ああ、無情。   作:みあ

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第九話:ドラゴン

 運命の出会い、それは突然訪れる。 

 俺とシアちゃんの出会いもそう。 

 ひょっとすると、オッサンとの出会いも運命だったのかも知れない。 

 なら、この世の全ては運命で縛られているのだろうか? 

 俺の奇想天外な人生も。 

 そして、彼女との出会いも。 

 

 

「シアちゃん、本当にここであってんのか?」 

 

 島と島とをつなぐ、洞窟の中。 

 魔法で辺りを照らしながら前を歩くシアちゃんに話し掛ける。 

 

「わらわの言うことが信じられんのか?」 

 

「いや、そういうわけじゃないけど」 

 

 詩人の街を出た俺達は一度王城へ戻った後、ココへ来た。 

 何でも、シアちゃんいわく、詩人の街よりも東の洞窟といえば、シアちゃんのいた洞窟と、この沼地の洞窟しかないというのだ。 

 それで、この洞窟を歩いているわけなんだが。 

 

「なんていうか、向こうの出口が見えてるんだけど」 

 

 島と島をつなぐ連絡道なだけあって、一本道なのだ。 

 とても、姫が閉じ込められているとは思えない。 

 

「うるさいのう、あるじは。文句ばかり言っておらんで、少しは魔法の勉強でもしたらどうじゃ?」 

 

「おう、ルーラが使えるようになったぞ」 

 

「着地は出来るようになったのかの?」 

 

 くっ、痛いところを突いてくる。 

 ルーラって、瞬間移動呪文だと聞いていた。 

 なのに、空を飛ぶんだぞ。 

 てっきり、パッと消えて、パッと出るもんだと思ってたのに。 

 ルーラを唱えてから、初めて気付いた。 

 着地がスゲー怖いってことに。 

 初めて使ったときは、着地に失敗して頭から地面に減り込んだ。  

 2度目は、途中で城に突っ込んだ。 

 3度目は、うっかり屋内で使って、天井に刺さった。 

 実は、いまだに成功していない。 

 しかも、ルーラを使った後はMPが枯渇するのか、メラすらも使えない。 

 つまり、戦闘中に死んで、ルーラで戻ってきても、戦力外なのだ。 

 さらに、着地に失敗して再びオッサンの元へ、ともなりかねない。 

 俺的には、全く使えない呪文だった。 

 

「まあ、そこはそれ、俺は実践型だから」 

 

「……どういう意味じゃ、それは?」 

 

 自分でもよくわからない。 

 そんな会話をかわしながら進んでいくと、一本道の通路の壁に、扉が付いているのに気付いた。 

  

「シアちゃん、あれあれ」 

 

「扉、じゃな」 

 

 早速開けようと扉に近付く。 

 

「あるじ、大抵そういう扉には鍵が掛かっておるか、罠がついておるもんじゃぞ」 

 

 そういうことはもっと早く言ってくれ。 

 シアちゃんの言葉が終わらないうちに、ノブを回していた。 

 

「あれ? 開いてる?」 

 

 でも、罠があるかもしれない。 

 慎重にドアを開け、隙間から中を確かめる。 

 

「どなたかおられますか〜?」 

 

 俺は見た。 

 そこに巨大な何かが鎮座しているのを。 

 隙間からは、洞窟には似つかわしくない熱気があふれてくる。 

 それが何かに気付いて、俺は扉を閉めた。 

 

「どうしたんじゃ?」 

 

「デカイとかげがいた」 

 

 シアちゃんの問いにそう答える。 

 

「……とかげ?」 

 

 今度はシアちゃんが覗き込む。 

 

「ドラゴンではないか」 

 

 アレがドラゴンなのか、初めて見た。 

 シアちゃんはそのまま中に滑り込むように入っていった。 

 俺もついていく。 

  

「何者ダ。モシヤ、オ前達、勇者ノ一味ダナ。ココニイル王女ヲ助ケニ来タノカ?」 

 

 うおっ! ドラゴンが喋った! 

 

「何じゃ、ここに王女がおるのか。 ほれ、わらわの言うたことは間違ってなかったじゃろ」 

 

 シアちゃんが勝ち誇ったように、俺に言う。 

 

「うん、シアちゃんはいい子いい子」 

 

 頭を撫でてやる。 

 

「子ども扱いするでない!」 

 

「満更でもなかったくせに」 

 

「う、うるさい!」 

 

 うんうん、やっぱり、シアちゃんは可愛いなあ。 

 

「貴様ラ、我ヲ馬鹿ニシテオルノカ?」 

 

 あー、忘れてた。 

 ドラゴンがいたんだっけ。 

 

「そこをどいてもらえんかの? わらわはお主を殺しとうないのじゃ」 

 

 シアちゃんが説得する。 

 だけど、そりゃ逆効果だと思うんだけど。 

 

「馬鹿ニスルノモイイカゲンニシロ!!」 

 

 ほら、やっぱり怒った。 

 

「ふう、仕方あるまい。相手をしてやろう。 あるじは下がっておれ」 

 

 ここは、ちょっとした空間になっている。 

 ドラゴンの背後に、小さな扉がついているのが見えた。 

 どうやら、あそこに姫がいるようだ。 

 俺は、後ろに下がって、シアちゃんの戦いを眺めつつ、チャンスを逃さないように構えていた。 

 

「では、わらわから行くぞ」 

 

 そう宣言し、詠唱の構えに入る。 

 あれは、まさか?! 

 

「ダメだ! シアちゃん!」 

 

 俺は叫んでいた。 

 

「なんじゃ。邪魔するでない」 

 

「ソレ、イオナズンだろ?! 洞窟が崩れちまう!」 

 

「ああ、そういわれればそうじゃな」 

 

 イオナズンとは最強の爆裂呪文。 

 その名の通り、凄まじい爆発力をもって相手を倒す呪文なのだが……。

 こんな狭い洞窟内で使う危険性にはさっぱり気付いてなかったらしい。 

  

「では、どうするか」 

 

 その場で考え込むシアちゃんを、じっと待っているドラゴン。 

 意外と律儀な性格のようだ。 

 

「ヒャド系は使えねーのか?」 

 

「うむ、相性が悪くての。 わらわはイオ系とメラ系とギラ系しか使えぬ」 

 

 うわ、爆裂系に炎系に閃熱系ってドラゴンと相性悪そうなのばっかじゃねーか。 

 

「仕方あるまい。小技で攻めるかの」 

 

 そういってシアちゃんは、ドラゴンとの距離を詰める。 

  

「イオ!」 

 

 右手から白く輝く光球が飛び出す。 

 それは、ドラゴンに向かって勢い良く飛び出すと、鱗の表面で弾けた。 

 全然効いてないように見える。 

 そういえば、ドラゴンの鱗は鋼より硬いとか。 

 どうやって倒すんだ、そんなモン。 

 

 ドラゴンの爪や尻尾を、小柄な身体でひょいひょいと避けていく。 

 そして、イオやギラをぶつける。 

 さすがに決定打に欠けるようだ。 

 緊迫した雰囲気の中、時間だけが過ぎていく。 

  

 そして、突然、戦局が動いた。 

 シアちゃんが何かにつまずいて、体勢を崩したのだ。 

 ドラゴンはその隙を見逃さない。 

 

「危ない!!」 

 

 咄嗟に身体が動いていた。 

 シアちゃんを抱えるようにして、横に跳ぶ。 

 俺の後ろで奴の尻尾が地面を叩く。 

 みかわしの服の効果だろうか、どうやらふたりとも無事なようだ。 

 

「すまぬ、あるじ」 

 

 腕の中で、シアちゃんが呟く。 

 

「俺だって、やる時はやるさ」 

 

 そういって、抱いていたシアちゃんを地面に立たせた。 

 すると、彼女は今まで見たことのない構えを見せる。 

 

「あるじ、わらわの闘いをゆっくりと眺めておるがよい。もう無様な姿は見せぬ!」 

 

 そう言って、彼女は俺の隣りでこう叫んだ。 

 

「ド ラ ゴ ラ ム!!」 

 

 えっ?! それって、竜変化呪文じゃなかったっけ?! 

 こんな近くで使ったら……。 

 案の定、俺はそのあおりをくらって、跳ね飛ばされた。 

 

「あるじ、何処に行ったんじゃ?」 

 

 変化が終わり、見回したのだろう。 

 俺を見つけたシアちゃんは叫んだ。 

 

「おのれ! 卑怯な! わらわにかなわぬと見て、あるじを狙うとは!!」 

 

「イヤ、ソレハ、我ガヤッタノデハナク……」 

 

「問答無用じゃ! 地獄の底で後悔するがよい!」 

 

 スマン、ああなったシアちゃんは止まらない……。 

 俺は、シアちゃんが逆上して吐いたであろう、灼熱の炎に焼かれながら、死んだ。 

 だから、こんな狭いところでそんなモン使うんじゃねーよ。 

 

 

 城から必死でルーラで戻ってきた俺が見たのは、煤けた広間と黒焦げになったドラゴンとうずくまって泣いているシアちゃんだった。 

 

「あるじ、すまぬ。わらわがふがいなかったばかりに、お主を死なせてしもうた」 

 

 シアちゃんをなだめながら話を聞くと、自分が護ってもらったのに、俺を護れなかったことが許せないらしい。 

 俺が死んだ原因は言わない方がいいな。 

 そう判断する。  

 

「えっと、お前生きてるか?」 

 

「ヨ、ヨクゾ、我ヲ倒シタ、勇者ヨ。王女はコノ先ニイル。王女ヲ連レテ、トットト出テイケ」 

 

 とっとと出て行けって、生きてんだな、こんな状態なのに。 

 すげーな、ドラゴンって。 

 竜王ってのは、こんなのの親分なのか。 

 きっと、手足がもげても生えてきたりするんだろうな。 

 ピンチになったら、尻尾切って逃げたり。 

 うわ、めんどくせー。 

 

 俺は、姫が捕らわれているであろう部屋の扉の前に立った。 

 シアちゃんはいまだに泣き続けている。 

 今更、罠はないだろうが、ゆっくりと扉を開く。 

 すると、向こうから勢いよく扉が開き、何かが俺にぶつかってきた。 

 

「魔物などに、わたくしは屈したりいたしません!」 

 

 その言葉と同時に、胸に灼熱感を感じた。 

 見ると、果物ナイフが根元まで刺さっている。 

 そりゃねーだろ。 

 俺の顔を見て、顔面蒼白になる美少女の顔を見て、俺は意識を失った。 

 

 

「おお、勇者よ! 死んでしまうとは、情けない! ……しかし、お早いお帰りだのう」 

 

 そんな皮肉を言うオッサンに、俺は何も言うことが出来なかった。 


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