とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版   作:スズメバチ(2代目)

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御伽噺のような終末を-ⅳ

 

 

 

 

 

「なぁなぁいいいぃぃぃ。アンタどうしたの?まさかフレンダの可愛い顔にやられて惑わされでもした?」

 

「あいつの顔にそんな色気は感じないから安心しろ」

 

「ふぅん、フレンダに続いてアンタも制裁するとなると今夜は大忙しだ。あんまり私に迷惑かけないでくれない?」

 

「俺は迷惑なんざかけてねぇ、てめぇが勝手に突っかかってきてぎゃーぎゃー騒いでるだけだろ。いい加減少しは落ち着きを持ったらどうだか。あとはそのすぐ邪魔した奴を消そうとする導火線の短さを年の分だけしっかり延ばせよ、ガキじゃあるまいし」

 

 

 

フレンダが居なくなったその場には、七惟と自分に向かって殺意以外の何も感じられない視線を向けている麦野の二人だけだ。

 

周囲はアイテムとスクールの下部組織によって隠蔽工作が行われているため、不気味なほど静まり返っており人一人見当たらない。

 

橋を照らす街灯の光が怪しく揺れる、足元の照らされる地面のコンクリートが異様な程硬く感じられた。

 

その硬い地面にカツン、と麦野のヒールが音を鳴らし七惟の背中には嫌な汗が伝い心拍数が徐々に上がり動悸も早くなっていく。

 

もう正面衝突は避けられそうにも無かった。

 

 

 

「何言ってんのアンタ、これが私達の世界。自分の邪魔をする奴はさっさと消す、こんなこと暗部の当たり前。力のある奴が全てを手に入れて、力が無い奴は虐げられていく、この程度の常識忘れちまったんだったら最初から教えてやるよ」

 

「そいつはありがたいことだな」

 

「相変わらず減らず口ばかり叩くの止めた方がいい、私に喧嘩売って唯で済むと思ってんの?」

 

 

 

ジリジリと焼けつくような視線が突き刺さるのを感じる、もう麦野の導火線に火はついていて何時爆発するか分かったものではない。

 

 

 

「全距離操作と原子崩しが対峙した時、全距離操作の勝率は5%。数百手の内に私の原子崩しがアンタを溶解して蒸発させちゃうのよん」

 

 

 

5%か……そのデータはおそらく1年前メンバーにまだ在籍していた頃の能力値で計算しているはずだ、あの時より自分も幾分か強くなったが満身創痍な現状では不利なことに違いはない。

 

 

 

「へぇ、5%もあるんだったら捨てたもんじゃねぇな全距離操作も。むしろ第4位相手に大健闘ってとこか」

 

「アンタ馬鹿?5%って、オマケ程度でついてるもんよ?実際は100%アンタに勝ち目はないの。大人しくフレンダを何処に飛ばしたか教えて、滝壺と浜面の居場所を吐いたら見逃してやる。私だって戦力になるアンタを早々に消したくはないからね」

 

「滝壺と浜面の居場所……?」

 

 

 

滝壺と浜面が何故此処で出てくる。

 

先ほど浜面と電話で話した感じではとても戦線に復帰出来るような状況では無さそうだった、『タイショウ』というものが一体どんな影響を滝壺に与えているのかは分からないがこれ以上彼女を酷使することは命に係わるだろう。

 

麦野は戦線離脱した二人を連れ戻し滝壺のサーチ能力を使って何が何でも垣根を探しだし抹殺するつもりなのだろう、それが分かれば答えは簡単だ。

 

 

 

「生憎てめぇみてぇな粗大ゴミを滝壺達に押し付けるわけにはいかねぇからな、却下だ。分かったかヒステリック」

 

 

 

『ヒステリック』

 

その言葉にみしりと拳を握りしめ地面を踏みつける動作を見せた麦野、それだけの情報があれば十分だった。

 

 

 

「なぁなぁいいいぃぃぃ?」

 

 

 

麦野沈利が爆発することを予測するには。

 

 

 

「いい加減にしやがれってんだてめぇぇぇ!何時でも何処でもてめぇは私を馬鹿にしたような態度取りやがって、舐めてんのかこの第4位であるメルトダウナーをよおぉ!」

 

 

 

耳を劈く程の声でわめき散らかしたかと思うと、間髪入れずに麦野はこちらに向けて原子崩しの照準を合わせる。

 

相手を殲滅することしか考えていないその顔色、もう七惟理無は垣根帝督どうように麦野沈利のフラストレーションを溜める以外の何者でもなくなった。

 

それ即ち、何時でも何処でも狙われて、殺される可能性が生まれてしまったということだ。

 

 

 

「はン、そうやってぎゃーぎゃー喚くからてめぇは第8位程度に馬鹿にされてんだ。見下されんのが嫌だってんなら義務教育やり直せ糞餓鬼が」

 

「へぇー、そぉー、そぉいう態度取るのね。言っておくけど、アンタぶち殺し確定だから。廃棄処理、さらし首ね」

 

 

 

手加減など一切感じられない麦野の恐るべき一撃が七惟に向かって放たれる。

 

麦野の能力はレベル5の原子崩しで、その力は全距離操作とは破壊力も、影響力もまるで違う化物クラスの大技だ。

 

不可視の壁を使って防ごうものならば忽ち地面ごと原子崩しで抉られて絶命するのが落ちだ、麦野の力は七惟もよく知っているだけに戦闘になっては唯では済まないことは分かっていた。

 

挙句にこちらは怪我をしている、右肩から先は使いものにならないし、全身を強く打っているせいで満足に走ることも回避行動も出来ない。

 

高度な演算である転移攻撃は今の状態では満足に使えない、使うくらいなら可視距離移動で足掻くほうがまだ勝機はあるか……。

 

今此処で麦野を止めなければ何をしでかすか分からない、野放しにするには危険すぎる。

 

七惟は必至の形相で原子崩しを避ける、だが動きの鈍った七惟の懐にすぐさま麦野は潜り込み女の力とは思えない拳を腹に打ち込んできた。

 

 

 

「がッぁッ……んの野郎!」

 

 

 

拳の勢いで吹き飛ばされ、七惟は3メートル程転がってようやく起き上がった。

 

今の状態では格闘戦も七惟に勝ち目はない、元からコイツはスキルアウト上がりの浜面さえ圧倒するような格闘スキルの持ち主なのだ、武器の扱いに心得はあるものの素手の喧嘩に関してはずぶの素人である七惟が挑むには無理がある。

 

 

 

「ほらほら!休ませる暇なんざ与えねぇぞおおおぉぉぉ!」

 

 

 

麦野の原子崩しは連射は出来ないが、一発一発の威力は美琴の電撃攻撃の数倍ある。

 

爆風の範囲もかなり大きく、壁で真正面の爆風を防いだとしても左右から壁に引っかからなかった熱風が七惟を容赦なく焼きつくそうと、留まることを知らない。

 

橋はみるみる内に麦野の能力によって破壊され、全く手加減など感じられなかった。

 

間違いない、麦野沈利は七惟理無を殺そうとしている。

 

フレンダのようにためらうことなど一切せずに、自身の障害となるものを全て破壊し、その手に思うがままの現実を手に入れようと暴れまくる。

 

やはりコイツは、他人のことなど一切関係なく自分の欲望を叶えるためだけに殺戮を行うような奴なのか。

 

あの時カフェで感じた違和感は、七惟の完全な勘違いであって、麦野沈利にはもう七惟が望む人間性のかけらすらないと。

 

ならば取る手段は決まっている、こちらもルムや神裂、一方通行の時同様全力を持って殺しにかかるだけだ。

 

 

 

「ハッ!餓鬼みたいに暴れ回りやがって!」

 

 

 

一方通行から受けた傷はやはり大きく深く、転移の演算処理は難しい。

 

ならば取る行動は決まっている、奴の座標をくみ取って時間距離を操るか可視距離移動砲をぶっ放して粉々に吹き飛ばすか。

 

だが。

 

 

 

「ざぁんねぇん、座標をくみ取る暇なんて与えると思ってんの?」

 

「ぐッ……!」

 

 

 

離れた瞬間、麦野の原子崩しが放たれる。

 

固定された電子は巨大な壁となり、それを高速で動かし想像を絶する破壊力を生み出した。

 

七惟は反射的に壁を作り身を守るものの、それによって左右に別れた原子崩しは一瞬で橋にかかっている街灯を一本残らず文字通り消滅させる。

 

おかしい、麦野の能力はその強大さ故に連射や速射は出来ないはずだ、それによって自らの命を危険に晒すリスクがあると本人も言っていた。

 

なのに今の麦野はそんなことはおかまいなしに攻撃をしかけてくる、本来なら座標をくみ取る行為のほうが麦野の照準よりも早く終わるはずなのに、何故だ。

 

 

 

「今何しでかしたか知らないけど、正面から原子崩しを受けて耐えるなんて流石第8位って感じね。ま、それがいつまで続くかってとこだけどさ」

 

 

 

麦野の言う通り、今回は運よく電子の壁を防ぐことは出来たが次は分からない。

 

先ほどのように電子が放射状に広がっていけばよいが、拡散型だった場合電子は上空にも左右にも散らばってしまい壁では防ぐことが出来ないのだ。

 

しかしそれでも七惟は挑発的な姿勢を崩さない。

 

 

 

「ごちゃごちゃ言ってる暇があったら攻撃しとけ、こうやって足元掬われんぞ!」

 

 

 

七惟は動きの止まった麦野をロックオンし、全演算能力を持ってその身体をサロンへと飛ばし、壁へと激突させる。

 

ルムの時と同じで一切手加減はしていないが、あの時と同様七惟の全力の一撃はあっさりと防がれる。

 

麦野はロケット噴射のように背中からも原子崩しを発動させ、本来激突するはずだったサロンの壁を木っ端微塵に吹き飛ばし、勢いそのままこちらへと突っ込んでくる。

 

 

 

「ぶっ飛ばす方法は通用しねぇのか!」

 

 

 

回避行動に移るが、右肩に力が入らないためバランスを崩す、そして垣根に吹き飛ばされた時痛めた足が悲鳴を上げた。

 

上半身と下半身の激痛に気を取られ、僅かばかりの隙が生じる。

 

麦野はそれを見て口が裂けるような笑みを浮かべると、スピードを殺すこと無く、必殺の一撃と化した蹴りを七惟の身体へと叩きつけた。

 

 

 

「ガァッ!?」

 

 

 

右肩へと直撃した上段蹴りは、一方通行によって粉砕された骨をさらに細かく砕き、もう表皮は完全に潰れてしまったと思えるくらいの激痛だ。

 

まだ衣服を着こんでいられるのが不思議なくらい、もう七惟の右肩は本来のソレと比べて異型になってしまっているだろう。

 

右腕の肩から先がまだ繋がっているのは奇跡だ。

 

七惟の身体はそのまま吹き飛び、サロンとは反対側の方向へと飛ばされ、数十メートル飛んだところでようやく身体は止まった。

 

 

 

「なぁなぁいぃー?あれだけ大口叩いてたのにこの様?何なのアンタ、何がしたいのか全然わからない」

 

 

 

麦野のヒールが地面を鳴らす音が僅かに聞こえてくる、それがまるで死へのカウントダウンのように感じられた。

 

これだけ体に問題を抱えている状態では満足に回避行動も演算も出来ない。

 

二点間距離操作による可視距離移動砲はいくら対象を絶対等速で動かしたところで原子崩しで跡形も無く解かされてしまう。

 

本人を吹き飛ばしても、ロケット噴射の用量で全て激突する障害物を破壊する。

 

時間距離操作自体は効果はあるが、麦野の動きを鈍らせたところで原子崩しは止まらないし、時間距離によって演算が狂った場合は周辺一帯を含めた能力の暴発でこちらも消し飛んでしまうリスクもある。

 

やはり麦野に勝つには分散値転移攻撃しかないが、体術に優れる麦野がそう簡単にこちらの網にひっかかるとも思えない。

 

神裂戦のように防御は壁に任せることが出来れば七惟は麦野の行動予測をすることが出来るが、原子崩しによってフィールドの状態が次から次へと変動し防御にも集中しなければならずそれが不可能な今麦野の動きを先読みすることは至難の業だ。

 

 

 

「糞ったれ……が!」

 

 

 

左手で身体を支えて立ち上がり、悪あがきに転がっていた石ころを麦野の顔面に向かって飛ばすがそれも融解させられてしまった。

 

 

 

「天下のオールレンジも落ちたもんだねぇ!こっちの世界から離れてたせいで感が鈍った?もしかして元から弱かったのかてめぇ!私の買い被りか!もっと楽しませろってんだよぉ!」

 

 

 

振り上げられた蹴りが腹部に突き刺さり、口に溜まっていた血も胃液も全てが吐き出され、言葉にならない呻きが口から洩れる。

 

それでも頭だけは勝つための対抗策を得るためにフル回転させる、先ほども考えたが麦野の原子崩しの照準がこちらの座標くみ取りより早いことは絶対に有り得ない。

 

この点に関しては、前博士の施設を使って全距離操作と原子崩しの戦闘をシュミレートした際でも間違いは無かった。

 

今の麦野がそこから大きく進化しているとも思えないし、生存本能がブレーキをかけるはずなのに何故こうもこの女は速射出来るのか。

 

もしや、頭に血が上り過ぎて本来働くはずであるブレーキが利かなくなり、制御不能になっているのか。

 

 

 

「もっと口から色んなものぶちまけてくんねぇかしらぁ!?それこそ内臓の一つや二つくらい出して欲しいもんだ!それとも命乞いの惨めな言葉でも聞かせてくれるもんかねぇ!?」

 

 

 

もはや麦野は能力を使わずに、暴力で七惟を屈服させようとしている。

 

よろりと立ち上がった七惟の胸倉を掴むと、鳩尾に強烈な一撃を加え、投げ飛ばした。

 

 

 

「ほら、何か言ってみれば?さっきみたいに決め台詞言わないの?『死なせるつもりはねぇけどな』って……ぎゃはは!何だよコイツ、気持ち悪いくらい勘違してアニメのヒーローみたいなこと言っちゃってさぁ!カエルみたいに地面に這いつくばって惨めな命乞いする子悪党がお似合いだよてめぇにはさ!」

 

 

 

そこまで言われて七惟もようやく、身体へと再び力を入れるものの……。

 

箍が外れてしまった今の麦野相手に自分が勝つ要素が見当たらない、無傷の状態ならば全力を出せばもっと善戦出来たと思うが、第1位と第2位から受けた傷はあまりに大き過ぎた。

 

フレンダにはあんなことを言ったが、これでは自分が死んでしまいそうだ。

 

防御能力に優れるとされる距離操作能力者だが、テレポーターのように自身を移動させることが出来ないため、回避行動に弱点がある。

 

今の自分もまさにそうだ、麦野のようにあまりに大きな破壊力を持つ相手に対してはいくら防御しようが最後は結局崩されて終わる。

 

テレポーターのように移動出来れば、態勢を立て直してから再戦するという選択肢もあったのだが……。

 

 

 

「あぁ、這いつくばってでも……お前を始末すりゃ全部解決だろ」

 

 

 

此処で終わらせるしかない、七惟理無と麦野沈利の関係を。

 

もうこれ以上は、二人が関わる未来なんてあり得ない。

 

二人の記憶は、此処が終点だ。

 

 

 

 

 

 


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