ロクでなし魔術講師と記憶喪失の少女 作:たこやき
私たちの次の授業は錬金術だった。
私たちが普段、着用している制服は身体回りの気温・湿度調節魔術——黒魔【エア・コンディショニング】が永続付呪(エンチャント)されているらしく、男性の制服とは異なり、その生来の外界マナに対する親和性の高さを伸ばすため、魔術の習熟初期段階では薄着ですごせる。
錬金術の実験は実際に生徒達の手で魔法素材を加工し、器具を操作し、触媒や試薬を扱う授業だ。その実験内容によっては衣服がひどく汚れたり、衣服に薬品の臭いが移ったりしてしまう場合がある。
それゆえに、私たちはこの更衣室に集い、実験用のフード付きローブに着替えている真っ最中であった。
身に着けている制服やケープ・ローブを脱ぎ捨て、上下の下着姿となったシスティーナさんはロッカーの中にそれら衣類を叩き込みながら、苛立ちをあらわにしている。
「まったくもう、なんなの!?あいつ!」
「あはは……まあまあ」
ルミアさんがあいまいに笑いながらなだめるが、システィーナさんの怒りは収まらない。
「やる気なさ過ぎでしょ!?なんであんな奴が非常勤とは言え、この学院の講師をやってるわけ!?」
「そうだね……グレン先生にはもうちょっと頑張って欲しいかも」
「そうですね……今のままだと」
クラスの空気は思った以上に最悪で今のままだと生徒の不満が爆発する日も近い。
「はぁ……確か次の錬金術の実験もアイツが監督するんでしょ?」
「うん、そうだよ。グレン先生はヒューイ先生の後任だから」
「ヒューイ先生ってどんな先生だったんですか?」
「真面目でいい先生だったわよ。すくなくともあいつよりは熱心だったわ」
「生徒思いの優しい先生だったよね」
ヒューイ先生というのはグレンさんの前にここのクラスの担任を務めていた人だ。
「ヒューイ先生の授業は凄くわかりやすくて、質問にもちゃんと答えてくれて……凄くためになったのに……何でやめちゃったかなぁ……」
少なくとも、その人がグレンさんよりも優秀であることはわかった。
その人が辞めた理由に関してはルミアさんとシスティーナさんから聞き、セリカさんからもグレンさんが講師を勤める際に前任者が退職するからという理由も聞いた。
やめた理由に関しては家の都合ということらしいが、どうも違和感を感じるのはなぜだ?
生徒からの評価もいい。勤務態度も問題なし、間違いなくグレンさんよりも上の人だ。ここは魔術に関してはトップクラスだし、自らを高める環境としてもいいはずだ。
それなのに、単に家の都合だけでやめるだろうか?何か別に理由があったんじゃないか?
いろいいろと頭の中で仮説を組み立てていくが、私は途中で考えるのをやめた。
元々、その人と私は無関係なんだ。それなのに、何を気にする必要がある。
どうやら……またいつもの病気が再発したらしい…
「ステラさん?」
私が考えるのをやめると、隣にいたルミアさんが声をかけてきた。
「どうかしたの?すごく難しい顔をしているけど」
「考え事をしてただけなので、大丈夫ですよ」
「何を考えていたの?」
「今日の夕飯は何しようかなって考えていたので」
ほんとは別のことだけど、ごまかすために適当な嘘をついた。
「ステラさん……ほんとにあいつはすごいやつなの?」
「少し前まではすごい人でしたよ。いまはあんなですけど」
「前ってことは過去に何かあったってこと?」
「グレンさんは魔術が大嫌いなんですよ」
「え?嫌いなのに、何で講師をやっているの……」
「まぁ、それには断れない理由があるわけで……」
いえない。セリカさんに脅されて無理やり講師をやってますとは……
「それがあいつがすごいこととどう関係するの?」
「私が教えられることは少ないですけど、本当のグレンさんはあんなんじゃないってことです。」
「なんでそんなにグレン先生のことを信頼するの?」
ルミアさんの指摘にほかの女子も同様のことを思っているのか、不思議そうにしている。
「少し前のグレンさんは私の希望だったんですよ」
「希望?」
「はい。少し前の私はずっと後ろ向きな考えの持ち主でした。自分のことを受け入れることができす、ずっと自分の殻に閉じこもってました」
更衣室にいる皆が私の話を聞こうと静かになった。
「そんな私にとってグレンさんは希望の光だった。グレンさんが傷を負いながらも、誰かを救おうとする信念は後ろ向きな考えだった私に現実に立ち向かう勇気をくれました。あの人がいたから、私は勇気を持って前に踏み出すことができた。きっと……あの人がいなかったら、私はここにはいないと思います。」
少し前のグレンさんの姿は記憶をなくし、自分のことがよくわからないことに何度も心が折れそうになっていた私の希望だった。
傷つきながらも、誰かを救おうとするところは私にとっては正義の味方そのものだったからだ。
グレンさんのがんばっている姿を見ると、いつも勇気をもらえた。絶望に飲まれそうになる自分の心を持たせることが出来た。いつまでも後ろ向きな自分でいちゃいけないと気づくことが出来た。
「あの授業態度を見たら、不満を持つのは当たり前だし、失望しているかもしれません……でも、あの人はほんとにすごいので」
グレンさんがやる気を出す日はきっと来る。そう私は信じている。
「そんなやつとは到底信じられないわね……ステラさんとあいつはどんな関係なのよ?」
「そうですね……私たちは家族みたいなもんですかね」
これから、システィ-ナさんが癒しを求めて、ルミアさんの体を触ったり、間違えて女子更衣室に入ったグレンさんに対し、女性陣の容赦ない攻撃が始まったりと……いろいろあった。
そのころ、学園長室では二人の人物が話をしていた。
「まさか、彼女の娘が編入してくるとは思わなかったのう」
「勘違いしてもらったら困るが、ステラはあいつとは違うからな」
セリカはため息をつくと、窓から見える雲を眺める。
「わかっておるわい。ステラちゃんを彼女と同じようには見ないから、安心せい」
「それならいいが、ステラに母親のことは絶対話すなよ。今のあいつに悪影響を与えそうだ」
「実の母親なのに、秘密にしておくのかのう。それはやりすぎじゃないかい?」
「あいつが母親のことを知ったら、同じ道に進もうとするからな。それを防ぐためにも、仕方がないことだ」
ステラを母親と同じ道に進ませてはいかない。セリカは成長していく愛弟子を見ているうちにそう思いつつあった。
「そうじゃのう。危険だと感じながらも、自分の信じる正義を貫くために相手の喉元に食らいつく。かつて彼女の母親がそうだったように……」
「そうだな。母親は間違った道をたどってしまったが、ステラは正しい道を歩んでほしい」
「わしらにその導きができるのかのう?」
「ステラはちゃんと自分の道を探すことが出来る。この学園で仲間たちと共にな。もしも、あいつが道を踏み外すときは私たちがまた戻してやればいい」
魔術の怖さや正しさを知っているステラなら大丈夫。セリカはそう確信を持っていた。
「彼女には魔術師の素質がある。前にそう言っていたかのう?」
「ああ。あいつは膨大な魔力を体に宿している。本人は力の大きさにずいぶん苦労をしているが、素質や才能で言ったら、魔術師として生きるために生まれてきたといっても過言じゃない」
「彼女を正しい道に導いてあげるのもわしらの仕事じゃな」
「ああ。この広い世界で沢山なことを経験してほしい。あいつに足りないのは信頼できる仲間と沢山の経験だからな」
セリカの眼差しにはまるで羽を痛めた小鳥を親鳥が看護しているようにそんな優しい眼差しだった。