とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版 作:スズメバチ(2代目)
「よー、待ってたぜぇ?オールレンジ……あとそっちのは原子崩しか?」
「へぇー……私はオマケ扱いって訳か。いいねぇアンタ、溶けたバターのようにどろっどろの死体になりたいのね」
素粒子工学研究所に侵入した七惟達をエントランスホールで待っていたのはやはりスクールのメンツだった。
人数は3人、当然リーダーの垣根帝督に彼の腹心のような存在である心理定規、さらにヘッドギアを装着している男だ。
その中でも特に見知った顔である心理定規と視線が合う、こちらを見ると口元に指を当てくすっと笑うその仕草に身体が条件反射して眉間に皺が寄る。
この人数で研究所一つをこうも簡単に制圧してしまうのだから恐れ入る、アンチスキルや警備員は何をやっているのやら……。
まぁ、キャパシティダウンや火器を持ちだした所でスクールを無力化出来るとはとても思えないが。
「俺はてめぇと待ち合わせした覚えはねぇな」
「そうか、俺はお前と待ち合わせした覚えはあるが第4位はお呼びじゃねぇんだよなぁ」
……一々麦野の神経を逆なでする言葉を吐きやがる。
短気な麦野を挑発させて自分のペースに巻き込むつもりだろう、唯でさえ麦野は垣根の顔を見ただけでむしゃくしゃするのだ、それに言葉が上乗せされたら効果は抜群。
怒りに身を任せて隙だらけのところを一撃……ってところか。
やはりこちらの情報は完全に知れ渡っているらしい、おそらく麦野だけではなく絹旗や滝壺の能力、そしてフレンダの技量も。
「私は出来れば貴方とは闘いたくないのに、全く貴方ときたら私の気持ちなんて考えもしないんだから」
「そうかぃ、その割には手に拳銃(おもちゃ)持って臨戦態勢だな心理定規」
七惟と心理定規は、比較的暗部の中では交流があるほうだった。
何故ならば能力開発において、七惟の精神距離操作能力は心理定規から教わったものだからだ。
度々研究や実験で七惟と心理定規は顔を合わせていることもあるし、七惟からすればこの少女とは対戦し辛いことこの上ない。
要するに手の内が全部バレているのである、どうせそのことを垣根に告げ口しているのは目に見えて分かることなのだから今更うだうだ言っても意味がない。
「ねぇねぇ……さっきからオールレンジとばっかり喋ってるけど、何私達シカトしてくれてんだ?それとも私達のコト忘れちゃったわけかなぁ!?」
「あぁ?おぃおぃ、お前みたいな小物が俺とやり合おうってのか第4位。わりぃが後にしてくれ」
「このスカシ野郎があああぁぁぁ!」
何処までも見下した垣根の態度にとうとう麦野が痺れを切らしてしまい、怒りの感情が渦を巻いて噴火した。
麦野の絶叫を合図にしてアイテム+七惟とスクールの戦闘が始まった。
まずは小手調べに、といった手順すら踏まずに早速麦野はお得意の原子崩しを使って四方八方に白い光線を発射する。
その光は容赦なくエントランスホールを破壊し、壁を切り裂き地面を粉々に砕く、それと共に絹旗とフレンダが散開し、スクールを取り囲んだ。
滝壺はやはり戦闘は出来ないのか、戦場から一番離れた場所へと小走りで向かっていく。
「おいおい、あんまり派手に暴れてくれるなよ第4位。俺はお前らとドンパチやるために此処に来たんじゃねぇんだからよぉ!」
垣根が人睨みすると、目に見えない質量がその場に現れ、その巨大な質量が地面に落ちることで強烈な揺れと衝撃を周辺に撒き散らす。
麦野は垣根が操る不可視の質量を破壊しようと離れたところから白い光線を放つが、直撃しても破壊出来たのか出来なかったのか分からない変な感触と爆薬が弾けるような炸裂音しか聞こえてこない。
やはり垣根に麦野の原子崩しは通用しない、当初想像していた通りなのだがそれでもこうやって実際目にするとかなりきついものがある。
あれだけ自分を痛めつけ死の直前まで追い詰めたあの破壊の権化のような能力が全く役に立たないとは……垣根との格の違いを思い知らされるばかりだ。
だがアイテムは麦野のワンマンチームではない、その点を考えればスクールよりか上である。
絹旗がオフェンスアーマーを展開し、フレンダは特性の爆薬をスカートから取り出しスクール側に投げつける。
対してスクールの心理定規とヘッドギアの男は拳銃しか持っていない、やはりこの入り乱れる乱打戦では流石の心理定規でもターゲットをロックオン出来ないのか。
それに心理定規の能力は既に乱戦と化したこの戦場では効果を発揮し辛い、逆に敵から狙われやすくなるため連れてきたのは垣根にしてはえらく単純なミスだ。
あの二人は放置していても問題は無いと判断した七惟はピンセットを装着した垣根に飛びかかる。
「そう簡単にピンセットは渡せねぇよ」
垣根を中心とした正体不明の爆発が波のようにエントランス全体に広がり、麦野の能力で半壊していたエントランスは完全に崩壊、そして建物自体に大きなダメージを与えて震えさせる。
爆発の中心地点近くに居た七惟だったが、『壁』を作ることにより爆発によるダメージを完全に無力化し、勢いそのまま垣根の右手へと迫る。
目標は垣根のピンセットだ、人間とワンセットになっている状態のあのピンセットを転移させようとすれば垣根まるごと転移させてしまうので、触れることによって座標を正確に読み取りピンセットのみを転移させなければならない。
一度でも触れてしまえば七惟達の勝ちだが、それは当然垣根も理解している。
「心理定規!」
名前を呼ばれた心理定規が、組み合っていたフレンダを蹴り飛ばしてこちらに拳銃を向ける。
「ッ!あの糞女!」
七惟はすぐさま心理定規の位置をずらして、拳銃の弾道を逸らすがその一瞬の動作の間に垣根は次の行動に入っている。
垣根の右手には何やら鳥の羽毛のようなモノが握られており、それを見た七惟は寒気が走った。
アレはただの羽毛ではない、垣根の能力によって何らかの異物が混ざり込み、殺傷能力を高めた殺戮兵器だ。
身体の全身が『壁』で防ぐのは危険だと叫んでいる、七惟はすぐさま垣根の座標をずらそうと演算を始めるが、それよりも早くに麦野からまばゆい光が放たれる。
その無作為な攻撃には一切の容赦など感じられず、下手をすれば仲間もろとも蒸発させてしまいそうな勢いだ。
「ッ、たかが第4位の癖に俺とオールレンジの邪魔すんじゃねぇ」
「たかが?そんな言葉吐ける余裕があんのかしらねぇ!」
爆風に吹き飛ばされた七惟が態勢を整え周りを見渡すと、今の余波でどうやらフレンダが負傷したらしく、コンクリートの壁にぐったりと寄りかかっている。
腹部から血が流れているところを見ると、もう闘うのは無理だろう。
やはり麦野、味方であるフレンダすらこうも簡単に傷つけてしまうか。
麦野の能力の乱用で味方が負傷し戦闘不能、七惟が不安視していた要素の一つが早速現実となってしまった。
対してスクールの垣根は仲間と上手く連携を取り、守るように動いている。
それは七惟と麦野という二人のレベル5も一挙に引き受けて、残りの二人にはなるべく脅威ではない絹旗とフレンダを当てていることからも明らかだ。
チームプレーの時点でもアイテムは負けている、最初から勝つのは無理だとは思っていたがこれではピンセットを奪うことすら困難になってきた。
個々のレベルで歯が立たないから本来ならばこちらがチームプレーをすべきだというのにそのお手本を相手に見せられるとは……。
「あら、そんなにあの娘が心配?らしくないわねオールレンジ」
フレンダに視線を向けていたことに気付いた心理定規がくすくすと笑いながら言う。
そして心理定規は垣根の前に立ちはだかるように歩み出る、これは……。
「貴方の心の距離は私には操れないけれど、能力を使わなくても貴方を無力化することは出来るからね」
「はッ……俺はいいとして麦野はどうすんだか」
「貴方だって分かってるでしょ?第4位じゃ彼は倒せないわ」
「ッ……」
敵に狙われやすくなったとしても多少の戦力にはカウント出来ると垣根が踏んだ理由がこれか。
七惟の前に立ちはだかった心理定規は、七惟からすれば難攻不落の城と同じだ。
前の自分ならば、『こんな奴』と可視距離移動砲の弾丸として垣根に向かって吹き飛ばしていただろうが、此処数カ月身に付けた表の世界の意識が行為を踏み留める。
心理定規を攻撃することは出来ない、スクール側の策に見事やられてしまったわけだ。
「そこのドレス!私を超忘れてます!」
「ッオフェンスアーマー!」
絹旗は再起不能になったヘッドギアの男を持ちあげて思い切り心理定規に向かって投げつける。
思わず心理定規はその軌道から避けるように身体を動かす、その瞬間垣根と麦野がドンパチやっている空間への道が開けた。
七惟は迷うことなくその場を駆けぬけ、今度は垣根達に破壊された鉄筋コンクリートの残骸を垣根に向かって投げつける。
「そんなちまちましたモンじゃ俺の未元物質は貫けねぇ」
垣根はこの場の質量全てを掌握し、鉄筋コンクリートでは絶対に貫けない防御の壁を生み出す。
金属同士がぶつかり合う甲高い音と共に、壁の向こうでは麦野の原子崩しが炸裂し、防御の壁ごと今度は丸ごと破壊する。
「ッ」
一瞬垣根が怯んだ、それを見逃すものかと麦野は垣根の鼻っ先に割り込みお得意の右足ハイキックを垣根の顔面へとぶち込む。
だがそこは学園都市第2位の男だ、格闘戦に不慣れな訳は無く、浜面さえ簡単にあしらう麦野の体術の更に上をいき、あっさりと左手でその蹴りを防ぎ、右拳を麦野の顔面に叩き込む。
「あぅ!」
麦野が殴り飛ばされ、顔に苦痛の色を滲ませる。
勢いそのまま壁に叩きつけれら、麦野は後頭部を強打したらしく気を失うがそんなことに構っている場合ではない。
やはり垣根に対しては殺傷するつもりで攻撃をしなければ何もできない、やはり奴の右腕に物体を転移させ切断させるのが一番現実的だ。
七惟は鋭利に尖ったガラス片を複数ロックオンし、一気にそれを垣根の周辺へと転移させ、垣根の身体の中から破壊を行おうと試みる。
だがどうしたことか、垣根の身体に発現するはずだったガラス片達は転移する前に、何故か七惟の目の前でぼとりと溶け落ちた。
「悪いが俺に転移攻撃は通用しねぇ。11次元で空間を捉えて移動させるのがお前らのやり方だが、俺はその11次元に異物を送り込むことだって可能なんだよ」
「……何でもアリだなてめぇは」
「何でもありどころか、お前らが考えてることで出来ねぇことのほうが少ねぇだろうぜぇ」
やはりこの男にこちらの世界の常識は一切通用しない。
そもそも11次元の世界に介入するなどどういうことだ、実態のない世界に異物を送り込むなど……いや、この男の操る物質そのものが、この世界とは別の実態のない世界から運んできているのだから、そんなことは出来て当然か。
一方通行同様他の能力者による干渉を全く受けないこの防御能力に加えて、何でもかんでも殲滅兵器へと変えてしまう攻撃力。
何故この男が第2位に甘んじているのか不思議なくらいな能力だ。
自分達3位以下の人間の絶対的な壁として君臨する男だと七惟は再認識する。
フレンダは負傷、麦野は気絶……対して垣根と心理定規は無傷。
圧倒的に不利なこの状況をどうやって打開するのか、そもそも生きて無事帰ることが出来るかどうかさえ分からない、先の見えない真っ暗な現実。
こうなることは分かっていたが、それでも何とかしなければ殺されるのは自分達だ。
何時も御清覧ありがとうございます、スズメバチです。
遂にと言いますか、距離操作シリーズ合計100話達成です!
一話あたりの文字数が4000字くらいなんで、これで合計40万字ですね。
随分と長く続いており、不定期更新でご迷惑をかけてしまってはいますが
どうぞこれからも距離操作シリーズをよろしくお願いします!