とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版 作:スズメバチ(2代目)
駐輪場にやってきた二人は、早速バイクに跨る。
「おいミサカ。後ろのグリップ離すんじゃねえぞ」
「わかりました、とミサカは勢いよく頷きます」
頷いてねぇ。
七惟は突っ込むことを諦めてため息をつくと、エンジンをかけて早速バイクを公道へと走らせた。
二人が乗るバイクは250ccながらもエンジンは1万8千回転するというスポーツタイプのバイクで、加速力は非常に高い。
最高速は190kmあたりだが、リミッターを切れば230前後出るので七惟は安価な割に高性能なこのバイクを気に入っていた。
幹線道路を我が物顔でぶっ飛ばす七惟のバイクは他の者からすれば迷惑千番。
車はクラクションを鳴らし、原付は恐れを成して横に逸れ、バスの運転手は下手をすれば轢き殺してしまいそうなこの荒い運転を青ざめた表情で見つめる。
さらに一般歩行者からは、ミサカがヘルメットをしていないため嫌がおうにも彼らの視線は止まる。
とても悪い意味で二人はかなり目立っており、いつジャッジメントやアンチスキルに通報されてもおかしくはない状態だったが。
「おい!どうだよ!?」
「これは良いモノですね、とミサカは胸を躍らせながら応えます」
当の二人はそんなことは全く気にしていなかった。
「はッそうかい!」
「まるで風のようです、こんな乗り物があったなんて……、とミサカは驚いてみせます」
七惟からミサカの表情は覗えないが、少しばかり声の抑揚を感じることが出来たので、それなりに喜んでいるのであろうと勝手に解釈した。
まあ、七惟もミサカと同じようにこの風のように突っ走る感覚が好きなのだ。
「もっと吹っ飛ばしてみるか!?」
「はい、とミサカは意気揚々と応えます」
「へえ、お前とは気があいそうだな!」
七惟は心の底からバイクが好きだ、もう自分の半身になっていると言っても過言ではない。
そのバイクを一緒に好きになってくれるのは、悪い気がしなかった。
*
二人を乗せたバイクはその後第7学区を一周し、公園へと戻ってきたがその頃にはもう日が暮れてしまっていた。
「今日はありがとうございました、とミサカは懇切丁寧に礼儀正しくお辞儀をします」
お辞儀してねえって……。
「まあ……気が向いたらまた載せてやるよ」
「それは残念ながら無理でしょうとミサカは考えます」
「……怖かったのか?」
「そういうわけではありません、言えない事情があるのですとミサカは残念そうな顔をしてみます」
「……お前ら姉妹はホント勝手だな」
言えない事情。
ミサカの言い方に引っ掛かりを感じた七惟だったが、それ以上は何も言わなかった。
「そうですか、それはそれでお姉さまに似ているので嬉しいことでもありますとミサカは内心を打ち明けます。それではミサカは大事な用事があるのでここで失礼します」
「ああ、姉にはバイクに乗せて貰ったとか言うなよ。10億Vの電撃が飛んでくるのが目に見えるからな」
ミサカはこくりと頷くと、そのまま夕日の滲む街中へと消えて行った。
その後ろ姿を、七惟は怪訝そうな表情でいつまでも見つめていた。
*
ミサカと別れた後、七惟は暗部からの情報を頼りに上条のここ数日の足取りを探っていた。
七惟の気を紛らわせるには十分だったあのツーリングも、時間が経てばやはり効果は薄れて行き結局は午前中と同じ思考に陥っていた。
「光の、柱……か」
彼の手に握られているメモは、数日前高エネルギー反応を示した場所が書かれている。
しかしそのメモの場所は彼の担任教師である『小萌』という女性の部屋のものだ。
彼女は無能力者で、特別これといった力は持っていない。
上条が此処を出入りしていたという情報はあるものの、こんな都会のど真ん中で高エネルギー反応など眉唾モノだ。
そもそも本当に観測されただけのエネルギーが発生したというのならば、ここら一体が吹き飛んでしまっているはず。
「……まあ、外れだろうな」
七惟はふんと鼻を鳴らし去っていく。
彼が此処まで上条のコトを探っているのには理由が二つあった。
一つは当然彼を雇っている暗部組織からの命令だ、監視対象である上条の動向を把握しておくというのは当然だろう。
そしてもう一つは、彼の第六感……つまり勘がそうしろと告げていた。
上条が消えたあの日から、嫌な予感がしてならなかったが奴が戻って来てからもその気配は消えることがない。
放っておけば命にかかわるような出来事かもしれない……そのためにも、あの赤髪の男に関する情報と上条達の情報が欲しい。
だがそうは言っても手掛かりと言えば暗部から寄せられる根拠の無い情報ばかりで、どれだけ探ってみても全く当たりがない。
しかし七惟とてこのまどろっこしいもやもやを放っておくのは気持ちが悪い、正直苛々する。
結局それから数時間探索してみたものの、何も手がかかりは得られずに帰路につく。
「ちッ……終電行っちまったのかよ」
バイクを止めた場所まで戻ろうと思ったのだがもうすでに最終便は出てしまったらしい、歩いて帰るしかなさそうだ。
七惟は暗闇に溶けた街を一人歩く。
線路の走る腋道、周囲には大量のコンテナが積まれており外部から此処の中を見ることは不可能だろう。
治安の良さが自慢の学園都市だが、こうもいろんな場所に死角があるあたり安全だとは思えない。
自分のような無法者が居る時点で安全も何もない気がするが。
七惟は自嘲気味に笑みを浮かべひたすら次の駅まで歩き続けていると、積み上げられたコンテナ群の奥のほうから何かが倒れるような音が聞こえてきた。
その音は七惟が歩くに連れてドンドン音が大きくなり……近づいてい来る。
「なんだ?」
スキルアウトの類が暴れているのか?それとも不法侵入者か?
どちらにしよ自分には関係ない、自動販売機の時と同じように藪蛇に噛まれてはつまらないだろう。
七惟は音をしたほうを一瞥すると、何事も無かったかのように歩き出すが前方の十字路の右側から人が吹き飛んできて動きを止める。
えらく派手にやってるもんだ、と七惟は他人事だと決め気に止めるつもりも無かったのだが……
飛んできた人物は七惟のそんな態度を豹変させるには十分だった。
「……ミサカ!?」
「…………」
飛んできたのは血まみれになり体中に傷を負ったミサカだった。
「どうして、貴方が此処にいるのです、かとミサカは……」
「俺が訊きてえよんなことは……!」
七惟はミサカに駆け寄り、倒れた彼女の容体を確かめる。
全身には弾痕や火傷の後、さらには右手が変な方向に曲がっており骨折しているのが分かる。
数時間前までバイクに乗っていた少女がこんな血だるまになって自分の目の前に現れる現実に七惟は愕然とする。
「喋んな、これ以上は出血多量でやべえぞ」
状況を理解出来ない七惟だが、まずは彼女の身を守るべく携帯を取り出す。
「大丈夫です、とミサカは貴方の提案を拒否します」
「死にてえのかこの糞餓鬼!」
七惟は、あの一方通行との実験以来異常に『死』というものを嫌っていたし、必要以上に恐れていた。
それは他人にも当てはまる、当然自分が死ぬのなんてまっぴらごめんだし、赤の他人が死ぬのだって七惟は大嫌いだ。
よって彼は仕事柄犯罪に手を出してはいるものの、人を直接殺めたことはあの一件以来一度も無かった。
「ミサカは行かなければなりません」
「何処に行くつもりだそんな身体で!」
七惟はミサカの行動が理解出来無い、今すぐにでも病院に運ばなければ危険な状態だ。
「おィおィ、なンで此処にイレギュラーがいるンですかァ?」
背後から聞こえてきた声にこめかみがぴくりと動く。
「って、てめェオールレンジじゃねェか。実験の見物にでも来たのかァ?」
「お前がやったのかベクトル野郎」
切れそうな目で見つめた先に居たのは学園都市最強のレベル5、序列1位の一方通行が気味の悪い笑みを浮かべていた。
相変わらず白と黒を貴重としたTシャツ、色素の抜けた白髪に真っ赤な瞳。
見るだけで反吐が出る。
「やっただァ?お前には関係ねェことだろうが」
「んだと」
「コレは実験なンだよ。てめェも知ってンだろ、あの計画をよ」
「……レベル6計画?」
「まァ、似たようなもンだ。ソレはこの実験におけるターゲットなンだよ、要するにモルモットってわけだ」
モルモット……?
その言葉に七惟は言葉にならない怒りと同時に、急速に脳が回転し情報の処理を始める。
確か今コイツは絶対能力者になるために実験を受けている、それは様々な戦闘パターンで学園都市第3位のクローンを2万回殺すことで成就されるとされている。
そしてコイツは今ミサカのことをモルモットだと言った、つまりこの言葉が意味することは……。
「ミサカ……お前、クローンなのか!?」
七惟はゆっくりと振り返り、ミサカの淀んだ黒い瞳を見つめる。
「はい、ミサカは学園都市第3位御坂美琴お姉様のクローンでミサカは被検体1万10号にあたります。この『絶対能力進化計画』のために生産された個体は2万体。一人当たりの単価は18万円、その能力はオリジナルの1%にも満たない欠陥電機ですとミサカは」
「……ッ!それ以上説明すんじゃねえ!虫唾が走んだよ!」
つまりこの糞野郎が言ったことは全部本当で、自分が勝負したあの短パンは学園都市のレベル5『超電磁砲』御坂美琴。
道理であの短パンも『ただの』電撃使いにしては強すぎた訳だ、序列8位の自分が3位の彼女に勝てる訳がない。
そしてこのゴーグルをつけたミサカは奴のクローン、一方通行がレベル6になるための餌。
確かに『妹』ではあるが、それはちゃんとした過程を経たというわけではなかった。
胸糞悪い……
「わかったか?てめェには関係ねェことなンだよ。死にたくなかったらさっさと退くンだな」
「……ふざけんじゃねえぞベクトル野郎」
「あァン?」
「てめえ、人の命を何だと思ってやがる」
「だから言ってンだろうが、コイツらは人じゃねェンだよ」
一方通行はさも殺すのが当然だ、とばかりの論調だ。
確かミサカの型番号は1万10号、既にコイツは1万以上の欠陥電機を殺害している。
「てめェだって最初は何も突っかかってこなかったじゃねェか。結局コイツらは人の形をした紛いもンだ」
一方通行の実験を知った時、七惟はこの計画に嫌悪を示しはしたが止めはしなかったし止めろとも言わなかった。
それは、クローンと呼ばれるものがもっと無機質で、たんぱく質の塊の人形だと思っていたからだ。
しかし今日、自分と一緒にバイクに乗り、僅かな時間ではあるが同じ感覚を共有し、何よりもあのバイクを好きだと言ってくれたミサカが。
「紛い物だなんて……信じられるかこの糞野郎が!」
七惟は相手が学園都市最強で、嘗て殺されかけたことのある相手だとも忘れて可視距離移動砲を発射する。
「へェ……てめェ、俺に攻撃したらどうなンのかわかってンだろうなァ?」
高速で飛ばされたコンテナは、当然一方通行の反射に遮られて四方八方にバラバラになって飛び散る。
「やめてくださいとミサカは貴方に警告します。貴方が何の能力者か知りませんが絶対に彼に、勝てるわけがありませんと」
言いかけた途中でミサカは吐血する、彼女の体はもう限界が迫っているようだ。
早く彼女をコイツから遠ざけなければ、殺されてしまう。
つい最近血まみれで路地裏に現れた一方通行を思い出せば、容赦などしないのは明らかだ。
「カカカ、てめェがそのモルモットの代わりに実験台になってくれンのかァ?いいねェ、いいねェ……1年前殺し損ねたしなァ!?」
「はン、そのベクトル能力はもうネタは上がってんだよ……!」
学園都市私立長点上機学園在学一方通行、レベルは5で学内における序列は1位、つまり学園都市の頂点に立つ男。
その能力は『ベクトル操作』であらゆるモノの向きを操る。
無意識下でもその能力は常に発動しており、彼に対する全ての攻撃は『反射』により効果がない。
それは例外なく当てはまり七惟の可視距離移動砲や、転移攻撃は彼のベクトル操作の前では無力だ。
「死ねェレンジやろォ!」
「ケッ、後で吠え面かくんじゃねぇぞ!」
七惟が張っているのは当然虚勢である、いくら彼が学園都市第8位のレベル5だとしても相手が悪すぎるし、1年前半殺しにされた経験からして適わないことは百も承知だ。
幸い彼の能力ならいくら一方通行と言えど瞬殺は出来ないので、その間に逃走経路を企てる。
一方通行の攻撃をいなしがら七惟は人通りへの脱出経路を探るが、コンテナ群が邪魔をして上手く周りが見えてこない。
「ックソ!ミサカ!」
自分がアイツの相手をしながらミサカに逃げ道を確保してもうらべきだ。
「俺がアレの相手してる間に逃げろ!」
「……」
「ミサカ?」
ミサカは七惟の呼びかけに答えない。
もしや―――――!?
七惟の額に冷たい嫌な汗がつっと落ちて行くのを感じると同時に。
「ミサカは退くことは出来ませんと静かに答えます」
気がつくとミサカは七惟のすぐ後ろに居た。
「……ッ!?」
「ですので、ミサカは今この時点における最良の選択を―――――」
ミサカが言葉を紡ぎ終える前に七惟は全身に痛みが走ったかと思うと、そのまま意識が遠くなり気を失ってしまった。
*
「おィ?ソイツはどうすんだァ?」
「イレギュラーなので関係ありません、とミサカは説明します」
「はン……そうかよォ。興が覚めちまった。ちっとばかり寿命が延びちまったよォだが再開すンぜ?」
「問題ありません、これより第10010次実験を開始します―――」