とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版 作:スズメバチ(2代目)
七惟の容赦ない制裁の拳がフレンダに直撃し、彼女は少女らしくないうめき声を上げながら地面に突っ伏すように倒れ込む。
それでもフレンダは立ち上がろうと身体を動かすが、蓄積された身体・精神面へのダメージがかなり大きかったらしく、力なく地面に這いつくばる事しか出来ず、疲れ切った表情で視線のみを七惟へと向けた。
「け、結局……こんなことしてアンタは何がしたいって訳。関係ないアンタに滅茶苦茶にされて、もうアイテムも……私も終わりよ、終わり」
くしゃくしゃになった表情でフレンダは死んだような目で七惟を見つめる、疲労の色も顔に濃く刻まれている。
「アイテムは第2位に抹殺される訳、そして私が生きるためにはそのスクールと組むしかなかった。でもアンタが私を見つけたことで、私が裏切った情報は麦野に流れる。そうなったらもう怒り狂った麦野から粒機波形方レーザー喰らって消し飛ぶのが目に見えてる訳よ」
七惟は苦しみながらも、決してこちらから視線を外さないフレンダの目を見ていた。
その眼はこちらを怨んでいたり、憎んでいたりはしていなかった。
絶望しか見えなかった、もう全てが終わって、後自分は死ぬまで何分か……と諦めた表情をしている。
まだ諦めるには早いだろう、どうしてこうもすぐにネガティブな方向へと思考を持っていくのか……自分が言うのもなんだか、少しはポジティブになったほうがいいのではないだろうか。
「はン、だったら謝ればいいだろ」
素っ気なく、さも当然かのようにこう言った。
「ふ、ふざけないで欲しい訳!謝ったところであの麦野がはいそうですかって言うと思ってる訳!?一気に怒りが噴火して跡形も無く吹き飛ばされるに決まってる!」
「だろうな」
「だ、だろうなって……!アンタ私をからかってる訳!?」
「だから俺も一緒に行ってやるよ」
「……は?」
フレンダはすぐ保身に走って自分勝手で最強の自己中で、自分の命に固執しまくっているような奴だ。
そんな奴が麦野を始めとしたアイテムの仲間たちに謝りに行ったところで、地雷を踏んで相手の神経を逆なでするに決まっている。
それに一人で行く勇気だってないだろう、行ったところでフォローする誰かが居なければ彼女の言った通り麦野のメルトビームで原型も分からない程めちゃくちゃにされるはず。
「お前一人が行ったところでどうにかなるわけねぇだろ、とにかくお前はアイテム全員が『許す』と言うまで、死ぬ思いで謝って頭下げろ。まぁボコボコにされるのは覚悟しとくんだな」
「事態はそんな簡単な訳ないじゃない、もう私はアイテムを裏切った。そんな奴を目の前にして麦野達が謝罪程度で納得するなんて到底思えない訳。その程度で済むんだったら今まで助かった命がごまんとある訳よ!」
「そうやってすぐ諦めんじゃねぇよ、もう一発殴ってやろうかこの根性無しが」
「う……で、でも!どっちにしたってアイテムは第2位に狙われてる、私が寝返ってアイテムに戻ったのを知ったら……!」
「そん時はそん時だ、覚悟を決めやがれ」
「そんな危ない橋渡りたくない訳!」
「じゃあこのまま麦野達に消却処分されるのを待ってるほうがいいか?例えアイツが死んだとしてもアイテムの下部組織の連中から付き纏われるのは目に見えてる」
「それは……」
此処まで言ってようやくフレンダは自身の立場を理解したようだ、もし此処で七惟の誘いを断って別れたら、アイテムを裏切り組織崩壊へと加担したとして死ぬまでアイテム側の暗部組織から狙われる。
対して垣根率いるスクールは障害にならないものは全て放置するスタンスだ、どっちに組んだ方が生存率が高いかと言われたらそれは前者だ。
それに一生アイテムから逃げる覚悟はコイツにはないだろう。
今のこの一瞬の場では麦野への恐怖からかアイテムを離れたい一心のようだが全てが終わった後振り返った時に後悔しないのはどっちかくらいわかるはずだ。
「か、考える時間が欲しい訳よ」
「考える時間、か」
とか言ってコイツのことだから懐から爆弾を取りだしたりするんじゃないだろうな。
「な訳ないでしょ!考えたくない訳よそんな頭が痛いことは!」
杞憂に過ぎないか、と七惟が警戒を緩めそうになったその時、まさに七惟の思った通りにフレンダがスカートの中から手りゅう弾を取りだし真管を抜いたのが見えた。
だがそれはフレンダが投げるモーションに入る前に、七惟の距離操作によって綺麗さっぱり無くなってしまった。
「な、七惟……!」
「ったく、面倒くせぇことすんじゃねぇよ糞馬鹿が。こっちだって全身打撲・脱臼で右肩に至っちゃ骨が粉砕してんだぞ」
そう言いながら七惟は蹲った状態のフレンダの前で屈みこみ、そして。
「イタい!」
フレンダのほっぺたをビンタしてやった。
「な、何する訳よ!こんな可愛い女の子に手を挙げるなんて!」
「ホントお前はどんだけ面倒かけりゃあ気が済むんだか……」
七惟はフレンダを起き上がらせると、半ば無理やり引っ張りながらフレンダを動かした。
「ちょ、何処に行くのよ七惟!」
「滝壺がいる病院に決まってんだろ。腹くくれ」
「い、嫌な訳よ!絶対許してくれないし滝壺だって事実を知ったら私が憎くて憎くて仕方が無くなるに決まってる!」
七惟はわーわー喚くフレンダを無視し地べたに這い蹲っている彼女の手を無理やり引っ張り上げ……。
「ひゃわ!?何する訳!」
「見た通り肩を貸してやってんだが?お前歩く気力ねぇだろ」
「誰も頼んでない訳!」
「こうでもしねぇとお前石像みてぇに動かねぇだろーが、歩く体力自体なさそうだしな」
「アンタがこんな人間らしい行動取るなんて明日には世界が炎に包まれる訳よ」
「お前の目に俺はどう映ってんだよ」
「そりゃあ有無を言わさない殺人鬼な訳よ」
「言いたいこと言ったなら大人しくしてろ」
フレンダの身体を支えながら七惟はゆっくりと歩を進めだす。
浜面は病院に行くと言っていた、滝壺のような特別な事情を抱え込んだ患者が向かう病院は唯一つ、ミサカ19090号が世話になっているカエル顔の医者の病院だ。
生きているのならば滝壺の病院に絹旗は絶対に来る、アイツはそういう奴だ。
麦野は分からないが、アイツのことだから仲間のことなんざ知ったことではないという態度を貫き通し、第2位を潰すために動きまわるだろう。
おそらくこのままではその過程でフレンダも粛清されてしまう、だからその前にフレンダを病院に連れて行って一先ず退避させ絹旗や滝壺に許しを請わせる。
流石の麦野も右腕である絹旗がフレンダを許したとなれば、納得はしなくとも引き下がるだろう。
その後の関係はフレンダと麦野次第というところか。
どちらにせよ恐らく今頭に血が完全に登りきっている麦野に会わせるのは危険だ、まだここら辺りを徘徊しているだろうから早く立ち去った方がいい。
そんな七惟の心配を余所にまだ収まりがつかないのかフレンダは相変わらず七惟の横でわーわー喚いている。
「だいたいこれは私とアイテムの問題な訳!臨時メンバーのアンタにはこれっぽっちも関係ないじゃない!」
「まぁな」
あっさりと認めてしまった七惟にフレンダは肩透かしをくらったのか、それでも言い募るのを止めない。
「結局余計なことしないで欲しい訳よ、出しゃばるなって訳!そもそも他人のことに首突っ込んで此処までやるのはアンタらしくない!」
「俺らしくないのは自覚してるから安心しろ」
「そ、そういう問題じゃ……!」
「ただ今の俺がこうしたいから、やってるだけだ。正直お前がどうなろうが知ったこっちゃねぇよ」
七惟からすればフレンダはそこまで特別な人間ではない、だが七惟はそうだったとしても滝壺や絹旗からすればきっとフレンダは特別で、今まで多くの時間を共有してきた仲間のはずだ。
此処でフレンダを麦野や垣根に殺されてしまったら彼女達に合わせる顔もないだろう。
それに。
「だけどな、てめぇが死ぬよりアイテムに戻ってまた馬鹿やってるほうを俺は見てぇだけだ」
「……」
結局はそういうことなのだ、他人に無関心だった七惟だったが様々な経験を通して『誰かに生きて欲しい』と思うようになった。
だからフレンダにも生きて欲しい、コイツが死ぬ姿なんて感知しなければいいとか言われるかもしれないが、それが出来ないような人間なのだ。
七惟理無という男は。
もしフレンダを切り捨ててしまえば、きっと七惟だけじゃなくて……アイテムも、フレンダも満たされない、皆が不幸になってしまうだろう。
「……そこまで言われたら、もう私に抵抗する権利はない訳よ」
フレンダは七惟のそんな気持ちをくみ取ったのか、呆れたような、観念した表情でため息をつくと大人しく七惟の歩調に合わせて歩き始める。
「あぁ?もう少しジタバタするかと思ったけどな」
「昔は私を手加減無しに殺しにきたアンタに生きて居て欲しいだなんて、この暗黒世界の果てで言われるとか思っても居なかった訳よ」
「暗黒世界にしたくないんだったら、自分でどうにかしろ。すぐ諦めんじゃねぇ」
七惟の歩幅に合わせて、フレンダは肩を借りながら歩く。
二人が向かう先は滝壺と浜面が居ると思われるあの医者の病院だ、『崩壊』とやらがどういう現象なのか七惟は分からないがおそらく命に関わることなのだろう。
瀕死の状態だったら垣根は滝壺を見逃したのだ、ということはあと少しで絶命してしまう可能性が非常に高い。
そうなってしまう前に浜面は動いたはずだ、最悪の展開を考えてしまうが此処はあの男を信じて一刻も早くあの病院に向かう。
絹旗も生きているのならそこに顔をだすはずだ。
「さて、結局私はどう謝ればいい訳?」
七惟が苦悩していることも知らずにフレンダは呑気にこんなことを言っている、そんなことは実際アイツらに会ってから考えるのが一番いいと思うが。
「んなことは俺に訊くんじゃねぇよ」
「なんでそうなる訳。これはアンタが私に提案したことなんだから、アンタが責任もって最後まで面倒を見る必要がある訳よ」
「はン、俺に期待しといても土下座くらいしか思いつかねぇぞ。お前の人生経験で最も効果があった謝り方をしとけ」
「私は本気で謝ったことなんてない訳よ」
何故か誇らしげに言い張るフレンダに呆れながらも、二人はゆっくりとだが進んでいく。
どれくらい歩いただろうか、垣根に襲われたサロンへと繋がる一本の橋の上を二人は歩いて行く。
高級サロンだけあって周囲は美しい堀に囲まれており、普段はこの外観の良さでまた通行人達の心を癒してくれるのだろう。
今はそんな余興にふけっている場合ではないため目もくれず、ただ前だけを向いていた。
それは七惟だけではなく、フレンダもだった。
二人は和解した……というわけではないが、この一連の騒動がある程度終着へと向かっているのは間違いない、と幾分かの安堵感もあったはずだ。
フレンダの本気か冗談か分からない謝罪方法を語りながら歩き、七惟はそんな彼女の話を聞いているのかわからない適当な受け答えで返していた。
緊張状態の緩和からか、二人は間違いなく油断していた。
だからだろう、橋の先に立っている人間に気付かなかったのは。