とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版   作:スズメバチ(2代目)

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あぁ……嫌だな。

絵本で見た少女も最後は……死んじゃったんだ。

そういえば……絵本の少女の名前はレイアだったな……。

どうして死んじゃったんだっけ……?

あぁ、そうか……『leia』

嘘やはったりで生きていた少女だったけど、最後は死んじゃって。

最後まで嘘をついてた。

私と、一緒だ。

だからきっと……レイアって名乗ったんだ。






でも……でも私は。






最後くらいは……本当の自分を伝えたい。





 


Live a lie - ⅱ

 

 

 

 

一方通行が目の前から去っていく。

 

排除しなければならない的が逃げようとしているのに、自分の膝はまるでいう事を効かなくなってしまったかのように力が入らない。

 

その場に取り残されたのはまるで抜け殻のようになってしまった七惟と、一方通行の右手によって腹を食い破られ虫の息の少女。

 

あれだけの轟音を巻き散らかした七惟と一方通行の戦い、自然と騒ぎに集まってきた野次馬の一部が悲鳴を上げ、二人を取り囲むようにして見つめていた。

 

 

 

「オール、レンジ……」

 

 

 

少女が今にも消えそうな蝋燭の火のような声を上げる、対して七惟は視線を少女に向けるだけだ。

 

視線を向けることが精いっぱいだった。

 

 

 

「大丈夫……、ですか。傷は」

 

「……」

 

 

 

この少女は、何を言っているのだ?

 

死にそうなのは、もう絶対に助からないような傷をその身に宿しているのは、自分のほうだというのに。

 

大丈夫ではないのは自分自身だというのに、何故七惟を心配しているのだろう。

 

 

 

「顔に……、傷?血が……、ついて」

 

 

 

そう言って彼女は震える右手を、七惟の頬にそっと、添えた。

 

頬に着いた、赤黒いモノを拭うように。

 

しかし、拭ってもその赤が消えることはない。

 

少女の手の方が、赤く、紅く染まっているから。

 

 

 

「アレ……おかしい、ですね。そ、……か……。私の手のほうが……真っ赤、でしたね」

 

 

 

どうして、どうして彼女はこんなことをしているんだろう……?

 

 

 

「なんでだ……!」

 

 

 

時が止まったように動かなかった七惟の口から吐き出された言葉は、こんなものでしかなかった。

 

色んな所から、自分の頭だけじゃなくて、17年間生きてきた記憶を辿って拾い集めてきた言葉とか、そんな大層なモノじゃない。

 

今ここで起きたこと、見たことが分からなくて、感情の針が振り切れたようにただ叫ぶことしか出来なかった。

 

 

 

「てめェは、メンバーを裏切って……好き放題やってたじゃねぇか!あと一歩だったんだろ、あの書類にサインか何かすりゃお前の願いは成就されてたんじゃねぇのか!?俺とあのゴミクズの間に入らなかったら全部上手くいってたんだろ!?」

 

「それは……」

 

「何で裏切った奴を助けようとしたんだ!?意味がわからねぇだろ!俺はてめぇを許すつもりなんざ毛頭なかった……。むしろ、殺してでもお前が裏切った経緯を聞き出すために拷問だってかけようと考えてた……なのに何で殺そうと思われてる奴が助けようとすんだよ!?意味がわからねぇに決まってんだろ!分かりたくても分からねぇに決まってんだろが!」

 

 

 

止まっていた時間が動きだし、溜めこんでいたモノが爆発してありったけの感情を口から吐き出す。

 

もうどうしてこの少女が裏切ったとか、経緯とか、理由とかそんなことはどうでもいい。

 

たった今起こったこの訳の分からない、自分の頭では決して理解出来そうにも無い摩訶不思議なコトについて教えて欲しい、その気持ちしかなかった。

 

 

 

「私にも、分かりませんが……貴方だけは、裏切れないと心が、訴えていたんです」

 

「んだと……!?」

 

「貴方のことを、傷つけないように、でも私も傷つきたくない、とか、色々思って……で、も、貴方じゃ一方通行には絶対に、勝てないと分かって、いました」

 

 

 

やはり彼女は自分を助けようとして、間に割って入ってきたのか。

 

裏切った癖に、査楽を殺した癖に、一方通行と裏で絡んでいた癖に、仲間を売った癖に……!

 

どうして、どうして助けるんだ。

 

そこで助けたら、今までお前がやってきたことの意味はどうなるんだ、価値なんてほとんどなくなって、生きている意味すら、自ら否定しているようなものじゃないか。

 

それこそ命をかけてやってきたことだというのに、最後の最後でどうして自らそれを破壊してしまったんだ。

 

 

 

「私は、貴方に命を救わ、れて……平等に、接してくれて、暗部で中身のない、からっぽの私、に、たくさんのモノを与えてくれて……」

 

「んなことは全部俺の気まぐれだろ、此処はそういう世界だろうがッ」

 

「それでも、良かった、ついででも……気まぐれでも。心の空洞が、からっぽが満たされて……貴方と接している時だけ、私は、嬉しかった」

 

「……じゃあ……なんで、裏切って……こんなことをしたのか教えてくれよ……!」

 

 

 

接しているだけで、嬉しいとか。

 

そんな訳の分からないことを言っても自分にはその言葉に込められている意味も、思いも分からない。

 

接しているだけで嬉しいと言いながら、もう自分は死のうとしているじゃないか。

 

去っていく人間が、残されてる人間にこんなことを言って……ずるい、卑怯だ。

 

そんなことを言われたって……もう接することなんか、出来ないじゃないか。

 

死んだら……全て終わりなんだ。

 

 

 

「アイテムの皆さんと出かけた時……こんな、楽しい、ことが……あるんだって。心が……。寝ている時よりもッ、食べている時よりもッ、訓練……している時よりも。心が、満たされて」

 

 

 

だから、少女が笑う理由も分からなかった。

 

裏切りを行って、目標の目の前で死に絶えるのに、死ぬ直前だというのに、何故笑っていられるのだろう?

 

 

 

「そんな貴方を、裏切ったら……何かを、失ってしまうと思ったんです。きっと、きっと……きっとそれは!ッハァ、私の心で、一番、一番大切なんです」

 

 

 

少女の呼吸が荒く、一呼吸一呼吸が大きくなる。

 

まだ少女の腹からは止めなく血が流れている、一方通行に腸を貫かれたあの時からずっとこの状態だ。

 

いや……もしあの瞬間、七惟が助けを叫んでもこの少女は助からなかっただろう、それほどまでに一方通行の右腕は少女の体を破壊してしまったのだ。

 

 

 

「気付いた、のは、貴方が殺されそうにぃ、ッ、ッ、ハァッ、なった時、で、す。最後、になって気付けて……よかった」

 

 

 

少女を支える七惟の服も、赤く紅く染まっている。

頬には血の跡が、青色のズボンには黒い大きな丸い点が、黒のジャケットは、赤と黒が交わっていく。

 

 

 

「私はずっと……貴方に助けられてから、私の乾いた心に、からっぽの心に、形の無い何かが出来あがってて、私は、それを知りたかった」

 

 

 

感情を吐きだす少女、それに呼応するように喉から、口から真っ赤な感情を吐きだす。

消え入りそうな声に、心の芯から頭の隅の細胞一つのこらず意識が傾く。

 

もう、目の焦点も合っていないのかもしれない、ぼやけた表情は、それでも笑顔を保っており、裏切りを行い、偽りを続けてきた少女の顔とはとても思えない程綺麗に思える顔だった。

 

七惟はぎゅっと少女の左肩を抱き寄せて、少女の声を聴く。

 

 

 

「最後に、、分に、ッ感情に、ハァ、、す、なおにッなれて、ハァ、、かったッ」

 

「……何……言ってんだよ……!」

 

 

 

密着した身体から少女の鼓動の音が聞こえる。

 

弱弱しい鼓動、今にも止まり失われてしまうであろう鼓動。

少女の口調がどんどん弱弱しくなる、もう言葉を発せられるのは最後なのかもしれない。

 

嫌だ、そんなのは……そんな現実は見たくない。

 

でも、そんな現実が目の前に迫ってきてしまって……だからもう絶対に、この少女の言葉の鼓動を逃がしてはならないと思った。

 

 

 

「……好き、です」

 

 

 

そう言って、少女は今まで一番綺麗な、子供のような無邪気な微笑みを浮かべた。

その微笑みが、自分の中の何かを食い潰したような気がした。

 

少女の体全体から力が抜ける、それと同時に七惟の身体の力も抜けていく。

そして頬に伝う何かを感じた。

 

それが何だったのか分からない、ただそれが何なのかも考えたくもない。

もう少女の口も、動かない。

 

身体の鼓動も、言葉の鼓動も、感情の鼓動も聞こえてこない。

 

どうして、どうしてこんなことになってしまったのだろう?

 

この場に来た時、この少女のことを憎いと、裏切ったならば唯では済まさないと思ったのに。

 

それなのにどうして自分はこんなにも、こんなにも……この少女の死に悲しんでいるのだろう。

 

どうして……知ろうとしなかったのだろう、彼女のことを……もっと……。

 

美咲香や、美琴、上条と関わって人の気持ちを考えることを学んだのではなかったのか?

 

どうして裏で働く人間達にも同じようなことが出来なかった?

 

どうして……どうして後一歩が踏み出せなかった?あの時、あの場所で少女を問い詰めていた時に何か出来たことがあったのに。

 

少女が抱え込んでいるモノを、少しでも理解していたならばこの結末は回避できたかもしれない、また少女の物語は続いていったかもしれない、七惟もこんな思いをせず、少女も死なず、もっと幸せな結末があったかもしれないのに……。

 

終わりの、続きがあったかもしれない……のに。

 

走馬灯のように少女との日々が脳裏を過る。

 

初めて出会ったのは雑貨屋のオフィスだった、まるで人間サンドバックのような扱いを受けている少女を、仕事の延長線上で助けただけ。

 

それから不思議なことが起こって……助けた少女が何故か自分のアジトにいた、名前も分からない名無しの少女との関係がココから一気に深まっていった。

 

一緒に食事をした、喋った、訓練した、遊んだ……お見舞いにだって行った。

そんな、そんなまるで友人のような日々を過ごしていたと言うのに、ひとたび現実に戻れば目の前に広がっているのは血なまぐさい姿で。

 

この場に来たとき、少女が七惟に向けたのは初めて見せるような怯えた顔だった。

 

どうして自分に怯えているのか、それに対して何故自分は怒っていたのか。

 

少女は自分に殺されるとでも思ったのだろうか?

 

知られたくなかった秘密を、悪いことを知られてしまった小さな子供のように怯えていたのだろうか?

 

……それとも、さっき言っていた自分の『心』に嘘をついていた罪悪感から、あんなにも泣きそうな顔をしていたのだろうか……?

 

その答えも今となってはもう分かる術はない。

 

最後に残した言葉の意味すら七惟には理解が追いつかない、いやそれ以前に少女が死んだという現実を呑み込めなかった。

 

初めて出会ってからまだ数か月も経っていないというのに、少女の存在は七惟にとってあまりに大きく成りすぎていた。

 

もう少女の時は止まってしまった、物語りは終わってしまった、そして七惟の時もまるで止まったかのように動かない。

 

 

 

 

 










何時も御清覧頂きありがとうございます、スズメバチです!

後書きを久々に書きますが、にじふぁん時代にも登場した名無しの少女の最後を描いた話になりました。

冒頭でも語られている通り、彼女の誰も知らない仮の名前は『レイア』です。

そして英語で書くと『leia』なんですが……。

嘘は『lie』ですが……題名の『live a lie』の『a lie』を捩った造語が『leia』なんですよね。

嘘やはったりで生きた少女、それが『leia』でした。

途中で気付いていた方もいるかもしれませんが、この『leia』という名前は数年前のとある曲から引っ張ってきています。

まだまだこの章は長々と続きますので、どうぞ今後とも距離操作シリーズをよろしくお願いします!

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