とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版   作:スズメバチ(2代目)

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御伽噺のような終末を-ⅲ

 

 

 

 

 

いくら日も暮れて周りは暗闇に染まっていたとしても、橋を照らす街灯はそこらじゅうにあったはずだ、目を凝らせばそれが誰かだなんてすぐに判別出来ただろうに。

 

その人間との距離が30メートル程になったところで、ようやく七惟の視界に何者かが入っていることが知覚した。

 

相手を視認するタイミング、このタイミングが後もう少しでも早ければきっとこの後二人に起こる未来を変えることが出来ただろう。

 

視覚によって能力の出力が大きく影響される距離操作能力者の七惟が戦闘態勢に入っていれば間違いなく1分前には異変に気づき身を隠すことが出来た。

 

だが彼はそれが出来なかった、命取りとなったその1分が彼らの運命を大きく変える。

 

満身創痍、そして気が抜けてしまった七惟は悠長にもこんな時間に、こんな場所で……と疑問を浮かべた。

 

あれだけの騒ぎがあったというのにサロンの周囲は静まり返っている、原因はアイテムやスクールの下部組織が情報隠蔽班を展開し処理にあたっていたからだ。

 

おそらく周囲には戒厳令が敷かれており、半径1km内には入りこむことすら不可能のはずなのに。

 

意識せずに歩き続けるに連れてその人物の服装がはっきりと確認出来るようになり、やがてその性別も、表情も識別出来るようになっていく。

 

そして七惟は立ち止まる、一つの可能性が頭の中に浮かんだ瞬間だった。

 

目を凝らしてみると遠くからだが輪郭がはっきりと分かってくる、それに連れて七惟の

表情は驚愕の色へと変わる、橋の先でこちらを待ち構えている人間は……。

 

 

 

「それにしても誰かとこうやって二人きりで歩くのなんて久しぶりな訳よ、アイテム結成以来な訳」

 

 

 

目の前に迫った脅威から体全体が緊張し、体中に力が入り切っている七惟に対してフレンダは未だ完全に気が抜いている状態で、リラックスしているのか饒舌に昔話まで語り始める始末。

 

フレンダに目先に迫った危機を知らせようと、七惟は首を回しフレンダに呼びかけようとするが。

 

 

 

「ふーん、へぇー、どぉいうことなのか説明してくれないかなぁ、死ぬまで。オールレンジに……ふ、れ、ん、だぁ!?」

 

 

 

それは叶わなかった、目の前の人物から目が眩むほどの眩い光が生み出されたかと思うと、二人に有無を言わさぬスピードで放たれた光が七惟の横を通り過ぎ、フレンダの右肩へと突き刺さった。

 

何が起こったかも分からない一瞬の出来事で、七惟は空いた口が塞がらないしフレンダに関しては今自身の身がどういう状態に陥っているのかすら分からないようだ。

 

そしてその傷を理解したと同時に、麻痺していた神経から膨大なデータが脳内に送られ、言葉にならない絶叫を上げた。

 

 

 

「ああああぁぁぁぁぁ!?」

 

 

 

声と共にフレンダはその場に崩れ落ちる、右肩を左手で押さえているが、肩の根元から先が完全に消し飛んでおり、止めなく溢れる大量の血がこれは現実だと強烈に訴えてくる。

 

何が起こったかなんてもうそれだけで理解出来る、今目の前に居る人間は女で、アイテムを取り仕切っていたリーダー格のレベル5。

 

 

 

「あれ?首を狙ったつもりだったんだけどずれちゃったみたいね。首から先が無い人体模型を作ってどっかの学校に展示してあげようかと思ったのにさ」

 

 

 

麦野沈利だ。

 

 

 

「む、麦野……!?お前……!」

 

 

 

どうして此処にいる!?

 

七惟の脳は現れた目の前の恐怖に対して処理が追いついていかない。

 

何故麦野が此処にいる、麦野は敵と認めたらそいつの命を刈り取るまで地獄の底まで追いかけていくような恐ろしい奴だ。

 

サロンの中で垣根は麦野、絹旗を倒し七惟の前に現れた。

 

結果から見れば垣根は二人を倒し七惟の目の前に現れたということだ、その後七惟も彼に問答無用に吹っ飛ばされたが。

 

垣根は『敵』として認識した者は余程のことが無い限り排除する、麦野の生存はもちろん七惟も望んでいた。

 

垣根が心変わりして慈悲を与えたとはとても考えられない、抹殺したと思ったが思ったより麦野の生存能力が高く仕留めそこなったということだろう。

 

しかし生きているならば五体満足ではないだろうし、仮に無事だったとしても真っ先に垣根に向かっていくだろうと考えていた。

 

絹旗が無事かもしれない、と七惟が考えたのは垣根からすれば絹旗などそこらへんに転がっている石ころ程度の生涯にしかならならないし絹旗は圧倒的な敵を目の前にして無謀な玉砕行為など絶対にしないと分かっていたから。

 

実際のところフレンダに謝れとは言ったものの麦野が唯謝っただけで彼女のことを許すとは到底思えない、そこはフレンダの言った通りだ。

 

だからこそすぐにでもフレンダを残ったアイテムの面子に対して謝罪をさせて二人が許した、という事実が欲しかった。

 

流石の麦野も滝壺、特に腹心のような存在である絹旗がフレンダの謝罪を受け入れたとなればブレーキが効き抹殺衝動を抑えられると思っていた。

 

それがダメであれば、相対した今目の前にいる麦野と直接話して解決する、フレンダの裏切り行為に対して慈悲を与えてもう一度チャンスを貰うしかない。

 

しかしこんな状況ではとてもじゃないが話し合いなど出来そうにない、武力を持って障害を排除することしか考えていない相手に話し合いなんて出来るのか?

 

だが絹旗を通じてフレンダと麦野の間を取り持って貰う計画が破たんしたならば、此処で麦野を納得させるしかない……。

 

それは七惟が今まで経験してきたどんな困難よりもハードルは高い。

 

 

 

「オールレンジ、何でソイツと一緒にいんの?ソイツは私らをスクールに売った屑なのよん」

 

 

 

一歩一歩、着実に麦野がこちら側に近づいてい来る。

 

その表情は笑ってはいないし、怒ってもいない、表情が死んでしまっていて喜怒哀楽の何も感じられない。

 

だが七惟には分かる、昔から麦野と命のやり取りを行い、そして奴の本性を知る数少ない人間としての本能が今の麦野は危険であると全力で警鐘を鳴らしている。

 

近づくな、殺されると。

 

とてもじゃないが会話で納得させることなんて無理だ、圧倒的な攻撃色の前には一切役に立たないことを痛感する。

 

もうこうなってしまっては残されている手段は唯一つだ。

 

 

 

「……さぁな」

 

「んん?まさかアンタも粛清が必要なの?まぁ待って、話したい事は山ほどあるけど今からさくっとそこに転がってるゴミを処理しないといけないからね」

 

 

 

麦野は再びフレンダに視線を移すと、何のためらいも無く能力の照準を定める。

 

 

 

「む、麦野……結局アンタはこうする訳ね」

 

「五月蠅い。黙れってんだよ裏切り者。アンタの声を聞くだけで耳が腐りそうな気がするから」

 

 

 

焦点の合っていない目で麦野を見つめるフレンダ、今まさに七惟の目の前でフレンダの処刑が麦野の手に寄って執行されようとしている。

 

フレンダは苦しみながらも、何処か諦めたような表情を浮かべて自身に向けられている麦野の手を色の無い死んだ目で見つめている。

 

麦野はフレンダを殺すつもりだ、このままでは、麦野がフレンダを殺してしまう。

 

 

 

「……何処までも世話かけてんじゃねぇぞ馬鹿野郎が!」

 

 

 

七惟の本能が、彼の身体を動かした。

 

粒機波形方レーザーが麦野から放たれるその直前で、七惟は距離操作を行い麦野の座標を僅かばかりずらす。

 

直後にレーザーは発射され、照準がずれたレーザーはフレンダの髪を掠り後方へと飛んでいき、元居たサロンに直撃しエントランスホールに大きなクレーターを作り出した。

 

轟音が響き渡り、麦野は蛇のようなぎょろついた目をゆっくりと七惟に向けた。

 

 

 

「あぁ……?オールレンジィ……あーんた、何やってんの?まさかそこの生ごみを助けようとかふざけたことをしようと思ってんのかな?」

 

 

 

抑揚の無い声だが、先ほどまで押し殺していた怒りが完全にその表層を食い破って周りに撒き散らされているのが分かる。

 

七惟と麦野の距離は10メートル程離れているというのに、彼女の顔に深く刻まれた色は間違いなくこちらを処理する色だと分かった。

 

だがそんな麦野に怯んでいる暇はない、少しでも気を抜けば殺される。

 

フレンダも、自分も。

 

 

 

「おぃ」

 

「結局……こうなる訳よ。アンタが言ったのは全部理想、いや妄想でしかない訳」

 

「逃げろ、さっさと此処から離れろ」

 

 

 

七惟の言葉からその意図を感じ取ったのか、フレンダは馬鹿らしそうに言う。

 

 

 

「まさかアンタ麦野と戦う訳?勝てる訳ない、『全距離操作』と『原子崩し』じゃ勝負なんてする前から結果が見えている訳。唯でさえ怪我して全力を出せないくせに、そんなアンタが麦野を止められるとでも思ってんの?」

 

「だろうな、一方通行と殺し合いした後に麦野の奴もそう言った」

 

 

 

二人が会話をしている間にも麦野は近づいてくる、もうこれ以上距離が縮まったら二人は地面もろとも吹き飛ばされると判断したところで七惟は決断した。

 

裏切りであんな思いをするのは自分だけでいい、滝壺にも絹旗はもちろん、フレンダにはあんな思いをして欲しくない。

 

もちろん裏切りなんて許される行為ではない、裏切られた側の傷はそう簡単に癒えることはないし下手をこけばフレンダのせいでアイテムは死滅していたかもしれない。

 

だが、それでも……一度の過ちで全てを決めつけてしまい行動すれば、きっと七惟のような悲劇が皆を襲う。

 

こうやって今にも殺されそうで諦めているフレンダがあの時自分の腕の中で冷たくなっていった少女と重なる。

 

フレンダと名無しの少女を比べるなんて馬鹿げている、でもどちらが死んだら悲しいのかと問われれば、それは両方だ。

 

生きたいとコイツは思っている、保身に走って裏切りもやって今にも死にそうな奴だが、それでも七惟はフレンダを捨てられない。

 

まだその手に失わずに済む命があるならば、あの時のような間違った行動をしてはならない。

 

心の中に出来た空洞はきっと埋まらない、その形の無い穴はフレンダでしか埋めることが出来ない。

 

 

 

 

 

「フレンダ」

 

「何?」

 

「後悔すんなら、死ぬほどしやがれ」

 

「そりゃあそうさせて貰う訳、アンタの提案のせいで私は」

 

「死なせるつもりはねぇけどな」

 

「……それってどういう――――――」

 

 

 

フレンダがその先を言う前に、七惟は距離操作でフレンダを能力が及ぶ最大範囲の一番遠い場所へと転移させた。

 

 

 

「オールレンジイィ!?」

 

 

 

背後から麦野がゆっくりと近づいてくる、その顔を見て七惟は澄ました顔ではっきりと言葉を口にした。

 

 

 

 

 

「さぁて。行くか」

 

 

 

 

 

 


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