

 断末魔の叫びが辺りにこだまする。 

 皆、覚えておこう。 

 海水は、電気を通しやすい。 

 そして、俺は意識を手放した。 

 

 

「おお、勇者よ! 死んでしまうとは、情けない!」 

 

 あれ、生きてる? 

 サイモンの話だと、死んでてもおかしくないはずなのに。 

 まあ、あれから何度も死んでるんだし、今更って感じはするなあ。 

 

「どしたの、オッサン?」 

 

 なぜか、オッサンが睨み付けてくる。 

 なんかしたっけ、俺? 

 

「約束は、覚えておろうな?」 

 

「約束? ……あっ?!」 

 

 オッサンが立ち上がるのを確認するよりも早く、その場を後にする。 

 

「じゃあな、オッサン!」 

 

 扉を開け、屋上へと走る。 

 

「待て、待たぬか、勇者め!」 

 

 オッサンの声が近付いてくる。 

 光が見えたと同時に呪文を唱える。 

 

「ルーラ!」 

 

 間一髪、間に合ったようだ。 

 背後で悔しがるオッサンの姿が、遠ざかっていく。 

 

 やがて、海上を進む船を見下ろす上空まで辿りついた。 

 船の上には、縮こまってシアちゃんの説教を受けるサイモンとローラの姿がある。 

 サイモンは、例の黒い影の姿だ。 

 アイツも不死身といっても問題は無いな。 

 いつも通りの姿にどこか安心する。 

  

 ローラが俺に気付いたのか、手を振る。 

 シアちゃんも、それに追従するように手を振る。 

 サイモンはどこか不貞腐れている様だ。 

 俺も、彼女達に手を振り返す。 

 

 空は、俺達の旅立ちを祝うかのように青く澄んでいる。 

 これからも苦難が待ち受けている事だろう。 

 だが、彼女達がいれば、どんな所も天国だ。 

  

 目測を誤って、海面に叩きつけられる寸前、俺は心の底からそう思った。 

 

「おお、勇者よ! 死んでしまうとは、情けない!」 

 

 そう、妙に楽しげなオッサンの声を聞くまでは。 

 


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