とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版   作:スズメバチ(2代目)

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War Game ! -ⅳ

 

 

 

 

 

今七惟の目の前に仁王立ちしている男は、最高の頭脳を持つ人間が集結している学園都市で上から二番目の実力を持つ。

 

対して七惟も負けてはいない、上から数えて一応八番目。

 

しかし現実を見ると数字の差以上に実力差が大きすぎる。

 

麦野は気絶、フレンダは負傷、こちらで残っている戦力は自分と絹旗。

 

対して垣根擁するスクールは第2位である奴とその腹心であるような女、心理定規。

 

数では同じだが一人が余りに飛びぬけてしまっているため残りの戦力など数えても意味がないような気がするのは気のせいではない。

 

欲しいのは倒すのではなくピンセットを奪えたという結果だ、しかし倒すより遥かにハードルの低いこの目標ですら垣根の前では絶対的な壁と感じてしまう。

 

問題は転移攻撃が一切この男に通用しないということだ、要するに可視距離移動砲のみで直接攻撃を行わなければならないのだが、とてもじゃないが垣根の防御を貫けるとは思えなかった。

 

やはりここは絹旗に前面に出て貰い、垣根の意識を11次元からずらしたところで腕を切り落とすしかない。

 

 

 

「絹旗」

 

「なんですか?逃げる算段ですか?」

 

「馬鹿言え、逃げたところで麦野にぶっ殺されるだろーが」

 

「麦野のことよく知ってますね七惟。私も超同意します」

 

「あの野郎の腕を切り落とすには転移攻撃しかねぇ、だが11次元に常時干渉してるあのイカレた能力がある限り無理だ」

 

「でしょうね、はっきり言ってそんなことが出来るなんて全ての転移能力者を無能化してしまうようなものです」

 

「だから意識をそらす、お前も知ってるだろーが案外距離操作能力者ってのは戦闘にアクセントを入れたりトリッキーな攻撃することが得意だ、お前も畳み掛けてスキ作れ」

 

「まぁ一度殺されかけてますからね」

 

「無駄口叩くんじゃねぇ、行くぞ」

 

「超了解です、散開しましょう!」

 

 

 

心理定規の発砲と共に第2ラウンド開始だ、この戦闘において心理定規の役割はおそらく七惟理無の無力化。

 

たったそれだけの為に連れてくるのか?と思えば疑問ではあるものの、自身の勝利を絶対にするためにはあの垣根は妥協しないはずだ。

 

故に昔からの知り合いで馴染みのある心理定規を自分にぶつけてきた、だがそれは七惟に対しては有効ではあるものの絹旗には通用しない。

 

 

 

「へぇー、女同士の殴り合いっていうのは華があると思わねぇかオールレンジィ?」

 

「撲殺されても文句言うんじゃねーぞ」

 

「はッ、冷てぇなお前も。昔は能力教えて貰った奴なんだろ?」

 

「昔は、な。今のアイツは俺を始末しようとしている男の腹心だろーが!」

 

「まぁな、あとアイツの弾丸窒素装甲なんて簡単にぶち抜くよう未現物質でコーティングしてあるから気をつけろよ」

 

 

 

七惟の放った無数の瓦礫がいっせいに垣根へ襲いかかる、だが垣根の目の前に現れた無限の質量の前には無駄だ、奴には届かない。

 

礫を凌いだ垣根が今度はその背中から生やした純白の翼で空間を払う、それと同時に凄まじい衝撃波が生み出されると同時に空中の水分が固まり鋭利な氷の刃となって七惟へと襲い掛かる。

 

 

 

「!?ホントに何でもありだなてめぇは……!」

 

 

 

衝撃波を凌ぎ、氷の刃を物体転移で防ぐもすぐにその場から離れる。

 

直後、転移してきた鋼鉄の壁をいとも容易く貫く貫通弾が羽から発せられ、壁がハチの巣にされてしまう。

 

その凄惨な光景を見て息を呑む、これでも手加減されているのではないかと思うと同時に一瞬でも気を抜いてしまえば数秒後には自分がああなってしまっていたであろうという恐怖。

 

力だけではない、人間の心を恐怖と言う感情によって縛り付けるこの男はやはり規格外だ。

 

だが一応自分も学園都市のレベル5の端くれ、ある程度の規格外なのは自分だって同じ。

 

七惟は崩壊した建物の鉄骨数本を可視距離移動砲で発射する、垣根はうるさい虫を払うかのように翼で一掃しようとするがそれはダミー、数本の鉄骨は垣根の反対側へその慣性の動きを殺さず転移し両側から文字通り挟みミンチにしようと迫る。

 

が、これもダメ。

 

垣根と鉄骨の間にまたもや未現物質で作られた巨大な壁が現れる。

 

絶対等速状態で動き続ける可視距離移動砲の弾丸は、どんな鋼鉄やダイヤモンドだって防ぐことは出来ないはずなのに、この男の壁はそれを可能にしてしまう。

 

はっきり言ってどういう原理でその質量の壁が作られているのか分からないが、おそらく自身の『不可視の壁』同様この世の理から外れている物質で構成されているのだろう。

 

故に遮ってしまう、この世の理では絶対に遮られない攻撃が。

 

垣根は再び翼を広げ攻撃を行おうとするがそれよりも早く七惟の次の一手が迫る。

 

垣根の足元がぐらつき、次の瞬間地面のアスファルトがごっそり抜けおちる。

 

 

 

「へぇ!おもしれぇ、おもしれぇよお前!」

 

「飛んでやがる……!?」

 

 

 

垣根はその白い翼を無造作に動かし、大地から離れ空へと羽ばたいている。

 

どういうことだ、重力から逃げる方法がこんな簡単にあっていいのか?あって堪るか、何処までこの男は自分達の常識を馬鹿にすれば気が済むのか。

 

神裂という聖人と相対したことによってだいぶ自分の常識がぶっ飛んでいると考えてはいたが、この男が生み出す現状はそれを超えていく。

 

自分一人で垣根の意識を逸らしたり集中力を切らせるのは無理だ、こうなってくると頼みの綱は絹旗だが……。

 

 

 

「こんの……重火器なんかに超手こずるなんてッ」

 

「あら、こう見えても私火器の扱いは得意なのよ?」

 

 

 

従来の武器に垣根の能力をミックスすると此処まで厄介な代物になるのか、あの絹旗が戦闘力はゼロに近い心理定規に手を焼いている。

 

まぁ一発でも触れれば即死の破壊力を持つのだ、絹旗が慎重にならざるを得ないのもよく分かるが……これではかなり厳しい。

 

 

 

「しかしオールレンジ、俺の誘いに馬鹿面ゆらゆら下げてやってきて、油を売ってる暇はあるのかよ」

 

「……どういう意味だ」

 

 

 

急に話題を変えた垣根に訝しげな視線を送る。

 

 

 

「お前が所属している『メンバー』は、今結成以来最大の壁にぶち当たってるはずだぜ」

 

 

 

壁……。

 

さては垣根の奴、下位組織か何かを馬場のシェルターに派遣したのか。

 

 

 

「あんな糞組織、立ち上げ当初からよく潰れなかったと思うくらい頑丈だから安心しろ」

 

 

 

七惟の言う通りあの組織は構成員の質から考えてみれば、見た目もよりも遥かに基盤がしっかりしている。

 

攻撃を行う自分と査楽、情報を操作する馬場、全体を統括する博士とはっきり言って余程のヘマをしない限りあの組織が潰れることはない。

 

それに博士自身もかなりの戦闘能力を持っているのだ、下位組織ごときあの男の『オジギソウ』で殲滅出来る。

 

七惟は聞くだけ無駄だと思い、手を振り上げるが……。

 

 

 

「はッ、今回はちげぇんだよなぁ……何せ、敵は内部に居るんだからな」

 

「……!」

 

 

 

その言葉に、可視距離移動砲を放とうとした右腕が止まった。

 

自身の表情が変わったことを読み取ったのか、垣根がニヤニヤしながら言葉を続ける。

 

 

 

「おっと、心あたりでもあるのかオールレンジ」

 

「内部……?馬鹿も休み休みに言え、あの閉鎖空間に入りこめる奴なんざいねぇよ、そもそも進入だってパスワード一回でも間違えれば四肢切断レーザー飛んでくるような場所だぞ」

 

「確かにあのシェルターは難攻不落かもなぁ、普通に考えれば。だがな、別にシェルターに入らなくてもよ……人間の心に入りこむってのはどんだけでも方法があるんだぜ」

 

 

 

嫌な汗が伝ったのが分かった、まさかあの博士の隣にいたショチトルという女か……?

 

いや、博士がそんな初歩的なミスを犯すとは思えない、色香で惑わそうともあの男はそういう年齢を当の昔に終えてしまっているはずだ。

 

そこで七惟の脳裏に浮かび上がってきたのは別の人物だったが、即座にその考えを否定したい衝動に駆られる。

 

そんな、まさか。

 

ココまでの垣根の思わせぶりな態度だけではない、此処に至るまでの経緯と結果全てを鑑みて七惟はある一つの答えとたどり着いた。

 

七惟が今まで感じていた胸騒ぎが一気に確信へと駆け抜けようとする。

 

 

 

「裏切り者ってのは、感情を揺さぶってくるもんだ」

 

 

 

残された古株でない人間は唯一人、自分が雑貨屋から助け出したあの幸薄そうな女……七惟と一緒に訓練やアイテムのメンツと買い物にいったあの少女しかいない。

 

前々から疑っていたことが当たっていたというのに、七惟は何故か自分の頭脳が弾き出したその解を否定しようとする。

 

だがどういうことだ、冷静に考えてあの女とスクールが繋がっていると言うのなら虐待を受けていた時から既にあの少女はスクールの一員だったというのか?

 

そんな馬鹿なことがあるか、あの時女は間違いなく虫の息で、死んでいた表情と目は本物だった。

 

打ち合わせや演技でとてもじゃないが出来るような代物ではない、現に助け出してすぐの時もこちらに対して何も言ってこなかったし、一緒に連れて行けなどの素振りさえ見せなかったではないか。

 

あの女の能力を上げるために七惟は訓練なども一緒に行ったが、こちらを色香で惑わすようなことは一切してこなかった。

 

いや待て、確かに自分はあの女から何も言われていないし、直接的に何かされたわけでもない。

 

だが、馬場や査楽はどうだ?

 

馬場は24時間あの女と一緒に居た、鑿の心臓の馬場が女に手を出すとはとても考えられないが、可能性が0というわけではない。

 

査楽に関してはもっと顕著にその変化が出ていたし少女に熱を上げていたのは今朝の出来事。

 

最初はあんな女、と切り捨てていたのだが此処最近七惟がシェルターに訪れる際には二人でよく話しているのも見かけたし、今日も外に出る時には『二人はどういう関係だ』と言い寄ってきたのをよく覚えている。

 

博士が居る時は至って普通の女で、秘書の仕事を漠然とこなしていたが……逆に何も起こらないのが、おかしかったのかもしれない。

 

振り返ってみればアイテムとの買い物に同行してきたことだって……絹旗達アイテムの情報を探るためだったと考えれば合点がいく。

 

 

 

「はン、お前の言ってることは根拠に欠ける。見て確かめねぇと納得出来るか」

 

 

 

此処まで考えて七惟は自分の考えを否定する。

 

これは仮説だ、それも垣根から聞きだした信憑性のない話によって作り出された妄想の産物に自分の考えを上乗せしただけだ。

 

まだ確信するには早いはずだ、どれだけこれまでに不審な行動があろうがなかろうがこの目で見るまで納得出来る訳がない。

 

そんなもの、信頼するに足らないのは明らかだ。

 

 

 

「まぁそれは言えるな……じゃあ確かめる必要があるだろ」

 

「お前からピンセットを奪い返したらすぐに確かめに戻ってやる、安心しろメルヘン野郎」

 

「おいおい、それは出来ないって言っただろ。だから親切にも俺はお前がすぐあっちに戻れるように仕向けてやるよ!心理定規!」

 

 

 

垣根の合図と共に絹旗の相手をしていた心理定規が唐突にこちらに走ってくる。

 

手には拳銃を握っているが、その狙いは七惟や麦野ではなく……。

 

 

 

「超待ちやがれってんです!」

 

 

 

絹旗も追いすがっているが遅い、心理定規が放った弾丸は火災警報器に見事に着弾し、残っていた防災スプリンクラーから大量の水が放出される。

 

不味い、垣根帝督にとってはこの世の万物全てが『殺人兵器』になり得る存在だ。

 

ありふれた森羅万象が、非日常な存在となってこちら側に牙をむいてくることなど容易に考えられる。

 

 

 

「……こんの糞野郎がぁ!調子に乗ってんじゃねぇぞおおぉぉ!」

 

 

 

脳震盪を起こして気絶していた麦野がスプリンクラーの水によって目覚めるも、吠えたところでもう垣根達は次の行動に映っている。

 

 

 

「じゃあなオールレンジ!せいぜい踊りやがれ!」

 

 

 

そう言って垣根が能力を発動し、次の瞬間見る者が唖然とする光景を作り出した。

 

 

 

「なッ!?」

 

「ちょ、超どうなってんですかこれは……!?目の前が!」

 

 

 

垣根はスプリンクラーから放出された水の一部を手ですくい上げ、それを再び地面に撒き散らすと、あっという間にエントランスを満たしていた水は干上がり、大量の水蒸気が舞い上がった。

 

 

 

「殺すより先に欲しい情報がこっちにもあるんだ、悪く思うなよ第4位!」

 

「糞が……逃がさねぇよぉお前は!」

 

 

 

遠のいていく垣根の声に麦野が絶叫で返す、この水蒸気の煙の中では右も左も分からないがスクールの垣根と心理定規は予めそれの対策をしていたのだろう。

 

数秒後には二人の足音は聞こえなくなり、残っているのは七惟達アイテムだけだった。

 

 

 

「ちぃ!滝壺!」

 

 

 

まだ煙が残っている中で麦野は能力を使い周りを照らすがそれも十分ではない。

 

 

 

「むぎの、なーない達と一緒じゃないの?」

 

「あいつらはあいつらで勝手に生きるわよ、さっさとあのメルヘン糞野郎をぶち殺すわよ!」

 

 

 

このやり取りを最後に二人の声は聞こえなくなり、やがて煙が晴れて行くとそこに残っていたのは七惟と絹旗の二人だけだった。

 

 

 

「さて……残ったのは俺とお前だけか」

 

「フレンダも居ませんね、まさかスクールに……」

 

「考えたところでどうにもならねぇよ、それよりまずやることがあるだろ」

 

「やること?」

 

 

 

完全に破壊され尽くした研究所に残された二人の耳に入ってきたのはアンチスキルが乗る車のサイレン音だった。

 

この騒ぎを聞きつけて大急ぎで派出所から出てきたのだろう、もうピンセットは奪われ戦闘も終結してしまったというのに、初動が遅すぎるにも程がある。

 

 

 

「これは超面倒ですね……私はさっさとこんなところから離れて麦野達と合流しますが、七惟は?」

 

「確かめることがあるからな」

 

 

 

七惟は自身の携帯電話を取り出し、メールボックスをチェックした。

 

『23学区の衛星アンテナを破壊するグループを止めるため査楽と女を現地に派遣した』

 

これが博士から送られてきたメールの概要だった。

 

もしあの女が裏切りを起こすタイミングとすれば絶好の機会だ、これを逃せば地上に出てくることもないだろうし、メンバー以外の人間と接する機会もない。

 

 

 

「俺はメンバーの仕事が入ってんだ、23学区に行く」

 

 

 

助けた女の真意を引き出すために。

 

裏切り行為が垣根の妄想であったならばそれはそれで良いだろう、だがもしあの男の言うように……七惟自身がずっと感じていた違和感や予想した通りに裏ではメンバーの情報を他の組織へと流し、馬場や査楽を骨抜きにして……自分達の命を狙っていたとするのならば。

 

裏切りを行った経緯と理由を聞きだす。

 

あの時、精神距離操作で吐き出させなかった答えを必ず。

 

例え女が断っても嫌がっても死ぬまで吐かせ続けてやる。

 

それがこの裏の世界で生きる『自己責任』なのだから。

 

 

 

 

 


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