とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版   作:スズメバチ(2代目)

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復活の言葉-ⅰ

 

 

 

 

 

「遅いよー、浜面」

 

アジトに帰ってきた浜面を待っていたのは、麦野の素っ気ない一言だった。

 

此処は第3学区にある高級サロン。

 

学園都市でも上流階級しか入ることが出来ないサロンで、上流階級未満の人間は此処に入れるようになることで上の仲間入りを果たしたと見なすらしい。

 

それ程までに一般人とはかけ離れている場所だったが、そんなサロンの一室にどっかと陣取っている麦野達アイテムもまたある意味では上の人間なのかもしれない。

 

もちろん経済的な意味ではなく、その他諸々な意味を含めてだが。

 

 

 

「……七惟!?」

 

 

浜面の視線に先ず入ってきたのは、今にも息絶えてしまいそうな状態の全距離操作能力者、七惟理無だった。

 

視線は虚ろで意識を保っているのか失っているのか分からない、傍らに置いてある何時も携帯していた槍は半分から下が無くなり、右肩には何やら得体の知れない機械が付いていてかなりごつくなっている。

 

服もボロボロで、着こんでいる皮ジャンは赤黒く変色しており、もはや元の色が何色だったか分からない、ズボンに関しては、昼見た時には青だったのに今では紺色になってしまっている。

 

滝壺が腕に包帯を巻いているが、そんな一時的な応急処置ではなくちゃんとした医療機関に入れなければダメだろうということはすぐに分かった。

 

表情はかなり疲れきっていて、顔に刻まれた血の化粧からして、今まで彼がどんな場所に居て、どんなことをしたかを察するには十分過ぎた。

 

学園都市で8番目に強い能力者で、あの麦野ですら一目置く男がこんなことになってしまうなんて、今日は全てが異常事態過ぎる。

 

スクールとの戦闘後浜面は心理定規に追われて命辛々此処まで走ってきたと言うのに、助かった気がしなかった。

 

 

 

「あんまり騒がないでくれる浜面?」

 

「い、いいのかよ。七惟がこんなんになっちまったんだぞ」

 

「仕方がないでしょ、ソイツ単騎で一方通行の馬鹿野郎に突っ込んだんだ。あの馬鹿に一人で喧嘩売ったらどうなるかくらい分かってるだろうにね」

 

「おいおい……」

 

「まぁ、死に損ないの状態でもレベル4くらいだったら一蹴出来る力はあるしね、オールレンジは戦力になるの」

 

 

 

七惟はそんな麦野の言葉を聞いているのかどうかは分からないが反応は示さない。

 

おそらくこれが麦野だ、ということを理解しているのだろう、もしくは麦野に言われたことが図星で何にも言えないのか。

 

どちらにせよあの状態からアイテムの面子が全員揃うとは奇跡に近いと思った、クレーン女に追われていた自分もよく生還出来たものだ。

 

が、此処で浜面は違和感に気付いた。

 

 

 

「……フレンダは?」

 

 

 

一人足りないのだ、アイテムが。

 

 

 

「消えた」

 

「は?」

 

「死んだのか捕まったのかは分からない。補充してる時間はなさそうだし4人で頑張るしかないね」

 

 

 

麦野はフレンダのことなどどうでもいい、と言わんばかりの仕草で応える。

 

 

 

「ま、こっちには滝壺と七惟がいる。スクールも一人欠けたし、まだこっちが有利。巻き返すのは不可能じゃないよ」

 

 

 

自分は頭数に入っていないのか、と不満そうな表情をする浜面に包帯を持った滝壺が近寄る。

 

 

「はまづら、怪我してる」

 

 

 

確か滝壺は、浜面が麦野から渡された黒い袋を電子炉で処理するすぐ近くを走っていた。

 

浜面は此処にやってくる前に麦野に依頼されて黒い袋を電子炉で処理していた。

 

その黒い袋の中身は何なのか麦野に問いただそうとしたが、浜面の言いたいことを悟ったのか麦野は『好奇心で身を滅ぼしたくなければいう事をきけ』とだけ言い残して彼にこの袋を押し付けたのだ。

 

おそらくあの黒い袋の中身は……仲間たちの死骸、もしくは裏切った者達に麦野が行った制裁の結果が入っていた。

 

浜面はまだ麦野という人間を深く理解していなかった、アイテムとメンバーの面子で遊んだあの日からは想像も出来ないこの現実。

 

今日の闘争で次から次へと明らかになっていく問題と麦野の本質に浜面は戸惑うばかりだ。

 

下手をすれば次は自分があの黒い袋の中の物言わぬ肉塊になっていたかもしれない……。

 

そんなことをしていた浜面の横を駆け抜けていった滝壺が向かったのは第10学区の立ち入り禁止区域だったのだが、今なら何故あの時この少女が走っていたのか分かる気がする。

 

彼女は七惟を助けようとしていたのだ、学園都市最強の一方通行との闘いに破れた瀕死の七惟を。

 

何でもねぇ、と答えて浜面は麦野に問う。

 

 

 

「これからどうすんだ?ピンセットは奴らに奪われちまったんだろう?」

 

「そだね、だから今度はこっちから反撃する番よ。滝壺の能力を使ってあの糞の居場所を突き止める。もうアイツのAIM拡散力場は滝壺は記憶してるから、何時でもこっちから追えるのさ。アイテムの存在意義は上層部に反乱する因子を抹殺すること、ソイツを全うしてやろうじゃない」

 

 

 

七惟の看病をしていた滝壺は麦野に視線を向けると、懐から小さなケースを取りだした。

 

 

 

「検索対象は未元物質でいい?」

 

「誰だそりゃ」

 

「第2位のレベル5。スクールを指揮してる糞野郎だよ」

 

 

 

麦野が答えている間に滝壺はケースに入っている粉末を取りだした。

 

 

 

「滝壺さんも超難儀していますよね。体昌がないと能力を使えないなんて」

 

「別に。わたしにとっては、こっちが普通だったから」

 

 

 

粉末を少量舐めると、少女の目に光が戻る。

 

普段のぼーっとした天然脱力系少女とは思えない表情に代わり、背筋はピンと伸びている。

 

 

 

「AIM拡散力場による検索を開始。近似・類似するAIM拡散力場のピックアップを停止。該当する単一の力場のみを結果報告するものとする。検索終了まであと5秒」

 

 

 

機械のような正確で、無機質な声。

 

そして答えはやってきた、同じ声色で。

 

 

 

「結論。検索対象はこの建物内にいる」

 

 

 

その場全体が凍りついたかのようになったその瞬間、サロンの扉が反対側から思い切りけり破られる。

 

 

 

一人の男が姿を現す、姿を確認した麦野が忌々しげに名前を言った。

 

 

 

「未元物質……!」

 

「名前で呼んで欲しいモンだな、俺には垣根帝督っていうちゃんとした名前があんだからな」

 

 

 

男の手についているのは機械のように細長い二本の爪。

 

 

 

「ピンセットか」

 

「かっこいーだろ?勝利宣言しに来たぜ」

 

「はッ……。アレイスターに選ばれなかったスペアプランに吠えられても。散々逃げ回ってくれたのに急に態度がでかくなったのはどういうつもり?」

 

「そりゃあな、あれだけド派手に暴れてくれちゃあ、こっちも下の奴らに示しがつかねぇ。おかげで4人しかいない人員を一人ミンチにされちまったしよ」

 

「忘れてない?数日前にはスナイパーも愉快な死体にしてあげたつもりだったけど?交換したんだ」

 

 

 

下らなそうに会話の応酬を続けていた垣根の視線がふとある一点に向けれる、そこには瀕死状態の七惟理無が居た。

 

 

 

「へぇ、生きてたのかオールレンジ。話によりゃあ、あの糞野郎だいぶ痛めつけてくれたみたいだな。ったく、本当お前は対一方通行なら俺と同じくらいの実力だよ」

 

 

 

そう言って垣根は右手を七惟に向ける。

 

 

「つっても、もう用無しだしな。そろそろ舞台からは退場してもいいんだぜ」

 

 

 

だが、そこから先の言葉は無かった。

 

七惟に敵意が向けられたその瞬間に、絹旗が数十キロはありそうな豪奢なソファーを片手で持ちあげるとそれを容赦なく垣根へと投げつける。

 

ソファーは猛然と垣根へと向かいぶつかるが、粉々になったのは垣根ではなくソファーのほうだった。

 

バラバラに粉砕されたソファーが撒きあげる粉末の中から現れた垣根はかなり苛立った表情だ、もう殺す準備は万全か。

 

 

 

「そんなにオールレンジが大事なのかよ……ムカついた、まずてめぇの目から潰してやろうか、もう二度とその大事な大事なオールレンジを見れねぇくらいになぁ」

 

 

 

絹旗は垣根の言葉には応じず、素早く壁際まで走りサロンの壁を破壊して通路を開く、すかさず七惟を背負う。

 

麦野に目配せをして互いが頷くと、ぼーっと突っ立っていた浜面達に叫ぶ。

 

 

 

「浜面!滝壺さん!こっちです!」

 

 

 

無理やりこじあけた通路を4人は突っ走る、奥の部屋に居た客たちやスクールの下位組織の連中は絹旗の窒素装甲の蹴りとタックルで有無を言わさずになぎ倒していく。

 

もし窒素装甲が無ければ男子高校生である七惟を、中学生である絹旗が持ちあげるなんて芸当は出来なかっただろう。

 

 

 

「浜面、超急いで車の準備をしてください。スクールが私達のアジトを突き止めたのを見るに、こちらの情報が漏れていて、他のアジトも洗いざらい手が回っていると考えるのが超打倒です。おそらくスクールは滝壺さんの厄介な能力も知っているはずで、纏めて潰しに来たんです」

 

「こいつのサーチ能力か?」

 

 

 

破壊力だけならば、ド派手な麦野や絹旗のほうが余程おっかなく見えるのだが。

 

素人目では分からない何かがあるのだろうか。

 

 

 

「アイテムを抹殺しなくても、滝壺さんさえ消えてしまえば私達の行動は超制限されてしまいます。滝壺さんが居ることで、追われる側と追う側が入れ換わってしまうと言っても過言ではありませんからね。背中を追われる恐怖を考えれば、滝壺さんは一番狙われやすい存在なんです」

 

「……なるほどな」

 

「逆に言えば、滝壺さんはそれほどにまで大きな存在。滝壺さんさえ居れば、まだ逆転出来ます。とにかく此処から超離れてください、アイテムのアジトは使わずに、スキルアウト時代に使っていた潜伏先か何かを超回っていてください、多少は時間は稼げるはずですから。そこのエレベーターを使ってください、私は麦野の援護に向かいます」

 

 

 

4人の後方から爆音が響く、麦野と垣根の戦闘が始まったのだ。

 

浜面は絹旗が背負っている、もはや息をするだけの存在になったかのような七惟に目を向けて尋ねる。

 

 

 

「ソイツはどうすんだ?」

 

 

 

それを問われた絹旗は走るのを止めると、表情が固まった。

 

彼女も考えて居なかったのだろう、あの場から連れだして、そこからどうするかなんて。

 

 

 

 

「……それは、浜面に超任せます」

 

「お、おい?」

 

 

 

絹旗は七惟をその場に下ろす、どうやら七惟は気を失ってはいないようで自力で立つことは出来るようだが、それでも支えになるようなモノがなければおぼつかず、壁に寄りかかって浜面達三人を見やる。

 

相変わらず目は虚ろで、今どういった状態なのか、どれだけ危険なのかすら認識出来ていないようにも見えた。

 

あれだけの重傷を背負っているのだから当然かもしれないが、今この緊急事態に七惟の容体を気に掛けるなんてそんな悠長なことを言っていられるはずがない、焦りからか浜面は徐々に苛立ちも募る。

 

「はまづら、なーないも」

 

「だけどな、俺はコイツ背負って逃げ切る自信なんてないぞ!」

 

 

 

当たり前だ、浜面は絹旗のような窒素装甲も持っていないし、怪力でもないただの不甲斐ないスキルアウトの一人だ。

 

七惟は見た目かなり細身で体重も60kgは無いだろう、ただそれでも先ほどの絹旗と同じようなスピードで走れるとは思えないし、コイツを助けるために全滅する可能性が非常に高い。

 

いくらなんでも無茶難題過ぎる……!

 

浜面の知るアイテムの絹旗ならば、麦野がフレンダが消えたことをあっさりと切り捨てるように絹旗も同じように七惟を見捨てると思ったのだが。

 

俯いて言葉を発さない絹旗、すぐそこには迫りくる垣根提督、あのクレーン女だって何処に潜んでいるか分かりはしない、何処から襲ってくるか、下位組織の連中が何時牙を向けてくるか考えただけで体が震える。

 

 

 

どうする、どうすれば……この状況を切り抜けられる!?

 

 

 

 

 

 


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