とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版   作:スズメバチ(2代目)

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「対一方通行用に『木原』の文字……ねぇ」

「そうだ、暗部に居た君ならある程度のことは分かっているな?」

「はッ……。で?博士、中身は何なんだよ」

「一方通行の『癖』のデータだ。君も木原数多は知っているだろう?」

「猟犬部隊の頭か?」

「そして一方通行の能力開発を1から10まで携わった人間だ、実際彼ほど一方通行を知っている人間は居ない」

「それで?世界でおそらく一番一方通行のことを知っている男の大層な研究成果でも入ってんのか」

「その中身は一方通行とAIM拡散力場の関係性の強弱を鮮明にした『癖』データだ。此処まで言えば君ならば分かるだろう?」

「……操車場での戦闘」

「あぁ、その通りだ。あの時、君が私に見せてくれたあのやり方はかなり有効だと思ったのだよ。流石の一方通行と言えど能力者である限りAIM拡散力場との関係性は逃れられん。その『繋がり』はベクトル変換出来ない。変換しようとすれば能力が暴発してしまうだろう」

「普通は、な」

「その関係性の強弱、能力を発動する際に生まれるAIM拡散力場との『癖』が入っている。君の幾何学的距離操作ならば、その操作は容易いはずだ」

「知るかよ、どっちにしろ戦う時なんざこねぇから安心しろ」

「持っておいて損はないな。……オールレンジ、君も忘れていないだろうが私達が地べたに這い蹲って辛酸を舐めさせられたあの日から一年経った」

「……」

「そろそろ君と私をコケにしてくれた連中に一泡吹かせてもいい頃ではないかね?」




 


Live a lie

 

 

 

 

目の前にあるのは査楽の死体。

 

そしてそれを横目にして書類に印鑑を押そうとしている女と、杖をついて佇んでいる一方通行。

 

いったい何が原因でこんな理解し難い状況を作り出すことが出来るのか、七惟の無駄に冴えわたる頭脳は最悪の答えを導き出すのみ。

 

目の前に転がっている冷たくなっている男は、つい数時間前まで少女のことを熱っぽく喋っていた男だ。

 

そんな男が死んでいるというのに、あの少女は平然とした表情で一方通行と一緒に居る。

 

博士のメールでは仕事内容は脅威となっている一方通行の排除。

 

仕事内容云々に関わらず二人に対して敵意が湧き上がってくるのは何故だろうか。

 

査楽を殺したから?それも、もちろんあるに決まっているが……それ以上に。

 

 

 

「オールレンジ……!」

 

 

 

今迄見せたことがないような怯えた顔でこちらを見る少女に理由があるような気がした。

 

この女を誑かしたのは一方通行だろう、やはりコイツは救いようがないゴミ屑だ。

 

 

 

「はッ……垣根の野郎が言ってたことは本当だったわけか。内から崩す……それを全く関係ない女を使ってやるから大したもんだな、ゴミクズ」

 

「……てめェ、もしかして『メンバー』の構成員か」

 

「ここまで来てそんな下らねぇコト聞くんじゃねぇ。全部分かっててやってんだろうが、てめぇもソイツも」

 

「へェ……俺は初耳だぜ?てめェがメンバーの一人だったてンのはな」

 

 

 

そうかそうか、と一人で納得している一方通行を見て苛立ちが増す。

 

垣根の言った通り少女はグループ側がメンバーに送り込んだスパイと考えて間違いないだろう、あの書類が何を意味するかは分からないがこちらを出しぬくさらなる策でも練っていたのか。

 

少なくとも七惟は少女をこのまま逃がすつもりはない、自分達を裏切って情報を流し、命を危険に晒させるどころか、あまつさえ査楽を殺した一方通行と共闘している。

 

ならば死ぬまでその裏切りの経緯と理由を聞きだしてやろう、それでこちらが納得出来ても納得出来なくても辿りつく結論は同じのように思えた。

 

 

 

「おィ、てめェ……能力者は自分を含めて二人って言わなかったかァ?」

 

「……」

 

 

 

口が裂けるような笑みを浮かべている一方通行、少女は黙って用紙を握りしめたままだ。

 

どうやら少女がグループ側に送った情報に何か間違いがあったようだが、そんなものは今更関係ない。

 

『裏切った』という絶対の現実と真実の目の前では、些細なミスや間違いなど何の意味も成さないのだ。

 

 

 

「カカカ……まァいい。おィレンジ野郎、俺がメンバーで用があるのは『博士』だけだ、てめェには何の興味もねェよ。負け犬根性で逃げ帰るンだったら見逃してやる」

 

「逃げ帰る……?はッ、あんまり調子乗るんじゃねぇぞモヤシが。俺の仕事はてめぇの抹殺。それに仕事云々の前に下衆は殺処分しておくのが世のため人のためって言うだろ」

 

「あァ?自殺希望かてめェ。聞き間違いって思っていいンですかねェ?」

 

 

 

少女は当然だが、査楽を殺した一方通行もこのまま自由にしてやるつもりなど毛頭ない。

 

今七惟の頭の中は怒りが9割を占めている、それは査楽が殺されたことも少しはあるが、隣に居る少女が原因である。

 

こちらを怯えた表情で見つめる少女、そんな顔が出来たのかと思う程その顔は歪んでいる。

 

最初に雑貨屋で出会って助けてからこの少女とは唯の『メンバー』だけの仲、とは正直思えないくらい接点が多かった。

 

能力の訓練だってそうだし、美咲香のお見舞いだって一緒に行った、そしてアイテムの面子と一緒に柄にもなく遊んだりしたのだ。

 

何度も怪しいと疑い、何度も何かあれば話せと忠告していたというのにその結果はこの悲惨な有様だ。

 

自分が甘い、というのは理解している。

 

もし普通ならば最初の怪しいと思った時点で……そもそも尻尾を出したと判断出来たあの時点で何らかの手を打たなければならなかったのだが、七惟はそれが出来なかった。

 

暗部の中では、はっきり言ってこういった情とか情けとか絶対に不要であるし、それが弱点になるともフレンダに言われていた。

 

言われた通りそれが弱点となって少女に裏切られメンバーは空中分解しようとしている。

 

しかし……その弱点を七惟は克服出来なかった、しようとも思わなかった。

 

きっとどこかでのこの少女は自分に対して何か言ってくれる……そう思っていたから。

 

こんな惨劇予想出来ていたのに。

 

一緒に訓練した、一緒に帰った、一緒に遊んだ……走馬灯のようにそのシーンが思い出されては、自分の顔が少女と同じように自然と歪んでいく。

 

まさか自分は……信じていたのだろうか?この少女を。

 

だからこんなにも、裏切られたことに対して怒りを抱いているのだろうか?

 

だからこんなにも、少女と共謀した一方通行に対して強い怒りが湧き上がってくるのだろうか。

 

元から一方通行は嫌いだった、自分を殺そうとしただけではなく妹達を1万人殺したのもこの男だ。

 

9月の頭に小さな美琴のクローンと一緒に歩いている時は何か変わったのかと思ったが、こうやって再び暗部組織に身を浸して人殺しを行っているのなら、やはりコイツに更生を望むなど馬鹿げている。

 

此処で始末しておくのが、美咲香を始めとした妹達のためでもあるし、同じような被害者を生み出さないためにも最善の策だ。

 

またいつ暗部組織で絶対能力者進化計画のような狂った計画が立ちあげられてもおかしくはない。

 

そして少女とのスパイ活動、もう再起不能になるまで叩きのめすのみだ。

 

 

 

「10秒待ってやる、てめェがその場から動かなかったら俺はアンテナの破壊に向かって、見逃してやる。それ以内に一歩でも動いたら俺は容赦なくてめェを叩き潰して肉塊にする」

 

「10秒……?そりゃてめぇの辞世の句を考える時間か?」

 

「あァ……?」

 

「くたばる覚悟は出来てんだろうな、ゴミ屑野郎が!」

 

「……てめェ、自分が『雑魚』だってコト忘れてンじゃねェかァ!」

 

 

 

一方通行が首元のスイッチらしきものを弄ったのを確認したその瞬間、ベクトル操作によって一方通行の身体がまるで砲弾のようなスピードで七惟の方へ飛び出してくる。

 

その瞬間、視線が自然と裏切りを働いたあの少女と重なった。

 

少女の表情の意味を七惟は理解出来なかった、早く七惟に死んでほしいと思っているのかそれとも裏切りがばれたことに対しての断罪が恐くて怯えているのか。

 

分からない、それくらい彼女の表情は真っ白になってしまっている。

 

……一方通行と正面衝突したら正直なところ奴はもちろん、七惟自身が五体満足でいるとはとても思えないが、どれだけ負傷したところで地べたを這いつくばってでも裏切りの理由を聞き出すという気持ちは変わらない、殺すとかそういうのではなく、理由を唯知りたい。

 

裏切りの経緯を、理由を……そしてこんなにも怒りの感情が渦巻く原因を。

 

一方通行と殺し合いをするのは数カ月ぶりだが、やはりこの男も垣根帝督同様に普通ではない。

 

 

 

「相変わらずむちゃくちゃにしやがる!」

 

 

 

砲弾タックルを回避し、標的に当たることなく一方通行は駅のホームの壁に激突、凄まじい振動が周囲に巻きちらされ煙が舞い上がる。

 

が、蹲ることなく一方通行は身体を切り替えすと、瓦礫の中から立ち上がると更にスピードを上げこの世の物理法則をまるきり無視した速度で突っ込んでくる。

 

だが七惟とて視覚出来ない程素早い超人との戦闘は数週間前に嫌と言うほどこなしたのだ、それに対する対応策は万全だ。

 

七惟が戦った二人の魔術師と、学園都市が誇れる第1位と第2位には似通った点があった。

 

それはどちらか片方が、この世の原理とはかけ離れた攻撃を行い、摩訶不思議現象を引き起こす。

 

もう片方は現存する物体をフルに活用して、人間レベルでは考えられない身体能力、爆発力を持ち、敵を圧倒する。

 

前者が台座のルムと垣根帝督、後者が神裂火織と一方通行。

 

そして七惟が得意とするのは後者の方だ、前者は対策のしようがなくどうしようもないが、後者ならばまず攻撃を受け付けることはない。

 

それでも神裂には追い詰められたが、今回七惟は博士から渡された対一方通行用のメモリースティックがある。

 

あんなものを使いたくはなかったが、いざこんなことになってしまうとそれが何よりもの頼りになる。

 

 

 

 

 

一方通行が右腕を突き出した。

 

触れれば対象の血流を逆流させ、人間を風船のように破裂させる死の右腕。

 

時間が惜しいのか一方通行は操車場の時のように甚振ることはしてこない、即座に決着をつけるべくこちらの出方など関係なしに全力、圧倒的な力を振ってくる。

 

だが七惟とてあの数か月前の出来事からだいぶ成長している、それを知らない奴を弾き飛ばすのにこの世の物理原則を弾き返す『不可視の壁』は一方通行にとって天敵だ。

 

七惟は対抗すべく壁を作り一方通行を迎え撃とうとする、此処までは計算通りだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ただ、その後目の前を通り過ぎる少女らしき影が現れるというのは全くもって予想出来なかった。

 

七惟と一方通行の間に割り込んできたのは、メンバーを裏切りスパイ行為を行っていた少女だった。

 

当然人のスピードを超えた一方通行がその莫大な力を数瞬で抑えきれるわけが無かった、いや……抑える気すら無かったのかもしれない。

 

 

 

「あああああぁぁぁぁぁ!?」

 

 

 

少女の劈くような悲鳴が七惟の頭に突き刺さったその瞬間が、網膜に焼きついた。

 

世界の時間が止まったような気がした、まるでその時間だけがカメラによって切り取られた写真のように。

 

 

「なッ……お前……!?」

 

「あァ……!?」

 

 

 

一方通行の殺戮の右腕は少女の腹を食い破り、七惟の不可視の壁に触れるところでようやく停止する。

 

一方通行の手が壁に触れることで、防御の壁はその役割を終えて消失した、それと同時に少女の腹から血が溢れだし、少女の真後ろに居た七惟は飛び散った血を真正面から浴びた。

 

 

 

「おいッ……!?」

 

「……う」

 

 

 

一方通行が右腕を引きぬいた、すると血を止める役割を果たしていたものが何もなくなり、先ほどとは比べ物にならない程の大量の血が少女の腹から流れ出し、駅のタールを真っ赤に染め上げ、タール同士のスキマすら分からない程に赤の世界へと変えて行く。

 

少女の体がふらつきながら後ろへと倒れる、腹部から溢れる血は少女の服を、夕日よりも赤い赤い血の色へと変える。

 

七惟は無意識で倒れ込む少女の体を支えようとするが、何故か身体に全く力が入らず、少女を支え切ることなく膝をついた。

 

 

 

「……はン、なンだなンだよなンなンですかぁこの女は。何もしなけりゃ望んだ通りになったってンのによォ」

 

 

 

視界に一方通行が入る、返り血を浴びるどころかその白い肌は少女の腹を食い破る時と同じ色。

こんなことをしたというのに全く汚れていない奴の服、その非現実的な目の前の光景、少女の腹部から留めなく溢れる流血に頭の処理がおいつかず声が出ないし、もやがかかったかのように思考の動きが止まる。

 

完全に思考が停止した中で一つだけ、うっすらとだが浮かんできたものがあった。

 

それは、七惟が大覇星祭で滝壺に対して行った行為とよく似ている。

 

裏切った、先ほどまでこちらを抹殺しようと企んでいた少女が七惟に対して行ったのは『助ける』という行為だった。

 

 

 

「まァ……猟犬部隊で何十人殺してきた奴が今更表の世界を望むってンのがそもそも間違いだったのかもなァ?殺すつもりはなかったンだぜェ」

 

 

 

一方通行がこちらを見る、焦点が合わない七惟はぼんやりと輪郭を捉えることすら出来ない。

 

震える身体にみるみる真っ赤になっていく視界、力なく横たわってくる少女の身体。

 

先ほどまでの身を焦がすような怒りも、殺意も全てが消えうせてしまって、自分の中にあった何かが無くなってしまったような、虚脱感に襲われるばかりだった。

 

 

 

「赤信号で飛び出した餓鬼を引き殺したトラックの運転手もこンな感じなのかもなァ。おィレンジ野郎……はン、コイツ目が死んでやがる」

 

 

 

自分に対して興味が失せたのか、一方通行は踵を返して再び首元の電極へと手を伸ばした。

 

目の前で起こることをただ眺めることしか七惟には出来なかった、小指さえ動かすことすら出来ない、まるで金縛りにあったかのように全身の感覚が麻痺して死んでしまっているようだ。

 

 

 

「命拾いしたな糞野郎、興が冷めた。じゃァな」

 

 

 

一方通行は再びベクトルを操作して、弾丸のように第23学区の衛星管理センターへと向かっていった。

 

 

 

 

 


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