とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版   作:スズメバチ(2代目)

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復活の言葉-ⅲ

 

 

 

 

絹旗はスクール側が補充したスナイパーを始末し、更なる敵襲へと備え身体をほぐす。

 

先ほど消し飛ばした磁力砲の持ち主はどう考えても下っ端だ、スクールの中核を成す人物は殺したケーブルの男とスナイパーではない、ドレスの女と……言わずもがな、未元物質の二人だ。

 

ミサイルを撃ち込んだことにより一時的に曇っていた視界が晴れる、それと同時に長身のシルエットが浮かび上がり陽気な声が聞こえてきた。

 

 

 

「おーおー、すげぇなこりゃ。砂皿の野郎、ご自慢の狙撃砲と一緒に花火になっちまったか?」

 

 

 

声の主は、垣根帝督。

 

ズボンに両手を突っ込み、はは、と軽く笑いながら近づいてくる。

 

嫌でも体中に力が入った。

 

 

 

「へぇー、暗闇の5月計画の残骸がしぶてぇもんだな。自分で哀れだと思わねぇのか?第1位の糞野郎のレプリカみてぇな能力しか使えない自分によ」

 

「……別に。脳みそをクリスマスケーキのように切り分けられるような人に同情される筋合いは超ありませんけど。余程まだ人道的だと思います」

 

「はん、言うねぇ絹旗最愛……アイテムのトカゲの尻尾さん、のほうが正しいか?」

 

 

 

相変わらずこちらを馬鹿にしたかのような笑みを浮かべ続ける垣根帝督、付き合うつもりはないが聞いておかねばならないことがある。

 

 

 

「麦野はどうしたんですか?」

 

「あぁ?大したことなかったな」

 

 

 

その言葉で絹旗は理解する、やはり麦野と七惟が協力してもこの男には絶対に勝てない、最初から勝ち目などなかったのだこの闘いに。

 

戦う前から予想していたが、素粒子研究所で感じたあの違和感を今確信した。

 

 

 

「まだオールレンジのほうがやりがいがある、降格モンだ」

 

 

 

七惟のほうがやりがいがある、か。

自分の後に控えていることも、もう既に計算済みか。

 

 

 

「それで?あの子はどこにいる?それさえ教えてくれればお前を消し飛ばす必要性もないからな、見逃してやるよ」

 

「……そんな見え見えの誘いに乗る超馬鹿が居るとは思えませんけどね」

 

「そうでもねぇな。例えば……フレンダとか?どうだお前も」

 

 

 

『フレンダ』

 

消えたと思っていた仲間の名前が思いもよらぬ相手から聞くことになった。

 

どうして垣根がフレンダの名前を知っている、そしてこのタイミング、アイテムの招集にも来なかったフレンダ……。

 

唐突に突き止められたアジトの場所、情報漏洩……考えられることは一つしかない。

あぁ、と彼女は納得した。

 

連れ去られた訳ではなく、自分から接近したというわけか。

 

要するに、アイテムはフレンダに裏切られたと言うことだ。

 

なるほど、確かにこれは良い気持ちはしない。

 

きっと七惟も、自分が滝壺を人質にとってアイテムに彼を引き入れようとした時に、今の自分と同じでどうしようもない憤りに駆られたのだろう。

 

『裏切り』なんてやるもんじゃないしするもんじゃない。

 

こんなに息が詰まるような胸の苦しみは二度と経験したくない。

 

絹旗は自分の任務を遂行すべく近場に転がっていたソファーへと手を伸ばすが、それを見た垣根が警告を発する。

 

 

 

「やめときな。言っておくがレベル4のオフェンスアーマーじゃ天地がひっくり返ったって未元物質には敵わねぇ。工夫次第でどうこうなるレベルを超えちまってる」

 

「そうかもしれませんね」

 

「おいおい、せっかく警告してやってんのにやる気満々か?」

 

「…………」

 

「お前が熱上げてるオールレンジにも、もう会えないぜ?」

 

 

 

その言葉を聞いた途端ぐっとソファーを掴む手に力が入り、そのまま有無を言わさずに投げつける。

 

だがソファーは垣根にぶつかる前に何か大きな物体にぶつかったかのような、ぐしゃりという音を立ててバラバラに砕け散った。

 

 

 

「はッ、カマかけたつもりだったんだが……こりゃあホントに惚れてんのか?」

 

「そんなことは今は超どうでもいいことです」

 

「まあな、だがお前も惨めなもんだ。オールレンジはAIMストーカーがお気に入りなんだろ?お前がいくらあの男のために身体張っても奴が振り向くことはねぇよ。さっきもそうだ、オールレンジ背負って逃げ回って、全くお前らは何処まで俺を笑わせりゃあ気が済むんだ?大概にしろやコラ」

 

 

 

そんなことは、分かっている。

 

確かに七惟はさっき、一緒に居たいといってくれた。

 

だが彼はこうも言ったのだ、お前と『も』一緒にいたいと。

 

スクールの正規スナイパーを倒した時、ずっと自分の心に突っかかっていたものに気付いた。

 

それは一方的にこちらを嫌う七惟に対して憤慨していたのだと思った、理不尽な態度に対して怒っていたのだと思った。

 

だけどそれはあっているようで違っていて、本当は七惟から避けられているのが嫌で不機嫌になっていたのだ。

 

アイテムに七惟が入ったなら、監視をしていた頃のように二人でぎゃーぎゃー騒ぎながらも、あの家でテレビを見たり、ご飯を食べたり、下らないことで喧嘩したり……仲良くしたかったのだ。

 

でもそれは適わなくて、一方的にこちらを突っぱねる七惟の態度に頭が来て、やがてそれはただ単純に『構って欲しい』という子供のような考え方になっていった。

 

七惟と一緒にいるのは楽しい、アイテムのメンバーと一緒にいるのも楽しいが、その楽しいとはちょっと違う。

 

心の底から何かが湧きあがってくるような、接しているだけで、一つ一つの会話だけで何かが自分の中を満たしていく、楽しさと共に大きな満足感が自分を包んでいた。

 

自分を包む満足感の正体にもやがて気付いて、当初は否定していたのに七惟を見るたびにその感情は制御不可能になってしまった。

 

自分を突き動かす気持ち、七惟と一緒にいたい、喋りたい、構って欲しい、こっちを見て欲しいと思う気持ち。

 

それに気付いたのはスナイパーを撃破した時だった、でも気付いた時にはもう彼の隣には『滝壺』が居て、自分が入りこめる余地はなかった。

 

一緒に居たい、でも滝壺がいる限り彼の気持ちがこちらに向くことは無くて、手遅れだった。

 

滝壺を利用して七惟をアイテムに引き入れたと言うのに、実は自分が滝壺と七惟が急接近するきっかけを与えてしまっていた。

 

本当に惨めだ、垣根の言う通り利用したつもりだったが利用されていたのは自分だった。

 

ハッピーな気持ちから、一気にアンハッピーな気持ちへと揺れ動く自分のネガティブ思考には歯止めが効かなくて、やり場の無いもやもやに押しつぶされそうにもなった。

 

でも、それでも。

 

 

 

一緒にいたいと言ってくれたなら、それは超幸せってことです。

 

 

 

「そうかもしれませんね、でもそれでいいんです」

 

「それでいい、ねぇ……そうやって何時まで我慢してんだか、暗部で今までめちゃくちゃやってきたお前が此処に来て我慢か」

 

「それが私の気持ちです、変わりません」

 

 

 

七惟と一緒に居たい、でも自分が一番になることは有り得無くて、それでも自分が彼に向ける気持ちは一番の中の一番で。

 

この気持ちが何処に行きつくかなんて自分にも分からない、ただ振り返ってみて後悔するようなことはしたくない。

 

なら今はこのままで、いい。

 

壊してしまうくらいならば、今のままがいい。

 

彼が居るだけでいい、それ以外の条件は何にもいらない。

 

 

 

「おめでだい思考回路だな、俺からすりゃ馬鹿やってるようにしか見えねぇ。お前らアイテムはオールレンジに感化され過ぎて頭おかしくなったか」

 

「どうとでも言ってください、どっちにしろ此処を通すつもりはありません」

 

「後ろには大好きなオールレンジでもいんのか?」

 

「さぁ、そんなこと私は知りません。ただそう思っているだけです」

 

 

 

七惟は滝壺や浜面と一緒に逃げているはず。

 

しかし最後はあの滝壺と浜面を逃がすべく立ち上がるに違いない、それは絶対に間違いない。

 

でも、もしかしたら……自分と一緒に残って戦うとまで言った七惟ならば、自分が吹き飛ばされると同時に何処からともなく現れてくれそうな気がする。

 

有り得ない話だが。

 

 

 

「願望だなソイツは」

 

 

 

下らなそうに吐き捨てる垣根は、眼光を鋭くし再び問う。

 

 

 

「AIMストーカーは何処にいる?」

 

 

 

最終警告だろう、此処で応えなければ自分は麦野すら簡単に殺してしまう力で吹き飛ばされる。

 

 

 

「拒否権はなさそうですね」

 

 

 

絹旗だって命は惜しい、ただ此処でフレンダのように裏切って仲間の情報を売ったならば、せっかく距離が縮まった七惟とまた疎遠になってしまう。

 

遠く遠く離れてしまうくらいならば、裏切るくらいならば。

 

 

 

「口と行動が合致してねぇぞ。てめぇ死んだほうがマシな口かよ」

 

 

 

そうみたいだ、自分は思っていたよりも純粋で、ちょっとこの世界にうんざりしていたのかもしれない。

 

だから表の世界に半年居て、表の世界の強さを、優しさを持った七惟に……惹かれてしまったのか。

 

あんな不躾な態度で、こちらを水平女とか馬鹿にしてたのに、何故か一緒に居ると楽しいと思ってしまう、心が満たされてしまう。

 

あぁ、やっぱりそうなんだ。

 

これがきっと、人を好きになるってことなんだ。

 

自分の気持ちに確信を得た絹旗は、辛うじて釣り下がっている豪奢なシャンデリアを窒素装甲で無理やり引きちぎると、全身のエネルギーを絞り出し垣根に投げつけた。

 

だが、そんなものは垣根に届くわけも無く、質量の爆発によってシャンデリアは爆砕すると、爆風はそのまま絹旗の身体もノーバウンドで10メートル程吹き飛ばし、何重もの壁を貫き見えなくなっていった。

 

 

 

「恋する乙女って感じね?」

 

「あぁ……?心理定規、お前こんなところで油売ってんならアイツら追いかけろ」

 

 

 

何処から湧いてきたのか、先ほどまで絹旗が立っていたところには心理定規がドレスの袖をなびかせながら立佇んでいる。

 

方や死に物狂いで特攻をした女と、優雅に現状を楽しむかのように佇む女。

 

どれだけ絹旗最愛やメルトダウナーのような弱者が足掻いても、心理定規を始めとした垣根提督率いるスクールの掌の上で彼女たちは終始踊っているだけだった。

 

それは学園都市の縮図を表しているかのようで、アレイスターの気まぐれ一つで運命を左右される自分たちが重なって苛々する。

 

 

 

「冗談が下手ね、私一人でオールレンジに戦えってこと?」

 

「逆にお前だからオールレンジは足踏みするんだろう?」

 

「……そうね、でも今の彼は私が知っている『七惟理無』じゃないから。どうかしら」

 

 

 

謎の掛け合いのような会話に要領を掴めない垣根は鼻で笑い彼女のを一瞥する。

 

 

 

「それは俺の知るところじゃない。フレンダの野郎が外で待ってる、アイツに連絡して奴らを足止めさせろ」

 

 

 

 

 

 


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