ああ、無情。   作:みあ

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第八話:魔法使い

 別れの数だけ出会いがあると誰かが言った。 

 確かに、出会いは嬉しいし、別れは悲しい。 

 だけど、それは本当に均等なのか? 

 別れを悲しむより、出会えたことを喜ぼう。 

 そんなことを誰かが言った。 

 だけど、悲しいことは、素直に悲しいと言っても良いと俺は思う。 

 

「のう、あるじ。」 

 

 城下町の夜。 

 シアちゃんが散歩に行きたいというので、一緒に歩いている。 

 いつもなら面倒くさいと断るところだが、何故だろう? 

 今日は断ることが出来なかった。 

 人ごみを抜け、静かな川のほとりに来たところでシアちゃんが呟くように話し掛けてくる。 

 

「なんだ?」 

 

 常とは違う様子に内心驚きながら、何でもないことのように返事を返す。 

 

「空がきれいじゃな」 

 

「ああ、そうだな」 

 

 空には雲ひとつなく、星がきらきらと瞬いている。 

 彼女の瞳は空を見つめながらも、何か別の物を見ているようにも思えた。 

  

「ちょっと、そこに座ろうか」 

 

 そう提案すると、反論することなく、ちょこんとほとりに腰掛けた。 

 俺は、その横に座り、彼女が話し出すまで待った。 

 

「あるじ、勇者の伝説を知っておるか?」 

 

 そう言って、彼女が語りだしたのは、この国の人間なら誰でも知っている勇者ロトの伝説。 

 俺のご先祖様の話だ。 

 だが、俺の知っている話とはいくつか違う所もあった。 

 知り合いから聞いた話だと前置きして、色々な事を教えてくれた。 

 ロトという名は、後世の人間がつけた名だとか、勇者らしからぬ失敗談、数多の冒険談などなど。 

  

 だが、もっとも興味を引いたのが、勇者ロトが元々この世界の人間ではないというくだりだった。 

 なんでも、空に開いた亀裂から落ちてきたというのだ。 

  

「魔王が死んで、空の亀裂は閉じてしまった。その時、勇者はどう思ったろうな」 

 

 そこまで語って、空を見上げた彼女はまるで迷子になった子どものようにも見えた。 

 

「……悲しかっただろうな。置いてきぼりをくらったようなもんだしな」 

 

「そうじゃな。どうにかして帰りたいと、思っても仕方が無いじゃろうな」 

 

 そう言って、彼女はもう一つの話を始めた。 

 勇者ロトの後日談だった。 

 勇者ロトは故郷に母を残し、仲間達もそれぞれ故郷に何かを残してきた。 

 ある者はここで故郷を思いながら暮らすことを選択し、ある者は絶望して死を選んだ。 

 そして、ある者は故郷に帰る術を探して、闇の力に手を染めた。 

 そんな一人の魔法使いの話。 

  

 結局、その魔法使いは帰ることは出来なかった。 

 多くの人間を殺し、さらなる力を求め、新たな魔王となった魔法使いは倒されたのだ。 

 かつての仲間だった勇者の手で。 

 

 魔法使いは、死を覚悟した。 

 けれど、勇者は殺さなかった。 

 どういうやりとりがあったかはわからない。 

 彼女も、そこまではわからないと言った。 

 何を思って、俺にそんな話をしたのかはわからない。 

 けど、俺は彼女に言った。 

 

「実際、その立場に立ってみないとわからないけど、俺も殺さないと思うよ」と。 

 

「なぜじゃ?」 

 

「だって、寂しいじゃないか。 悪いことをしたのは分かるけど、自分の故郷の事を知ってるのは仲間だけなんだぜ。そんな人間がいなくなるのは寂しいと思う」 

 

 シアちゃんは、俺の言葉に「そうか」とだけ答えた。 

 

「わらわはの、もうずいぶんと長く生きてきた。人の中で暮らしたこともあるし、魔物の中で暮らしたこともある。でも、皆、わらわより早く死んでいくんじゃ」 

 

 だから、洞窟の中で一人ひっそりと暮らしていたのだと言う。 

 あの古文書も、シアちゃんが書いたのだそうだ。 

 人との接触を避けるために。 

 

「わらわを退治しようとする者からちょっとだけ血をもらって生き永らえて来たんじゃ」 

 

 どうしてそこまでして? 

 そう問う俺に、シアちゃんは、約束だからとだけ言った。 

 

 だが、待て、ちょっとだけって言ったな。 

 

「俺は思い切り吸われた気がするんだが」 

 

「腹が減りすぎてな。理性が飛んでおった。でも、驚いたのはわらわとて同じじゃ。吸い尽くしても吸い尽くしても、元の姿で現れるんじゃぞ。てっきり、ゴーストかと思ったわ」 

 

 そんな事を笑いながら言う。 

 彼女の顔にはもう先ほどまでの寂しそうな表情は残っていない。 

 

「ほほう、シアちゃんはお化けがこわいのかな〜?」 

 

 ベッドで震えていた彼女の姿を思い出し、からかってみる。 

 

「い、今のはウソじゃ! そ、そ、そんなことがあるわけなかろう!」 

 

 必死に否定する彼女の姿に、ふと悪戯心がわく。 

 彼女の背後から手を回し、向こう側の肩をたたく。 

 

「ヒッ!」 

 

 よほど怖かったのか、必死にしがみついてくるシアちゃんに愛しさを感じる。 

 

「俺はここでシアちゃんに誓うよ。 絶対に寂しい思いはさせないって。生きてる限りずっとそばにいるから、だから、もっとそんな可愛い所を見せて欲しいな〜なんてね」 

 

「あ、あるじ……、今のはもしや」 

 

「アレ〜? どうしたのかな〜? 何があったのかな〜?」 

 

 俺がしたことに気付いたんだろう、シアちゃんの顔が怒りに染まっていく。 

 うん、やっぱり泣いてるよりは今の顔の方がずっといい。 

 シアちゃんは、右腕を後ろに引き、俺の鳩尾に向かって振り上げる。 

 俺に当たる寸前、シアちゃんの唇が何かを呟くように動いた。 

 その言葉が何かを確認する前に、俺の身体は天高く舞い上がっていた。 

 

「ぬおおおーーーー!!」 

 

 意味の無い絶叫が口を突く。 

 まるで人が豆粒のようにも見える。 

 高い、高すぎるよ! あの体勢から、何でここまで威力があるんだ?! 

 そして、俺は気付いた。 

 さっきのシアちゃんの言葉。 

 たった2文字のフレーズ。 

 それが「イ オ」だったことに。 

 

 その日の最後にオッサンと対面することになったのは言うまでもない。 

 

 必死に謝り倒して、仲直りして、翌朝再びオッサンの顔を見たことも言うまでもないことだろう。


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