とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版   作:スズメバチ(2代目)

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復讐鬼-ⅰ

 

 

 

 

一方通行の能力は、ベクトル変換能力。

 

あらゆる現象の『向き』を自在に操る能力は、反射装甲を成しプラズマまでも作り上げ、それだけに留まらず地球の自転エネルギーすら利用してしまう反則的な力だ。

 

嘗て学園都市の第1位と第3位が殺し合いをした事件があった。

 

第3位は死に物狂いで第一位を殺すべく攻撃を行ったが、彼女の数百手の全身全霊の攻撃は全てことごとく防がれ、彼女の前に絶対に倒すことの出来ない壁として君臨した。

 

そんな誰も倒すことが出来ないような化物相手に挑むのは学園都市第8位にてレベル5のオールレンジ。

 

出力においては勿論第三位に負けるし、精神系統の技術も勿論第5位より拙いもの。

 

但し、レベル5の中で唯一空間認識・操作能力を持つ能力者だ。

 

嘗ては暗部の世界を跋扈していた多くの不届き者を始末し、そのブレーキを一切知らない冷酷さにスキルアウトや暗部組織からは常に恐怖の対象として見られていた男。

 

だがそんな恐ろしい男も第一位の前では第3位同様唯のむしけらでしかない、こちらが本気を出すことなく、数秒でケリがつけられるはず。

 

敵の覚悟と勇気は認めるが、それに実力が伴っていないと一方通行は嘲笑し、下らないその思考を愚弄するかのように唾を吐く。

 

そんな一方通行を淀んだ怒りと憎しみの瞳で睨む七惟が攻撃を開始する。

 

七惟が道端のガードレールを能力によって引き剥がし、弾道ミサイルのようなスピードで一方通行に向かって打ち出した。

 

ガードレールは一方通行に激突すると、まるで真ん中から何か強い衝撃でも受けたように、『く』の字に折れ曲がる。

 

折れまがったそのガードレールは一方通行の演算によって逆に打ち出した本人の方へと、スピードを殺さず向かっていく。

 

これが反射装甲、彼に害を成す全ての物体・物質は攻撃を加えた者に復讐すべく牙をむける。

 

一方通行がレベル5の中でも絶対的な防御力を誇るとされるのはこの反射装甲の影響が大きいが、その評価は過大でもなんでもなく彼に仇を成す者全てを震え上がらせる。

 

七惟に向かって放たれたガードレールは七惟に衝突する前に、何かに当たったかのようにキンと高い音を立て、周りに衝撃を撒き散らかすとその場にズシンと重力に従って落下した。

 

この現象に一方通行は眉を顰める、確か今までの七惟ならばあの鉄骨は可視距離移動か転移させるか、回避行動を取っていたはずだが、今回はそのどれにも当てはまらない。

 

距離操作能力者が移動させる物体は全て絶対等速、能力者が決めた速度で決められた場所に到達するまであらゆる物体を貫通する。

 

それを能力を使った訳でもなく無効化した、距離操作能力者にそんな力があったなど聞いたことがないが……。

 

 

 

「はッ……相変わらず自分を守るためには特化した能力だな、あぁ!?」

 

「はン、相変わらずてめェは同じことの繰り返しだなァ、面白みが全然なィぜェ!」

 

 

 

先ほどの現象は不可解だが、あれだけ痛めつけられて再度挑戦してくるのならば能力を進化させたと考えるのが妥当だ。

 

だが、その程度の進化は一方通行の障害には成りえない。

 

自分の反射装甲を貫き、倒すことが出来るのはあのヒーローくらいだ。

 

一方通行が暗部組織に身を置くようになってから暗部組織の間では一方通行を無効化すべく様々な手段が今まで取られてきたが、どれも彼の脅威には成らなかった。

 

今迄追い詰められたことがあるとすれば、それは暗部世界に身を置く前にたったの二回だ。

 

その二回共に相手が学園都市の中でもイレギュラー中のイレギュラーだった、唯のレベル5なんぞが自分に攻撃を当てることなど出来るはずがないのだ。

 

一方通行は思い切り地面をけり上げ、同時に足のベクトルを操り、地を這う超電磁砲の如く七惟へと接近する。

 

踏みつけた振動であたり一体が揺れて粉塵が舞い上がる頃には、一方通行は既に七惟の鼻っ面に割り込んでいた。

 

知覚出来ない程のスピードで、気付いた瞬間にはもう遅い……だが、そんな一方通行の行動を七惟は表情を変えず、怒りを刻んだまま睨みつけていた。

 

 

 

「てめぇにも言っといてやる。同じことの繰り返しじゃ俺は倒せねぇぞ……!」

 

「ッ!」

 

 

七惟の身体まで数十センチ、触れれば血液が逆流し、肉体が木っ端微塵になる死の右手があと数瞬で触れる時に異常は起きた。

 

一方通行の身体が何かに『衝突』し、その反動で彼は吹き飛ばされた。

 

 

 

「ッ!?」

 

 

 

外部からの干渉をほぼ全て無効化する一方通行が、吹き飛ばされるなどと言った芸当は人生の内にまだ2回しか経験したことはない。

 

彼の頭は一瞬固まるが、すぐさま経験法則から彼に干渉する攻撃を探る。

地面を数十メートル転げ落ちたにも関わらず、傷痕は最初の衝突時に生まれたモノしかない。

 

埃やアスファルトによって削られた後は見受けられないのを確認し、ゆっくりと立ち上がる。

 

 

 

「はッ……お似合いだよ、地面を無様に這い蹲ってこっちを睨む負け犬みたいなその面がなぁ!」

 

「雑魚が。口だけはよく回りやがる」

 

 

 

いったいどのような原理で自分を吹き飛ばしたのか。

 

真っ先に思い浮かぶのは自分が今までの人生で二回死にかけた時のこと。

 

まず考えられるのがあのヒーローのように触れたら異能の力を撃ち消す効果だ。

 

だがこの線は薄いと言っていい、七惟は触れてもいなし、そもそも七惟は距離操作能力者、異能の力を消す力など全く方向性が違う能力のはず。

 

第2に木原と同じで、こちらのAIM拡散力場に干渉し、自分だけの現実を歪められている線。

 

しかし能力の行使において何ら違和感も感じなかったし、あの壁に衝突した以外の傷は一切おっていないのを考えると、その線も可能性は低い。

 

もしや、全く新しい法則で一方通行に有効な攻撃法則を編み出したというのだろうか。

 

 

 

「どんな能力使ったかは知らねェが、二度目はねェと思え」

 

 

 

一方通行は探りを入れるべく、まずは周囲の風を操り、烈風を生み出す。

 

烈風は触れればアスファルトを切り刻む程の威力、人体が触れれば忽ち分解されてしまうはずだ。

 

地面を思い切り手で殴り潰したのを合図に、烈風が七惟の身体へと襲いかかる。

 

一方通行は今から起こるであろう不可解現象を注意深げに見つめる、必ず何かトリックがあるはずだ、ただの能力者にこの一方通行のベクトル変換能力を打ち破れるとは到底思えない。

 

烈風は幹線道路のアスファルトをめくりあげ、切り刻みながら前進し七惟の身体へと直撃した。

 

かと思われたが、直撃する寸前で烈風はまたもや謎の『壁』のようなモノにぶつかり、その場で四散する。

 

その後第一波に続き第二、第三と続いたがその『壁』を貫くことは出来ず、全て防がれて結果的には霧散してしまった。

 

 

 

「どォいうことだ」

 

 

 

烈風を防ぐ間にも七惟の行動にも表情にも変化はない、もしや何もしていないのか、となると怪しいのはこちらの演算ミスだがそんな軽率なミスは、学園都市最高の頭脳が犯すわけが無い。

 

やはりあの男が何らかの力を使ってこちらの物理現象を防いでいると考えるのが妥当だ、だがそれはいったい何だと言うのだ。

 

となれば再度攻撃を行いその壁の性質を逆算し正体を暴く。

こちらの攻撃を全て防ぐということは、この世の物理法則に何らかの防備を張っていると考えられる。

 

だがどんな防御の壁も必ずその生み出される過程上『穴』がある。

 

しかし一方通行の思考を邪魔するかの如く憎々しげに七惟が言葉を発した。

 

その顔にまるで人間の喜怒哀楽の感情全てを凝縮して怒りに変えたかのような般若の形相で。

 

 

 

「一つ教えといてやる、ゴミクズ」

 

「あァ?」

 

「てめぇじゃ絶対この『壁』をぶち破ることは出来ねぇ」

 

「随分自信ありげじゃねェか。その鼻っ柱すぐへし折ってやるから安心しろ」

 

「そうかよ……そいつは良かった、折れるのはてめぇの首だがなぁ!

 

 

「ッ!?」

 

 

 

七惟が語尾を荒らげた瞬間、今までとは全く違う異常現象が一方通行を襲った。

 

それは『反射』を組上げていた方程式に、軋みが発生したのだ。

 

この十数年間、あのヒーローにも木原にも反射の方程式に干渉されたことが無く、初めての体験だっただけに一方通行は目を丸くする。

 

まるで足元が瓦解していくかのような感覚、何度反射装甲の演算を正そうにも土台の部分が安定せず崩れ落ちる。

 

今の自分は完全に無防備だ、今までの人生で戦闘に於いて丸裸にされたことなどない。

 

キャパシティダウンのような妨害ではない経験したことのない異変。

 

一方通行は初めて自分が今相対している敵は自身を何のためらいもなく『殺す』ことが出来る敵だと認識しだ。

 

 

 

「俺を今までてめぇが踏みにじってきた奴らとはちげぇぞ!」

 

 

 

七惟が右手首をくいっと引くような動作を取った。

 

すると、どうしたことか今まで一度もテレポーターにも距離操作能力者にも飛ばされたことの無かった彼の身体が、七惟に向かって一直線に飛んでいく。

 

 

 

「ンだとォ!?」

 

 

 

思考回路が完全に停止する、先ほどから起こる現象は全てがイレギュラーだ。

 

目にもとまらぬ速さで飛んでいく一方通行、そして七惟が待ち構えていた場所まであっという間に辿りつくと、彼の目の前に大木が出現し、激突した。

 

だが激突の衝撃全ては一方通行には届かない、今度は全ての衝撃が彼に届く前に一部の反射方程式が的確に処理したためだ。

 

反射装甲で弾き損ねた衝撃はそのまま肉体へとダメージを与える、脳が揺れるような振動に猛烈な痛みと、目まい。

 

身体が無事なところを見てみれば衝撃の十分の一は反射出来たようだ、もし反射で負荷を低減出来て居なかったら今頃自分はミンチになってひしゃげていただろう。

 

その証拠に激突した大木は目も当てられない程無残な姿に成り果ててしまっている。

 

 

 

「はッ……俺はてめぇには容赦しねぇし躊躇いもねぇ。てめぇに足蹴にされ馬鹿にされてきた奴らの気持ちが少しでも分かったか……あぁ!?」

 

 

 

七惟は蹲っている一方通行を、今度は文字通り右足で蹴り飛ばした。

 

今度こそ一方通行は理解した、この男の能力の全てを。

 

 

 

「ガァッ」

 

 

 

2メートル程蹴り転がされ、一方通行は力強く足を踏み込み、立ち上がる。

 

頭からは血が流れ、腹は蹴られた衝撃でひくひく言っている、痛みは木原に殴られた時と同じ程の激痛。

 

ヒーローや木原の時と同様で、学園都市最強の怪物の姿には見えない。

 

つい先ほどまでこの男がどれだけの覚悟を持っていたとしてもそんなものは下らないと、自分の障害になんて成り得ないと鼻で笑って奴の覚悟をコケにしていたというのになんと滑稽な姿か。

 

それはまるで自分の強さに奢りを覚えた愚か者のなれの果てみたいだ、と一方通行は自虐の笑みを浮かべた。

 

 

 

「てめェ……どういう経緯かは知らねェが、木原クンと同じことしてンだなァ……!?」

 

 

 

確信を持って、毒を吐くように言い放つ。

 

あの名前を口にするだけで彼の苛立ちは急速に膨らむ、その白い額に欠陥が浮き出る程に。

 

 

 

「それをてめぇに応える義理はねぇ。そのままくたばりやがれ、自分がどんだけゴミで屑で下衆な人間か悔やんでなぁ!」

 

 

 

復讐鬼と化した七惟が叫ぶ、耳を劈くようなその雄たけびは身体の芯まで響いてくるも、一方通行は現状を冷静に整理していた。

 

七惟理無は完全とまではいかないが、こちらのAIM拡散力場と自分だけの現実の相互関係、演算方程式の構成を知っている。

 

どういう経緯でそのデータを得たのかは不明だが、今の七惟は木原と同じように自身に干渉しているに違いない。

 

木原と違うのは、距離操作能力者として『幾何学的距離操作』でAIM拡散力場に干渉し、こちらの能力発動に高頻度でジャマーを入れる点。

 

これは木原の反射の癖や性質を見抜き穴をついてくる攻撃とは違い、こちらの能力を『無効化』してくる。

 

逆算でそれを防ごうとも考えたが、此処で大きな問題となるのが奴は一方通行の演算にジャマーを入れてくるのではなくAIM拡散力場という『空間』に影響を与える攻撃を行う点だ。

 

AIM拡散力場との関係性は能力者である以上その影響からは逃れられることは出来ない、それは学園都市で最強とされる一方通行でさえ例外なく当てはまる絶対の法則だ。

 

どれだけ一方通行が正しい演算を行ったとしてもそれに対してAIM拡散力場が正しく反応してくれなければ能力は正常に発動しない。

 

奴は一方通行とAIM拡散力場の関係を数値化し妨害を行う。

 

自分と力場の接点、そこにジャマーを力場側に入れベクトル操作が上手く処理出来ずあらぬ結果を招く。

 

力場側に影響を与えるなんてこと自身のベクトル操作では不可能だが……奴の戦法にも弱点はある。

 

ジャマーは完璧ではないのだ、先ほどの大木に激突した時のように時々ミスが生じ正常に能力が発動する。

 

流石に第1位の能全てを第8位が把握しきれる訳が無いと言ったところか、此処に勝機があるのは間違いない。

 

まだあの時のように完璧に追い詰められた訳ではないし、あの時のように自身の感情が制御不可にもなっていない、冷静に判断出来る。

 

旗色は悪そうだが、それでも自分が七惟に負けるビジョンなんて思い浮かべられない。

 

きっとそれが思い浮かんだ時は……コイツが自分を『殺す』時だ。

 

自分がコイツを殺すのが先なのか、それとも殺されるのが先か。

 

今迄生きてきた中で死にかけたことは1回、たったの1回だったが……2回目がすぐそこまで迫ってきているのかもしれない。

 

この時一方通行目の前で復讐の権化のように怒りに染まった目の前の男に対して、自身の『命』が失われるという生物としては絶対的な恐怖の感覚に襲われた。

 

だが彼はもちろんそんなことを自覚していない、認めない。

 

ただ激しく燃え上がる七惟の怒れる瞳を前にして、乾いた笑みでこう吐き捨てるのだった。

 

  

 

 

 

「はン……偽善者が」

 

 

 

 

 

 


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